気の早い二人
チャペルの次は披露宴会場への案内という事で階段を下っている。年配者をはじめとした足の不自由な方用のエレベーターもあるという事だったが、せっかくなので招待客と同じ順路を通らせてもらう事にした。
来た時と違うルートではあるが、やはりこちらの方も白く明るい壁紙が清潔な印象を与えてくれる。
印象が違うのはバックヤード部分と来客が通る所だからなのだろう、廊下の幅は広く、チャペル付近と同じく照明器具はランプや燭台を模した物で、光色にも少し温かみを持たせていた。
「外から見た建物と比べて、今どこにいるかわかりませんね」
「窓が少ないから余計にそう思うね」
周囲を少し見回しながらの美園が苦笑ぎみで言った事には僕も同意である。一応建物の東側ではないかと思うのだが、進んでいる方角はいまいちわかりづらい。
「そうですね。窓もどちらかというと敷地内に向けた物ばかり設置していますので」
「外を見せないためですか?」
「ええ。どうしても雰囲気は壊れてしまいますから」
「計算されているんですね」
振り返りながらの大木さんの説明に、美園は感心しながら僕の方を向いて微笑んだ。
「では階段に差し掛かりますのでお足元お気を付けください。大丈夫だとは思いますけど」
「はい。ありがとうございます」
僕達の繋いだままの手を見て笑う大木さんに、美園もやわらかな笑みを浮かべながら返し、上目遣いの視線を向けながら半歩僕に寄った。
普段より少し踵の高い美園の手を取ったまま、普段と同じく僕が一段下で彼女に寄り添って階段を下る。
「ありがとうございます。智貴さん」
「どういたしまして」
階段では握りを少し軽めにしていた手にどちらともなく力を戻し、案内に従って少し歩くと通路が二手に分かれていた。
会場が二つあるのでまずは右手側からという案内に従って更に少し歩き、扉を通った先の通路の横には庭があった。
「ガーデンウェディングができますね」
「外でやるやつ?」
「間違ってはいませんけど、だいぶ大雑把な認識ですね」
美園がくすりと笑い、「綺麗ですね」口にしてから大木さんの後を追った。
「見せてもらわなくていいの?」
「会場と一緒に見せてもらいますので大丈夫です」
「そっか」
反射で中は良く見えなかったが、確かに庭の先――正確に言えば入り口だろう――には大きな窓が存在している。
「ではこちらの扉の向こうが一つ目の会場です」
白い大きな扉を手のひらで示した大木さんは、「中に入る前に」と今いる場所の説明を始めた。
いくつかのソファーなどがある少し広めのスペースはホワイエ――美園が言うにはフランス語らしい――と呼ばれていて、ボードを立てて新郎新婦の写真やイラストなどを飾ったり、入室前にウェルカムドリンクを振る舞ったりもするそうだ。
「飾りたい写真が多過ぎてスペースが足りなくなりそうです」
「これからも増やすしね」
「はいっ」
二人の写真もだいぶ多いが、僕が撮った美園個人の写真も結構な量がある。それを飾ろうとすれば怒られるだろうけど。
そんな事を考えながら披露宴会場に足を踏み入れると、中は思っていたよりも広い。
「広いですね。それにとても綺麗です」
「うん」
壁紙はやはり基本的には白いのだが、床面は重厚な色の木目調。柱の意匠はチャペルと同じように作られていて、これもゴシック建築なのだろう。高い天井にはシャンデリアが吊るされておりその数も多い。
横長の会場にはクロスの敷かれた円卓が二列四つずつ並んでおり、その卓上には食器類もセットされている。
正面奥側には新郎新婦の座る席もあり、右手側には先ほど見た庭へ繋がる大きな窓が見える。窓には白いカーテンが上半分だけ広げられており、下半分は金色のタッセルで留められていて、清潔感と高級感が滲み出ていた。
「あのシャンデリア電球切れたら換えるの大変そうだなあ」
「そこですか?」
「バイトの癖でつい」
バイト先のファミレスでは男手の方が少ないので、基本的にそういった作業が回ってくる事が多い。そんな僕の抱いた感想に、美園は僅かに呆れたようにくすりと笑った。
「シャンデリアの方は大きな脚立で換えますけど、天井側の間接照明は移動式の高所作業車が必要ですよ」
僕達の会話を聞いて苦笑していた大木さんが、「あちらです」とシャンデリアの更に上、天井付近にある枠のような部分を示した。
確かに言われた通り、光源は直接見えないが光が反射しているのが見て取れる。美園も「あんなところまで」と少し驚いた様子を見せ、「凄いですね」と僅かに首を傾けた。
「では実際に中の方までどうぞ」
僕達が入って来た扉は窓に近い所からで、同じ面にバーカウンターが存在している事には中に招き入れられて初めて分かった。その隣には出入り口のような物もあり、そこから料理が運ばれてくるとの事だ。
「実際にはもっとテーブルが並ぶんでしょうか?」
「そうですね、今はショールーム用のセットですので実際にはこの倍ほどは。もちろんお客様によりけりではありますけど、百人ほどでしたら入る会場ですから」
美園の質問で改めて会場内を見渡してみたが、実際にテーブルの数が倍になるとしたのならこれほど広くは感じられないのだろうという気がした。
実際招待客がどのくらいになるかなどは想像もつかない。親族もそれほど多くなく友人もまあそれほど多くない僕と比べ、美園はどちらも多そうなので余計に。
「それでは次はガーデンの方をご案内します」
カーテンを完全に開けて窓扉を開いてもらうと、その先には先ほど見た庭が広がっている。
綺麗に刈られた芝生の中心に白い石畳が道を作っており、奥側には噴水がある。通路から見た時にはわからなかったが、意外に幅も広く数十人ならば余裕をもって入れそうだと思えた。
「こっちから見るとだいぶ印象が違うね。美園が言った通り部屋と一緒に見て良かった」
「私もそこまで考えていた訳ではありませんよ」
少し眉尻を下げて笑う美園の手を引き庭に出て噴水の前まで歩く。一番高い所では美園の肩ほどまである二段構造で、上段のオブジェから噴き出した水が下段へと落ちていく様はどこか涼しげ。
「夏場はいいですね。冬場は寒そうですけど」
「僕たちの式は暖かい季節にしようか?」
「もう。気が早いですよ」
実際にここで挙げる訳ではないのだろうが、今日の経験からすると暖かい季節の方が色々と都合が良さそうだと思って尋ねてみると、少し頬を緩ませた美園がそんな事を言った。
「美園にだけは言われたくないんだけどなあ」
「どういう意味ですか、と言いたいところですけど。思い当たる事が多過ぎます」
「だろ?」
「はい」
口を尖らせかけた美園がそのまま破顔し、少し照れた様子を滲ませて僕を見上げる。
そんな様子を見ていると、気が早くなってしまう事も仕方の無い事だと思った。
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