恋人同士のネットショッピング

 木曜日は部活サークルの活動日であるため半日授業である。そんな5月後半の木曜日、僕と美園は揃って予定を空けており、部屋で過ごしていた。

 美園はデスクからテーブルに移したPCの前で、僕の脚の間に座りながら真剣な様子でスクリーンを凝視していた。


「これなんてどうでしょう?」


 少し楽しそうな声の後、リストの商品にマウスポインターが合わせられ、ページが開く。

 表示されたのは白地にシンプルな黒のイラストが描かれていて、ワンポイントの赤いハートマークの入ったペアクッション。


「智貴さんはどう思いますか?」


 美園が期待を込めた眼差しと一緒に振り返ってくる。


「いいんじゃないかな」

「それだけですか?」


 僕の反応がそっけなかったせいで少し不満そうに頬を膨らます美園の頭をそっと撫でる。


「だって美園の好みとはちょっと違うだろ?」

「そうですけど、このお部屋に置くんですから、こちらの方が合うと思います」

「そうかもしれないけど……」

「智貴さんがそう思ってくれるのは嬉しいです。でも、私の好みの物じゃなくて、二人で使う物が欲しいんです」

「うん。わかった。そういう事なら僕もこれがいいと思う」


 もう一度、今度は先ほどと違いくしゃっと美園の髪を撫で「ありがとう」と伝える。美園はえへへと嬉しそうに笑い、ペアクッションをカートに入れた。


 春休みの短期同棲に際して、僕たちは消耗品以外にあまり物を買わなかった。元々僕の家に美園が泊まりに来る事はあったし、食事をともにする事はもっと多かったため、割と必要な物が揃っていた事が大きかった。


 しかし夏休みの同棲前に、ちょっと趣向を変えて必需品とは違うところで物を揃えてみようという話をしてみた。

 最初美園は「智貴さんのお部屋が狭くなりませんか?」と乗り気ではなかったのだが、「僕の部屋じゃなくて二人の部屋だよ」と言ってみたら嬉しそうに頬を赤らめた。

 実際狭くなるにはなるのだが、僕の部屋は元々物が少ないのでまず問題もない。


 本当は文実の活動が本格化して土日にデートができなくなった分、木曜の午後で買い物デートといきたかったところなのだが、買う量が多くなりそうだったので結局部屋にいながらのインターネットショッピングデートに落ち着いた。


「次は枕ですね」


 マウスを操作し、美園はペア枕のページを表示させる。

 クッションの時もそうだったが、二つの枕を繋げると一枚のイラストになる物が多い。しかし常にぴったりくっつけて使う訳ではないので、離している時が少し寂しいような気がした。ただのインテリアとしてはおしゃれなのだとは思うのだが。


 美園も同じように思っているのか、なんとなくそういった物への反応が鈍い。マウスカーソルがそれらの上に止まらない。

 そして何より、そういった類の枕は何故か左が男性用で右が女性用な物が多く、僕らが寝る位置と逆なのだ。


「これなんてどうかな?」


 だから結局今回も割とシンプルな物を選んだ。だと言うのに、画面を指差した僕を振り返り、美園は少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「どれでしょう?」

「これだって」

「わかりません」


 スクリーンに指がつきそうなくらい近付けているのに、美園はどこかとぼけながらマウスカーソルをぐるぐると動かし、マウスに添えた自分の右手にちらちらと視線を送っていた。


「これだよ」

「あ」


 美園の小さな手の上に右手を重ね、カーソルを移動させてクリックする。

 自分から誘導したくせに美園の顔は少し熱を帯びていて、そんな様子がとても愛らしい。


「どうかな?」

「はい。私もこれ、いいと思います」

「ありがとう。それじゃあ」


 手を重ねたまま選んだ枕をカートに入れると、美園がゆっくりと振り返った。頬を少し染めながらはにかむ姿がたまらなく、そっと頭を撫でると気持ち良さそうに笑ってくれる。


 その後もぺア用品を探してページを開き、あれこれ言いながらカートに商品を追加していった。たまに意見が対立する事もあったが、結局お互い様ですぐ解決する。こういうのも何と言うかカップルらしくていいなと思った。


「あ……そろそろ予算の限界ですね」

「あー。残念だけどこのくらいにしよう。一応最後にカートの中身を見直そうか」

「……はい」

「別にちょっとくらい予算オーバーしたって――」


 残念そうな様子を見せる美園の頭にポンと手を置きカートの中身を確認していくと、覚えの無い物が入っていた。


「何これ」


 クリックしてみるとペンギンの着ぐるみだった。しかもサイズ的には成人男性用。いつの間に入れたのか、全く気付かなかった。

 美園は無言で微動だにしない。頭を撫でても無反応なので、そっと耳に触れてみた。

 ぴくりと体を震わせて美園が、「ええと」とゆっくりゆっくり僕の方へ体ごと振り返る。


「ダメ、ですか?」

「ダメじゃない」


 朱の差した頬に加えた上目遣いに即答した。

 そもそも嫌ではない。他人に見せるのならば御免だが、美園だけに見せるのであれば問題無いし、これを着ればきっと可愛い反応も見せてくれるだろうから。


 ただそれならば、僕の方もちょっとセクシー寄りなルームウェアをこっそりカートに突っ込んでおけばよかったと後悔したのは内緒だ。


「届くのが楽しみです」

「ペンギンが?」


 満面の笑みを浮かべる美園の髪を梳きながら尋ねると、「もう」と言って彼女は僕の胸元に顔を埋めた。


「もちろんそれもありますけど」


 美園の細い腕が僕の背中に回され、ぎゅっと力が込められる。


「二人のお部屋だって言ってもらえて、凄く嬉しかったです。だから、とても楽しみです」

「うん。今日は予算オーバーだったけど、ちょっとずつ増やしていこう」

「はい。でもやっぱり増やし過ぎると智貴さんの生活空間が減っちゃいますから、適度にですよ?」

「ありがとう、美園」


 顔を上げた美園が優しく微笑む。

 この先二人が就職し、本格的に同棲を始める時にもきっとこんな風に一緒に……いや、家具などを一から揃える事を思えば、もっと色んな物を選ぶのだろう。

 その先も、自分たちの家を持つ事になれば、更にもっとだ。


「どうかしましたか? なんだかとっても嬉しそうでしたよ」

「幸せな未来を想像してた」

「なんとなくですけど、わかる気がします」

「うん」


 やわらかな笑みを浮かべた美園がまたくるりと反転し、PCへと向き直った。

 そして顔を少しだけ僕の方へ向け、マウスに添えた自分の小さな右手へと僕を誘導する。


「ああ」


 意図に気付きそっと右手を重ねると、美園は「はいっ」と嬉しそうに頷き、「それでは」と声を弾ませる。


「いきますよ。3、2、1、はい」


 少しゆっくりめな美園のカウントダウンとともに、二人一緒に注文ボタンを押した。

 そして注文完了を確認し、嬉しそうに笑いながら振り返ってきた美園の髪を撫で、そのまましばらく抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る