追われる者

 追いコンとは追い出しコンパの略であり、サークルや部活の先輩の卒業時に、それを祝う為に後輩達が主催するコンパ飲み会である。一般的には。

 僕が所属している大学の文化祭実行委員の所属期限は第2学年までなので、2年生が文化祭実行委員を引退卒業する3月に合わせて追いコンが開催される。


「これでホントに終わりだなー」


 会場である合宿所へ向かう途中、サネがわざとらしく頭の後ろで手を組みながら、しかし隠そうとした本心はまるで隠せておらず、しみじみとそう言った。


「制度上留年すれば来年も出来るぞ」

「しねーよ。仮に留年したとしても針のむしろ極まりないわ。お前こそ留年しろ。美園と来年も活動できるぞ」

「魅力的な提案なんだけどなあ」

「理学部は3年までは留年無いしね」


 僕の叩いた軽口をドクが笑いながら補足する。


「そういやそうだったな。ってかそもそも今からじゃどう足掻いても留年できなくね?」


 2年の後期試験も終わっている現在、意図して留年する方法は犯罪に手を染めるくらいしかない。もちろんそんな事は当たり前に除外しているので、「だね」と頷いたドクの横で僕も同じように頷いて笑った。

 文化祭終了、その後の打ち上げを経て実質的な引退は済んでいるものの、今日で完全な引退。そこに寂しさを感じるのは僕だけではない。サネは先程の様子からもわかるがまるでそれを隠せていないし、ドクもやはりどこかしんみりとしている。


 来年以降も友人付き合いはもちろん続くが、学部や学科が違う以上はこうやって三人並んで大学内を歩く事は――たまに文実OBとして委員会室に遊びに行くくらいだろうか――ほとんどなくなる。

 だからこそ「今日は実松さんと渡久地さんと一緒に行ってください」と言ってくれた美園の心遣いをありがたく思う。


「まあ、男三人でしんみりしてても気持ち悪いし、適当に話しながら行こうぜ」

「美園が可愛い話とかでいいか?」

「それが終わったら綾乃が可愛い話するよ」

「合宿所着くまでには終わんないから無理だな」

「1年前まではこんな奴らじゃなかったのになあ……特にマキ」


 ぐだぐだな雰囲気にはなったが、しんみりした空気はもう無い。以前香とも似たような話をしたが、追いコンのその場になれば嫌でもそういった空気になるのだから、きっと今はこれでいいのだと思う。



「いらっしゃいませ。渡久地さんと実松さん、牧村先輩ですね」

「「牧村先輩?」」

「あれ? 美園コンパ担当になったの?」

「いえ。今日はお手伝いです」

「そっか」


 合宿所に着くと出迎えてくれたのは意外にも美園だった。差し出された箱の中から場所決めのくじを引きながら尋ねると、彼女はニコリと微笑みながらそう答えた。


「いやお前ら何ナチュラルに会話続けてるの? 説明してくれよ」

「マキがさっき惚気てたばっかだから別れたって事じゃないんでしょ?」


 先程からこちらを見ていたのには気付いていたが、敢えて無視をしていた二人がとうとう声を上げた。


「ん。今日は先輩としての僕を送り出してくれるって事だろ?」

「はい。彼氏さんではなく今日は大好きな先輩としてお送りする日ですから」

「なら僕も後輩としての君岡さんに送り出してもらおうかな?」

「泣いちゃいますからね? 彼女にしてもらう前から私は『美園』でしたよ」


 わざとムッとした表情を作った美園を見ると、初対面――正確に言えば違うが――で何度目かかに『君岡さん』と呼んだ時のしょんぼりとしていた表情を思い出してしまい、自分の頬が綻ぶのを感じた。


「完全に彼氏彼女のやり取りしといてこいつらは」

「ね?」


「先行くぞ」と呆れて苦笑しながら行ってしまった友人達を見送りながら、美園と顔を見合わせお互いに笑う。


「改めて、今日はよろしく」

「はいっ。楽しんでいってくださいね」

「ありがとう。それから、二次会に行くなら迎えに行くから。そこは彼氏として。だから絶対に遠慮せずに連絡する事」

「ありがとうございます。智貴さん。多分どこかの二次会に混ぜてもらうと思いますので、絶対に連絡します」

「うん。それじゃあこれでしばらくは彼氏としての時間はお預けかな?」


 誰も見ていないのをいい事にそう言って美園の髪をそっと撫で、「少し寂しいですね」とやわらかに笑った彼女に手を振って会場内へと向かった。

 ゲストが2年生でホストが1年生な関係上、準備に追われる1年生達の姿は会場内には少ない。いるのはゲストをもてなす盛り上げ担当達だ。


「それでお前か」


 くじで引いたDグループには、先に来ていた2年生複数の中心になっている見知った顔の1年生がいた。


「またまた。嬉しい癖に」

「そうじゃないとは言わないが言われると腹立つな」

「理不尽っす!」


 ウザ絡みの雄一をあしらいながら他の2年生と軽く挨拶を交わし、適当な思い出話に花を咲かせていると、次第に2年生を中心に会場内が埋まってきた。

 入口の美園の様子を窺っていると、くじの入った箱の横にある参加者名簿を確認している様子が目に入った。そしてそのまま持ち場を離れていったところを見ると、恐らく参加希望を出していた2年生が全員揃ったのだろうとわかる。

 開始前に全員揃うなど珍しい事もあるんだなと思いはしたが、流石に正真正銘現役最後の場だ。皆最初から参加したいという思いが強いのだろう。


「それじゃあ2年の先輩方が全員揃ったみたいなんで、そろそろ始めたいと思います」


 階下で準備をしていたであろう1年生達がぞろぞろと会場内へなだれ込んだ後、本日の司会から開会の挨拶があった。


「えー、俺が乾杯の音頭を取りたいところなんですが、まずはまあ皆さんご存じかと思いますが、新委員長と新副委員長の紹介からいきます。それでは新委員長の――」


 一応美園から聞いて知ってはいたが、紹介された後輩男子二人はあまり話した事のない相手だった。親しい後輩の方が少ないくらいなのだから当然と言えば当然だが。

 二人から軽めの挨拶と抱負が語られた後、新副委員長が乾杯の音頭を取り追いコンはいつもの飲み会とほとんど変わらない雰囲気で始まった。



 そしていつものように始まった飲み会の場は、いつものように全体的にバラけてグループの形が曖昧になってくる。

 少し様子が違うのは、恐らくいつもよりも2年生の飲むペースが早い事だろうか。この時期になればほぼ全ての2年生が成人している為、誰憚る事無く飲酒が出来る。もちろんそれは理由としては大きくなく、現役最後の場であるという空気がそうさせる部分もあるし、何より1年生が積極的に2年に酌をしている事が一番大きい。


「ほらほら飲んでくださいよ」

「私の酒が飲めないって言うんですか!?」

「わかったから。順番に飲むから混ぜようとするな」


 僕は後輩×2にウザ絡みされていた。ウザくはあるのだが、こんなノリも今日で終わりかと思うと、やはり寂しいものだと思う。


「まあいいよ、最後だしな。今日はとことん飲んでやるよ」

「え? 何言ってんすか?」


 呆けたような雄一の言葉に志保がうんうんと頷いている。


「来年もマッキーさんと飲むっすよ。てか自分だけ惚気まくっといてこっちの話は聞かずに勝ち逃げは許さないっすわ」

「来年は航くんが教育実習だったり教員採用試験だったりで忙しいんで、マッキーさんちに美園がいる日に遊びに行きますから。ほんとんど毎日いるんでしょうし、気が向いた時に」

「ああ……そう……」


 嫌そうな口調で言ってみたが、きっと顔は緩んでいた事だろうと思う。事実二人とも僕を見ながらニヤニヤとしていた。

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