突然の訪問と罠
「来ちゃった」
「すみません、突然」
チャイムに呼び出されて玄関を開けると、美人三姉妹の一番上と下が何故かいたのが5分程前の事。
「で、なんで来たんですか? 花波さん、乃々香さん」
「ん?
「理由は無くてもいいですけど、連絡は欲しいですね」
部屋に上がってもらい紅茶を用意し終えたところで、ようやく聞きたかった事を聞いた。
しかし花波さんは敢えてこちらの意図を無視するつもりらしい。
「すみません。お姉ちゃんに会いに来たんですけど、お姉ちゃんいなくて」
「美園は今日出かけてるからね。それから僕の方は全然気にしてなくていいよ」
そんな姉の方とは違い心底気にしている妹の方には優しくしたい。予定も無かったし迷惑だとも思わない。むしろ久しぶりに会えて嬉しいくらいだ。
「妹に会いに来るなら尚更連絡くらいしてあげてくださいよ」
元凶の姉に目を向けると、彼女は「抜き打ちみたいなものだからねー」と悪びれもせずに笑った。
「春休み長いのに帰って来ないからさ、特にお父さんが心配しててね。乃々香も半泣きになってたし」
「泣いてないもん!」
「はいはい。実際ね、免許取るって事もそうだしバイト始めるとも言ってたし、文化祭実行委員の仕事もあるでしょ? それに2年生になって生活も変わるだろうし」
自分がからかったせいで怒った妹の頭にそっと触れた花波さんが見せたのは、妹を心配する優しい姉の顔。普段の言動はアレだが、やはり僕の大好きな人の姉なのだなとよくわかる。
「牧村君は自分が一緒だから大丈夫って思うかもしれないけど、ごめんね。やっぱり家族としては心配でさ。もしもだけど、無理してたとしても連絡して来たらあの子取り繕っちゃうだろうしね」
「確かに、そうかもしれませんね」
「でしょ?」と少し自嘲気味に笑う花波さんだったが、すぐに普段の軽めの笑顔に戻った。
「でもまあ、まさか同棲してるとは思わなかったよ。これならある意味安心かな」
「春休み限定ですよ。でも、春休みが終わってからも、僕が一番近くで見守ります。ご家族に心配はさせませんよ」
「おー。言うね」
「それに、美園は強い子ですよ。去年、もう一昨年ですね。その話は聞いてますけど、今はもう僕の方が支えてもらってるくらいですから」
美園は可愛らしい外見に反して本当に肝が据わっている。将来の事を話した時にも即断だったし、僕の両親と会う時だってそうだった。会うまでは大分緊張していたが、会ってしまえばすぐに打ち解けて大変気に入られた。
「うん。牧村君がそう言ってくれるなら、まあ大丈夫かな。ね、乃々香」
「え! うん、そうだね」
何となく落ち着かない様子で室内をキョロキョロ窺っていた乃々香さんが、ぴくりと体を震わせた。姉が普段過ごしているとは言え、年上の男の部屋だ。落ち着かないのも無理はないのかもしれない。
「あのベッドで一緒に寝てるの?」
そんな落ち着かない妹をからかうように、姉の方が言った。先程の反動なのだろう、真面目な調子が長続きしない、わざとさせない人だから。
そして思惑通り、乃々香さんは二つの枕が並んだベッドを凝視した後で、視線を逸らし窓の方で固定した。
「そうですよ」
慌てても花波さんが喜ぶだけなので平然と答えて見せる。実際向こうもわかって聞いているのだし、隠す必要も無い。
「聞いた乃々香? 大学生はこういうの平気で言えちゃうんだよ。爛れてるよね」
「中学生に何言ってるんですか」
顔を赤くした妹の肩を揺する姉の方は心底愉快そうである。
「私の友達にも彼氏と同棲してる子いるけどさ、やっぱりそういう子の家って遊びに行けないでしょ? だからこういうの見るの初めてで興味深いかも」
「面白い物なんか無いでしょう?」
実際のところ、正式な同棲ではないからなのか、美園は気を遣って私物を一まとめにしてくれている。各々の物がそのまま置いてある洗面やバスルームを見ない限り、あまり同棲という感じは受けないのではないだろうか。
「そんな事無いよ。そもそも入った時から面白かったし」
「入った時?」
今日履いていった物とは別に、下駄箱の中に二足ある美園の靴だろうか?
「牧村君の部屋なのに美園の匂いがするからね」
「あ、それは思いました。お姉ちゃんの匂いだって」
「香水の匂いですか?」
「香水もそうだけど、柔軟剤と合わさった匂いじゃないかな。美園にもその辺気を付けるように言ってあるし」
そう言えば最近は意識していなかったが、同棲当初は部屋の中でいい匂いがするなあと思った気がする。
洗濯は美園の役割――下着類は気を遣うらしく、恥ずかしいらしい――なので、洗剤や柔軟剤はお任せしている。部屋が彼女の香りで満たされるのも必然だったのかもしれない。そしてそれは幸せの証明の一つであると思う。
「そんな調子だと、牧村君会う人会う人に同棲バレてるか、それともお盛んだと思われてるかだろうね」
「……前者である事を祈りますよ。マジで」
僕だけでなく美園の名誉に関わる。事実、乃々香さんは変な想像をしたのか顔を茹タコのようにしている。
「話は変わりますけど、二人とも昼はどうしますか? 僕の料理で良ければ作るつもりでいますけど、どこか食べに出掛けるならご一緒しますよ」
「そうだね。美園は昼までには戻らないの?」
「今日は免許取ったお祝いも兼ねて友達と春物を買いに出掛けてます。夕食までには帰ると言ってましたけど、昼は食べてくるはずです」
「そっか。じゃあせっかくだし作ってもらってもいいかな?」
「ええ。乃々香さん、何か嫌いな物とかある?」
「無いです。あの、ありがとうございます。突然お邪魔にしたのにご飯まで」
「全然気にしないでいいよ。元々自分の分は作るつもりでいたんだし」
きっちり立ち上がって綺麗に腰を折る乃々香さんは、やはり美園によく似ている。
「私には聞いてくれないの? と言うか牧村君、前より乃々香に慣れた?」
「美園によく似ていて可愛いんで、親しみやすいのかもしれないですね」
「かわっ……」
可愛いなどとは飽きる程言われているだろうに、乃々香さんはまたも顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「ダメだよ。彼女以外にそんな事言っちゃ。それに乃々香は女子校育ちだからね。大学生の男の人からそんな風に言われる事なんて無いんだから」
「あー。まあとりあえず昼飯適当に作りますんで、ちょっと待っててください」
そう言って僕は、花波さんのニヤついた視線と、少し恨めし気な乃々香さんの視線から逃げるようにキッチンへ向かった。
◇
「あれ。これは……」
日没の少し前、両手に袋を提げた美園が帰宅してから少しした頃。彼女は何やら指先で摘まんで首を傾げていた。よく見ると茶色い髪の毛が一本、美園の白い指に捕まっていた。
「違うんだ!」
「何が違うんですか? 智貴さん」
思わず声を上げてしまったが、本当にやましい事は無い。だと言うのに美園はニコリと笑みを浮かべ、平坦な声で僕の名前を呼んだ。思わず正座した。
「冗談ですよ。智貴さんがそんな事をしないのは、私が誰よりわかっていますから」
そんな僕を見て、美園はくすりと笑った。
「お姉ちゃんが来ていたんですね。どうせこれもわざとですよ」
「あの人心臓に悪い事するなあ」
帰り際に「今日来た事は言わないでね」と言って帰って行ったのは、これが目的だったのだろう。もうバレてしまったので一部伏せて説明をしてしまおうと思う。
「美園が帰省しないから乃々香さんと二人で抜き打ちで会いに来たんだってさ。本当に美園の事を思ってなのはわかったから、あんまり怒らないであげてほしい」
「乃々香も来ていたんですね。言ってくれれば早めに帰ってきたのに」
本当は二人とも美園に会いたかっただろうに、それよりも彼女を心配する気持ちが上回った結果アポなしで訪れた。
そして僕達二人の邪魔をしても悪いしと、夕方前には帰って行った。乃々香さんは寂しそうにしていたが、「お邪魔虫になるのは嫌です」と花波さんに従った。そんな事を美園も僕も思うはずが無いのだが、乃々香さんは「お姉ちゃんの幸せが一番です」とシスコンぷりを発揮していて、思い出して頬が綻ぶ。
「もう。本当に二人とも」
「二人とも美園の事が大好きなんだよ」
「私も、二人の事は大好きですよ」
僅かに首を傾けた美園は、少しだけくすぐったそうに、それでいて誇らしげに笑った。
「もちろん智貴さんの事も大好きですよ?」
「ありがとう。僕も美園が大好きだよ」
「はい。ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべた美園は、「ところで」と言葉を続けた。
「智貴さんはいつまで正座をしているんですか?」
「あ」
「本当はやましい事があるんですか?」
「無い! 一切無い!」
慌てて正座を解くと、いたずらっぽい笑みを浮かべた美園が覗き込むように僕を窺ってきた。
「僕には生涯美園だけです」
「はい。私もです」
そう言うと、少しだけ頬を染めた美園が、やわらかな笑顔を浮かべながら小指を差し出した。
「ええと、病める時も健やかなる時も?」
「それは本番に取っておいてください」
「了解」
そう言って苦笑した美園の小指に自分の小指を絡め、「約束です」と微笑む彼女に、僕は強く頷いた。
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