第116話 たとえ根拠が無くとも

「今年は差し入れ無しかよ?」

「去年が特別なんだよ」


 こっそりと近付いた1ステのテントで、僕を一瞥したサネが開口一番そう言った。回る場所全てに差し入れを持って行く余裕は無いので、ここだけを特別扱いというのもおかしな話になってしまう。


「美園どうかした?」

「な、なんでもないよ」


 一緒にいた去年の話題を出したからか、繋いだ美園の手に力がこもる。質問をした志保は一瞬怪訝そうな顔をしたが、何となく事情を察したのか顔がニヤけている。


「忙しそうだし、そろそろ行くよ」


 テントの外、ステージ袖では若葉がミスコンを管轄している委員会企画のメンバーと何やら話をしている。中々白熱しているように見える。そんな僕の視線に気付いたのか、「ああ、あれな」とサネは苦笑した。


「別にイレギュラーがあった訳じゃないぞ。今年で最後だからな、とにかく何かしてたくてじっとしてられないだけだろ」

「らしいと言えばらしいな」

「だろ? とは言えお前らスタジャン着てないし、ここで座ってゆっくりって訳にもいかないよな。まあゆっくりミスコンでも見っててくれよ」


 繋いだままの手にぎゅっと心地よい圧力がかかる。隣の美園がどんな目で僕を見上げているか、それを考えると頬が弛む。


「いや、遠慮しとくよ。僕にとってのミスはここにいるから」

「智貴さん……」


 赤い顔ではにかむ美園と顔を合わせ、僕にとってじゃなくても一番だけどな、と心の中で付け足す。


「疲労でハイになってる人がこんなところにも」


 志保から向けられた呆れたような視線と言葉に、多少の自覚はあった。


「そうかもしれないけど、全部本心だからな」

「お前、火曜日辺りに思い出して死にたくなってるぞ?」

「大丈夫ですよ」


 今度はサネが呆れる番だったが、反論は穏やかに笑う美園から出た。


「終わってからも私と一緒ですから。智貴さんはそんな事にはなりません」

「こっちも大概かよ……」


 全く同時にため息を吐いたサネと志保がおかしくて、僕と美園は顔を見合わせて笑った。



「フリマはストパと並んで自由なエリアだよ」


 と言ったものの、僕も実際に客としてフリマに来るのは今日が初めてだ。去年は見回りとして歩いただけなので、どんな出店があるのかは文化祭後の総括で知る事になった。


「担当毎の線引きの時に説明を受けましたけど、色んなお店があるのはやっぱり、販売が出来るのは模擬店とフリーマーケットだけだからですか?」

「うん。参加者はどうしても出展企画の中の区分に従ってもらわないといけないからね。飲食物以外でお金とる出し物は、形の無い物でもほとんどここになるんだよ」


 因みに、漫研や文芸サークルの部誌などのサークル活動の成果物は、棟内イベントの教室でも例外的に販売が可能――ただし細かい条件は付く――だ。

 そういった事情もあり、フリマ会場には様々な店が並んでいる。古着だったり小物だったり、生活雑貨などの一般的なフリマで見られる物から、輪投げや射的などの縁日の屋台のようなゲームを提供する店に、占いなんかもある。しかも現状スペースに余裕があるため、店構えがそれなりに自由なのも模擬店とは違う部分だ。


「お目当ての物が無ければ端から見て行こうか?」

「はいっ」


 笑顔の美園を連れてエリア内を見て行くが、最初の店は子供服。店主は恐らく学外参加の主婦の方だと思う。「見てってねー」と言ってくれはしたが、どう見ても大学生カップルの僕達がそれを買うとは思わないのだろう、隣の店主とワイワイと話に戻ってしまった。


「まだ必要はないですよね」

「うん。そうだな」


 美園が僕の返答を待って何故か嬉しそうに笑う。「まだ」という言葉に深い意味など無いのだろうが、そんな何気ない単語にすら、彼女との未来を考えさせられる。「智貴さん?」と不思議そうに少し首を傾げる美園に、「なんでもないよ」と返して次の店を見るが、置いてある女性物の古着は流石に美園の趣味では無さそうだった。ダメージジーンズやド派手な色のTシャツを着ている美園は想像がつかない。着れば着たできっと何でも似合うのだろうけど。


「私、射的ってやった事ないです」


 順番に店を回って辿り着いたレトロゲーム研究会のフリマの前で、美園が物珍しげに様子を窺っている。


「やってみる?」

「はいっ。でも、教えてくれますか?」

「もちろん。まあ僕もそんなにやった事ある訳じゃないけどね」


 目をキラキラさせた美園から手を離し、10発の代金500円を払う。渡された銃は引き金を引くと引っ張られたゴムが外れてコルクの弾が飛んで行くタイプで、研究会の男子が使い方を教えてくれた。


「ええと、ここに立って……」

「うん。線の上に立って、銃を持ちながら腕を伸ばして的に近づけるんだよ」


 元々背筋のピンとした美園の背中をそっと押し、僅かに姿勢を前傾させて腕を支える。僕が射手になるのとルール上は差が無いからか研究会は特に何も言って来ないが、美園にデレデレしている様子もあるのでそれが理由かもしれない。


「えいっ」

「惜しい」


 景品の代わりの人形に狙いをつけた一発目は、その右横10cm程の所を通過していった。


「もう少し左を狙った方がいいでしょうか?」

「そうだね」


 ぴったりとくっついているせいか、少し照れた様子の美園の質問を肯定すると、彼女は伸ばした腕を僅かに左に動かした。そして僕は支えるフリをしてちょっとだけその動きを調整した。


「えいっ」

「お、当たったよ」

「やったぁ!」


 と喜んだのも束の間、2発目は人形を揺らしこそしたが、下側を重くしてあるのか倒れるまではいかなかった。

 研究会が人形の位置を戻していると、美園は残念そうに「倒れませんでした」と呟くが、「大丈夫」と笑いかければたちまち元気を取り戻してくれる。


「次はもうちょっと上を狙おうか。的は狭くなるけど大丈夫」

「はい」


 人形は三角形に近似できる。真剣な顔をした美園が、ほんの僅かに銃口を上向きにし、「えいっ」と言う可愛らしい声とともに3発目が発射された。



「楽しかったです」

「うん。良かったね」

「はいっ」


 頭を撫でると美園は少し恥ずかしそうに、貰った景品を顔の前に掲げながら笑った。

 4発目で人形を落とした後、「次は一人でやってみる?」と尋ねた僕に頷いた美園は、9発目で見事もう一体の人形を落とした。因みに僕はその間彼女の写真を撮っていた。


「可愛く撮れてる。いや、可愛くない時がないんだけど」

「もうっ。後でちゃんと見せてくださいね」


 たくさん撮ったので何枚か確認しただけだが、真剣な表情も、外して悔しそうにしている表情も、そして当てた後の笑顔も、写真を撮っている僕に気付いてはにかむ顔も、その全てが愛おしいと思う。


「次は、占いなんてどうですか?」

「占いか。美園好きだったっけ?」


 美園の口から占い云々の話は聞いた事が無い。とは言え美園も女性なので、占いの類が好きでもおかしくはないのだろう。


「特に気にしませんけど、せっかくあるので見てもらいたいなって。ダメですか?」

「ううん。せっかくだし入ろうか」


 丁度隣にある占い研究会のスペースを指差す。実行委員の貸出物品の暗幕を使って、小さなテントのような形になっている「占いの館」の前に立つ案内の女性が、僕達の話を聞いて嬉しそうに手招きをしている。


「いらっしゃいませー。どの占いにしますか?」

「美園、どうする? 僕は正直よくわからない」

「私もあんまり詳しくは……お薦めはありますか?」

「じゃあオリジナル占いとかどうですか?」

「じゃあそれで」

「毎度ー」


 300円払ってテントに入る時、こっそりと「バカップル」という声が聞こえた気がした。隣の美園は聞こえていないようだったので、幻聴だと信じたい。

 入口も暗幕で覆われたテントの中は、電気ランタン――LEDでなくわざわざ電球色の白熱球のもの――の光だけに照らされている。僕達と同じくパイプ椅子に座った占い師役は、恐らく紫色の布を頭から被り、派手な金属のネックレスやブレスレットを身に着けている。


「何を占いますか?」

「二人の相性をお願いします」


 ほとんどノータイム答えた美園は、ハッとしたように僕を見て「いいですか?」と、上目遣いでおずおずと尋ねてきた。「それ以外に無いよな」と笑いかけると「はい」と安心したように笑うので、設置された机の下で彼女の手を握った。美園は少し恥ずかしそうにこくりと首を縦に振った。


「んっん。わかりました。ではいくつか質問をしていきます」


 そう言った占い師は、生年月日、血液型、出身地、学部学科などを尋ねてきた。因みに、美園が僕と同じA型である事はここで初めて知った。「一緒ですね」と嬉しそうに笑う彼女に、「うん」と頷いて握った手に少し力を入れた。日本人が二人いれば約3割の確率で血液型が一緒になるのは黙っておいた。


「見えました」


 伝えたデータをどう活かしたのかはわからないが、ぶつぶつと何かを言いながらトランプを配置したりめくったりを繰り返していた占い師が、その動作を止めた。


「二人の相性はバッチリです。お互いを信頼し続ける事が出来れば、生涯良好な関係を保てるでしょう」


 そう言って語り出した占いの結果は、これでもかと二人の相性を褒める物で、子宝云々まで言い出した。繋いだ手にぎゅっと力を入れた美園が、それはそれは嬉しそうにニコニコしているので黙っておいたが、最初に聞こえた「バカップル」は、恐らく占い師に伝えたのではないかと思う。


「ありがとうございました」


 綺麗な一礼をして占いの館から出た美園は、まだ頬を弛ませている。


「いい結果で良かったね」

「はい! でも悪い結果になんてなりませんよ。智貴さんと私ですから」


 満面の笑みで胸を張る美園を見ると、占いが廃れない理由がなんとなくわかる。

 たとえ根拠など無くても、美園との相性が最高だと、生涯良好な関係が続く、ついでに子宝にも恵まれる。そんな事を言われて嬉しくないはずがなかった。


「悪い結果だったら無視すればいいしね」

「悪い結果になんてなりません」


 笑いながらの僕の言葉を、美園も笑いながら一蹴する。


「そうだな」

「はいっ。当然です」


 当然根拠などある訳は無いが、美園が言うなら僕もそう思う。間違いの無い事だと。

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