第104話 気合の入る理由
「1ステとは結構勝手が違うっすね」
「ああ。来年は頼むぞ」
「了解っす」
作業段取りを教えて肩を叩くと威勢のいい返事が返って来る。
2日目の今日、純によって振り分けられた人員を率いて、僕達は2ステ建設予定地で作業を開始していた。詳しい説明は昨日のサネがしてくれていたので、今日は大まかな説明と、1ステと違う部分の説明だけを全体に行い、2年生を中心に作業を割り振る。そして来年指揮を執る雄一に説明をしていく。
「2ステは下が土だから、水平が少し取りづらい事と四隅にアンカー打つ事が1ステとの相違点だな。規模はこっちの方が小さいし、目標は昨日と同じ時間だ」
「うっす」
1ステにも人手を割いているので人数的には昨日よりも少ないが、慣れもあって作業スピードは速い。因みにこの土の広場に建つ第2ステージは、第1ステージと違って向きに一部の狂いも許されない訳ではない。と言うよりも明確な目印――第1ステージで言えば図書館の壁と並行である事――が無く、完全な直線でない広場の淵に合わせるので仕方が無い事だ。
「と言っても大幅にはずらすなよ。客席ずらして誤魔化すにも限度があるからな」
「大丈夫っす。多分」
付け足した言葉が不穏ではあったが、力強く頷いた後輩を信じる事にして、どんどん作業を進めていった。
途中で細かな設置物を持った女子チームが通りかかった時と、清掃中の女子チームが通りかかった時に、雄一がやたらと張り切って指示を出していた。動機は不純だが、来年の為にも悪くない経験だと思う。指示も割と的確だったので安心できる。もっともその2グループの中に美園がいたのなら、絶対に譲らなかったが。
◇
「大分お疲れじゃありませんか?」
「実際そうかも」
翌朝、いつものように7時30分に美園が迎えに来てくれた時、僕はまだ朝食の片付けをしていた。その朝食も美園が作り置いてくれた物で、自分で作る手間と時間があった訳でもないのにこの状況では、疲労が溜まっていていつもの時間に起きられなかった事は明白だった。
「昨日寝たのは何時頃ですか?」
「2時30頃……?」
「全然寝られていないじゃないですか」
「そう言う美園だって、あんまり寝てないだろ?」
「私は5時間は眠りました」
何故か自慢げに言う美園だが、僕と30分くらいしか違わない。とは言え、前日も睡眠不足の中夕方まで授業を受け、深夜まで体を使った作業をしている訳で、そこの30分は確かに大きい。
「でも、もし休めるのなら授業を休んで少し寝た方がいいんじゃありませんか? 智貴さんが授業を休みたくない事は知っていますけど」
実際にこの期間に授業を休む委員は多い。正直気は進まないし、自分ではやれると思っていただけに悔しいが、心の底から僕を案じてくれている美園にここまで不安そうな顔をさせてしまっている以上、その言葉には従うべきだと思う。
「わかった。明日は午前いっぱい休むよ」
「はいっ。それがいいと思います」
自分の事のように嬉しそうに笑う美園に癒される。疲労の原因は体よりも美園と触れ合う時間が極端に減っている部分にあるのではないかと思える。
「私もやっぱり疲れがありますし、当日穴を開ける訳にはいきませんので明日の授業はお休みします」
「うん。授業の事は本当は良くはないんだろうけど、美園も今は体を気遣った方がいいな。それから明日は休む分余裕が出るから、ご飯は作っておいてくれなくていいから」
「はい。そのつもりです」
もちろん美園の体調が何より大事なのだが、そう言われるとやはり寂しいのは仕方の無い感情なのだろう。
「明日、お昼前に作りますから」
「ん? いいよわざわざ。明日は美園もゆっくり休みなよ」
「ゆっくり休んだうえで作りますよ」
ニコリと微笑んだ美園は部屋の中を見渡した。
「今日から文化祭が終わるまでここに泊めてもらうつもりですから」
「え? いや、それは……」
「ダメ、ですか?」
正直凄く嬉しい。
「ダメじゃないけど、ただでさえ疲れる時なのに普段と違う環境に身を置いて大丈夫か? ベッドの寝心地だって違うし」
「智貴さんと一緒にいられるなら大丈夫です」
あっさりとそう言い放った美園は、嬉しそうに笑いながら「それに」と言葉を続けた。
「お洗濯もお掃除も間に合っていませんよね?」
「ああ……。いやでも、それを美園がやってくれなくてもいいから。泊るのはともかく、家事をさせる訳にはいかない」
洗濯機の中には2日分――明日の午前に洗濯すれば間に合うとはいえ――の洗濯物、部屋もよく見れば散らかっている。普段であれば美園を招き入れるのにこの状態はあり得ない。言われて初めて気付いて恥ずかしくなる。
「いいえ、します。私を頼ってください。智貴さんはステージの方で大変なんですから、こういう時には支えさせてください」
真剣な顔で口を開いた美園は、最後には穏やかに笑ってそう言って、その後口を尖らせた。
「大体、智貴さんは普段からきっちりしてるせいで、私のする事が少ないんですよ。私はもっと色々したいのに」
いじらしい発言とコロコロ変わる表情が堪らない。
「うん。それじゃあ、今日から泊っていってくれ」
「はい! 今日は3コマまでなので、作業開始までの間に準備しちゃいますね」
覚悟を決めて頭を下げ、満面の笑みを浮かべる美園を抱き寄せた。
「授業、遅れちゃいますよ?」
「あと1分だけ」
僕の耳元で優しく囁く美園に対し、離さないぞと回した腕に少しだけ力を入れて答えた。
「しょうがないですね」
くすりと笑った美園は、そのまま僕の首元へと手を回した。
「でも、嬉しいです」
「うん。ありがとう」
◇
「今日はステージの上に立って指示出すんすよね」
「ああ。最初にステージに板乗せるから、その後はそこから指揮するよ」
「それが一番カッコいいって聞いたっす。やらせてください」
ハイテンションの雄一に苦笑しながら頷いて見せると、渾身のガッツポーズが返って来た。既に授業を休んでいる雄一は心身ともに元気なようで、心配なのは単位だけだ。
「それでも一応僕も指示出すからな」
「女子が来た時だけでいいっす」
「了解」
「じゃあさっさと板乗っけちゃいましょう」
気合の入った雄一がムードメーカーになったのか、全体の雰囲気も悪くない。2ステに来てくれて本当に良かった、来年はきっといい指揮を執るだろうと思う。
「気合入ってるな」
「雄一がムードメーカーになってるよ」
今日は1ステの作業がほぼ無いので、応援に来たサネが全体の雰囲気をそう褒めた。
隙間の出来ないように、ステージの奥へ向かって木の板を打ち付けていく作業は順調に進んでいる。三人で1枚の板をタイミングよく押す作業なので、士気の影響が露骨に出る部分だが、ほとんど失敗が無い。
「動機は不純だけどな」
「ああ、指揮してるとこ女子に見せてモテたいんだろう?」
「らしい」
「まあそう簡単にモテれば苦労しないんだけどな」
次で使う資材の準備をしながら、僕とサネは既に何枚か乗せられた板の上に立つ雄一に視線をやる。
「実際評価は高いみたいだけどな」
「そこはまあ日頃の行いとセットだわな。0が100にはならんよ。70から100とかならいけるだろうけど」
そういう面ではサネや雄一はこの指揮を執るメリットが大きそうだなと思っていると、委員長のジンが現れた。
「委員会室の作業が一段落した写真撮りに来た。二人もあっちの作業に加わって」
「了解」
「マキはステージ上に行けよ」
「ああ」
サネとジンに促されてステージ上の雄一の横に上り、作業風景の写真と一旦手を止めての集合写真を撮ってもらった。
その後は通りかかった女子チームにカメラマンを代わってもらい、ジンを加えて再度集合写真を撮った。
「それじゃあ、残り半分の板もさっさと終わらせようか!」
別の場所へ向かうと言うジンを見送り、作業再開の声を上げる。女子チームはまだいたので、そこから先の指示はある程度雄一に任せたが、案の定先程よりも気合が入っていた。
「気合入ってるなあ」
「女子がいるからな」
「いや、お前の話」
苦笑しながらのサネが、僕の肩を軽く殴った。
「表に出てたか?」
「大分な。まあ何が、というか誰が原因なのかは聞くまでも無さそうだけど」
「当然だな」
「はいはい」
これから4日間、一番大切な時間を一番大切な人と過ごすのだから、気合が入らない理由があるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます