第103話 青春の鬨

 11月も半ばと言っていい月曜日、早いもので文化祭まであと4日と言うところまで来ている。

 金曜からの文化祭だが、木曜までは平常通りの授業が行われる為、その邪魔にならないように大型の設置物は置けておらず、学内の見た目だけならば一部を除いて普段と大差無い。ステージや模擬店、フリーマーケットなどの出展企画担当の物や、ミスコンやスタンプラリー企画の委員会企画担当の案内看板が各所に設置されている程度だが、今までも告知看板は出ていた為、やはり見た目に大きな違いは無い。

 しかし、除いた一部に大きな差がある。第1、第2、第3の各ステージが建つ予定地には、周囲を含めて立ち入り禁止措置がなされており、該当区域にはステージ用の足場材や木板が既に準備されている。


「いよいよ始まっちまうかー」


 時刻は17時少し過ぎ、4コマが終わって委員会室に集まった委員達が、白いスタジャンを纏って第1ステージ予定地へと向かう。背中側には毛筆体の文化祭ロゴの入ったスタジャンだが、正面から見ると無地なので、遠目からは白装束の怪しい集団に見えなくもないが、近くに来ればそれなりにわいわいとした実行委員達である事はわかるだろう。


 そんな集団の中は大まかに2種類に区別されている。今から行う作業の大変さを実感として知らない1年生は、深夜までの作業という事に少しの興奮をしている者も見受けられるし、全体的な士気は高め。

 一方の2年生は、低いテンションで始まりを嫌がって見せたサネに代表されるように、全員が平常以下の状態だ。もちろん1年生の手前、露骨に嫌がりはしないし、先程のサネの発言も全体のガス抜きのような物だと思われる。


「まあサネ君、そう言わずに頑張ってよ」

「いやお前、今のはやる気の現れだろ」

「えー」


 第1ステージの建設指揮を執るサネ、第2の僕、第3と全体指揮の純の三人で段取りを確認しながら並んで歩くはずが、純とサネは適当なやり取りをしている。


「マキ、何自分は関係ありませんみたいな顔してんだよ」

「今の話にも全然関係無い。実際2ステは明日から着手だから、今日の僕は最初以外は普通の参加者みたいなもんだろ?」

「まあそうだよねー」


 ステージを建てる時に一番人手が必要なのが、最初の基礎の部分だ。なので、初日は第1ステージの基礎部分を集中して作り、2日目は第2ステージの基礎と第1ステージのステージ部分から上。3日目は第3ステージの基礎と第2ステージのステージ部分から上と言う風に進め、4日目で仕上げを行う。

 特に4日目は半日授業の木曜なので、作業時間も十分確保できる。その分疲れるが。


「明日の2ステの基礎部分は大体マキ君に任せちゃっていい?」

「ああ、いいよ。今日の1ステの基礎で1年生も大体の事はわかるだろうし」

「お、心強いよ」

「彼女の前でいいトコ見せたいんだろうな」

「見せられるものならなあ」


 女子チームは女子チームで作業がある。合間にこちらを見る事は出来るだろうが、その時間も向こうの交流や休憩に充ててほしい。


「余裕の態度が腹立つわ」

「どうしろってんだよ」



 図書館手前大学広場の1ステ建設予定地前では、サネが全体に向けて段取りと作業の説明を行っている。その後ろでは純と僕を中心とした何人かの2年生で、ステージの基礎部分となる足場材の、そのまた土台になるジャッキベース――平らな鉄板の上方向に、ジャッキ付きの棒が伸びた土台――の位置を、チョークでマーキングしている。

 多少のズレがあっても、金属の足場材によってそれは正されて行くのだが、端の部分にズレを出してしまうと、ステージ自体が斜めを向いてしまうので、端とその横一つ分だけは特に慎重に作業をする必要がある。


「どう? 平行?」

「うん。問題無いよ」


 純と協力して設置した該当部分の位置を純、僕の順番で再確認し、問題無い事に安堵する。これで今進めてもらっている他の部分のマーキングは多少ズレても問題無い。


「ありがとう。サネ君の方も終わったみたいだし、本格的に作業に入ろうか」

「じゃあ僕は一般作業員に戻るからよろしく」

「了解ー」


 そう言った純と別れ、僕はサネからの説明を聞き終わった集団に加わり、純の方はサネに合流した。


「それじゃあこれから作業開始します。サネ君から説明があったと思いますが、とにかく安全第一で。体調に不安があればすぐに声を上げてください。特に2年生は1年生の様子に気を配ってください」


 そこで一旦言葉を切って、深い深い深呼吸をした純は「よし」と口を開いた。


「それじゃあ行くぞー!!」


 少し赤い顔で似合わない大声とともに拳を突き上げた純に、2年生は「オーッ!!」と声を張り上げ拳を突き上げ、釣られて1年生達も少し遅れて乗って来た。

 今からの作業は大変だし多少憂鬱ではあるが、正直この瞬間は好きだ。

 普段の自分がまずやらないような事だが、仲間達と一緒に士気を高めるこの儀式には、どうしたって青春を感じてしまう。



 しかしその後の作業はひたすら体力勝負だ。士気を高めなければやっていられないと言うのが実情。

 ただそれでも、空気感と言うべきか雰囲気を言うべきか、そのおかげで何故か楽しめてしまうのが不思議だ。


 作業としては、鳥居のような形をした足場材を設置したジャッキベースの上に固定する。その水平を取る。鳥居型と鳥居型を単管パイプ――要は鉄パイプ――とクランプで繋いで固定する。そしてその水平を取る。今日はひたすらこの繰り返しだ。


「女子の応援が欲しいっす」


 作業開始から1時間と少しした頃、作業や段取りを教えるために近くにいた雄一がそんな事を言い始めた。


「そう?」

「そりゃドクさんはね……」


 ニコニコ笑顔のドクの原因は、先程恋人の上橋さんが顔を見せに来てくれたからだ。雄一やその他の委員も、外部の彼女なので何も言えずにいる。


「お、やってますねえ」

「お疲れ様です」


 丁度そんなタイミングで現れたのが、5コマの授業が終わって恐らく夕食を済ませたであろう美園と志保だった。既に着替えも終わっており、これから女子チームの作業に参加するといったところだろうか。


「ちょうどいいとこに来てくれた。ちょっと雄一を応援していってくれ」

「ん? まあいいですけど、頑張って」

「雄一君、頑張って。智貴さんも、頑張ってください」

「うん。ありがとう」


 怪訝そうにしながらも志保は雄一を応援してくれたし、美園もしっかりと応援をした。だと言うのに雄一はどこか不満そうにしている。


「二人とも彼氏持ちな上に片方完全についでだったじゃないっすか。モテたいんすよ」

「そんな事無いだろ」

「いや、もういいっす。本番は明日からの2ステっすからね。今日はその為にもサネさんと純さんからモテ技を吸収するっす」

「確かに、こう、何て言うか真面目に全体を引っ張ってるサネさん、ギャップがあっていいですね。他の子に見せたら結構いいって言う子多いんじゃないですかね」

「な? じゃあマッキーさん、そう言う事なんでちょっと向こう近付いてみます」

「ああ。了解」

「私もちょっとサネさん見て来る。すぐ戻るからちょっと待ってて」

「うん。行ってらっしゃい」


 そう言って雄一は建設予定地内から、志保は外からサネの方へと近付いて行った。


「美園もこの後作業だろ? 頑張ってな」

「はいっ。参加が遅れた分、しっかり頑張ります」


 小さく拳を握る美園が可愛らしい。


「あとそうだ、ごめん美園。前にも言っておいたけど今日は、と言うか今週は送って行けそうにない。くれぐれも気を付けて帰ってくれ」

「いえそんな。智貴さんの方がずっと大変ですし、気にしないでください」

「ありがとう。だけどほんとにくれぐれも気を付けて」

「心配し過ぎですよ」


 くすりと笑う美園だが、心配にもなるだろう。治安がいい地域とは言え、大切な大切な可愛い可愛い彼女を、夜遅くに一人で出歩かせたい彼氏などいないに決まっている。


「ちょっとでも何かあったらすぐ電話くれ。何があってもすぐに向かう」

「ありがとうございます。その時はお願いしますね」

「ああ」


 少し困ったように笑う美園に、小指を差し出した。僕は本気だ。


「頼りにしていますね。智貴さん」


 それが伝わったのか、美園は観念して笑い、僕の小指にその白く細い小指を絡ませた。



 全体の作業は24時前に終わった。女子チームもちょうど終わったところだったが、その時の僕はまだする事が残っていたので帰れなかった。

 結局部屋に戻ったのは1時30分過ぎ。荷物を置いてとりあえずシャワーを浴びた。季節的にも肉体的にも湯船につかりたかったが、それを張る時間も勿体無い。

 風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かし終わると、テーブルの上に可愛らしいメモ用紙が置かれているのに気付いた。お手本のような綺麗な字は、誰の物か一目でわかる。


『明日の朝食を勝手ながらご用意させていただきました。よろしければ温めて召し上がってください。 君岡美園』


 自然と笑みがこぼれるのを自覚しながら、手のひらサイズのメモ用紙をクリアファイルに挟んでデスクの引き出しにしまった。


「手紙だと言葉が堅くなるんだな」


 それにしても、美園本人も大変だろうに。先輩としても彼氏としても本来は諫めるべきだと思う。自分の体を第一に考えるようにと。

 ただそれでも、今はそんな事を言う気には全くなれなかった。

 甘やかしてやるつもりだったのに、いつの間にか僕が甘やかされている。情けない事にそれがとても幸せだと思えてしまった。

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