第102話 1年後の君と
文化祭まで10日と迫った11月2回目の火曜。事前に各自で提出しておいた予定を元に、委員長と副委員長から当日の作業割り当てが発表された。
文化祭の3日間、大学内の何ヶ所かに文化祭実行委員による案内所が設置される。また委員の巡回もある。その他特別な事と言えば、2日目には芸能人を招く招待企画があり、それが行われる第1ステージ近辺にはトラブルに備えて委員の配置を増やす。
サークルでの発表や模擬店参加などのある委員もそれなりにいる上、各担当ごとの仕事に支障が無いように人員を抜かなければならないので、この人員割り振りは実際のところかなり大変、というよりも非常に面倒な仕事だと思う。
「それじゃあ全体の割り振りを受けて、これが2ステのテントに詰める人の割り振りね」
元々雛型が出来ていた2ステの人員表に、香が手書きで訂正を加えたものが担当三人の真ん中に差し出された。
「これやっぱり俺達が少なくないっすか? 全体の方の割り振りで多めに入ってるからかと思ったっすけどそうでもないし」
「そうですね。先輩方の負担も多いですし、私はもっと入れます」
人員表を見た1年生の反応はある意味予想通りで、僕と香は顔を見合わせて笑い合った。予想通り二人とも責任感が強く、良く出来た後輩達だ。
「トラブルがあった時に困るから、どうしたって2年を一人は置いとかないといけないし、忙しくない時間帯ならそれで配置は事足りるんだよ」
「でも――」
僕の説明に反論しようとした美園を制したのは香だった。美園は雄一ともども香へと視線を移す。
「確かにね、2年が一人で足りる時間でも1年生がいてくれると楽にはなるけど、せっかく初めての文化祭なんだから色々見て回りなって事」
とは言え二人とも素直に「ありがとうございます」とは言いづらいだろう。去年の僕達がそうだったのだから。
「って言うのが建前で、本音としては来年の為に自分の担当以外も見ておいてほしいっていうのがあるのね。もちろん遊びながらでもいいから」
「実際それも結構大事な事だよ」
香の発言を受けた後輩達を後押ししてやると、二人は何とか納得してくれた。
「それにちゃんと見ると私は結構ちょこちょこ抜けてるし、マッキーのわがままも聞いてるからね」
「おいちょっと」
そんな二人に頷いて見せながら、ニヤケ面の香が僕を肘でつつく。
「智貴さんのわがまま?」
焦る僕を見て不思議そうに首を傾げる美園の横で、雄一も怪訝な顔でこちらを見ている。自分で言うのも何だが、僕は外でわがままを言う事などほとんど無いので意外なのだろうと思う。
「じゃあマッキーの口からどうぞ」
「え、しかも僕に言わすのか?」
「え。言っていいの? 最終日に美園と一緒に回る時間が欲しいからそれ以外のとこにたくさん入れてくれって、私に頭下げた話していいの?」
「したじゃねーか」
どうやってこの場をマイルドにやり過ごそうかと考えを巡らせ始めたところ、答えを出すまでもなく暴露された。雄一は「あー」と生暖かい視線をこちらに向けているし、美園は「ここで聞かなければよかったです」と恥ずかしそうに俯いている。
「何て言うか、これ大っぴらにしたらまたペナルティー付きそうっすね」
「ね」
別に職権濫用という訳ではない。むしろ香よりも僕の方の割り振りが多いくらいにはなっているし、香だってまとまった時間が取れるようになっている。ペナルティーポイントが付くような事はしていない。
因みに僕には僅かだがペナルティーのポイントが付いている。遊びの企画ではあるし、罰ゲームも安全圏なので構わないと言えば構わないのだが、健全な言動しかしていない僕にポイントが付くのもおかしな話だ。
◇
「割り振りに入っていない時間でも、テントにいる事は問題無いんですよね?」
「まあそうだけど――」
「あ、違いますよ。他の場所も見に行きますけど、やっぱりステージの仕事も見ておきたいですから」
美園が少し慌てて言葉を付け加える。美園は交友関係がそこそこ広いので大丈夫だろうが、確かに去年の僕は割と時間が余って困った。しかしそのおかげで今こうして美園の隣を歩いている。
「どうかしましたか? 何だか楽しそうですよ」
「去年の事を思い出してた。僕も時間が余ったなあって」
「そう言えばそうでしたね」
くすりと笑う美園も、同じ日を思い出しているのだと思う。
「去年の割り振りを作ってくださった先輩に感謝しないといけませんね」
「ほんとにね」
人と人との出会いなどそんなものなのかもしれないが、ほんの1分ズレていれば僕と美園は出会わなかった。
「だからって訳じゃないんだけど、1年経った文化祭の最終日、少しの間一緒に歩いて回りたい」
「はい。私もです。連れて行ってください」
「ああ」
絡めた指に少し力を入れて答えると、美園は嬉しそうに頷いた。
「どこか見たい場所ある?」
「一つだけ行きたい場所はあります」
「多分だけど、そこは一番最後に行こうと思ってるよ」
「それじゃあ他の希望は特にありません。智貴さんはどうですか?」
「僕も特にないなあ」
正直なところ一緒に回れればそれでよかったので、その最中の事をあまり考えていなかった。
ちゃんと考えないといけないなと、最終日の日程を頭に思い浮かべようとすると、隣の美園がふふっと笑った。
「細かい予定を決めずに、二人で少し歩きませんか?」
「美園がそれでいいなら、僕は構わないよ」
「お祭りの出し物は雰囲気込みで楽しむものだって、去年とっても大切な人に教えてもらったんです」
「そうか」
じっと僕を見つめながら微笑む美園から視線を逸らす。覚えのある発言を、彼女は大切に心に留めておいてくれたのだと思うと、嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げてくる。
美園はそんな僕を見てくすりと笑い、言葉を続けた。
「あの日の私は、その言葉を実践できていませんでした。でも、今年はきっとどこへ行っても、何を見ても凄く楽しめると思います。大好きな人と一緒に過ごす訳ですから」
「うん。美園と一緒に、みんなで作った文化祭を回れる。それだけで準備期間乗り切れそうだよ」
「はいっ。でも、無理はしないでくださいね」
「大丈夫。体調崩したら最終日一緒に回れなくなるし」
半分ふざけてそう言ったが、内心は本気だ。全体に迷惑もかかるし、美園を悲しませる事にもなる。体調管理は完璧にこなして見せる。
「それは困りますね」
笑いながらそう呟いた美園は、その可愛らしい顔に小悪魔の笑みを浮かべ、上目遣いで僕を見つめた。
「そうしたら一生恨み言を言い続けますからね?」
「それは困るな」
先程の彼女の言葉をそのまま返し、顔を見合わせて笑う。
一生言い続けてくれるならそれもアリだなと思った事は内緒だ。
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