第95話 一番真面目な話
『お父さんが美園と牧村君は上手くいってるのかってしつこくてさー』
急に電話がかかってきたと思えば、僕の恋人の姉は『急にごめんね』と言った後そう切り出した。
「美園に聞いた方がいいんじゃないですか?」
『もちろん聞いてるって。それで上手くいってるのはわかってるんだけどさぁ。お父さんは牧村君にも聞けって、自分で電話すればいいのに』
「いきなり彼女のお父さんから電話もらったら何事かと思いますよ」
『それもそうか』
そう言って電話の向こうで笑う花波さんは、『で、どうなの?』と尋ねてきた。
「答えは美園と同じですよ。上手くいってます」
『お、言い切るねー』
「まあ、自信ありますから」
『はいはい、ごちそうさまです。お父さんにもそう言っとくよ』
「お願いします」
『うん。それじゃあ忙しいところごめんね――』
「あ、僕からもいいですか?」
用件の済んだであろう花波さんが、電話を切ろうとしたタイミングでこちらから呼びかける。せっかくなので聞いてみたい事があった。
『ん、何?』
「失礼な事言ったら謝りますので、すぐに言ってください」
『そこはまあ妹の彼氏を信用しとこうかな』
「ありがとうございます」
自然と誰もいない部屋の中で頭を軽く下げてしまい、内心で僅かに苦笑した。
「花波さん、今3年ですよね?就活についてちょっと聞きたいんですけど」
『就活?んー、私してないからなあ』
「え?」
意を決しての質問だったが、花波さんはあっさりと事も無げにそんな事を言う。
『まあ正確には夏休みにお試しでインターンちょっと行ったけどね』
「院に進むんですか?」
『まさか。就職するよ。お父さんのコネでね』
「あー」
そう言えば美園ともども社長令嬢だった。しかしだとするとあまり参考になりそうもない。考えてみれば美園も就職は同じようにするのだろうか。
『あ、今「コネかー。ずるいなー」って思ったでしょ?』
「思ってませんよ。正直参考にはならないなとは思いましたけど」
『そうなんだ。ごめんね、結構そういう反応されちゃってさ。過敏になってたかも』
「大変なんですね。すみません、そんな話題出しちゃって」
花波さんの口調からはうんざりとした様子が聞き取れる。自分の悩みがあるとは言え、安易に他人に聞く話ではなかったかと後悔したが、彼女はけらけらと笑う。
『牧村君が悪い訳じゃないし、気にしないでよ。で、聞きたいことあるんでしょ?あ、参考にならないんだっけ?』
「いえ、お話を聞かせてもらえるなら助かるんですけど、あまり言いたくない事じゃないんですか?」
『あー、さっきのはごめんね。牧村君にバイアスかかってないなら私は別に気にしないよ。弟の為だし』
「妹さんの彼氏であって弟じゃないと思うんですけど……」
『義が付くけど弟みたいなものでしょ』
「……そう願いたいものですね」
『反応がつまんなーい』
一通りぶーぶーと文句を言った花波さんは『じゃあどうぞ』と優しく僕を促してくれた。美園とよく似た声で違う喋り方をする彼女に、僕は質問を開始した。
「ストレートに聞きますけど、進路を決めた理由を教えてほしいです」
『ウチの会社継ぐ為だね』
「コネってそういう事ですか」
『言い方悪かったから多分勘違いさせちゃったけど、入るのは他所の会社だよ』
「それじゃあ、継ぐって言うのは?」
『お父さんの知り合いの所で修行させてもらう、って言うのが感覚的には近いのかな。いずれはウチの会社に入るよ』
「なるほど。そう言う事ですか」
僕が頷いて次の質問を考えていると、花波さんは少し考えるような声を出した後、『一応言っとこうかな』と口を開いた。
『向こうからも要請があればこっちで修行受け入れるしね。そういう関係のとこ』
「その伝手って事なんですね」
『そ。……だからって訳じゃないし、コネ使うって事自体がそうだと思うんだけど、私は情けない事は出来ない。お父さんの顔に泥塗るだけならまだいいけど、会社の名前に傷が付くから』
一拍置いた花波さんは真剣な声で話を続ける。
『正直私もね、人から言われるのは嫌だけど、コネで就活飛ばせる事は凄く楽だと思うよ。でも逆にそれをやらなくていい分だけ、私が今の内にしなきゃいけない事は多いって事になる』
「入る為じゃなくて入った後の為に時間を使うって事ですか?」
『そうだね。もちろん入る為に使った時間が入った後に役立つ事も多いと思うけど。だけど資格取るにせよ学業に力を入れるにせよ、私が出来る事は他の人より多いからね。スタートラインが違うんだから、到達点が一緒でいいはずが無いし』
「そう聞くと厳しい道ですね」
『そうだよ。生まれて初めて退路断ってる訳だし。もし入れてもらった会社でダメだったら、ウチの会社には入れないし、お父さんそこまで甘くは無いからね。そうなると逃げ道無いんだよ。まあ私は美人だから結婚という手があるけど』
「自分で言いますか」
最後に茶化すように言う花波さんにツッコミを入れるが、彼女はどこ吹く風でしれっと答えた。
『自己評価も正当に下せないようじゃ経営者にはなれないでしょ』
「そうかもしれませんね」
『あ、そうだ。牧村君就活で悩んでるならウチの会社どう?将来の幹部候補だよ』
確かにそうかもしれないと苦笑しながら答えると、花波さんは先程より2段階ほど上がったテンションで冗談めかした勧誘を始めた。
「1回会っただけの僕を誘うのは経営者的にアリなんですか?」
『私的にもアリだけど、美園が選んでお父さん達も認めてるから人格的には十分でしょ。あとは資格取って能力を最低限示してくれればいいよ』
「……割とマジな勧誘ですか?」
『うん。と言っても、牧村君が卒業する頃じゃ私はまだ修行先だろうし、仮にウチの会社にいてもそんな権限無いだろうね』
あははと笑う花波さんに「そんな事だと思いましたよ」と返すと、彼女は『でもさぁ』と発して言葉を続けた。
『将来的にそういう選択肢もアリだって思っとけば、多少気は楽になるんじゃない?』
「そうですね。お気遣いありがとうございます」
わざわざ就活の相談をしたから心配させてしまったのかもしれない。少し申し訳ないと思うと同時に、彼女の心遣いは嬉しく思う。
「でも、僕には美園がいますから」
『どういう事?』
「将来に不安が無いとは言いませんけど、支えてくれる美園がいるんで、潰れたりはしませんよ」
『真面目な話だったのに結局美園自慢で終わるのやめてよね』
電話の向こうの花波さんが呆れたようにため息を吐くのが聞こえる。
「僕にとっては一番真面目な話です」
『あー、はいはい』
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