第94話 純白を纏う場所

 美園が委員会室での対応にあたる2回目の日、本当は付いて来るつもりはなかったが、志保から『どうせ暇ですよね』との呼び出しを受けて結局は委員会室に来た。正直一緒に来たかった――過保護だと思われるのが嫌で躊躇していた――ので口実としてありがたかった。


「あ、指輪に気付いた。露骨にガッカリしてますね」


 先週模擬店の申し込みに来て美園が対応した男子学生が、宣言通り1週間後の今日申込書類の提出に来ていた。最初はウキウキだった彼だが、美園が書類に割印を押す段階になって流石に右手の指輪に気付いたらしい。


「彼氏持ちの女の子に色目使っちゃダメですよー」

「知らないならしょうがなくないか?」

「だからほんとは美園がもっとさり気なく露骨に指輪アピールしないとダメなんですよ」

「さり気なく露骨ってどうやるんだよ……」


 二マリと笑った志保が指を折りながらいくつかの方法を口にし、「こんなとこですかね」と締めた。


「まあ最近は美園に彼氏できたって噂も広まってきたんで、大学内で声掛けられる事も前期に比べれば減りましたよ」

「大学規模なのが凄いよ」


 肩を竦めた僕に、「ですねー」と志保は苦笑した。



「あとは金曜日に入って終わりです」

「私は今日で終わりー」


 あの後志保も参加希望者の相手をし、今は別の1年生が受付の担当になっている。


「それが終わればすぐに説明会だな」


 団体参加の受付は今週の日曜まで。それが終われば翌週にはすぐ参加者への説明会がある。


「今度は完全に外部の方向けの説明ですから、緊張します」

「向こうも慣れてるとこ多いし、新しいとこはここで詳しく説明聞いてくから意外と大変じゃないよ」


 美園と志保が「そうなんですね」と頷いたところで、「お疲れー」と委員会企画の部長、吾妻誠二あづませいじが入ってきた。


「お、ちょうどいい」

「セージさんどうしたんですか?」


 こちらを見てから寄って来た誠二に、志保が質問を投げかけると、「これこれ」と誠二は何かの用紙を取り出した。


「ミスコン?」

「そ。マッキーは知ってるだろ? 毎年やってるんだけど今年は今のとこ参加希望者ちょっと少ないんだよ」


 誠二は手に持ったミスコンのチラシを1枚ずつ美園と志保に差し出した。


「私達に話を持って来るとはお目が高いですね」


 何様だ。いやまあ、事実ではあるんだが。胸を反らした志保は困ったように笑う美園に、「冗談だよ」と苦笑した。


「いや、まあ割とみんなに渡してるんだけど……志保と美園本人じゃなくても知り合いにも声かけてみてよ。受付今月中までだから、ちょっと考えてみて」

「前向きに検討して善処します」

「政治家かよ」


 一応ツッコんだ誠二は、「他の子にも渡してくるから」と別の女子の元へと向かって行った。


「最終日なんですよねえ、ミスコン。サークルの発表も最終日希望なんでちょっと厳しいですかね」


 志保はチラシを見つつそう呟いた。


「そうでなければ優勝掻っ攫ってやるところだったんですけど」

「黙ってりゃ優勝できるかもな」

「どういう意味ですか!?」


 わざとのように大袈裟なリアクションを取る志保だが、そのままの意味だ。黙ってさえいればとびきりのクールビューティーな志保は、優勝だって可能だろうと思う。曖昧な笑みを浮かべている美園も恐らく同意見なはずだ。


「まあ私は出られないので優勝は美園に任せます」

「え!? 私? 出ないよ」


 肩を叩かれて一瞬驚いた美園だったが、迷う事も無くすぐさま出ない宣言を行う。そういうタイプじゃないしな。


「マッキーさん、彼女がこう言ってますけど?」


 そう言う志保から渡されたチラシに視線を落とすと、自薦他薦不問の記載が目に入る。


「その辺は自由意志だろ。それに実行委員がミスコン荒らしするのも良くないし」

「美園が圧勝すると思ってるじゃないですか」


 わざわざお手上げからの首振りという欧米風の呆れたリアクションを取る志保の横で、美園は少し顔を赤くしているが、どことなく嬉しそうだ。こういうさり気ない恥じらいもそうだが、口を開いても可愛いし、所作も女性的で美しい。ミスコンで勝つ要素しかない。


「まあそういう事だから、本人が出ないって言う以上僕からは何も言う事はないよ。友達にでも渡してやってくれ」


 そう言ってチラシを突き返すと、志保も美園も難しい顔をした。


「ちょっと私達からは言えそうにないですね」

「そうだね」

「どういう事だ?」


 僅かに首を振る志保に美園が困ったような笑みを浮かべて同意する。意味が分からず尋ねてみても、美園は気まずそうに口を噤んだまま。


「ええと……」

「美人も色々気を遣うんですよ。セージさんには悪いですけどね」


 そう言ってこれ見よがしにため息を吐いた志保は、自嘲気味に笑った。



「智貴さんは私がミスコンに出たら嬉しいですか?」


 全体会と部会が終わっての帰り道、手を繋いだ美園がおずおずと尋ねてきた。


「出たいの?」

「いえ。そういう訳じゃありませんけど」


 今日の全体会でミスコンのレジュメが発表された為か、誠二以外からも美園に対してミスコンに出たらどうだとの声が何件かかかった。その時に「マッキーも彼女がミスに選ばれたら鼻高いんじゃない?」と言った奴がいたらしいので、今の発言の理由はその辺にありそうだなと思う。


「美園が出たいなら応援するけど、そうじゃないなら無理に出る事は無いと思うよ」


 手を繋いでいるのでやりづらいが、体を少し捩って美園の頭を撫でる。


「ミスコン優勝したら僕が喜ぶって言われたんだろ?」

「はい」

「美園が出たくて出るミスコンならそりゃ喜ぶけどね。そうじゃないなら無理にそんな事しなくていいよ」

「智貴さん……」


 上目遣いの美園をもう一度撫でると、彼女は嬉しそうに僕の腕を取って抱きしめた。そのまま歩くので少し歩きづらいが、速度を落とせば僅かに一緒にいる時間が増える。夜遅いとはいえ、1分程ならば貰っても罰は当たるまいと思う。


「それにミスコンに出たとしても、僕はその時2ステのテントから離れられないかもしれないし。僕が見られないのにドレスの美園を他の奴に見せるのはちょっとね」


 冗談めかして本心を口にすると、美園が「そうですね」と言ってふふっと笑った。


「それにミスコンのドレスはウェディングドレスのような物らしいですから。智貴さんの隣以外で着たくはありませんね」


 いたずらっぽく笑う上目遣いの彼女に、一瞬返答に詰まった。


「ミスコンでドレスを着た方がいいですか?」

「絶対ダメ」

「はい」


 僕の返答などわかっていた癖に、美園は満足げに笑い、抱きついた僕の腕に頭を預けた。

 10月の夜風は、何故か温かかったように思う。

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