第59話 ヘタレの頼みと夜の海

 合宿は1泊2日という日程なので、2日目は帰りながら観光をしていく。行きは全員揃ってからの出発だったが、帰りは大学に着いたところで車ごと解散になる。県内の自宅生などは、帰り道の途中で降車して家に帰る事も可能だ。


「いや、一人だけ途中下車とか無いですよ」


 帰りのルートで少し遠回りをすれば自宅まで送られる事が可能な志保は、一応尋ねた僕に当たり前だと言わんばかりに応じた。

 帰りの車は僕以外全員女子だが、二年生は財務部の部長というそれなりに話せる相手で、1年の片割れには志保がいたので懸念していたような事にはならなかった。



「じゃあ後は志保を駅まで送るだけだな」

「バス停で降ろしてくれてもいいですよ。って言っても送ってくれるんですよね。ありがとうございます」


 大学付近に着いたのは20時頃になってからだった。昼食までは隣県内で観光をし、午後に入ってからは帰り道にある県内の観光地に寄って来た。

 他の二人を家の近くまで車で送り、車内に残るのは自宅から通っている志保のみ。因みに二年生の財務部長が降りたタイミングで志保は助手席に移ってきている。


「どっか寄る所あるか?」


 学生アパートの密集した狭い道路を走り、幹線道路を目指しながら志保に尋ねた。


「大丈夫ですよ。必要な物無いし、駅に着けばそこでも買えますからね」

「了解」


 そのまま数分車を走らせ少し広い道に出たところで、志保が辺りをキョロキョロとしただした。


「なんか方向違いません?」

「ちゃんと駅に向かってるぞ」

「んー? こっち海の方じゃありませんか? ほら」


 カーナビの地図を指差し、志保はそれを指摘する。

 いつ気付くかなと思っていたが、中々気付くのが遅かった。わざわざ面倒な狭い道を走り続けた甲斐があったというものだ。


「だから駅まで送るって」

「駅反対ですよ?」

「どこの駅が?」

「そりゃ……もしかして、私の地元の駅まで送ってくれようとしてます?」

「まあな」


 丁度信号で止まったタイミングでそう言い、僕はカーナビを操作して志保の地元の最寄り駅を登録した。


「家の近くまで送るから、途中からはナビしてくれよ」

「いや、悪いですって」


 志保が珍しく、本当に申し訳なさそうな様子で焦っている。結構面白い。

 本来の目的では無いがこれを見られただけでも送る甲斐はあったかもしれない。


「気にするなよ。どうせ暇だし」

「まあそっちもありますけど。ガソリン代かかりますよね?」


 ガソリン代と有料道路料金、それから必要であれば駐車料金は、事前に各車それぞれに渡されており、余れば返す事になっている。


「往復したって5、600円分くらいだよ。そのくらいはドライバーの特権でいいだろ。僕ら無賃労働だし」

「えー。気が楽だからとか言ってませんでしたっけ?」

「特権その二だ」


 堂々とそう言い切ると、志保は軽く息を吐いてから諦めたように笑った。


「じゃあありがたく共犯者になりますよ」


 その返答に満足した僕は青に変わった信号を見てアクセルを踏んだ。


「しかし、可愛い後輩の女子を騙して連れ出すとか……」

「やめろその言い方」

「全部事実じゃないですか」

「可愛い後輩ってところもか?」

「航くんと美園にさっきの言い方で電話します」

「可愛い後輩を送らせてもらえて幸せだなー」

「それでいいんですよ」


 満足そうに笑う志保に、本当に美園にだけは言わないで欲しいと切に願った。



「結構行った事のある観光地が多かったんじゃないか?」

「そんな事無いですよ。意外と地元の観光地って行かないですからね。むしろ向こうに入ってからの方が行った事のある場所多かったくらいですよ」


 今回の旅行は方角的には志保の地元が含まれていた。必然寄る場所も彼女が知っている場所が多くなるだろし、楽しめたかと思って聞いてみると意外な答えが返って来た。


「そういうもんか?」

「鉄道網が発達した所の人にはわからない感覚かもですね。こっちじゃ家族に車出してもらわないと観光地巡りなんて気楽に出来ないですからね」

「あー、そうか」

「まあもちろん、アクセスのいいとこなんかは行ってますけどね。今回は車移動だからそういうとこ少なかったんで、意外と行った事無い場所が多くて楽しめましたよ」


 そう笑う志保は「牧場なんかは遠足で昔行きましたね」と笑った。


「ならよかったよ」


 丁度そこで海沿いの道は終わり、市街地方向に向かうようにカーナビから指示が出た。


「夜の海ってもうちょいロマンチックっかと思ったんですけど、意外と怖いですね」

「暗いしな。浜辺に下りてみればまた違うんじゃないか?」


 明かりの少ない道路から見える海は、確かに少し不気味に映る。しかし、半月と星の明かりの下で恋人と浜辺を歩くのならまた違った景色も見えるのだろう。いつか来てみたいものだと思う。


「今何考えたか当てましょうか?」


 流石にわからないだろうなとは思ったが、考えた事が事だけに即答が出来なかった。

 志保が人差し指を立て、「ずばり」と口を開いたのが横目で見える。


「美園と来てみたいなあ、ですね」


 何も言えない。もしもを考えて身構えていなかったら事故を起こしていたかもしれない。


「当たりました?」

「……なんでわかった? 成さんから聞いたのか?」


 ニコニコと笑っていた志保だが、僕の言葉を聞いた途端に呆れたようにため息を吐いた。


「航くんからは聞いて無いですけど、わかりますって。アホですか」

「もしかして……みんなにバレバレだったりするのか? 本人にも?」


 志保の返答に嫌な汗が出る。隠せていたつもりだったのに。


「あの子は鈍いんでまず気付いてないですよ。他の人もほとんどの人は気付いてないでしょうね」

「良かったよ……ほんとに」

「でも二人が一緒にいるとこ見たらバレバレですよ。他の人が気付いてないのはそれを見てないからですし」

「マジか」

「マジですよ」


 はーっと大きく息を吐いて自分の心を落ち着ける。バレていた事には驚いたが、今日は元々、志保にはそれを言うつもりでいた。

 今はちょうど中間地点の辺り。到着まで残り10分くらいの場所で切り出するつもりだったのだが、タイミング的にはもう今言うしかない。


「でもまあ、ちょうどいいよ」

「何がですか?」

「告白するつもりだ」


 今度は横目でさえ志保の様子を見なかった。

 

「手伝えって事ですか?」


 その言葉には、僅かに警戒の色があったように思う。恐らく志保は美園に関してのそういった言葉を散々聞かされたのではないか。


「違う。いや、正確に言うと違わない」

「……どういう事ですか?」


 そう。ある意味力を貸してほしくて、本人に伝わるリスクを冒してまで――結果志保にはバレバレだった訳だが――告白する前にこんな事を話したのだ。


「告白して、僕がフラれた場合に美園の事を頼みたい」

「はあっ!?」


 怒ったような、呆れたような、そんな志保の声が車内に響いた。


「ちゃんと説明してください」

「告白してもしOKをもらえればそれでよしだけど、フラれたらフッた美園が気まずい思いするだろ?」

「それで?」


 先程にも増して平坦な志保の声が、今度は静かに響く。


「だからそれのフォローをさり気なく頼みたい。志保が告白知ってたのバレると気まずいだろうし、さり気なくな」


 そう言って頼んだが、1分近く経っても志保からの返答は無い。


「志保?」


 赤信号で止まったタイミングで左を向くと、呆れ顔の志保と目が合った。

 志保はこれ見よがしに大きく長いため息を吐いた後、再度口を開いた。


「呆れて言葉が出ないってい感覚が初めてわかりましたよ」


 言い終わった志保はもう一度長いため息を吐いた。ここまで呆れられる事を頼んだだろうか。


「まあ、その件に関しては了解しましたよ」

「助かる。ありがとう」


 不承不承の様子ではあるが受け入れてくれた志保に軽く頭を下げると、左から「全く」と聞こえた。志保が「ある――」と続けたところで後ろから軽くクラクションを鳴らされた。

 慌てて信号を確認してブレーキから足を離すと、「――二人ですね」と先程の志保の言葉が終わった。


「今何て言った?」

「さあ? 忘れました」

「その年にしてか」

「……美園に言いますよ」

「それだけは勘弁してください」


 少し車を走らせると、ふう、と軽く息を吐いた志保が口を開いた。


「それで。いつ告白するんですか? 私も長々と待つのは嫌ですよ」

「確かに、頼んどいて待たせるのも悪いな」

「そうですよ。で、いつですか? 明日ですか?」


 先程までの呆れた様子とは違い、志保は楽しそうな様子でこちらに体を向けている。


「無茶言うなよ。そうだな。9月中には」

「今8月ですよ! このヘタレ!」

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