第51話 男子大学生達の夜

 8月も2週目に入ったが、僕の夏休みに特に変化は無かった。

 バイト先と自宅の往復と、サネやドクとの飲み会が少しあった程度。

 そんな日々の潤いは美園から届くメッセージ。花波さんや妹さん――乃々香と言うらしい――と一緒に色んな所に出掛けては、その写真を送ってくれていた。

 嬉しかったのは、その写真に美園本人が写っているケースが多い事だった。

 特に最初の頃に送られてきた、ペンギン水槽の前で少し照れたようにピースサインをした美園の写真は、それだけでバイトの疲れが全て吹っ飛んだ。


『可愛いな』

『やっぱりそうですよね。わかってもらえて嬉しいです』


 敢えて主語を省いて返信をしたが、やはり伝わっていなかった。

 もちろんその他の写真も全て可愛かった。

 しかし、嬉しい事ばかりでは無かった。


 まず一つ目は、いつか美園を誘おうと思っていた場所がガンガン潰されて行った事。特に水族館は、ペンギンが好きな彼女を誘いやすいと思っていただけに、夏休み中に誘うのが厳しくなって困っている。

 二つ目は、僕から美園に送るメッセージのネタが無い事。飲み会の写真を送るのも憚られたので、本当に何も無い。

 今日明日とバイトが連休なので、メッセージ映えしそうな写真目当てで実家に帰ろうかと思ったが、昨日母に尋ねたところ――


『月火と両親不在です。車もありません』


 という無慈悲な回答が返って来たので、流石にこの暑さの中で徒歩の観光地巡りを敢行する事は諦めた。

 そんな訳で、月曜の夜に届いたお誘いに、僕は一も二も無く飛びついた。

 場所は僕のアパートの101号室、文実副委員長の康太の部屋だ。


「それだ。南一通ナンイッツードラ1、満貫マンガン


 そう言って僕は手元の牌を倒す。


「おまっ。2位確上がりなんてすんなよ。せめてリーチかけろ」

「逆転の役作りはしただろうが。ツモれると思って無かったし、お前が最後の7萬チーワン出すのが悪い」


 オーラスで1位の康太との差は1万3千超、ラス親はサネなので自身の連荘レンチャンも望めない。直撃すれば逆転の手を作れただけでも中々運が良かった。


「クソぉ……初っ端からラスかよ」


 ボヤくサネは僕の右隣。向かいには康太、左隣には成さんがいる。

 

「後5半荘ハンチャンあるだろ」


 二人で飲んでいた康太と成さんだったが、麻雀が打ちたくなって面子を探していたところに、僕とサネが呼ばれたのが今回の経緯らしい。ここで徹マンになれば、明日の日中も寝て過ごせるので、僕としては非常に助かる誘いだった。


「全自動卓欲しいよな」

「買えってか。いくらすると思ってんだ」


 ジャラジャラと洗牌シーパイを行っているが、確かにこれは面倒ではあるので、サネの言い分もわかる。一度雀荘に行った事があるが、全自動卓はとても便利だった。


「まあゆるーく打つ分には手積みも悪くないだろ。さあ2半荘目行こうか」


 着順で今日の酒代が決まる、成さんの言う通りのゆるい麻雀。大体仲間内で打つ時はこんな感じだ。適当に喋りながら、特に緊張感も無く打つ。

 負ければ悔しいし、勝てば嬉しいが、精々そんな程度。



 4半荘目に入った時点で0時を回っていた。酒も入っている為、そろそろ皆打ち方が雑になってきている。

 因みにこの時点で僕は1位の康太と32差の2位、3位の成さんとは36差をつけているが、最下位のサネを含めて残り3半荘で順位はいくらでもひっくり返る。


「ところでマッキーさあ」


 東3局二本場、親の僕の連荘の最中だった。それまでは試験の出来がどうだ、帰省はいつからだ、お盆明けの実務がすぐだな、合宿もあるな、という取り留めの無い事を話していたのだが、康太がそう言えばと言って、と話題を変えてきた。


「うん?」

「花火大会誰と行ったの?」

「ポン!」


 康太がそう言いながら捨てた南をポンする。鳴くつもりなど一切無く、雀頭ジャントウにするつもりだったので役無しになってしまった。

 視線を左に向けるが、成さんは「俺じゃない」とでも言いたげに、首を軽く横に振った。


「大体わかってたけど、今のその反応で完全にわかったわ」


 軽く笑いながら、康太は卓上のビールの缶を口へと運んだ。


「え? 何? マキ女の子と花火行ったの?」


 山からツモりながら、何となく焦った様子のサネが僕と康太を交互に見ている。一方の僕は本格的に焦っていたが。


「マジ話? おいマキ、友達だろ。言えよそういう面白そうな……大切な話は」

「いや、別に……」


 何と誤魔化そうか、そもそも何故康太が知っているのか、と頭を巡らせても答えは出ない。そうこうしている内に、僕のツモ番が回って来る。


「俺の部屋からは道路が良く見えるだろ? で、花火大会の夜、11時前くらいかな」


 そんな僕の事はお構いなしに、康太はサネに向かって話を続けている。


「窓開けようと思ってカーテン開けたら丁度タクシーが止まってさ。誰かなと思って見てたら、浴衣の女の子がマッキーと手を繋ぎながら降りて来てた」

「繋いでた訳じゃないし」

「はいそれロォン。純チャン三色ドラ1で12600」


 役無しになってしまったので、降りるつもりでいたのだが、話の内容のせいか何の考えも無しにドラをツモ切り、下の三色が臭かったサネに思いっきり危険牌を振っていた。


「どうしたどうした。動揺し過ぎじゃね?」


 サネに煽られて目を逸らすと、成さんが温かな目でこちらを見ていた。

 別に進展があった訳ではないのでそんな目で見ないで欲しい。


「で相手は、って。康太が知ってるって事は文実の子だろ。じゃあ一人しかいねーか」

「違うかもしれないだろ」

「お前さっきから墓穴掘りまくってるけど、落ち着けよ」


 ポンと肩を叩きつつ、サネは悟ったような視線を僕に向けて来る。何故か左からも成さんが同じ事をしてきた。


「俺は遠いな」


 向かいの康太はそう言って苦笑したが、そうでなくとも右も左も肩が塞がっている。


「で。いつから付き合ってんの?」


 康太のその問いに、僕に視線が集まる。成さんは付き合って無いの知ってるだろうに。


「付き合ってないよ。早く東4局入ろう」


 出来るだけさり気なく言って、洗牌を開始する僕だが、誰も乗って来ない。


「とりあえず中断して恋バナ入ろうぜ。付き合ってないとか嘘だろ?」

「嘘じゃねーよ」

「成さんは知ってたんですよね?」

「会場までは一緒に行ったしな」


 康太が成さんに質問をしたのをきっかけに、サネの方も「コイツに聞くより早そうだ」とでも思ったのか、質問先を成さんに変えた。


「どういう経緯でそうなったんすか?」

「志保の発案だな。マッキーも美園も花火大会初めてだろうし、って」


 僕が去年行ったという可能性が全く考慮されていなかった。


「はー。それで向うに着いてからは?」

「さあ? そこで別れたからな。志保が美園に聞いたみたいだけど、会場での事は教えてくれなかったって」


 そこで三人の視線が僕に集中する。


「どうだったんだ?」「言えないような事したのか?」「言えば楽になるぞ」


 口々にそう言われて、黙秘するよりは恥を晒した方がマシかと思い、最後の失敗談を話す事にした。


「別に、花火見て帰って来ただけですよ。タクシー降りた時の事も、僕が寝ちゃったんで支えてもらっただけだし」

「デート中に寝た?」

「無いわ」


 デートじゃないけど僕も無いと思う。


「まあそういう訳なんで――」

「で、結局付き合ってないのか?」


 話を締めようとした僕に、サネが特に茶化す様子も無く、普通の顔で聞いて来た。


「付き合ってない。嘘じゃない」

「お前がそう言うなら信じるけどさあ……」


 僕が嘘を吐いていない事はわかってくれたようだが、サネも康太もどこか納得のいかない表情をしている。


「まあお前らの気持ちもわかるけどさ。今は取りあえず見守ってやってくれ、な」

「成さん……」

「マッキーもその内覚悟決めて告白するだろうし」

「成さん!」


 信頼度の乱高下はやめてほしい。


「お膳立てしてやろうか?」


 割と真面目な調子で、サネと康太が僕を見ている。その気持ちは確かに嬉しい。しかし――


「いや。気持ちだけもらっとくよ」

「どうしてだ?」


 友人の純粋な厚意を断るのは少し気まずい。顔を見られず、雀卓に視線を落とす。


「ただでさえ僕は先輩だから。しかも同じ担当の。だから無理強いするような感じには絶対したくない。フラれるにしても、関わった人数が多ければ多い程、あの子が、美園が余計に気まずい思いするだろ。それは絶対に嫌だ」


 だから、と最後に感謝と謝罪を伝えようと顔を上げると、サネと康太が呆れたように僕を見ていた。


「お前ベタ惚れかよ。こっちが恥ずかしいわ」

「これじゃ美園も苦労するな」


 想像では「お前の気持ちはわかったよ。陰ながら応援してるから頑張れ」的な流れだったのだが、二人の反応はまるで違った。

 助けを求めて成さんの方を見ても、やはり同じような表情で僕を見ていた。


 結局6半荘までやって、からかわれ続けた僕は圧倒的最下位に沈んだ。

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