第41話 花火の予定と名探偵後輩
「美味い……」
美園との3回目の勉強会を始める前、出してもらった夕食を食べると、自然とその言葉が零れた。
今までも美園の料理が美味くなかった事は無いのだが、前回と比較して今回の方が美味い。最初に作ってもらった時と比べると、流石にあの時の方が美味かったと思うが、今回の方がしっくり来るとでも言えばいいのだろうか、一口で「あ、これ好きだ」と思える、そんな味だ。
「お気に召しましたか?」
僕の反応を見てか、正面の美園がニコリと笑いながら尋ねて来た。
「うん。美味い」
「前回と比べてどうですか?」
僕が失礼かと思って飲み込んだ比較の言葉、それを口に出した美園の顔には、どこか自信ありげな笑みが浮かんでいる。多分もう答えのわかっている顔だ、というより僕の様子からバレバレだったのかもしれない。
「今日の方が美味いというか、好きな味かな」
「牧村先輩の好みに合わせて作ったつもりです。上手く出来て良かったです」
その言葉を聞いて思い出すのは一昨日の事だ。
「覚えておくってそういう事?」
「はい」
「1回料理食べただけで好みの味ってわかるもの?」
「全く知らない人だと無理ですけど、よく知っている人の事なら意外とわかるものですよ」
美園が言うには、調味料や調理器具、それから食器の状況から見て、僕は自分で料理する事には慣れているが、こだわりはそれほど強くなく、他人にご馳走する事は滅多に無い事がわかるという。
「なので、牧村先輩の好みがお料理にそのまま表れているかなと思ったんです。違ったらどうしようかと思いましたけど、反応が良かったので嬉しかったです」
「名探偵みたいだな」
「何でもお見通しですよ」
ふふん、とでも言いそうな自信ありげな顔で笑う美園を、正面から見て苦笑して見せたが、それは言うまでも無くただの冗談だ。
何でもお見通しならば、きっとこうして一緒にはいられない。自分に好意を向ける男を、流石の彼女も部屋には招かないだろう。見通される訳にはいかない。
◇
今日の勉強会は、お互い自分の勉強をしている。
美園から「数学はわからない所を教えてもらうので」と言われ、つきっきりで教える事はやめた。
どうせ美園が気になって集中できないのだから、教えている方が良かったなと思ったが、勉強を始めるとこれが意外と集中できた。
普段デスクで勉強をしているので、テーブルでの勉強は意外と体が固まる。その為、20分に1度くらいの頻度で体を伸ばすのだが、その度に美園が見えて「ああ、可愛いな」と思ってやる気を心に満たし、その一生懸命勉強に励む姿を見て、集中力を回復させる。
「そろそろ紅茶を淹れますね」
「ごめん、邪魔したかな」
「いえ。丁度いい時間ですし、私も少し疲れましたから」
僕が4回目の伸びをしたすぐ後、美園が立ち上がってダイニングへと向かっていった。
「ありがとう」
その後ろ姿にお礼を言えば、振り返って笑顔を向けてくれる。
「アイスティーでいいでしょうか?」
「うん。頼むよ」
「はい」
そのやり取りからしばらくして、僕の前にはコルクのコースターに乗せられたアイスティーのグラスと、クッキーが出された。因みにコースターには、デフォルメされたペンギンのイラストが描かれていて、微笑ましい気持ちになった。
「そう言えば花火大会の事なんですけど」
ガムシロップを半分ほど入れた美園が、思い出したように今月末の予定について言及した。
「しーちゃんにお話ししたら、会場まで一緒に行かないかって言ってくれたんですけど」
「志保に言ったのか……」
「まずかったですか?」
少し気まずいと思ってこぼした一言だったが、途端に美園の顔が曇ってしまった。
「あ、ごめん。全然まずくない」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。美園に嘘は吐かないよ」
実際は照れ隠しや本心を誤魔化す為に、結構嘘を吐いている訳だが。
ストローでアイスティーを一口飲み、仕切り直しの間を取った。
「で、志保と会場までって事は、成さんも一緒なんだよな?」
「そうですね。お二人が駅で待ち合わせだそうなので、駅から会場までご一緒させてもらう形になると思います」
「そっか」
考えてみれば善意100%の提案、いや志保の事だから10%くらいはからかいもあるだろうが、基本的にはありがたい提案だと思う。会場がどれくらい混むのか知らないし、そもそも会場まで辿り着くのにも苦労するかもしれないのだから、恐らく行った事のあるであろう成さんの同行は渡りに船と言える。
問題はあのバカップルが道すがらいちゃつかないかどうかだ。そんな事をされたら美園は気まずいだろうし、僕は血涙を流すだろう。
「どうしますか?」
「せっかくだしお願いしようか」
わがままを言えば、二人でいられる時間が減るのは嫌だった。しかしエスコートには不安がある。美園をガッカリさせたり、大変な思いをさせたりするのは絶対に避けたい。
僕はバカップルと一緒で――からかわれるだろうし――多少気まずいだろうが、美園だって志保と一緒にいられるなら安心だろう。
「わかりました。しーちゃんにお願いしておきますね」
わかりました、と言ってアイスティーのストローに口を付けた美園は、なんとなく、ほんの少しだけ不満そうに見えた。
「大丈夫、別にこの事に不満なんて無いから。一緒に行けてむしろ助かるくらいだし、志保に言った事も全然気にしなくていいよ」
「……そうですか」
不満の色が少しだけ濃くなったような気がする。ふとこぼしてしまったあの言葉が原因かと思って内心慌ててフォローを入れたが、どうやら外したらしい。
「あー。僕からも成さんにお願いしとくよ」
「はい。お願いしますね」
先程見えた不満の色はもう無い。いつも通り笑顔の美園がそこにいた。
「紅茶のおかわりいかがですか?」
気が付くと、アイスティーのグラスは空になっていた。
「それじゃあお言葉に甘えて」
「はい」
微笑んでグラスを受け取り、ダイニングへ向かう美園の後姿を見ながら、僕はクッキーをかじった。
先程の不満げな様子はもう無いし、本当に嫌な事なら恐らく美園は言葉に出してくれると思う。だからきっと、もうあの不満は美園にとってはもう終わった事なのだろう。
以前の僕なら、こんな状況に対して「不満があるなら言えばいい。女は面倒くさい」とでも言ったかもしれないが、惚れた弱みなのか今は、それを察してあげたい、察せなかった自分が情けないと思う。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう」
「どうかしましたか? 難しい顔していましたよ」
おかわりのアイスティーを出してくれた美園が、不思議そうな顔で聞いてきた。
「人間の成長を生命科学的な観点から考えてた」
不思議そうに「はぁ」と首を傾げる、そんな美園の今の心中は流石にわかった。
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