番外編 大学デビュー女子によるヘタレ先輩攻略を見守る友人の話②
所属する文化祭実行委員の飲み会の日、宮島志保は昼から親友の家に遊びに来ていた。実家から通学している志保にとって、夜からのイベントというのは家を出る時間が半端になりがちなので、地味に面倒だ。
そこを誘ってくれたのが親友、君岡美園だった。「じゃあお昼から家に来ない?」と言ってくれた美園に、志保は一も二も無く飛びついた。
更に約束をした時に「ピザ食べたい」と宅配注文をするつもりで言った志保に、美園は「あんまり作った事無いから期待しないでね」と言って、当日実際にピザを焼いてくれた。
「ごちそう様。すんごいおいしかったよ」
「お粗末様でした。良かったぁ、ちゃんと出来て」
最初の一口の時にも告げたが、食事が終わってからも志保が絶賛の言葉を口にすると、美園は安心したように笑った。
ピザの性質上、焼いている最中は味見が出来ないので、美園は焼き上がったピザをいきなり志保に食べさせる事に多少の抵抗があったようだ。志保は気にせず、半ば無理矢理美園にピザのカットを頼み、信頼の証のつもりで美園より先にピザに口を付けた。
出来上がったピザは、宅配や店で出るような物よりは薄味で、油分が抑えられていた。これから夏を迎える志保(と美園自身)への配慮だと感じた。しかもそれでいて美味しいときている。
(女子力高過ぎて驚くわ、ほんと)
抜群の外見と普段の言動だけで、美園は学科でも文実でも異性からの圧倒的な人気を誇っている。そこにこの女子力を発揮する機会があれば、その相乗効果は如何ほどの物になるだろう。
「そう言えば」
志保はそこまで考えると、ふとその相乗効果を味わった事のある先輩の顔を思い出した。
「花火大会どうする?」
どうする、というのはもちろん「会場までどうやって行くか」という事である。志保はもちろん恋人の航一と一緒に出掛ける。駅で待ち合わせて会場まで歩くつもりでいる。
志保は去年も来ているが、美園は――恐らく牧村も――今年が初めてだ。向うで別れるにせよ、会場までは一緒に行った方がいいかもしれない。そう思って以前志保から同行を提案していた。
だと言うのに、この話題を出した瞬間、美園は露骨に視線を逸らした。3ヶ月足らずの付き合いではあるが、志保はこの親友が咄嗟に嘘の吐けない性格だという事はわかっていた。
「まさか。まだ誘ってないの?」
志保から美園に花火大会の日程を教えたのが6月の頭。学科の友人を交えて浴衣を買いに出かけたのが、その1週間後。真剣に浴衣と簪を選ぶ美園は、てっきり牧村との約束を済ませたものと思っていた。
「うん……」
気まずそうに肯定する美園を見て、志保はため息を吐いた。
「後1ヶ月ちょっとだよ?」
「だって……」
美園は視線を逸らしたまま気まずそうに指先を弄っている。
「だって。花火大会に誘ったら、流石に好きだってバレちゃわないかな?」
「は? バカなの?」
「ひどい!」
思わず本音が漏れてしまった志保だが、美園の発言の意味が分からない。
「好きなんだからバレてもいいでしょ。付き合いたいんでしょ?」
むしろその方がさっさと付き合えるはずだ。牧村が現段階で美園をどう思っているかの確証は無いが、少なくとも好意的に思っている事だけは確実だと言える。
美園が「好きです。付き合ってください」と言えばまず間違いなく付き合えるはずだ。牧村が想像を絶するヘタレでなければ。
「お付き合いはしたいけど……その前に好きになって欲しいもん」
顔を真っ赤にした美園が、指先をもじもじとさせながら小さな声でそう言った。
呆れかけた志保だが、美園の言いたい事もわからないではない。お互いに好意を寄せ合って交際に至る、というのはある意味理想的な形と言える。中学生みたいだとも思うが。
美園が欲しいのは好意の代価としての好意ではない、という事なのだろう。
なるほどと、志保は内心今まで疑問に思っていた事に答えが出たような感覚を味わっていた。
「だからアプローチかけるにしても中途半端だったんだ?」
美園は確かに牧村に積極的に近づいては行った。ただ、受ける印象としては牧村の傍にいられれば幸せとでも言った具合で、とても恋愛的に落としに行っているようには見えなかった。スキンシップなども、志保の見える範囲では無かった。
コクリと頷く美園を見て、志保は少し考えて口を開いた。
「でも、手料理作って部屋に泊まる方がよっぽど好きってバレるんじゃない?」
一応志保もその辺りの事情は聞いている。料理に関しては牧村が言い出した事だし、部屋に泊まる事も牧村本人が「大した事じゃない」と言った事が原因だ。多分それ自体で好意がバレる事は無いだろうと思うが、とりあえずからかってみた。
言われた美園がぶんぶんと首を振っているのを見て満足した志保は、話を進める事にした。
「とりあえず花火大会は一緒に行きたいんでしょ? マッキーさんの予定知ってる?」
「あ……知らない」
「じゃあとりあえず聞いてみようか?」
「え。どうやって――」
「まあ任せてよ。美園の名前出さずに聞くから」
牧村の予定の事を気にする余裕が無かったせいか、それに気づいて不安そうな美園を余所に、志保は牧村宛にメッセージを送った。
『航くんと花火大会行くんですけど、帰りにバイト先に寄りますね。幸せのおすそ分けです。どうせ出勤ですよね』
少しして牧村から返信があった。美園は両手を組んで、まるで祈りを捧げるような姿勢になっている。
『その日は休みだ。残念だったな』
勝ち誇ったような文面だが、牧村は志保の術中にまんまと嵌った。
志保がスマホの画面を見せると、美園はぱっと顔を輝かせた。
「残る問題は、マッキーさんが他の子と約束してないかだね」
冗談めかして言ったにも関わらず、美園の顔はあっさりと曇った。
「そうだよね。牧村先輩カッコいいし、優しいし。放っておかれないよね……」
それ自体は志保も否定しない。髪型を変えて以降はカッコいいと言って差し支えないし、優しいとも思う。ただ、美園の評価はあまりに過大だ。
「はい」
志保は、美園の目の前に再びスマホを突き出した。先程のやり取りの続きがそこにある。
『じゃあ誰かと花火大会に行くんですか? まさか一人でですか!』
『なんの予定も入ってねーよ!』
「良かったぁ……」
まるで合格発表で自分の番号を見つけたかのような安心の仕方に、志保は美園がこの後ガッツポーズでも取りはしないかと、割と真面目に思った。
「これで後は誘うだけだね」
「うん! でも……」
ニヤリと笑って志保が言うと、美園は最初だけは威勢の良い返事をしたが、すぐにシュンとしてしまった。
「大丈夫。さり気なく誘えば、好きだってバレないから」
特に牧村は鈍いので。と志保は心の中で付け足した。
「そうかな? うん……頑張る」
そんな美園を見た志保は、応援の気持ちも込めて牧村にメッセージを送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます