第31話 検索先輩と次回のシフト

 6月3回目の土曜の今日、夏休み前最後の実務が行われる。内容に関しては、今まで同様、補修済みの木製看板と紙製看板の土台に、模造紙を張り付けていくのがメインの作業になる。

 そうやって出来上がった白紙の看板に、来週から応募が始まるデザインの中から、選ばれた物が描かれて文化祭を彩ってくれる事になる。


 紙製看板の方は、長さこそ10m近くなる物もあるが、幅は1mも無い為、模造紙を貼るのはそれほど難しくない。長さが極端に長い物は、適当な長さ毎に分けて貼る為、短い物と作業自体は大して変わらない。


 一方木製看板の方は、大型の物は縦幅約3mの横幅約2mなので、模造紙を貼るのも苦労する。まずは模造紙のロールから看板より少し大きめのサイズを切り出し、糊を塗った木製看板の上に、しわにならないように上下左右から引っ張りつつ模造紙を貼っていく。

 実際には完全なしわ無しは不可能なので、許容範囲までしわの少ない物を目指す訳だが、現実はそれすら難しく、2枚に1枚は失敗する。はっきり言ってイライラするクソ作業と言って過言では無いと思うが、文実の仲間達と一緒に和気藹々と行うと、これが中々楽しい。失敗を織り込んだ作業予定になっている為、多少失敗しても長引く事が無いのも一因と言える。


 この模造紙貼りを始めた頃は、1年生の多くは緊張の面持ちで作業をしていたが、最終回の今日には、皆明るい顔で作業をしている。

 ふと気になって美園を探すとすぐに見つかった。丁度木製看板への模造紙貼りが終わったところのようで、顔を綻ばせて周囲と少し控えめなハイタッチをしている。彼女が楽しそうだと僕の心も弾む訳だが、ハイタッチを行う「周囲」には男も当然いて、胸がチクリと痛む。以前はわからなかったが、今となってはこれが嫉妬心から来るものだとわかる。


「どうしたマキ? なんか変な顔してるけど」


 横から肩を叩かれて顔を向けると、ドクがそんな事を言って来た。


「新しい自分を発見してた」


 まさか自分がこんな感情を抱くとは思ってもみなかった。


「意味わかんないんだけど」


 呆れ気味のドクと話を続けつつ視線を元の方向に戻すが、ハイタッチは既に終わっており、今は周囲の1年生達と談笑している。今日の飲み会の話でもしているのだろうか。

 僕も1年だったのならあの輪の中にいたのだろうか。そんな下らない事を考えていた自分に気付き、自分の頭を軽く叩いた。横にいたドクは「頭大丈夫?」と失礼な事を言っているが、あまり大丈夫でないのかもしれない。

 結局それは無い物ねだりだ。僕が1年生だとしたら、美園とは何の接点も無いままだっただろう。今の自分はとても恵まれている。



 実務が終わった後、15時からバイトのシフトに入った。1年生の飲み会の様子は気になったが、万が一美園が潰れてしまっても、志保を始めとした友人達が助けてくれるはずだと、自分に何度も言い聞かせて平静を保った。

 それに加えて土曜の夜の忙しさのおかげで、集中力を持たせたままバイト終了の22時を迎える事が出来た。


「牧村君。次のシフト希望そろそろ出してくれる? 来週中には作っちゃいたい」


 バックヤードから更衣室に向かう途中、バイトのリーダーから声を掛けられた。会社の締日が15日なので、この店のシフトは各月の16日スタートで翌15日で終わるように作られている。彼女の言う次のシフトは7月16日から8月15日までの間の物だ。


「わかりました。この後書いときますけど、試験もあるんであんまり出られないと思いますよ。8月からは夏休みなんである程度増やせますけど」


 7月は文実の活動がほぼ無いのでその分の融通は効くが、そもそも何故活動が無いかと言えば期末試験があるからだ。バイトに明け暮れるのは本末転倒になってしまう。


「試験なのは知ってるしそこは無茶振りしないから安心して。7月は花火大会の日に出てくれればいいから」

「花火大会?」

「7月最後の土曜ね。恋人いない連中も見栄張って休むから、人いなくてね」


 リーダーは自分の肩を叩きながら、半笑いで何かの用紙――他の人達のシフト希望票だと思われる――に目をやっている。

 今年で24になるという彼女は、髪留めを外して長い髪をバサッと下ろして息を吐いた。イベント事の際の人繰りにはやはり苦労があるようだ。


「じゃあ書いてきますね」

「頼むよー」


 リーダーから用紙を受け取ってから更衣室に戻り、着替えを終えた。シフト希望を書く前に、調べ物がしたくてスマホを取り出すと、メッセージが1件届いていた。受信時刻はつい先程。


『飲み会終わりました。ご心配をおかけしましたが、お酒は口にしていません』


 力こぶを作るペンギンのスタンプが添えられていた。送り主はもちろん美園で、この様子ならきっと飲み会自体も楽しんだのだろうと、彼女が潰れなかった事と合わせて安堵した。


『安心したよ。気を付けて帰って。おやすみ』

『はい、ありがとうございます。おやすみなさい』


 添えられた手を振るペンギンが微笑ましい。

 即座に届いた返信に胸が温かくなるのを感じつつ、スマホのブラウザを起動して、地名と花火大会を入力して検索を開始すると、先程リーダーが言っていた花火大会がトップに表示された。

 こちらから向かうと、駅より先にある一級河川の河川敷で行われる花火大会で、県下ではかなり大規模な物らしい。



「これ次のシフト希望です。お願いします」

「はーい。ありがとう……ねえ、牧村君?」


 僕が提出した用紙を受け取ったリーダーが、それに目を通してから声のトーンを少し下げた。理由はもちろん――


「花火大会の日に×ついてるんだけど、書き間違い? 直しとくね」

「いえ、間違えてませんのでそのままお願いします」

「見栄張らなくていいんだよ?」


 ふと、彼女の険しかった顔が変わり、優しい顔で僕を正面から見て諭すように言ってくる。


「いや、見栄じゃなくてですね――」

「だって牧村君、クリスマスも出てくれたじゃん! それに彼女いないでしょ」

「決め付けないでくださいよ」

「じゃあいるの?」

「いませんけど、今年の花火大会の日はダメなんです」


 間違ってはいないけど酷い決め付けだ。それだけ人が足りないという事なのだろうが、リーダーは割と必死に食い下がって来る。


「って事は花火大会にかこつけて女の子誘うんだ!? 私を見捨てて!」

「人聞きの悪い言い方やめてくださいよ。ほら8月見てください、お盆全部出勤可能にしてるでしょ?」


 シフト希望はこちらの自由とは言え、一応僕にも罪悪感はある。試験期間の休み希望も減らしたし、お盆も帰省せずにバイトに出るつもりでいる。

 結局、このお盆出勤のカードを切った事が効いたのか、リーダーはぶーぶー言いながらも僕の休み希望を通してくれた。「振られたら出ろ」という縁起の悪い言葉を最後に付け加えてだが。



「しかしどうやって誘ったものか」


 部屋のベッドに寝そべりながら独り言を口にしたが、帰り道からずっとそれを考えている。そして何も思いつかない。

 リーダーから花火大会の話を聞いた時に、美園と一緒に出掛けたいと思った。約束なんてしてもいないのに、一緒に行きたくてその日の予定を空けた。

 花火大会まではあと一ヶ月以上の時間はあるが、彼女はきっと多くのお誘いを受けるだろう。僕がOKを貰う以前の話になるかもしれないので、あまり猶予は無い。


「本当にどうしたらいいのか」


 明日は予定が入っていないが、1日考えてもきっと答えは出ないだろう。

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