第18話 無自覚先輩と噛み合わない会話

 今週の土曜は出展企画に限らず各部で新入生歓迎会が行われる。出展企画部では例年通り、駅近くでボウリングをしてから夕食そして宅飲み、という流れになっている。因みに今年の夕食は焼肉に決まった。


 集合場所の駅から皆で歩いてボウリング場まで向かう時間は大体5分程。組分けは事前に決まっていた為、同じグループになる志保と雄一が、僕と隆に寄ってきた。

 二人は隆と僕に挨拶をして、口々に今日の予定について言及し始めた。


「飲み会って何軒くらいに別れるんすかね?」

「今のところ3軒かな。僕とジンと若葉の家を開けるよ」


 既に飲み会に意識が行っている雄一に、隆が答えた。今日の歓迎会は委員長のジンが参加している。委員長は直接の後輩が付かないので歓迎会は出来ない。なのでジンは去年出展にいた事もありこの歓迎会に加わっている。

 因みに隆も僕と同じく一人称が「僕」の人間なので、慣れない1年生からしたら分かり辛いかもしれないが、幸い同じ組なのは志保と雄一なので大丈夫だろう。


「じゃあ俺隆さん行きますね」

「空いてたらね」

「マッキーさんは家開けないんですか?」

「今いる人数なら足りるだろうからね」

「足りなきゃ開けるって事ですか?」

「応相談」


 雄一の話を引き継ぐような形で質問をしてきた志保は、少し考えるような様子を見せ、ニヤっと笑って言葉を続けた。


「じゃあボウリングで私が勝ったらマッキーさんの家も開けるって事でどうです?ほら二次会、三次会か、そこから来る人だっているんじゃないですか?」

「じゃあ志保が僕に勝って、それでいて場所が足りなければ開けるよ」

「言いましたね?私結構得意ですよ」


 ふっふっふと笑いながら志保は先に行ってしまったが、場所は多分足りるだろうし何より――


「マッキー大人げないよ」

「1個しか違わないだろ」


 苦笑する隆に、僕は正論で返した。



「なんですかそれ!」


 快音と共にピンを全て倒した僕を出迎えたのは志保のそんな言葉。これで開始から3連続ストライクターキー


「言わなかったっけ?僕もボウリング結構得意なんだよ」

「言って無いです!」

「マッキーは去年の優勝者だからね。あの時スコア幾つだっけ?」

「2ゲームで350くらいだったかな」

「ぐぬぬ」

「マッキーさん意外と凄いんすね」


 1年生の二人は対照的な反応だ。そして自覚はあるけど意外は余計だ。



 1ゲーム目が終わって休憩中、トイレを済ませて手を洗いながら右手を見た。惜しくも200には届かなかったが、今日は凄く調子がいい。2ゲーム目に向けて集中しようとトイレから出ると、横の自販機コーナーから知った声が聞こえた。1年生の女子の声だ。


「やっぱり康太さんもいいけど、タクミ君もカッコいいよね」


 副委員長の康太はやはり後輩女子からの人気が高い。見てるといつもバキュームしてるしな。「タクミ君」に関してはわからないが、1年生が君付けする以上は同じ1年生なはずだ。出展企画にタクミという1年生はいないので、広報か委員会企画の方だろう。

 しかし康太と並び称されるという事は相当カッコいいのだろう、羨ましい限りだ。


「美園はここに来る前一緒だったんでしょ?」

「え、うん、そうだけど」

「どうだった?」

「どう、って言われても……」



「マッキーさんどうしましたぁ?なんか調子悪くありません?」


 2ゲーム目の僕は酷いものだった。今7フレームまで投げ終えてストライクどころかスペアさえ1つも取れていない。まるで集中出来ていなかった。

 1ゲーム目で志保には50以上の差を付けたが、このまま崩れ続けると勝利は危うい。勝ちの目が出てきた志保は調子に乗り始めているが、それにツッコむ気力もない。


「本当にどうしました?調子悪いんですか?」

「一つ聞きたいんだけどさ。1年生のタクミ君てどんな奴?」


 僕がどんな顔をしていたか自分ではわからないが、心配して声を掛けてくれた志保は、いきなりの脈絡の無い質問に怪訝な顔を見せた。


「タクミ君ですか?委員会企画で、苗字は長瀬、あ長い方の長瀬です。名前はリフォームしそうな匠君です。一言で言うと高身長イケメンですね、185あるらしいです」

「そりゃ凄い」


 そうとしか言えない。


「どうしたんですか急に?あ、もしかして――」

「いやなんでも。ほら志保の番だぞ」

「あ、じゃあ行ってきますね」


 志保を見送り腰を下ろすと、自然と深いため息が出た。


「マッキーさん、匠がどうかしたんすか?」

「いや、さっき名前だけ聞いてさ。どんな奴かなと思っただけだよ」


 嘘は言っていない。すぐに立ち去ったから、匠本人について聞いたのは名前くらいなものだし、どんな奴かと思ったのも事実だ。


「いい奴っすよ。あいつと一緒だと女の子寄って来ますしね」

「みたいだな」


 雄一はゲスい顔を作ってそう言った。雄一はサネに似てるし空気を読んで茶化してくれたのかもしれない。


「今日だって、こっちも女連れなのに逆ナンされてましたし」

「そうか……今なんて?」

「マッキーの番だよ」

「ああもう」


 欲しい情報が手に入りそうだったところで隆から声を掛けられてしまう。適当に投げて8本倒して雄一にスイッチしたが、早く話の続きを聞きたかった。


「雄一の話を引き継ぎましょうか?」

「引き継げるのか?」


 いっそストライク出して1投目で戻って来いと念じていると、声を掛けてきたのは志保だった。


「一緒にいましたからね、私も」

「ん?」


 匠は今日美園と一緒にいた。雄一とも一緒にいた。志保も一緒にいた。つまり――


「今日どこの部も駅方面こっちで歓迎会じゃないですか?だから昼ご飯から歓迎会までの間に都合の合う1年生で集まってたんですよ」

「そういう事か……」


 またしても自然とため息が出た。


「そういう事なので、まあひとまずは安心してください」

「安心て、何がだ?」

「うっわ。この期に及んでマジですかこの人」


 何故か志保にはドン引きされたが、胸にかかっていたもやは晴れたような気がする。


「最初は楽勝だと思ったんですけどねえ。苦労しそう」


 そこまで言われれば僕にもわかる。


「そう簡単に僕に勝てると思うなよ」

「慢心したらダメですからね。ライバルはほんとに多いですよ」

「ん?ああ」


 同じ事ボウリングについて話しているはずなのに、なんとなく会話に噛み合わなさを感じる。


「とりあえず志保には勝つぞ」

「あーもう」



 この後嘘のように調子が戻った僕は、10フレーム目を全てストライクで飾り、何とか2ゲーム目のスコアを100に乗せ、2ゲーム合計スコアがちょうど300になった。

 優勝は逃したが何とか志保には勝った。だというのに「感謝してくださいよほんとに」だそうだ。

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