第16話 お祈りと彼氏の出来ない後輩

 今日の全体会では、先週土曜の第1回全体実務の労いから始まり、今週日曜の第2回の説明が行われた。真剣に話す委員長のジンだったが、聞き手側とは少し温度差がある。

 1年生にとっても2年生にとっても今日の本番は後に控える部会、皆そちらに意識が行きがちになってしまうのは仕方のない事だった。


 部会での担当希望アンケートは、第3希望まで書いてもらった。第1希望の担当に空きがあればそのまま決定。同じ担当に第1希望が集まった場合は、その担当の長が指名可能になる。それを第3希望まで繰り返して1年生を各担当に割り振るらしい。

 その割り振りは今週の金曜日に部長と担当長のみで行われる為、僕には実際のところはわからない。ただ、自分の担当に来た1年生が実は第3希望でした、なんて事は知ってる者が少ない方が幸せだと思うので、このやり方に文句は無い。



「ちゃんと第2ステージ希望ですって書きましたから」


 帰り道、志保は他の1年生と話して帰るとの事だったので、二人で正門を出た辺りで、美園がそんな事を言い出した。


「あれ本当だったんだ」

「本当ですよ!絶対第2ステージって決めていましたからね」


 以前の発言はきっちりと覚えていた。実際に期待もしていたし、1年生がアンケートを書いている最中も「美園は来てくれるだろうか」と気になって仕方なかった。ついでに言えば今の今まで、どうやってそれを聞こうか悩んでいた。

 だと言うのに、面と向かってまっすぐにそう言ってもらった僕の口から出たのは、そんな風なとぼけた言葉だった。

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、美園は拗ねたような顔を作って見せてから微笑んだ。


「そうか。ありがとう、になるのかな」

「でも希望通りに入れるでしょうか?」


 内心の喜びを抑えて、あくまで冷静を装って礼を言うと、美園は少し不安げに尋ねてきた。


「2ステなら大丈夫じゃないかな、と言いたいんだけど。今年の担当長は香だからなあ。美園みたいに慕って来る子が多いかもしれないね」

「いえ私はまき……そうだと凄く困りますね」


 1年生が加入して約1ヵ月だが、出展企画の後輩女子からの香人気は高い。実際にどれくらいの人数が希望してくるかというのはまるで読めなかった。


「とりあえず祈っておこう」

「祈ってもらえるんですか?やったぁ」

「喜ぶのは祈りが通じた後の方がいいんじゃない?」


 何気なく言った言葉で喜んでくれる、そんな美園につい軽口を叩いてしまう。


「牧村先輩が、私の為に、お祈りしてくれる事に意味があるんです」


 そんな僕に、主語と目的語を強調しながら美園は笑った。

 そう言われて思うが、僕が祈ったのは誰の為だっただろう。確かに美園が希望の担当に入れるといいとは思った、それは間違いない。

 ただ、それが僕と同じ担当であるとわかっている今、願った理由はそれだけではない。むしろそうでない理由の方が大きいと思う。結果は同じかもしれないが僕は、彼女の希望が通る事では無く、僕の願いが叶う事を祈ったのではないだろうか。


「どうかしましたか?」


 無意識に歩みを止めてしまったらしい僕を、美園が下からのぞき込みながら心配そうに尋ねてくれた。気が付くと僕の家の真横だった。


「あ。今日はここまでで――」

「家まで送るよ」


 あまりにも立ち止まった場所が悪くて、僕が家に帰りたがっていると勘違いをさせたのだろう。一瞬辛そうな表情をさせてしまった自分が情けない。


「ごめん。ちょっとボーっとしただけで、ここで止まったのはほんとにたまたまだから」


 嘘では無いのだが、表情にこそ普段通りの美園はきっと心苦しく思っているだろう。


「美園がもう嫌だって言うか彼氏が出来るまでは僕が家まで送るよ」


 今度は照れ隠しでは無く、笑ってもらう為に軽口を叩く。ただ、その内容に嘘は無い。むしろ自分の願望も入っている気がする。


「嫌だなんて言うはずありません!それに、か、彼氏だって出来ないです」


 街灯の下、美園の頬が染まるのがわかる。彼女が先程抱いた申し訳なさは消してしまえたはずだ。


「その気になれば明日にでも彼氏できると思うよ、美園なら」


 思う、どころかまず間違いなく出来るだろう。本心からの言葉だが、一緒に歩き出した美園はどこか不満げだ。


「今日にでも、じゃないんですね」

「今日は……もう無理じゃないかな」


 このまま家に帰れば流石に誰にも会わないだろうし。

 時刻は20時少し前なので美園が呼び出せば10人や20人の男は集まるだろうから、本気なら決して無理ではないと思うが、流石に「その気」レベルでは無い。


「そうですか……」

「落ち込まなくても美園なら――」

「いえ、いいんです。私は彼氏が欲しいんじゃなくて、好きな人に彼氏になって欲しいんですから」


 俯いた顔を上げ、美園は堂々と言いきった。


「だから、彼氏ができるのはちょっと時間がかかるかもしれませんね?牧村先輩」


 悪戯っぽい笑みとともにそう言われてドキリとする。時間がかかる、とはどういう意味だろう。

 まだ好きな人がいないので時間がかかる。好きな人はいるが振り向かせるのに時間がかかる。どちらだろうか。

 結局僕はその問いを口にする事が出来なかった。



 僕の家から美園の家までは歩いて3分。話をしながらならだと本当にあっという間に着いてしまう。


「それじゃあ、次は土曜の歓迎会かな?」

「はい。あの、牧村先輩」

「ん?」


 オートロックの玄関まではあと少し。着いてしまえばいつも通り「おやすみ」を言って別れるだけ、名残惜しくはあるがそれだけなはずなのに、美園は何か言いたげに見える。

 察してあげたいところだが、そんなスキルの無い僕が何も聞けずにいると、左隣を歩く美園がふと立ち止まった。

 合わせて足を止めようとした僕の左肘に、少し重みがかかった。

 肘にかかる重みが無くなってしまわないように首だけ動かして左後ろを見ると、俯いた美園が僕の服をつまんでいた。

 美園は僕の服をつまんだまま一歩前へ、僕の隣まで来て顔を上げた。

 少し上気した顔、潤んだ瞳、つままれた服。一つだけでも十分な破壊力だというのに、3つ同時と来てしまっては僕の処理能力を完全に上回る。


「牧村先輩」


 だが、次に聞こえた言葉はそんな3つ同時三種の神器よりも更に攻撃力が高かった。


「寄っていってもらえませんか」


 何処へ、などというのは止まりかけた僕の脳でも理解できた。

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