番外編 妹の大学デビュー
その日、大学2年生の
理由は妹から届いた一件のメッセージ。内容はここ2週間近く花波が気にしていた妹の大学入試の結果、見事合格との事だ。メッセージでおめでとうの言葉を送ったが、出来るだけ早く自分の口からも伝えたかった。
妹は花波よりも学業成績は良かった。ただ、少し真面目過ぎたのか、昨年の秋頃からほんの少しだが精神的に参っている様子があり、両親は受験ノイローゼではないかと心配していた。
そして、夏休みの模試ではAだった志望大の判定が、10月の模試ではBに落ちた事で、妹は余計に負のスパイラルに陥った。両親が気分転換に連れ出してはいたが、あまり効果は出ていなかったと思う。
情けない話だが、花波自身もそんな妹にどう接していいかわからず、とにかく刺激しないように努める事しか出来なかった。
そんな妹が再びやる気を取り戻したのは、11月の下旬にさしかかる頃だったと花波は記憶している。それ以降の妹は、一時期の停滞を物ともせずに、見事この度志望大の合格を勝ち取った。
苦しんでいる時に何もしてやれなかった分、合格のお祝いはとにかく心を込めてしてあげたかった。妹が好きな苺の乗ったケーキと苺のタルトを買って帰り――もしかしたら母と被ってしまうかもしれないが構わない――思いつく限りの言葉で妹を誉めてあげよう。
「お姉ちゃんお化粧教えて!」
そんな風に思っていた花波を出迎えた妹の第一声は、全く予想していないものだった。
確かに花波は妹にメイクをさせたかった。元がいいのに高校生にもなって全く化粧っ気の無い妹に、何度も教えてあげると迫ったのも事実だ。
(だけど今じゃないでしょ!)
◇
「イメチェンするにしても方向性を決めないとね」
「方向性?」
混乱から立ち直った花波は、とりあえず妹を自分の部屋に招いて今後の方針を決める事にした。
メイクを教えるにしても妹が何の目的でどうなりたいか、それがわからなければ攻め方も決まらない。とりあえず眼鏡をコンタクトに変えて、二つにまとめた野暮ったい髪型を変える事だけは決定済みだが。
「大まかに言えば、派手めにするか清楚系で行くか。とか」
選択肢を出してみたものの、妹の元々の良さを活かすために絶対に清楚系で攻めたいと思っていた。派手めで行きたいと言われたら全力で翻意を促すつもりでいる。
「ええっと……男の人に良く思われる方がいい」
恥ずかしそうに頬を染める妹の発言自体は気になるが、これで方向性は決まった。
「じゃあ清楚系で攻めようか」
派手めが好きな男も多いが問題ない。妹が清楚系で攻めれば、そんな男でも落とせるはずだ。花波は即答した。
◇
そこからの花波は早かった。即座に行きつけの美容室を予約し、そこまでの時間で妹のコンタクトを作りに出かけた。
初めてのコンタクトをおっかなびっくり装着し、鏡を見た妹はしかし、少し不安そうな表情を浮かべている。
「大丈夫。眼鏡をコンタクトに変えただけじゃ印象そんなに変わらないのはしょうがないから。髪型変えてメイクすれば全然違うからね」
「そう、かな?」
「私が保証する」
「……うん。ありがとうお姉ちゃん」
「じゃあ次は美容室ね。染めるけどいいよね?」
「え……染めた方が印象がいいなら、染める」
今まで髪を染めるなど考えた事も無かったであろう妹だが、ほんの少し迷っただけですぐに決断した。男受けを狙う以上好きな人が出来たのだという事はわかるが、花波が何度言ってもオシャレに興味を示さなかった妹が、こうも変わるというのには軽い嫉妬を覚えてしまう。
そこから美容室まではタクシーを使った。歩いても行けない距離では無かったが、余裕を持って到着したかったのと、この後メイクもあるのでただでさえ慣れない事をしている妹を疲れさせたくなかった。
「いらっしゃい花波ちゃん。今回間が早くない?」
「こんにちは~。今日は私じゃなくてこの子」
そう言って、自分の後ろに隠れるように着いて来ていた妹の前に押し出すと、妹はおずおずと挨拶をした。いつもは母が行くような美容室で髪を切っている妹は、初めての雰囲気と男の美容師に多少腰が引けている。
「あの。よろしくお願いします」
「妹さん? よく見ると顔が似てるね。やり甲斐ありそうで嬉しいよ」
「清楚系で可愛くね。あと眉もお願いします」
花波から見て妹の素材は抜群だ。美容師からもよく見れば明らかだろう。そんな素材が今は地味にまとまっているのだから、腕の見せ所なはずだ。
妹ほったらかしで美容師とイメチェンプランを話し合い、方針は完全に決定した。
「じゃあ、後は任せればいいから。私も見てるからね」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
そう言って背中を押した妹は、今なすがままにされている。既にカットは終わり、カラーリングの待ち時間に入った。それが終われば眉を整えて、髪を少し巻いてもらう。
全てが終わってから、妹は眼鏡を外した時とは正反対の表情で鏡を見ていた。メイクこそまだなものの、現段階でも十分な変身だ。花波も美容師に「ありがとう。完璧です」と礼を言うと、「素材がいいから楽しかったよ。次からもよろしくね」と返って来た。
残念ながら妹は来月から県外に行く。それを伝えると口惜しそうな顔をしていたが、こればかりは仕方ない。
◇
「はい。これで出来た」
3月の空が暗くなる頃、最後の仕上げとして妹に施していたメイクが終わった。元々の素材を活かすために清楚に見えるナチュラルメイクを選んだが、花波の予想以上に妹にハマった。ビフォーアフターをSNSにアップして自画自賛と妹自慢をしたい程だ。
「凄い変わるんだね。私だって言っても誰も信じてくれなさそう」
鏡を見ながらそれは嬉しそうに笑う妹が眩しい。
「お父さんが帰ってきたらびっくりするだろうね」
びっくりするだけで済めばいい。妹が恋をして大学デビューを図ろうとしていると知ったなら、父はいい歳してきっと泣く。
「お姉ちゃん。ありがとう、私頑張るから」
何を? と聞き返すのは野暮だろう。と言うよりも妹自身も無自覚かもしれない。
「引っ越しもあるからあと2週間くらいかな。メイクも髪のセットもちゃんと覚えるんだよ。スキンケアも怠らない事。崩れる時は早いんだからね」
「出来るかな?」
ここに来て不安を覗かせて上目使いの妹が、同性ながら非常に可愛い。相手の男がどんな人かはわからないが、この妹を泣かせるようならグーで殴ってやろうと誓った。
「大丈夫、私が教えるから」
頭を撫でてやると、妹は気持ち良さそうに目を細めた。それにきっと、その人のためにここまで自分を変えた妹なら、このくらいすぐに覚えるだろう。
そう思って妹を見ていると、今日一番言いたかった言葉をまだ伝えていなかった事に気が付いた。
「言えて無かったけど合格おめでとう。頑張ったね、美園」
因みに、花波が冷蔵庫にしまい忘れたケーキとタルトは、母がしまってくれていたので無事だった。
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