光の三分間と声と言葉の青春~Color of Words~

サンダルウッド

第1話「我らこそはスペシャリスト!?」

「Be動詞しか知らねぇっつってんだろゴルァ! 舐めんなボケェ!」


 今しがた返却された清潔すぎる英語の答案用紙を眺めながら、俺は胸の内で叫んだ。

 実際は、しかし周りのクラスメイトたちが垂れ流す一喜一憂の声音こわねに隠れて半笑いを浮かべているに過ぎない。


「今回の確認テストは学内平均五十八点でした。少し易しすぎたかもしれませんね」


 英語教師兼担任の平井ひらいが、長い黒髪をかきあげながらハスキーな声で言う。平均五十八点で簡単とかふざけたこと言ってんじゃねえぞアラフォー。カチンときた俺は、気づけば答案用紙をぐしゃりといびつな形に変貌へんぼうさせていた。

 とはいえ、奴のテストは無駄に難易度が高く、テストの種類を問わず平均点は四十点台。だから、いつもと比べれば確かに高い。


「期末テストが近いこともあって、皆さん頑張って勉強されている様子が解答用紙から窺えました。一部を除いては、ですが」


 ご丁寧なサイド情報を耳にして思わず顔を上げると、平井と目が合った。


鷹岡たかおかくん。確認テストに向けて勉強はしましたか?」


 ウェリントンの黒眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げ、益体やくたいもない質問を投げる。


「テストぉ? んなもんあるって言ってましたぁ?」


 両手をだらしなく持ち上げて伸びをしながら、俺は場外ファウルを飛ばした。

 おそらく「していません」という打球を予測していたであろう彼女は、面長な顔をきゅっとしかめた。それを確認し、俺は内心でほくそ笑む。


 我こそは、今や類いまれなるセンスを有する言葉のスペシャリスト……などと言うのは身の程知らずも甚だしいが、少なくとも平井の意表を突くことぐらいは造作もない。なんたって、俺は『声と言葉のボクシング』の全国大会出場の切符を勝ち取ったのだから。

 たった三チーム間で行われた地区予選ではあるものの、内容は実に濃厚だった。初戦で、普段ならばあらゆる点において勝ち目のないリア充チームを破り、最終戦では、地元愛にみちみちた黒部チームをおさえての優勝。


 高校デビューに失敗し、毎日ぼっち飯をっ込んでいるいんキャの自分が、誰もが憧れる大都会"東京"で行われる全国大会へ出場。我ながらにわかには信じがたかったし、クラスメイトの誰も思わなかっただろう。まあ、それもリョウエイと中島なかしまのおかげだ。一チーム三人の団体戦なので、俺ひとりではどうしようもない。

 いや、単なる人数の問題のみではないことを俺は知っている。ほかの誰でもなく、あの二人がチームメイトだったから勝てたのだ。そう強く実感した熱い試合だった。だから、"我らこそはスペシャリスト"と複数形にしないとな。


「コホン」


 平井の咳払いを聞いて、俺の意識は一年二組の教室へと帰還した。

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