第2話 「気配」

「ただいま〜」



 ……ハッハッハッハッ……



 帰宅した私に反応してケージの中で千切れんばかりに尻尾を振る愛犬、こむぎ。


 こむぎは少し前に一歳になったばかりのロングコートチワワのめすで、その小麦色の毛並み……からではなく、名前を考えながら料理している時にたまたま目についた小麦粉からその名を付けた。


 親バカならぬ飼い主バカと言われるかも知れないが、超を10個付けても足りないくらい可愛い。


 ケージを開けて出してやると、私の前をくるくる回ってかまってアピールをしてくる。



「はいはい、いつもお留守番ありがとね〜

はい、おやつだよ〜」



 その愛くるしい姿に萌え死にそうになりながら私はこむぎを撫でてやりつつ、おやつのジャーキーをあげた。



 昼間はかなり過ごしやすくなったが、この季節の夜はまだちょっと肌寒い。


 しかし、この日は妙に生暖かい感じがする夜だった……



「ワンワンワン……!」



 夕食を終え、食器を洗っている私の後でこむぎが不意に吠え始めた。



 ……もしかしたら、そん時オバケが出てるかもよ〜? ……



 昼間の由香ゆかの言葉が頭をよぎる。



 (はぁ……本当に由香のやつ……!)



 不安にかられた私だったが、それでもきっと外を通った犬にでも吠えているだけだろうと、振り返ってこむぎに声を掛ける……



「こむちゃ〜ん、吠えちゃダメでしょ〜!」


「ワンワンワンワン…!!」



 しかしこむぎが吠えていたのは外に向かってではなく、奥にある洋室との間の天井付近に向かってだった……



「こむ! やめなさい!!」



 怖くなった私は、思わず語気を強めてしまう。


 私の声に驚いたこむぎは吠えるのをやめ、ケージの中に入ってしまった。



 (上の階の人の足音か何かに反応して、それに向かって吠えただけ……だよね)



 しかし比較的築年数が新しいこのアパートは、隣室や上下階との壁も厚く防音もしっかりしている。


 そもそもそれが理由でペット可になっているこのアパートを選んだのだし……



 (やっぱりUV波ってやつ、なのかな……)



 取り急ぎ食器を片付けた私は洋室に移動し、スマホを手に取ってネット検索を始める。


 検索ワードは 以前検索した (犬が何もない所に吠える) に加えて (UV波) (犬の霊感) を入れてみた。


 Hitしたサイトを閲覧すると、こんな事が書かれていた……




ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 UV波とは、光の虹色の中で紫の外側に位置している人間には見えない不可視光線であり、犬にはこのUV波が色として視覚化されて見えているとされています。


 霊の持つエネルギーはUV波と同じ波長エネルギーであるという説があり、霊を見ることが出来るというのは、犬にとっては案外不思議なことではないのかもしれません。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー




「こむちゃん、やっぱり見えてるの……?」



 ケージで大人しくしていたこむぎは、名前を呼ばれると喜んで尻尾を振りながら私の隣にやって来た。


 更に読み進める……




ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 霊は犬に吠えられるのを嫌うため、犬がいる家には霊は出ないと言われています。


 犬が何もない所に向かって吠えているのは、もしかしたら霊が家に入って来ないように守ってくれているのかもしれませんね。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー




 それを見た私の心が暖かい感情で満たされる。



「こむちゃ〜ん! 私を守ってくれてたんだね!」



 例え霊が見えているのが本当だとしても、こむぎが私を守ってくれているのだと思うとたまらなく愛おしくなり、私はこむぎを抱きしめようと手を伸ばす。



 その刹那……



「ワワワワワワンッ!! ワンワンワンワンッッ!!!!」



 今までに見た事がないような剣幕で、こむぎが激しく吠えた。


 驚いた私は手を引っ込めるが、こむぎが吠えたのは私に対してではなく……



 見ているのは……私の後ろ……!?



……瞬間、背後に異様な気配をはっきりと感じ、私の心が恐怖の感情で満たされる。



「ワワワワワンッッ!!!」



 尚も激しく吠え続けるこむぎ。


 気配はどんどん強くなってくる。



 どうしよう……



 どうしよう……



 怖い…… 振り返れない……!



 あまりの恐怖に身動き出来ず、私はギュッと目を閉じる。




 ………ピンポーン………




 不意にインターホンが鳴り響き、同時にあれほど強烈に感じていた気配が嘘のようにかき消えた……



 ハァッ、ハァッ、ハァッ……



 激しい動悸が収まらず、呼吸もままならない私に、いつの間にか吠えるのを止めていたこむぎが寄り添ってきた。



 ピンポンピンポーン……



 再び呼び鈴が鳴り響き、ようやく我に返った私はインターホンの画面を確認する。



 画面の向こうでは由香が手を振っていた……











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