中空に吠える犬

ツネち

第1話 「春の昼下がり」

「そういえばさぁ、飼い犬が突然何もない所に向かって吠えたりする事ってあるじゃん。

あれ、何でか知ってる?」



 多くの生徒で賑わいをみせる学生食堂。

ランチ後のまったりとしたひと時。


 いつものお喋りタイムに興じる私達に、友人の由香ゆかが唐突にこんな話題を切り出してきた。



「あ、知ってる〜! なんか人間には感知出来ない電磁波が何たら、とかいうやつでしょ〜?知らんけど〜」



 もう1人の友人の陽菜はるなが間延びした声で話題に乗ってくる。



「あんたは関西人かwww でね、その電磁波って実は霊が出してる波動と同じらしいの。だから犬が何もない所に向かって吠えてるのは霊に向かって吠えてるのかもしれないんだって! ねぇ瑞樹みずき、怖くない?」



 (はぁ、やっぱりそっちの話か……)



「別に。犬が何もない所に吠えるなんて珍しくもないし」



 私は興味なさげに答える。



「瑞樹んとこ、こむちゃんいるじゃん、やっぱそういう事ってあったりするんだ? もしかしたら、そん時オバケ出てるかもよ〜?」


「こむこむ、めっちゃ可愛いよね〜♡

ね、今度瑞樹んち遊びに行っていい?」



 私が飼っている犬、こむぎを引き合いに出して私を怖がらせようとする由香に対して、とことん天然マイペースな陽菜。



「はいはい、どうしてもそっち方面に持って行きたい訳ね。ちなみにその電磁波ってUV波って言うらしいんだけど、霊が現れる時の波動がUV波と同じなんて実際何の根拠もないんだよ?」


「え〜? それじゃつまんないじゃ〜ん!」



 食い下がる由香。



「UV波って、なんか日焼けしそうな名前だね〜」



 素でボケる陽菜。



「いや、つまんないとかじゃなくて……」



 ……キーンコーン……



 予鈴が鳴った所でお喋りタイムはお開きになり、私は内心でホッとしていた。


 平静を装ってはいたものの、その実私はしっかり怖がっていたのだ。


 ……正確には由香の話を聞いてではなく、しばらく前から……


 一年前、大学生になった私は実家を離れて一人暮らしを始める際、進学祝い兼一人暮らしのお供にと両親にお願いし、プレゼントされた室内犬を飼い始めた。それがこむぎである、


 そのこむぎが最近何もない所に向かって吠える事が多く、気になってネット検索をしてみた所、例の由香の言う話を見つけてしまったのだ。


 そういう話がまるでダメな私は、霊が見えている説に科学的根拠がない事や他の現実的な説を見つけては、そちらを信じる事にしていた……していたのに……由香のやつ……!


 由香はこういったオカルト話に目がなく、どこかでネタを見つけてはしょっちゅう話題に出してくる。


 オマケにどうも私が実は怖がりなのを見抜いているふしがあり、事あるごとに私を怖がらせようとしてくるのだ。



 (よりにもよって最近私が意識してた話をピンポイントで突いてくるなんて……せっかく気にしないようにしてたのに……由香のやつ、どこかで私の行動を見てるんじゃないよね?)



 気にしないと言いつつも意識してる時点で実際は気にしているのだが、そんな事は棚に上げて心の中で由香に当たり散らしながら、私は席を立った。



「さ、行くよ! 午後の講義に遅れちゃう」



 本格的な春の到来を感じさせてくれる心地良い木漏れ日の中、私達三人は並んで歩き出した……


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