20人目:ある戦場カメラマンの場合
「ここは…戦場じゃないか!」
地響きのように大砲の轟音が鳴り響く中、気絶していた私は目を覚ました。
本能的な危機感から咄嗟に体を起こすが、
次の瞬間には激しい目眩に加え、吐き気まで込み上げ始め、
私は思わず目の前の土壁にもたれるように手をついて体を支えた。
「う…頭が…」
激しい頭痛に苦しんでいると、一人の兵士が私の元へ近寄ってきた。
兵士は私の状態を見ると、何か話し始めた。
しかし、彼が何を言っているのかよく意味がわからなかった。
頭痛と眩暈のせいか、聞き慣れない国の言葉を聞くかのような感覚に陥ってしまったのだ。
私は必死に彼の口元を見ながら会話に集中する。
「…おい、大丈夫か?俺の言ってることが聞こえてるか?」
ある瞬間を境に、スイッチが切り替わったかのようにハッキリと意味がわかるようになった。
「すまない、ちょっとフラフラしていて。」
「気にするな、頭部に流れ弾をくらったんだ。
ヘルメットに守られたとはいえ、とてつもない衝撃には違いない。
ほら、立てるか?」
「あ、あぁ…」
私は彼の肩を借りながらゆっくりと立ち上がる。
「気をつけろよ、塹壕からはあまり無防備に飛び出さない方がいい。
さっきの二の舞になっちまうからな…それで、お前所属部隊は?」
「所属…」
そこで私はハッとした。すっかりさっきの衝撃で記憶がなくなっていたのだ。
するとそれを察したのか、彼は私の首から下がっているものを指差す。
「そのカメラ、お前記録部隊だな。」
「カメラ?」
私は自分の首から下がっているカメラに触れた。
「ああ、言わば軍お抱えの戦場カメラマンみたいなのがいると聞いたことがある。
戦争に勝つ前提でその勝利の記録を残すんだとかなんとか言って、上層部が設置した部門らしい。
まぁ、なんともせっかちな話だがな。」
「そうか…申し訳ない。まだ良く思い出せないみたいで。」
「まぁ前線ではたまにある話だ。
もし思い出せないようなら、撮った写真でも見返してみたらどうだ。」
私はカメラを操作し撮影した写真を確認した。
基地の中の様子や軍の人間のポートレート写真、
前線に出る前に試し撮りしたのか作戦地図のかかった壁の写真などが何枚か記録されていた。
しかし、戦場を写したものは一枚もない。
まさにこれから任務開始という時に気絶してしまったのだろう。
「…どうやらまだ私は何も本来の任務に貢献できていないようだ。」
「だったら俺についてこいよ。試しに俺らの部隊の様子を記録するんだ。
そうすればだんだん仕事の感触も掴めてくるだろう。」
「そうだな、それではお言葉に甘えて。」
「よし、決まりだ。
なぁに、また気絶して記憶喪失になっても、写真のデータは残るから安心してくれ。」
「は、はぁ…」
「冗談だって、ほら行くぞ。」
彼は軽く笑うと、ヘルメットを被り直した。
その後、私は彼とともに険しい塹壕の中を進んでいき、その過酷な実態を目の当たりにした。
極度の緊張とストレスにやられて震えながらうずくまっている者、
医療部隊の到着を待ちながら痛みを堪え唸り声を漏らす者…
どれも私の想像を遥かに超える惨状だった。
「酷いもんだろ?もう日付がわからなくなるほどここで過ごしてるやつだっている。
安全な場所で地図と睨めっこしてるだけの上層部は知りもしないことだろうがね。」
「なんと…」
私は自分の無知を恥じた。
人づてに聞いた話で知った気になっていただけで、
実際の戦場はどうなっているかなど想像すらしたことがなかった。
この現状を一人でも多くの誰かに伝えねば。
そう本能的に感じた私は、半ば衝動的にシャッターを切った。
もしかしたら、ファインダー越しで見ないと直視できないほど、
最前線と言う場は私には受け入れ難い酷な世界だったのかもしれない。
「行くぞ。俺たちの持ち場はこの先だ。」
数分後、気づくと私はより激しい戦火の中に身を置いていた。
あたりを飛び交う銃弾の数はさっきとは桁違いに増え、爆音が止むことなく脳を揺さぶる。
自分が死んでいないことが幸運だと思えるほどであった。
それでも私はカメラを手放していなかった。
寧ろ、過酷な現状を知れば知るほど、使命感のような何かが心の中に目覚めていたのだ。
上官たちの自己満足のためでなく、歴史の証人として、
そしてこの惨状の記録者になるために戦場で写真を撮ることこそが自分の役目だと思うようになったのだ。
もう二度と、こんな戦争が起きないためにも…
一方、塹壕の反対側の基地では敵国の上官たちが緊急会議を開いていた。
「昨日送り込んだ我が国のスパイだが、まだ帰ってこないのか。
敵の幹部の顔写真と作戦地図の記録写真を何枚か撮ったら直ぐに帰還する予定だと言うのに、
いくらなんでも遅すぎるぞ。まさか…捕まったのか。」
「敵国の記録部隊に変装させましたので、それはありません。
優秀な人材を派遣したので、もう暫しすれば帰ってきますよ。
なんせ敵国の言葉が達者に話せる、ひときわ使命感の強い男を送り出しましたので…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます