19人目:あるお化け屋敷のアルバイトの場合

「暗いな…ここは…?」

目を覚ました僕はとっさにあたりを見渡すが、周囲がよく見えない。

はじめは起き抜けで目がぼやけているからだと思っていたが、

暫くして自分が暗闇の中にいるからだということに気がついた。

すると、どこからともなく暗闇を切り裂く様な甲高い女性の叫び声が聞こえてきて、

ようやく僕は自分がどこにいるのかを思い出した。


「しまった。またバイト中に寝ちゃったよ。」

地方の寂れた遊園地の一角にあるお化け屋敷で僕は働いている。

働いているといっても、年がら年中ここにいるわけではなく、

あくまで夏のアルバイトとして毎年地元に帰省する少しの間、ここで働いているだけということだ。

「今日もお客全然来ないな。やることもないからついつい寝ちゃうよ。」

働きはじめの頃こそ、お化け屋敷という非日常世界に心を踊らせながら、中々に楽しく働けていたのだが、毎年毎年お化けの仮装をしてここに立っていると、

自然といろんなものに慣れてしまい、今となっては静かで冷房の効いた、

単調でサボれる職場という感じになってしまった。


「あーあ、何人か適当に驚かしたらまた隠れて寝てようかな。」

しばらくぼうっとしていると、若いカップルが近づいてきた。

「ねぇ…私、割とこういうところ苦手なんだけど。」

彼女の方は不安げに彼氏の後を追って歩く。

「大丈夫だって、こんなの作り物なんだから。

ほら、ここの人形なんか見てみろよ、古くて色が剥げてるぜ。」

そう言って彼氏が指を差した先には老朽化の進んだ、古い人形が。

その人形は、赤外線センサーで二人の存在を感知すると、

ノイズの混じった叫び声を再生しながら動き始めた。

「きゃあ、ああ何よもう。わかっていてもびっくりしちゃう。」

「ははは。逆にこれはこれでチープすぎて笑っちゃうよ。」

ははぁ、この手のお客か。と僕は思った。


「こういうお客は後ろから気配を消して近づいて、

時間差で自分で気づかせる方がびっくりするんだ。ようし。」

ちょくちょくサボってはいるもの、一応僕だってお化けとしてはベテランだ。

毎年やっている夏のアルバイト経験で培ったスキルをフル活用し、僕はさっと気配を消した。

そしてヘラヘラと笑う男の背後をロックオンすると、茂みを出てそろりそろりと近づいた。

僕と男の距離はあとほんのわずかのところまで縮まり、さぁ今だと後ろで物音を立てようとした次の瞬間、

その気配に気付いたのか男が振り返ってしまった。

しかし、男は驚くわけでもなく、ただ興醒めな冷ややかな目で僕の方をじっと見ていた。

しまった、という声が思わず漏れる一歩手前で僕はとっさに茂みに逃げ込むことに成功した。

異変に気付いた彼女の方が男の袖をつかんで振り返る。


「ねぇ、どうしたの。早く出ようよ。」

「あぁ?うん。ごめんごめん。しみじみとしょぼいお化け屋敷だなって。」

恥ずかしさのあまり自分の顔が真っ赤に染まるのが暗闇の中でもわかった。

いくらなんでもカッコ悪すぎる失敗をしてしまった。

「寝起きなのもあるのかな。普段はこんなミス絶対にしないのに…」

仕事に慣れていたせいで、いつからか自分の中に慢心の気持ちが生まれていたのだろうか。

こんな状態では良くないと一念発起した僕は、

その後も同様の手段で他のお客を脅かそうと苦心したが、結果は芳しくなかった。

いつも後少しのところで、振り向かれてしまいそこから刹那の気まずい沈黙。

次こそはと気持ちを立て直しながら挑むものの、毎回赤面しながら茂みに戻ることになる。


「はぁ…もう今日はどうなってるんだ。次がダメだったら今日はもう諦めよう。」

僕は息を潜めて茂みの中から次の標的を待った。

静けさと暗闇があたりを支配する中、遠くから二人の足音が聞こえてきた。

どうやら若い女性二人組の様だった。

足音が近づくにつれ、徐々に緊張感が高まる。

こんなにも緊張するのはここで初めてここでアルバイトをした時以来以来だろうか、

一瞬が永遠にも感じられる様な奇妙な一時であった。

そうして二人が近づいたその瞬間、僕は茂みの中から動き出そうとしたものの、

またしても片方に気づかれてしまった。


「しまった…またか…」

茂みの中に隠れている段階ですらバレる様になってしまってはもう失格だ。

さぞ僕の間抜けな姿を見てがっかりしていることだろうとその女性の顔を見上げると、

意外なことに、片方の方はよほど驚いているのか、顔を真っ青にしたままわなわなと震えている。

「こ、これって…」

するとほんの少ししてその異変に気がついたもう片方もこちらの方を見ると同様に停止してしまった。

しかし、どうやら二人とも僕の顔を見て驚いているわけではなかった。

僕自身でない何かを見る二人の視線に違和感を覚えた僕は、その視線をなぞった少し後ろの方に目をやった。


「あっ…そんな…」

そこにはアルバイト中に発作を起こして倒れたまま、既に手遅れとなった僕の体がぽつんと茂みの中で横たわっていた。

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