18人目:ある森をさまよう青年の場合

「なんだここ…う、ぺっ!ぺっ!」

青年は口の中に入った土埃を吐き出した。

「ここは…」

薄暗く荒んだ森の景色には不釣り合いなほどに美しい顔立ちの青年は、

地べたから体を起こすと周りを見渡す。

「酷い有様だな、怪我がなくてよかった。」

青年が横たわっていた地面はひどく荒れ、ところどころ土がえぐれている。

まるで青年が高いところから勢いよく地面に落ちたような形跡であった。


「なんでこんなとこにいるんだ…何かの拍子で忘れてしまったのか。」

青年は自分のいる場所に心当たりがなかった。

しかし、家には戻らなければならない。

青年は家路を探すために森の中を歩き出した。

茂みをかき分け、斜面を上り、青年は歩き続けた。

しかし、どれだけ進み続けても一向に家への帰り方が思い出せない。


「あそこの家…灯りがついているな。」

森の中にポツンと一見立っていた古びた木の小屋の窓に灯りがともっていたのを見つけた青年は、その戸を叩いた。

開かれた玄関戸の向こうからは薄汚い大男が現れた。

ボロボロの服に身を包んだ山賊の様な風貌のその男は、青年を見下ろした。


「なんだぁ、おめぇは。オレらの隠れ家に何の様だ。」

威圧的な男の態度に臆することなく、華奢な体つきの青年は堂々と答える。

「実は道に迷ってしまって。僕の家を知らないか。」

「ああ?何言ってんだ、知ってるわけねえだろ。」

するともう一人、これまた薄汚い大男が奥から出てきた。

「おい、騒がしいな。何事だ。」

「ここのガキが迷子なんだとよ。」

「おやおや、随分とお人形さんみてえな可愛らしい顔してんな。

どこぞのお坊ちゃんが森で迷子ってか。」

「しかもこの首のペンダント見ろよ。中々に良い作りだぜ。」

男の片方が青年の首にかかっていたペンダントに触ろうとすると、

青年は素早くその手をはたき落とした。

「いってぇ!お前、何しやがる!」

「これは父からもらったものだ。気安く触るな。」

「なんだとぉ、ヒョロっちいくせに生意気なやつだ。おい、やっちまおうぜ。」

「ああ、やっちまおう。」

大男達は青年に飛びかかると、二人がかりで押さえ込んだ。

しかし、青年はそれを跳ね除けると、反対に二人をのしてしまった。

「野蛮な奴らめ。残念だが、手がかりはなかった様だ。」


ここにいても仕方がないと思った青年は小屋を離れると、再び森の中を歩き続けた。

気づけばあたりはすっかり暗くなり、空を見上げると満月が登っていた。

「もうすっかり夜になってしまったな。」

青年が夜空に気を取られていると、足元の茂みの中から大きな蛇が飛び出してきた。

蛇は青年の正面を陣取ると、瞳を光らせて獲物への狙いを定めた。

青年はそれをみて閃いた。

「そうだ、蛇に聞いてみよう。」

首のペンダントに触れながら蛇の頭上に手をかざすと青年はこう告げた。

「僕は今迷子で困っているんだ。誰か家を知ってそうな人間のところまで案内してくれ。」

先ほどと打って変わって、蛇は従順な柔らかい目つきになると、するすると茂みを進み始めた。

蛇に置いていかれない様に青年は走り続けると、いつの間にか暗い森を抜けていた。

青年と蛇は月夜の灯に照らされながら、林の中を進み、広い草原を進み続けた。

すると、蛇は突如動きを止め、自分の役目が終わったことを示した。


「ここは…なんだ?」

青年が蛇に案内された先にあったものは大きな大理石の建造物であった。

彫刻の施された大きな柱が何本も立っており、人工の池や川もそばにあった。

初めて見る建物なのに、どこか親近感を覚えた青年は思わず近寄っていった。

「すみません、誰かいませんか。」

「きゃぁ、こんな夜更けに誰ですの。」

青年が出会ったのは神秘的な服に身を包んだ女性であった。

女性はどこか人間離れした青年の雰囲気に興味を持ち、覗き込んだ。

「そ、そのペンダントの模様…どこでそれを?」

「これは父からもらったものだ。」

「そんなはずはありません。だってその模様は全知全能の神、ゼウス様のシンボルなのですから。」

女性が指さした先の壁には、ギリシアの神々を従える、全知全能のゼウス神の姿が描かれていた。

「そうか…ここが噂に聞く人間界の神殿とかいう…」

そう言い終わらないうちに、青年は突如落ちた雷に包まれると、次の瞬間には女性の前から姿を消していた。


「ようやく見つけた。人間界の方まで落ちていったから探すのも一苦労だったんだぞ。」

雷によって我が子を人間界から連れ戻すことに成功したゼウス神は安堵のため息をついた。

「だから雲の裂け目には近づくなと言っただろう。

神の子とはいえお前にとって人間界はまだ危険な場所なんだぞ。」

「ごめんなさい。人間界に落ちた衝撃ですっかり自分がどこにいるのか忘れてしまっていたよ。

危険なのはわかってたけど、人間の世界にどうしても遊びに行きたくて。」

「全く、どうしてこうも子育てってのは手がかかるんだ。

全知全能の神と呼ばれたこの私であっても、親としてはまだまだ半人前の様だな…」

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