17人目:ある会見に出る社長の場合

「このたびは…えぇと。まずい、緊張で内容が飛んでしまったのか。」

会見場の隣の控え室で、社長は冷や汗を流しながら緊張で震える手を抑える。

部屋の中には会見前にもかかわらず社長以外の人間は誰もいなかった。

「あ…社長おひとりだったのですね。」

会見の運営に駆り出されていた私は控え室にうっかり入ってしまったことを後悔した。

「えっと…大丈夫ですか?」

「あ、ああ…どうにもこういう場に出るのは不慣れでな。」

こういう会話に慣れない私はどうしていいかわからず、精一杯の機転をきかせようと試みた。

「そうだ!お水を取ってきましょうか。」

「そうだな、頼む。」

「では行ってまいります。」


緊張感から逃げる様に私は部屋の外に出ると、ウォーターサーバーを探しに向かった。

会場は思っていたよりも広く、廊下は迷路の様だった。

あっちへこっちへと移動している間に、すれ違った他の社員らの会話が聞こえてきた。

「なぁ、今日の会見大丈夫かね。」

「どうだろう、素直にうまいことできるのか…」

「なんせあの社長のことだ。非を認めるのかね…」

ひそひそと低い声で今日の会見について話している様だった。

そこで私の頭の中に疑問が浮かんだ。

「そういえば、今日は何の会見なんだろう。急に駆り出されたから聞かされていなかったな。」

しかし、自分の任務を思い出し再び廊下を進んだ。


すると、しばらくして再び別の社員と遭遇した。

今度は私の見知った顔であった。

「あ、どうも。社長の秘書さん…でしたよね?」

「ああ君か、久しぶりだな。今日はなんでこんな会見に?」

「運営の応援で急遽駆り出されたんです。マスコミの数が思ってたより多くて。」

「全くだ。こちらも後手後手にならざるを得ないほどの混乱ぶりだ。」

「いったいこれは何の会見なんですか?」

「社長の謝罪会見だよ。」

「ええ!謝罪会見ですか!」

そうなってくると、私の見た光景の意味がだいぶ変わってしまう。

なんせ社長は控室で緊張のあまり会見の内容を忘れている様だったからだ。

謝罪する張本人が記憶喪失になるなど前代未聞だ。

「大変だ!尚更早く水を届けて落ち着いてもらわないと!」


すると社長秘書はその異変に気付いたのか立ち去ろうとする私の腕を掴んだ。

「おい待て、水を届けるって誰にだ。」

「誰って、社長ですよ!

一人でプレッシャーに潰されそうになっていて、会見の内容すら飛びかねない勢いなんです!」

すると秘書の顔が一気に険しくなった。

「何、君…社長の部屋に入ったのか?」

「はい。うっかりと入ってしまいました。」

「何てことしてくれたんだ!あの部屋には誰も入れるつもりがなかったのに!」

「え、それはどういうことですか…」

「もういい、私が対処する!」

秘書はずんずんと廊下を進んでいくと、社長のいる控室の方まで歩を進めた。

事態がつかめない私は、取り残されない様に必死について行った。


「ああ…どうしようどうしよう。」

そっと秘書がドアを開けて部屋を覗き込むと、社長の悲壮感はより増していた。

私の社長に対するイメージは、何方かと言えば傲慢さの目立つ頑固で怖い印象であったので、

目の前にいる縮こまった中年男性はまるでそれとは別人に見えた。

びっしりと汗をかき、シャッターの音に怯える様に耳を塞ぎながらガタガタと震えている。

「よし、順調な様だな。」

「順調?どこが順調なんですか!普段とまるで別人になってますよ!」


次の瞬間、バタンと大きな音を立てて秘書は扉を開け中に入った。

「さぁ、社長。会見のお時間です。」

「ひっ…な、なんだ君か。おい、この部屋、なんだか妙に暑かったり寒かったりする気がするぞ。」

「それは緊張のせいでしょう。なんせとんでもないことをされたのですから。」

「と、とんでもないことだって…私はなんてことを…」

「会見の内容は原稿を渡しますのでこの通りにお願いします。

全力で誠意を見せなければ世間は許しませんからね…」

「ひ、ひぃ…わかったよ…」

社長は震える手で原稿をとると恐る恐る会見に向かった。


それを見送るなり秘書は冷暖房の温度を調節した。

「やっぱり部屋の温度、おかしくなってたじゃないですか。」

「これも作戦のうちだ。極度の室温の変化は緊張を煽る。

まぁ、他の細工に比べればこんなの大したことないが。」

秘書はそう言いながら胸ポケットから取り出した錠剤入りの瓶を軽く振って見せた。

「…なんでそんなことを!」

「実は今回の会見内容だが、社長の汚職疑惑に関してなんだ。」

「汚職って…あの社長が?」

「ああ、ただ。あの頑固さが厄介でな。

どんなに説得しても自分の非を認めず会見では謝らんと譲らないんだ。

だから、会社を守るために社長をとことん緊張に追い込んで、無理やりにでも謝らせようと様々な工夫を凝らしたんだ。

そうでもしないと彼は謝らないからな。」

「なんと…」

すると、会見場からは助けを求める様な情けない声が聞こえてきた。

「こ、この度は…申し訳ございませんでしたぁあぁあ!」

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