15人目:ある遊園地のマスコットの場合

「あ、あれ…?」

照りつける暑さの中、僕は地面に倒れていた。

遠くの方から回転木馬の愉快な音楽と楽しそうな人の声がぼんやりと聞こえてくる。

ここは遊園地のど真ん中の様だ。

とにかく起きねばと思い身体を起こそうとするが、うまく起き上がれない。

そこで僕は自分が着ぐるみの中にいることに気がついた。

「なんで…なんでこんな着ぐるみ姿に…」

ぼうっとしていると、遠くから大きなゾウの着ぐるみが近寄ってきた。

間の抜けた顔をしたそのゾウのキャラクターは、倒れる僕を見つけるなり乱暴に引っ張って起こした。


「おい、新人。俺だ、大丈夫か。」

ゾウは僕にだけに聞こえるように耳打ちをした。

「はい、なんとか。」

咄嗟に答えたものの全く大丈夫な状態とは言えなかった。

経験したことのない暑さに加え、明らかな脱水症状で僕の意識は酷く朦朧としていた。

今は吐き気を堪えながら、倒れない様に立っているだけで精一杯だった。

それに、こんな調子だからなのか、自分が何故着ぐるみに入っているのか思い出せない。

「慣れない姿だから無理もない。さっさとやることをやったら戻るぞ。」

「は、はい…」

「俺は持ち場に戻るが、何かあったらすぐに駆けつける。いいか、くれぐれも失敗するなよ。」

間抜けな顔のゾウはそう言い残すと、どしどしと足音を立てながら去っていった。


「しまった…やることって何のことだ?僕は何をすれば…」

あてもなくあたりをうろついた僕は近くの建物の大きなガラス窓の前に立つ。

「ウサギ…なのかなこれは。」

ガラスには先程のゾウの着ぐるみに負けずとも劣らないほどに気の抜けた顔をしたウサギが映っていた。

おそらく自分の着ている着ぐるみはこの遊園地のマスコットキャラか何かなのだろう。

「まいったな。何が何だか。それに…うっ。気持ち悪い、吐きそうだ。」

真夏の着ぐるみの中は信じられないほど、不愉快な暑さで充満していた。

「日陰に…どこか涼しいところに行かないと。」

僕は救いを求めるように、近くの券売ブースの屋根の下に駆け込んだ。

しかし、あっという間に小さな子供たちに囲まれてしまった。

「わー!一緒に写真撮って!」

「押さないでよ!僕の方が先だったんだぞ!」

券売ブースは一気に賑やかになってしまい、到底休憩できるような状態ではなくなってしまった。


それを見た先程のゾウが大慌てで駆け寄ってきた。

「おい!何考えてるんだ!こんなところで目立ってどうする!」

「いや…でも目立ちますよ。こんな格好だったら、お互い。」

「それもそうだが仕事の内容が内容だからな…おい、待て!あそこ!」

ゾウが合図した先にはこちらを見てはしゃいでいる若い女性とその連れの男がいた。

「逆に目立つことでおびき寄せたか、流石だ。ではあとは頼んだぞ。」

そう言い残すとゾウはその若い女性と男がこちらへ来るのを見るなり身を引いた。

「ねえねえ!ちょっと!この子、この遊園地のマスコットキャラよ!」

「はぁ。そうですか。」

「写真撮って頂戴よ。ほら、カメラ持って。」

「い、いけません。今日はあなたから離れるわけにはいかないのです。」

「こんな状況で何が心配なわけ?ほらいいから。」

その女性は男にカメラを渡すなりこちらへ駆け寄ってきた。

「わー!ふかふかなのね!」

勢いよく抱きつかれて僕は思わず声が出かけた。

すると、その瞬間ゾウが僕と女性を連れの男から遮る様に素早く割り込んだ。


「今だ!やるんだ!」

「えっ、やるって…」

「頭だよ!頭を使え!」

「ええっと、どうしよう。こうかな。」

とっさに僕はマスコットキャラクターらしく女性に抱きつき返した。

しかしゾウは再び焦った声で耳打ちする。

「おい、何やってるんだ!」

「何って…こうするものじゃないんですか。」

「違うだろ!なに頓珍漢なこと言ってるんだ。頭を使えは言葉のまま…」

そう言い終わらないうちにゾウは女性の連れの男に突き飛ばされた。

「おい!そこをどくんだ!」

「ちょっと!乱暴はやめて頂戴!」

「すみません。しかし、私の視界が遮られていた今の一瞬で何かおこってたら大変ですから。」

「馬鹿言わないでよ。そんなことあるわけないじゃないの。」

二人はなにやら訳のわからない言い争いを続けていたが、僕はさっきの言葉がずっと引っかかっていた。

「頭を使う…」

よくわからないまま自分の頭部を触っていたら、耳のあたりにボタンの様なものを見つけた。

「なんだこれ…」

「早く!そこを押せ!」

倒れたゾウはいきなり声をあげる。

「えっ。」

その声に驚いた僕は声のした方を振り向きながら、ボタンを押してしまった。

すると次の瞬間、私の両耳から麻酔針の様なものが発射され、ゾウに命中した。

「ち、ちが、俺じゃなくて…その女…」

ゾウは言葉も絶え絶えになり気絶してしまった。

するとそれを見るなり男は僕を素早く転倒させ取り押さえた。

「やはりお前らだったか。

我が社の社長令嬢を気絶させて拐おうとこの遊園地に忍び込んでいた二人組の誘拐犯どもは…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る