14人目:あるスーパーヒーローの場合

「スーパーヒーロー!助けて!」

暗い瓦礫の中に響き渡る女性の甲高い叫び声で私は目覚めた。

「う、動けない。足が瓦礫に…あいたた」

私の片足は崩れたビルの残骸に挟まれており、容易には抜け出せなくなっていた。

すると私の声を聞いてか、瓦礫の向こう側で再び声がした。


「その声…他に誰かいるのね!」

「はい、瓦礫に足を挟まれてしまいまして。そちらは大丈夫ですか。」

「ええ。でも周りを瓦礫に囲まれて身動きが取れないのよ。」

「それは不安でしょう。まずは落ち着いて助けを待ちましょう。」

「その助けだけど、もう来ているはずなのよ。

この崩落したビルから逃げ遅れた人を助け出すために、パワーガイが来てるのよ。」

「ビル崩落…パワーガイ…?」


そこで私は自分の記憶がないことに気がついた。

恐らく事故の時に頭でも打ったのだろう。

「あなた、知らないの?今話題のスーパーヒーローよ。」

「すみません、事故のショックで記憶がとんでしまいまして。

そのパワーなんとかってのはすごいんですか?」

「ええ、とんでもない怪力の持ち主で、どんな場所からも怪我人をレスキューしちゃうのよ。

なんでも元々は普通の人だったけど、ひょんなことからパワーに目覚めたらしくて。」

「それではそのヒーローとやらを待つしかないですね。

ここらへんの現場に来ているのであれば時間の問題でしょうし。」


そうして私とその女性は、瓦礫の壁越しに声を掛け合いながら、スーパーヒーローの到着を待った。

しかし、いくら待てど、ヒーローの声はおろか、人の足音さえ聞こえてこなかった。

「かなり時間が経ちますが、誰も来る気配がありませんね…」

「そうね、パワーガイにも何かあったのかしら。」

「この瓦礫の具合から察するに、かなり大変な事故だったようですしね。」

「そうね。流石の彼も…あ!」

「なんですか?」

「もしかして、あなた…パワーガイなんじゃないかしら。」

「ええ?私が!」


思わず私は耳を疑った。

「だって、あなた記憶がないのよね?」

「ええ、一時的ではあると思いますが。」

「あなた、年齢は?」

「まだ若いとは思いますが。」

「じゃあ、髪の色は?」

「どちらかというと茶色っぽいです。」

「筋肉は?」

「人に誇れるほどではありませんが。」

「またまた、ご謙遜を。」

「ちょっと待ってくださいよ。何か勘違いしてませんか?

私はパワーガイなんかじゃなくて、冴えないただの男ですよ。」

「でもパワーガイだって元は普通の人間よ。

あなたの記憶がない以上は、絶対にないとは言い切れないわ。

それに、現場にいた人だってかなり少なかったんだから。」

「そんなこと言われてもな…」

「試しに近くの瓦礫をどかしてみたらどうかしら。」

「まぁ、試すぐらいなら…」


言われるがままに、私は足を覆っている瓦礫を動かそうと

思いきり力を入れてみたが、ピクリとも動かなかった。

「ああ、ダメだ。」

「まだ自分の力を疑っているからじゃないの。

いい?あなたはスーパーヒーローなのよ。」

「そんな断言されてもな…」

そう二人で話していると、突然あたりの瓦礫が大きく揺れ始めた。

頭上のビル壁の残骸がずれ、割れ目から大量の砂埃が降ってきた。


「きゃあ。いきなり瓦礫が崩れ始めたわ。」

「ゲホゲホ …どこかの重なりが滑ってずれたのでしょうか。

とにかく今は助けを待って…」

「そんなにのんびり待てないわ!このままじゃ死んじゃうわよ!

それに、もしあなたがスーパーヒーローだったらどうするのよ!」

「だから私はそんなんじゃ…うわ!」

突如私の真横に落下してきた鉄骨が、鋭い音と共に地面に突き刺さった。


「まずい!また崩れる!」

「助けて!こっちに壁が倒れてきそうなの!」

「ああもう!こうなりゃヤケだ!」

その瞬間、私の中で何かがぷつんと切れた音がした。

死の際に追い込まれ、体の使われていない筋肉までもが活性化をし始めた様だった。

私は呼吸をすることも忘れ、足に挟まっていた瓦礫を引っぺがすと、

がむしゃらに瓦礫の壁をかき分けて女性の声の元まで向かい、

軽々と女性を持ち上げると再び瓦礫の壁をぬって進んだ。


次の瞬間、私は女性と共にビルの外に出ていた。

私に担がれた女性は、興奮しながら話す。

「やっぱりあなた、パワーガイだったのね!あれ?でもどこか雰囲気が違う様な…」

すると瓦礫の方から、もう一人の人影が現れた。

「おいおい、女性の声が中から聞こえてきたから探し回ってたのに、

誰もいないじゃないか!これじゃせっかくのパワーガイの出番が…あ。」

そこには、茶髪のよく似合う筋肉隆々の爽やかな男性が立っていた。

「じゃあ…あなた、パワーガイじゃなくて本当にただの一般人なの。」

「勘弁してくれ、火事場の馬鹿力で本家のパワーガイを超えられちゃったら、

こっちも商売上がったりだ。」


極限の状況下で図らずも第二のパワーガイとなってしまった私は、

出番を失ったスーパーヒーローと、期待外れに落ち込む女性に挟まれ、

なんとも気まずい思いをすることとなった。

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