13人目:あるトイレを迫られた男の場合

「なぜだ…なぜこんな状況に…」

私のいた部屋は突如レイアウトを変え、個室のトイレ部屋になってしまった。

さっきまで寝ていたベッドが機械音と共に床の中に吸い込まれていってしまったと思えば、

棚やテーブルもいつの間にかなくなっており、部屋の中は空っぽになってしまった。

すると、消えたものの代わりに新たにトイレの便座が一つ、床にあいた穴からせりあがってきた。


「いきなり何が起こったんだ…私の部屋がトイレ部屋になってしまった。」

便座は私と向かい合うと、さぁ座ってくれと言わんばかりに蓋を開けた。

何をしていいのかわからず、その場でたじろいでいると、トイレが突如喋り始めた。

「トイレの時間です。私におすわりになってください。」

「トイレの時間?そんなの聞いてないぞ。」

「いえ、事前にご説明したはずです。さぁ、どうぞ。」

トイレはより大きく口を開けた。

「入院中にそんな説明あったかな…全く覚えてないぞ。」

「はい、患者様には事前に看護ドロイドから再三ご説明をした記録がございます。」

「そうは言っても覚えてないものは仕方がないからな…

その説明とかいうのを、君がもう一回してくれないのか。」

「私はあくまでAI搭載型のトイレ便座に過ぎません。

患者様の記録へのアクセスにも制限がかかっておりますので、そこまで詳しくは。」

「困ったな。これじゃあどうすればいいんだ。」

「簡単でございます。私の上に座り用を足せばよいのです。」

「とはいえそんな気分でもないんだ。」

「では仕方ありませんね…こちらをお飲みください。」


そう病院のAIトイレが言った直後、再び機械音と共に床に穴が空き、

コップの載せられたテーブルがせりあがってきた。

コップの中を見ると、中には濃い青色の液体が入っていた。

「これは…なんだ?」

「下剤でございます。」

「下剤だって!」

「これを飲めばトイレがしたくてたまらなくなります。多少の腹痛は出てしまいますが。」

「おいおい、なんでわざわざそんな薬飲まなきゃならないんだ。」

「それは今がトイレの時間だからでございます。」

「だからその理由がわからないんだよな…」

「何にせよ、お薬が嫌でしたらさっさと用をお済ませください。」

「もうなんだよ、わかったよ…」


私は渋々トイレに腰掛けたが、やはり出ないものはすぐに出ない。

「まだでございましょうか。」

「うるさいな!急かされると余計出ないタイプなんだよ。」

「とは言いましてもタイムリミットの方が迫っておりまして。」

「何、タイムリミットだって?なんでそんなものが。」

「そちらも事前にご説明したはずですが、同じくお忘れのようですね。」

「そのようだ。それにしてもどんな理由があったら、

ここまでトイレを強制させられなければならないんだ。しかも制限時間付きとは!」

「理由に関しては私の方でもデータのアクセス権がございませんので。」

「全く、よく喋るくせに使えないトイレだな。」

訳のわからない状況の中で、私は謎の焦燥感に襲われながらも神経を必死に集中させていたが、

一向に事態が好転しそうな気配はなかった。


「くぅう…ダメだ。全く出る気配がない。」

「ではお薬を飲むしかありませんね。」

再び機械音と共に、床にあいた穴からコップを乗せたテーブルがせりあがってきた。

「さぁ、時間もありますので早めにお飲みください。」

私はコップを手に取り、毒々しいまでに青い液体を眺めた。

「これは…いや無理だ。やはり飲めん。」

「では仕方ありませんね。第二段階に移行します。」

すると、機械音と共に壁に穴が空き、現れた大量のロボットアームが私を拘束した。

「この薬はなんとしても飲んでいただきますからね…」

アームの一本がコップを掴むと、拘束された私の方に迫ってきた。

「お、おい。なんだ、やめてくれ。誰か!誰か助けてくれ!」

すると、私の情けない叫び声を聞いた白衣のドクターが私の部屋に駆け込んできた。

ドクターはトイレの便座とロボットアームに脅迫されている私の姿を見て目を丸くした。


「ちょっと!これは…どうなってるんですか!」

「どうもなにもこいつがトイレをしろって聞かないんだ!早く助けてくれ!」

「もう…やっぱり忘れてるじゃないですか!新薬の治験ですよ!」

「え…新薬…?」

「ここは最先端の治験病棟です。ここであなたは新薬を試したものの、

飲んだ直後の検査で体質との相性から副作用で記憶障害が起こりかねないことが判明したため、

ただちに検査を中断しトイレで出してもらうことになったんです!

タイムリミットがあるのはそのためですよ、やっぱり手遅れになりかけてるじゃないですか!」

「あ、そういえば…そうだったかも。自分ですぐにトイレにいかずに後回しにしてたんだ…」

「とにかく、早くそのトイレに座ってください。」

私はトイレ便座の方に目をやった。

「ね?言いましたでしょう?」

一向に私に信用してもらえなかったトイレ便座は、少し拗ねたように自分の蓋をやや閉めて見せた。

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