12人目:ある生き返った死刑囚の場合

「俺が…死刑囚?」

「あぁ。しかも死に損ないのな。」

「はぁ?訳わかんねぇぞ。」

男はベッドの上で目覚めた。

両手足には鎖がつけられており、胸には心電図を図るための器具がつけられている。

身動き一つ取れない男を見下ろしながら、メガネをかけた役人は話を続ける。


「どうやら処刑のショックで記憶を失った様だから、説明してやる。

お前は大罪を犯した死刑囚だったのだが、処刑に失敗して死に損なってしまったんだよ。」

「死に損なった…?」

「お前は首吊りの刑に処されたんだ。我が国での死刑は首吊り刑しか無いからな。

しかしお前は刑の執行後に突然目を覚ましたのだ。

我々も大慌てで取り押さえ薬で眠らせ今に至っている。」

「そうだったのか。でもまたどうせ刑を再執行して俺は死ぬんだろ。」

「それがそうもいかんのだ。我が国の法律はこんな事態を想定して作られていない。

死刑が執行された地点で、今のお前は法律上では”死人”なんだよ。

死人を再び処刑することになるのだから、其れ相応の特例が必要になる。」

「よくわかんねえが、大変なんだな。そのお役所仕事みたいなのは。」

「お前みたいな犯罪者には法の世界の複雑さなど想像もつかんだろうさ。」

そこで、男は一つ疑問が浮かんだ。


「俺は…なんの罪で死刑になったんだ?」

「それも言えんな。機密事項に該当する。」

「ケチくさいな。わかったさ、また死刑になるまでここで寝るとするよ。」

男は手足を拘束されたまま眠りについた。


数時間後、男は再び起こされた。

「おい、起きろ。刑の再執行が決まったぞ。」

「随分と早かったな。やれやれ、一度死んだ身だ。大して思い残すことはない。」

男は役人に連れられ、二度目の首吊り刑を受けた。

しかし、結果は前回と同じで男は再び処刑後に目を覚ましてしまった。

「なんと!またか!お前の体はどうなっているんだ。」

「知らねえよ、こっちが聞きたいくらいだ。」

「嘘みたいに首まわりが丈夫なのか、肺が頑丈なのか知らないが、信じられんな。」

「この次やってもどうせまた一緒だぜ。どうするんだ。」

「ううん…いったん上層部と再検討する。お前用に刑の種類を増やさねばならんな。」

男は独居房に移され、次の刑を待った。

そしてその数日後、男の房へ役人が訪れた。


「調子はどうだ。」

「とにかく退屈だな。暇で死にそうだ。」

「罪を犯した身で呑気なもんだ。本当に自分のしでかしたことを覚えてないのか。」

「相変わらず思い出せねえな。」

そこで男は役人が手に持っている薬の瓶に気がついた。

「何だそれ、クスリか?」

「あぁ、これか?いろいろあったがようやく次の処刑が用意できてな。

今からお前にはこの毒薬を飲んで死んでもらう。飲むタイミングは任せるぞ。」

「なるほど、そうきたか。よし、飲んでみよう。」

「随分とあっさり受け入れるんだな。」

「退屈だからな。それに、飲まずに粘っていたってここからは出られないんだろ?」

そう言うと、男は瓶の中の薬を一気に飲み干した。

だが、特に変化は現れなかった。

「おいおい、薬もダメか!どうしてだ…」

「昔麻薬だのドラッグだのにどっぷり浸かっていたのかもな。

そんじょそこらの弱い薬じゃ死なねえだろうさ。」

「参ったな…我々も人の殺し方に関しては大してノウハウも無い。

自信はないが次のを用意するか…あぁ、また手続き書類に溺れる日々だ。」

役人は頭を抱えながら男の房を去っていった。


その後もいくつかの法改正がなされ、特例と共に新しい処刑方法が生まれたが、

どれも決定打とはならず男はそれらを生き延びてしまった。

痺れを切らした役人は男の元へやってきた。

「お前はこちらの苦労もつゆ知らず、毎回処刑後に復活してしまう。

毎度毎度特例発行と新しい刑の執行の対応に追われているせいで、上層部も疲弊し他の仕事に手がつかん。

そこで、君への措置を変えさせてもらう。」

「というと?」

「死刑は取りやめだ。その代わり、国の諜報機関に入ってもらう。

その強靭な肉体と人並外れた回復力に毒物への耐性。君ほど危険な現場に向いた人材はいない。

法律上は死んでいることから、何かあった際の事務処理も楽で助かる。」

「なるほど、そうきたか。もちろん俺に拒否権はないんだろう?」

「当たり前だ。早速だが、危険国へ交渉に行く国務大臣の護衛任務に君を推薦しておいた。

空っぽの記憶を追いかけながら独居房で退屈に暮らしているよりは、ずっとやりがいのある日々だと思うぞ。」

「それもそうかもな。孤独で退屈な日々にまさる刑は無いとさえ思ったほどだ。」

そうして男は政府専属の用心棒になると、少しの訓練の後、任務へと出発することになった。


「色々と世話になったな。」

「ああ。二度目の人生では、せいぜい誰かの役に立って生きろよ。」

「そうだな、じゃあ行くぜ。」

役人は任務に颯爽と出発する、

政府要人暗殺の罪で死刑判決を受けた元過激派テロリストの背中を見送りながら呟く。

「全く…なんとも皮肉な話だな。」

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