8人目:ある棺桶の中の男の場合

「っ…!なんだ、ここは!」

身動きが取れない狭い箱の中で、私は突然目が覚めた。

「狭いな…どうなってるんだ。」

どうやら四方を木の壁に囲まれた、

小さな箱のような物の中に閉じ込められた様だった。

「まずいことになったな、おおい、誰かいないか。ここから出してくれ。」


大きな声を出してみたが、誰からも反応はない。

「あたりには誰もいないか…仕方ない。自分で出るしかない様だな。」

私は仰向けのまま両手を伸ばし、

思いっきりすぐ目の前にある木の壁を押した。

しかし、肩に違和感を感じ思うように力が入らない。

何かがおかしいと思い肩の方に目をやると、

信じられないことになっていた。


「ち、血塗れになってる!まずい、大変だ!」

私の肩には何かに噛まれた様な歯形の傷がクッキリと残っており、

そこを中心に真っ赤な流血の後が広がっていた。

かなり深い傷に見えたが、出血からだいぶ時間が経っているのか、

血はもうこれ以上は流れ出ていない様だった。

しかし、私にとってそれはある不幸な事実を指し示していた。

「まいった…私は埋葬されてしまったのか。」

何らかの事情でかなり深い傷を負った私は、

目を覚まさないうちに死んだものと思われ、この狭い棺桶に押し込め得られてしまったのだ。

しかし、どう言うわけかこうして再び目を覚ましてしまったのだ。

誰でも良いので、外の誰かにこの傷を診てもらわなければならないのは明白だった。

「やはりこの棺桶からは出ねばいけないな。よし、もう一度。」


私は思いっきり棺桶の蓋を押し上げようとしたが、やはりうまくいかない。

しかし諦めるわけにもいかず、数時間の間試行錯誤を繰り返した。

すると何時間かたったある時、急に蓋がすんなりと開いた。

火事場の馬鹿力で力が戻ったのか、

この数時間の努力で蓋が緩んだのかは不明だったが、ようやく外に出ることができた。

「長いこと格闘していたにもかかわらず不思議と疲れていないな。

それに、傷も一切痛みを感じない。アドレナリンというのが出ているのだろうか。」


棺桶から身を起こし、周囲を見ると、

そこらじゅうに釘が打ち付けられた棺桶が並べられているのが見えた。

「随分と多くの人が亡くなってるな。いったい何が起こったんだ。」

私はあたりを歩いていると、足元の棺桶がガタガタと揺れているのに気がついた。

思わず屈んで顔を近づけると、中からは異様なうめき声が聞こえた。

何を言っているのかはわからなかったが、助けを求めているのに違いはなかった。

私は助けなければと思い釘で打ち付けられた棺桶の蓋に手をかけたが、

そこでどうやって蓋を開ければいいのかわからなくなってしまった。

「あれ、釘が打ってあって、それを抜いて、でもどうやって…?」


急に頭の回転が鈍くなってしまった。

「狭い棺桶の中にあれだけ閉じ込めれていたんだ、恐らく酸欠になって…

いやそれとも傷のせいか…?傷、何で傷が私の肩に…?」

頭がぼうっとし始め、私はしばらく立ち尽くしてしまった。

「それになんだか匂いを感じてないなぁ、何でだろう。あぁ。」

私は思考だけでなく、嗅覚も大分鈍り始めていることに気がついた。

そうしている間にも足元の棺桶の揺れと、そこから漏れるうめき声はどんどん大きくなっていく。

必死に何かを訴えようとしているが、うまく言葉にならないのだろう。


「だめだ。だれか、だれかよばないと。」

助けを求めに私は棺桶の密集した部屋の出口を探した。

少し歩いた先に、出口と思われるドアを発見した私は、その向こうに誰かいないか耳を当てた。

すると分厚い扉の向こう側から微かに人の声が聞こえてきた。


「…よし、エリア封鎖は完了したようだな。

市民の避難を進めると同時に事態の分析を進めてくれ。

何にせよ今は情報がなさすぎる、現に今も、これは夢じゃないかと思っているほどだ…」

「…本当ですよ、奴ら、おっかないったらありゃしない。

やけに音に敏感な上にあの凶暴さ、油断してたらイチコロですよ…」

「…とにかく分断と封鎖は徹底しろ。皆パニックで怯えているからな…」


何のことを言っているのかわからなかったが、

どうやら凶暴な何かがあたりをうろついているらしい。

私は彼らに会わねばと思い、扉に手をかけた。

しかし、扉は向こう側から鎖がかけられているようで、こちらからは開かなかった。

私はそれでも思いっきり扉に向かって体をぶつけ続けていると、

鎖が切れ、扉が大きな音を立てて開いた。


「おうい、ここだ。おおおい。」

私は声を上げながら体を引きずって、武装した二人の男たちのもとへいった。

すると、彼らは顔をこわばらせ、一瞬で私に銃弾の雨を浴びせてきた。

その場に崩れ落ちた私を見下ろしながら彼らは呟く。


「全く、封鎖を突き破って出てきたか。なんて馬鹿力だ。」

「しかし、人がゾンビ化する奇病の感染なんて、誰が予測できたでしょう。」

「こいつらにも、意識ってのはあるのだろうか。」

「さぁ…どうでしょう。想像したくもないですね…」

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