7人目:ある放送中のラジオ司会者の場合
「はい…というわけで今晩も私の番組にゲストの方が…あれ?」
マイクに向かって話し続けていたところで、私は急に言葉に詰まってしまった。
「えー…ゲストをいつもご招待しているこの番組ではですね、あれ。おかしいな、はは…」
急に調子が狂い、このままではまずいと思った私はスタッフに合図を出し、緊急でCMを差し込んだ。
「おいおい大丈夫か、急にどうした。」
軽快なCMソングが流れ始めたタイミングで、心配そうな顔をしたスタッフが部屋に入ってきた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
「本当ですか?なんだか目が泳いでいるように見えますが…」
私の目の前に座るゲストも私の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですって。ほら、CMも開けるので各自戻ってください。」
かなり無理のある取り繕い方ではあったものの、今の私の現状を悟られる訳にはいかない。
何と言っても、目の前のゲストのことをすっかり忘れてしまったからだ。
そもそも私は完璧主義で知られる、業界きっての有名ラジオパーソナリティだ。
放送前には毎回ゲストのことを徹底して調べあげ、本番中のエピソードやトークを引き出している。
俳優が来るときはその出演作を片っ端から見るし、アスリートがゲストなら事前に試合を見に行ったりもする。
そんな私が、あろうことか本番中に目の前のゲストが何者かをすっかりど忘れしてしまった。
これが知れたら、まわりのスタッフだけでなく、リスナー達もがっかりするだろう。
何としても本番中に思い出さなければならないと私は覚悟を決めた。
すると、CM終了を知らせるカウントダウンが始まり、次の瞬間には部屋のオンエアランプが点灯した。
「さぁ、それではゲストトークのお時間です。今晩お越しいただいているのは…」
自然に始めたつもりだが早速詰まってしまった。私はゲストの名前すら覚えていないようだ。
「えー初めての!ええ、初めて番組にお越しいただく方ですね。ではまず自己紹介を。」
いったんゲストに振ったのは我ながら得策だった。しかし、目の前のゲストは喋ろうとしない。
「あれ、すいません聞き取りづらかったですかね。自己紹介を…?」
「なんと、もう私の番ですか。いつもこの番組では司会の方が経歴を紹介してくださるので。」
「た、たまには趣向を変えてみようと思いましてね。」
「なんだか様子がおかしくないですか?いつもはこう、堂々としてるのに。」
まずい、向こうに異変を勘づかれたかと私は冷や汗をかく。
「そ、そうですかね?そんなことないですよ。」
「では私の職業はなんでしたっけ?」
「ううん…」
こうなったら放送中のアドリブで乗り切るしかない。
私は素早くゲストの全身に目を走らせる。
年齢は30代ほど、中肉中背の体つき、あまり凝った服装でもないことからアスリートや人前に出る様な職業でもなさそうだ。
独特の雰囲気とオーラからは、芸術家の様な感じもするし、小説家の様な感じもする。
そして、私の放送にゲストで来るということはそれなりに有名でユニークな人物のはずだ。
しかし、全く見当もつかない。放送中の緊張から頭も鈍る。
「ずいぶん時間がかかっている様ですね、顔色も悪い。
いったんお水でも飲みますか?」
ゲストはボトルに入った水をしゃばしゃばと振った。
「うっ…」
私は急に宙に浮いた様な浮遊感を体に覚えた。
うまく言葉が出てこない。
「飲まないんですか?喉が乾いてないのかな。
でもこの音を聞いていたら私でも水を飲みたくもなるような気がしますがね。」
再びボトルを降る音が放送室に鳴り渡る。
「や、やめてくれ…」
何故だかわからないが急に喉が渇き始め、私はパニックになってしまった。
ボトルの音とその声が脳内に反響し、
顔から血の気の引く様な感覚になってしまった。
すると、その様子を見て、ゲストは急にけたけたと笑い始めた。
「いやぁ、失敬失敬。みごとに術にかかりましたね、言わんこっちゃない。ほら。」
ゲストが右手で私の肩に触り左手で私の耳元で指を鳴らすと、
私の中に急に記憶が蘇ってきた。
「思い出しました?私ですよ、ほら、今日のゲストでプロの催眠術士の。」
「あ!…やられた…!」
そう、ゲストに催眠術士が来ると知った私は例に漏れず経歴を調べていたのだが、
どうにもこればっかりは胡散臭いと思ってしまい、
催眠術なぞインチキではないかと言ったことから
放送前にゲストと軽く揉めてしまったのだ。
「これで私の催眠術、信じてもらえましたよね?
なんせさっきの放送中の焦りようったら…」
「いやぁ参った参った、誰かに記憶を消されるのは初めてでしたよ。」
「喉が乾くくだりは少しやりすぎでしたかね。
それでは、早速ゲストトークに行きましょうか。」
しかし、次の瞬間放送は部屋に入ってきたスタッフの一言で中断となった。
「大変です、さっきの放送を聞いていた人たちが急激な脱水症状を訴えて、ラジオ局にクレームの嵐が…」
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