6人目:ある無能な大統領の場合

「いやぁ、何も思い出せん。これはまいったな、はっはっは!」

病院のベッドの上で高らかに笑う大統領を前に、

彼の秘書である私はどうしたものかと困ってしまった。

国が混乱を極め、国民はみな政府の失態を無能な大統領のせいだと非難していた中、

その大統領の乗った車に昨夜、トラックが突っ込んでしまった。


「その…ご自身のことなどもお忘れになったということでしょうか?」

「うむ、そうだな。昔の頃の記憶なんかはあるのだが、

どうにも直近のことはすっかり忘れてしまったようだ。」

「では自分がこの国の大統領であるということも?」

「ああ、そう、それもだ。初めに聞かされた時は驚いたよ。

まさか、この私が大統領など!はっはっは、笑えるな。」

何がおかしいのか、大統領は豪快に笑う。

「しかしそれでは困りましたね、直近の公務の予定などに支障が出てしまいます。」

「それはなんだ、その副大統領みたいなのに任せておいてくれ。

おそらく有事の際は代理が対応することになっていたりするのだろう。」

「ま、まぁ法律ではそうなっておりますが…」

「では彼にそう伝えてくれ。きっと外の廊下にいるだろうから。」


私はいまいち納得できないまま、病室の外で待つ副大統領の元へ向かった。

「おい君、大統領は大丈夫だったのか。まさか亡くなってたりなんて…」

「いえ、お身体は問題ございませんが、事故のショックで記憶喪失に。」

「なんと!記憶が…そうか…やはりあれだけの事故だ。

それくらいの後遺症が出てしまうのはしょうがないのだろうな。」

「ですので、しばらくの間、代理は副大統領が務めることになりました。」

「そうか…心苦しいが仕方がないな。

皮肉なことに、国が乱れている今となってはもはや誰が大統領を勤めても変わるまい。」


そうして、しばらくの間は副大統領が臨時で最高権力を握ることになった。

徐々に副大統領は政策を執り行う中で今までの問題を解決していった。

今までになかった方法で、過去の問題点を洗い出し対処していく姿を国民に見せ、

みなもだんだんと新しい政権を称えるようになっていった。


「今までの無能な大統領と違って今回のは随分まともだな。」

「あぁ、これならしばらく安心できそうだ。」

しかし、そういった声も上がる中で私は同時に違和感のようなものも感じていた。

「副大統領、新しい政策ですが、よく議会が認めましたね。

過去に大統領が似たような内容を提案した際はなかなか上手く行かなかったのに…

今まで裏で誰かが手を引いていたのでしょうか。」

「さぁ、どうだろうな。議会の連中も徐々に考えを改めているんじゃないかな。

大統領不在の緊急事態に、内輪で揉めていてもしょうがないからな。」

「はぁ…まぁ、そうですね。」


その後も副大統領は着々とリーダーとして権力を伸ばし、確固たる地位を築き上げていった。

「副大統領。国の情勢ですが、かなり落ち着きを取り戻し始めました。」

「ああ、そうだな。どこかの無能な前任者と違って、現政権は国民からも指示されはじめているようだ。」

「しかし、今までの政権は議会との軋轢のせいで上手くいかなかっただけであって、何も大統領一人の責任ではなかったのでは…」

「どんな事情があろうと失態だったことには変わりない。

そうだ、君。この書類だが、大統領のいる病院に送っておいてくれ。」

「書類ですか。中身は何でしょう?」

「無能な前大統領には今後永遠に政権を去ってもらおうと思ってね。

彼には治療と称して長いこと眠っていてもらうよ。」

「そんな…そんなの違法行為ではないのですか。」

「裏で手を引く分にはわかりやしないさ。

なに、君が私の側につかないのであれば私が直々にやってもいいんだぞ。」

「そんな…あんまりだ。」

悪い笑みを浮かべる副大統領を前に私が動けないでいると、

何者かが豪快に部屋の扉を開けた。


「黙って聞いていればあんまりな仕打ちじゃないか。私はもう元気だぞ。」

そこには、快活に笑う大統領の姿が。

「だ、大統領!お身体は…それに記憶の方も大丈夫なのですか。」

「すまない、最初から記憶喪失は嘘だったんだ。

私に黙って裏で議会を操って妨害していた張本人を調べるために、

いったん第一線からは身をひかねばと思ってな。」

思わぬ人物の登場に、副大統領はすっかり取り乱してしまった。

「き、貴様!騙していたのか!そもそもあの事故でなんで生きていたんだ!

かならず事故死になるようにトラックを仕向けていたのに…」

「そんな!あの事故は副大統領が故意に起こしたものだったのですか!」

「君が私を暗殺するために事故を計画していた件も事前に把握済みでね。

ただ、それを未然に防いでは疑うだろうと思い、万全な対策の上、事故に臨んだのだ。

私自らがここまで体を張ることになったとは思わなかったが、おかげで無事騙されてくれたな。」

「この私が…嘘だ…!」


「はっはっは。随分悔しそうな顔だな。

さて、副大統領君。本当に無能だったのは…どっちかな?」

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