5人目:ある惑星の宇宙飛行士の場合

「あれ…ここは…地球じゃない?何処だここは。」

宇宙飛行士である僕は、気づくと地球ではないどこかの惑星に降り立っていた。


地球を出た記憶もなければ、何故この惑星にいるのかもわからないが、

きっとそれなりの理由があってこうなったのだろう。

明らかに普通の状況ではなかったが、僕は冷静に分析していた。


「気付いたら地球じゃないところにいるだなんて、普通に考えたらおかしな話だ。

きっと僕は何らかの任務でロケットに乗り、この星にやってきたのだろう。

しかし、こうして記憶がないとなると、

恐らく着陸時の衝撃や何らかのトラブルの影響で着陸後の脳の働きに障害が出たのだろう。」

僕は冷静に考えられる可能性をあげていきながら、それらを言葉にし、

ひとつひとつ丁寧に検討していった。

とにかく情報を集めるために、僕は自分が乗っていたと思われる宇宙船の中に入った。

すると、船内は予想もしていない状態だった。


「惑星レーダーが一つも無い…どの船にも標準装備のはずだろう。」

僕の宇宙船には惑星レーダー、つまり宇宙における地図のようなものが何一つなかった。

「地図を持たずに出発する船があるわけないだろう、何かがおかしい。」

思わぬ展開に、僕は困惑してしまった。

「とにかく宇宙船の燃料残量を見て、おおよその地球からの距離を割り出すしかないようだな。

どれどれ…あれ。嘘だろ。なんで燃料がないんだ。」

僕の確認した燃料タンクのメモリは、ゼロを指していた。

つまり、行きの分の燃料しか積まずに片道切符でこの惑星に来たということとなる。


「絶対におかしい、こんなのありえない。

行き先がどこであれ、普通は帰りの分と予備の燃料くらい積んでいるだろう。

まずいまずい…どうなってるんだ。」

すっかりパニックになった僕は、ひとまず宇宙船を出て、

あたりを探索することにした。

本来であれば、探索キットとレーダーを持って出るべきだったのだが、

それすらも船の中に装備されていなかったので、

仕方なく宇宙服と酸素ボンベだけで外に出るしかなかった。


船を出たときはあたりの見通しが良かったので、

おおよその目印だけ覚えておけばいつでも船に戻れると思っていたが、

その考えは甘かったということに少し経ってから気がついた。

「しまった、急にあたりに霧のようなものが出てきた。これじゃ自分がどこにいるのかわからないぞ…」

加えて、心なしか、呼吸もしづらくなってきたように感じた。

最初は気のせいかと思っていたが、数分もしないうちにそれはどんどん悪化していった。


「ハァ…ハァ。酸素が薄くなってきた。

宇宙服には損傷がないのに、なぜ呼吸が苦しくなっていくんだ。

全く原因の検討がつかない、どうしよう。」

自分の数歩先も見えない濃い霧の中で、僕はどんどん増えるばかりのトラブルのうち、

どれから解決していけば良いのかわからなくなってしまった。


「まずは、宇宙船に戻って…いや、でもどうやって…?

じゃあ、酸素ボンベを…いや違うな…」

呼吸が苦しくなってきた僕は、めまいを感じて膝に手をついてしまった。

脳の働きがどんどん鈍くなっていくのがわかり、焦りばかりが膨らんでいく。

「ど、どうしよう…どうにかしなきゃ…でも…」

すると、突如ガクン、と大きく地面が揺れるのを感じた。

最初は自分のめまいかと思ったが、揺れは断続的に大きくなっていく。

僕は必死の思いで顔を上にあげると、霧の中、遠くから大きな影が近寄ってくるのが見えた。

その影は大きな怪物のようなシルエットで、目元がぎらりと赤く光るのが見えた。


「まずい、この惑星には生き物がいたのか。迂闊に宇宙船を離れるんじゃなかった…」

恐怖で足がすくんだ僕は、息を切らしながら走って逃げ出した。

しかし呼吸が苦しくなり、とうとう走れなくなり、その場で倒れ込んでしまった。

「もう…ダメだ…僕はし、死ぬんだ…」

そう僕が呟いた瞬間、空から人工的なアラーム音が大きく鳴り響いた。

すると、次の瞬間、あたりの霧が一気に晴れ、

自分が惑星だと思っていた場所が人工的に作られたスタジオのような場所であるとわかった。


着ていた宇宙服の中に新鮮な酸素とともに、記憶を取り戻すガスが流れ出すと、

僕は自分が惑星着陸時のシミュレーション訓練を受けていることを思い出した。

「あ、そうか…僕、宇宙飛行前の仮想訓練で…」

すると、怪物の着ぐるみの中から、険しい顔をした僕の教官が現れた。

「全く、人の能力の真価というのは極限状態の中で浮き彫りになってしまうな。

記憶もなく、周りの情報も一切ない中でトラブルに対応できてこそ、

未知の惑星にも乗り込める立派な宇宙飛行士になれるというのに、

今回のお前の判断と対処の内容はメチャクチャだ。」

「す、すみません…」

「後で教官室に来るように。話はそれからだ。」


そう言うと、教官の険しい顔が出たままの化け物の着ぐるみは、

僕を置き去りにしてのっそのっそと訓練スタジオを後にした。

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