第7話 ワームムーン後編

ワームムーン後編


Chapter1「影」


最初に異変を感じたのは、全員のスマホが圏外になっていた事。

次に面会時間終了間近かのに看護婦さんが伝えに来なかった事だ。

僕達は、不思議に思い天王寺さんが病室を出て様子を見に行った。そして慌てて戻ってきた天王寺さんが告げた言葉は、こうだった。


「ナースステーションに看護婦さん達がいないよ!?」

「ナースステーションには、誰かしら残らなくてはいけない決まりだった筈ですよ?」


雪の言う通り原則として誰もいない事は、あり得ない。

するとソファーに横たわっていたアルクが起き上がった。


「ショッピングモールと同じ現象が起きていますね」

「親子の幽霊が引き起こしたあの現象かな?」


ならまた霊障に巻き込まれた事になる。

しかしアルク、海堂、天王寺さんの顔が険しかった。


「私もついに霊障に遭遇出来たんですね!」


唯一はしゃいでいたのは、雪だけだ。


「雪、落ち着いてよ。前と同じ現象なら原因を突き止めないといけないし何よりあの影が襲ってくる可能性もあるよ?」


それに影に対抗出来るのは現状、アルクと天王寺さんだけだ。僕は、あまり動けないので足手まといになる。


「あまり好ましくないですね…..」

「そうだね。先ずは原因だと思われる現状を探さないとーー」

「違います」

「違うって何が違うのかな?」


そんな僕の言葉をアルクは無視し海堂と天王寺さんに会話の矛を向けた。


「お二人は、今日の事を聞いていましたか?」

「私はただお見舞いに行ってゲームを一緒にすればいいとしか…..」

「私も何も聞いてないよ」


三人が何を言っているのかわからない。


「それならこれは予想外の事態と捉えていいでしょう」

「どうしますか?神様」

「取り敢えずこの病室を出ましょう。星野さん、歩けますか?」

「あ、う、うん、歩くぐらいなら大丈夫かな」

「後、念の為に魔法で作った靴を履いて下さい」


僕は、アルクの言われた通りにした。


「翔子ちゃんもアルク様の言う通りにしよう?」

「は、はい」


僕と雪は、意味がわからないまま病室を出た。


僕達は、廊下に出た。

天王寺さんが言った通りナースステーションには、人はいなかった。それどころか、この階そのものに人の気配がない。まるで年末年始やお盆の病院みたいだった。


「影はーーいないみたいですね」

「よかった!」

「でも念の為に翔太くん、竹刀を出してくれないかな?」

「いいよ」


僕は、竹刀を生成し天王寺さんに渡す。ついでに自分の左手にゴム弾を握っておく。やはりこの三人には、何か僕と雪に隠している。こんな状況下なのに冷静過ぎる。そんな考えが頭をよぎる。


「先ずは下に降りてみましょうか?」


とりあえずアルクを先頭に皆んなで階段を降りた。


この階も人の気配がしなかった。

やはり異世界に迷い込んだのは、間違いないようだ。

しかし上の階と違うのはーー


「影がいますね」


ショッピングモールで見た影がいた。しかし姿は、前とは違いナース服を着ていた。しかも手にはメスを持っている。


「数が多いよ?アルク様、どうしますか?」

「気づかれずに行くには難しそうですね」


その言葉は、戦闘を意味していた。


「海堂夏希さん!雪さんをお願いします!」

「わかった!」


そう言うと海堂は、雪を連れて物陰に隠れた。

雪は戸惑い半分、喜び半分といったところか。本当にオカルトが好きなんだなぁ〜


「星野さんは、宙から援護をお願いします!」

「わかった」


ついにこの靴を使う時がきたのか。

密かに飛ぶ練習をしていてよかった。ほうきと違って自由度は、高いが操作をミスれば腰や足を折り兼ねない。だって宙を浮いているのは靴だけで僕自体が飛んでいる訳ではないんだからね。


「それでは行きます!」


アルクの合図と共に僕は、宙に浮くのだった。


まぁ、わかっていた事だけどアルクは、魔法で出した光の剣で、天王寺さんは、竹刀で次々と影を倒していく。影の動きは、単調で読みやすい。僕は肺気胸で左腕が動かせないので右手でゴム弾を弾く様に発射する。ゴム弾は、影に命中し消えてゆく。


「星野さん!階段から影が上がってきます!」


僕は、急いで階段の形を変えて影が上がって来れないようにコンクリートの壁で塞いだ。しかし靴で空を飛ぶのは、いい!僕は天井に靴を張り付かせ逆さになる。そして影に向かってゴム弾を発射しまくる。


「翔太くんもやるね!」

「まぁね!」


前回は、何も役にたたなかったが今回はちゃんと練習してきた。イメージトレーニングだけどね…..

影達は、持っているメスでアルクや天王寺さんに斬りかかるがそれを躱して反撃する二人には、やはり敵わない。


「どうせここは、異世界の病院なんだ!もっと派手にやっても大丈夫だよね!」


僕も負けじと設置してあるソファーを浮かせ影に向かって一閃する。影達は、次々壁に叩きつけられて消える。


「!?」


アルクが何かに気づいたのか僕に向けて言う。


「星野さん!後ろにも影が出てきています!」


咄嗟に後ろを振り返る。

そこにはメスを持った影が複数体、雪と海堂に向かって行っていた。

僕は体制を変え雪達の元に駆けつける。


「二人には手出しさせないよ?」

「翔ちゃん、無理しないで下さいね…..」

「わかってるよ」


前はアルクと天王寺さんに任せて大丈夫だろう。僕は後ろの影を何とかしなくてはならない。左手にスピカを握る。先ほどと同じ様にソファーを浮かせ一閃する。

それだけでは、ない。テーブルや椅子、僕はあらゆる物を操作し影にぶつけていく。

ようやく地の魔法の使い方に慣れてきた!


「星野先輩!凄い!」

「ありがたいセリフだけど海堂は、何故か余裕そうだね?」

「だって先輩が守ってくれるって信じてるから!」


そのセリフ雪に言ってもらいたいな…..

でも雪の事だからずっと僕の事を心配しているに違いない。雪の方に視線を向けると祈る様に僕を見ていた。


「僕は、いつも雪に守られてばかりだからね。だから今日は、僕が雪を守る番だよ?」

「翔ちゃん…..」


だからーー心配そうな顔をしないで、ね?

大丈夫だから!

僕は、何度も影に家具を投げつけたり、一閃したりした。


「キリがないですね」

「どうしようか?」


しかし影も何処から湧いているのか、倒しても倒しても出てくる。このままでは、こちらの体力が尽きるのが目に見えている。


「アルク!一旦、上に退却しよう」

「そうした方が良さそうですね」


僕達は、一旦退却する為に階段を上がる。そして上がってきた階段の形を変えコンクリートで壁を作る。


僕達は、一旦上の階に行き僕の病室に戻る。


「一階に降りるのは、無理そうですね」

「あの影は、どこから湧いてきているのかな?」


倒しても倒しても無限に出てくる影。


「ゲームなんかだと元凶がいるパターン」

「元凶?」

「つまりエリアのボス」


海堂の言う事も否定出来ないが…..


「アルクは、どう思うかな?」


先ほどから黙って考え事をしているアルク。


「私も元凶は、いると思います」

「元凶とは、何ですか?」

「それはーー」


雪の質問にアルクが何かを言いかけた時だった。

僕は窓から視線を感じ振り向いた。そこにいたのは…..

いや、あったのは巨大な目だった。その目は明らかに僕を捉えていた。

僕が三人に伝えようとした時には既に遅かった。その目がある場所から壁を破壊して巨大な腕が僕目掛けて襲ってきた。

皆んないきなりの事で動けなかった。

僕は、なすすべなくその巨大な腕に捕まれ外に連れて行かれるのだった。


Chapter2「影の正体」


気付けば僕は、病院の屋上にたおれていたいた。

先ほど起きた事を思い出し目の前を見る。そこには、巨大な影が存在していた。

病院の外に聳え立つそいつは、体長およそ十五メートルほどあり、形は、人型だが目が一つしかなかった。その目が巨大でまるで飲み込まれそうになる。


「言葉はーー通じるのかな?」


僕は、意思疎通を試みた。


「ーーーー」


しかし影は何も喋らない。どうやら会話は、無理そうだ。恐怖はあった。しかし背を向ければ殺される…..そんな確信があり動く事すら出来ない。


「君がエリアボスかな?」


言葉が通じないとわかっていても話かける。無言でいるとその威圧感から押し潰されそうになるからだ。

巨大な影は、虹色の瞳で僕を見たまま動かない。何が目的だろう?

わざわざ僕だけを狙った理由がある筈だ。


空には、既に月が出ており無常にも今日は、満月だった。


僕はいつでも襲われていいように戦闘態勢を取る。しかしこちらからは、絶対に仕掛けたりしない。このまま、巨大な影は何もしてこない可能性だってある。

それは、甘い考えだとわかっているが今の僕に出来る事はアルク達が来てくれるのを待つ事だけだった。


その態勢のままどれくらい経ったのだろう?

蛇に睨まれた蛙は、きっとこんな気持ちなのだろう。いや、この場合は、蛇に睨まれたハムスターかな?

僕の脳は、この状況を整理する程には回復していた。


先ず何故襲ってこないのか?

それは、きっと何か理由があるからだ。

その理由は、わからないがこちらにとっては、ありがたい事だ。

次に何故、僕を狙ったのか?

これもわからない。パッと見では、あの中で僕が一番弱そうなのは、認めよう。

だが何も防衛策を持たない、雪や海堂が狙われるよりは、遥かにマシだ。

そんな考えをめぐらせているとある事に気づいた。

僕は、レンズの魔法で江戸川の奥を見る。

普通ならそこには千葉県がある筈だった。

しかしそこには、何もなかった。何もなかったのだ。

江戸川の向こうは、真っ白な世界だった。


ここが異世界だから存在しないだけ?

それが一番、辻褄が合う結論だ。

しかし何かが引っかかる…..何だろう?

その答えはすぐに出た。


あれ?そもそも


あれ?僕は江戸川区を出た事は、無い。

しかしそれは、今まで入院していたからであって出る機会がなかっただけーー

本当にそう?そんな焦った自分の裏で冷静な自分が語りかけてくる。


「今まで見て見ぬ振りをしていただけじゃないのかな?」


何を?


「この世界の事、本当は気づいていたんじゃないか?」


黙れ…..


「いい加減目を覚ませ」


何から?


「この世界はーー」


その時、聞き慣れた声がした。


「星野さん!」


それは、アルクだった。他にも雪、海堂、天王寺さんもいた。どうやら屋上まで階段で駆けつけてくれたようだ。


「翔ちゃん!」


雪が僕に抱きついてくる。


「怪我は、ありませんか?」

「大丈夫だよ。幸い何もされていないよ」


実際に巨大な影は、巨大な瞳で僕を見つめてくるだけだった。

しかし皆んなが集まった途端に巨大な影は、動き出した。

その巨大な腕を宙に上げ僕達に振り下ろしてきた。


その攻撃をアルクが光の剣で防いだ。

衝撃はかなりのもので病院がかなり揺れた。


「さっきまで何もしてこなかったのに何で?」


その疑問に答えたのは、後ろの扉からやってきた人物だった。


「おそらく操作型のウイルスなんだろうね」


僕達が振り返るとそこにいたのは、月詠だった。


「いや、間に合ってよかったよ」

「何であなたがここに?」

「君達の危険を察して来たんだよ。あと真実を伝えにね?」


真実?


「月詠夜空さん!ここは、私が一人で食い止めますから皆さんに真実を伝えて下さい!」

「アルク様!私も…..」

「天王寺有里栖さん!あなたからも星野さんと雪さんに真実を伝えて下さい!」


そんな事を言うアルクの背中は、小さいけれど頼もしいほどにカッコよく、まるで皆んなは、足手まといだから必要ないと言っている様にも感じた。


「月詠さん?有里栖ちゃん?真実とは、なんですか?」

「俺が話すよ。先ずは影の正体についてだ。これは天王寺さんも海堂さんもアルクトゥールスですら知らない情報だ」


待って?ここでアルクの名前が出てくるのはわかるよ?でも何で海堂と天王寺さんの名前が出てくるの?


「あはは…..翔太くんも翔子ちゃんも今は月詠さんの話に集中してあげて?」


そんな僕と雪の心境を察したのか天王寺がなだめる様に言ってくる。

そして月詠は、話始めた。



「先ずは影の正体だ。これは、さっきも言ったウイルスだ」

「ウイルスって…..なんで!?」


そんな驚きの声をあげたのは、海堂だった


「驚くのも無理ないよ。この世界にウイルスが撒かれたという事は上に裏切り者がいる証拠だからね」

「だって二人の蘇生は、皆んな望んでいた筈だよ?」

「フリをしていた奴がいたと言う事だね。それで君達があった小さいウイルスは、命令に従い自動で動くもの、対して今目の前にいる巨大なウイルスは、外から動かすもの」


さっきから三人が何を話しているのか理解出来ない。それは、雪も同じ様だった。


「あの、皆さんがお話している内容がよくわかりませんよ…..?」

「ああ、先ずはこっちを先に話すべきだったね。俺と海堂と天王寺は、上と繋がっている」


その言葉に僕も雪も驚かなかった。つまりは、心のどこかで、そう思っていたという事だ。


「先輩方、騙していてごめんなさい!」

「翔太くん!翔子ちゃん!ごめんなさい!」


深々と頭を下げる海堂と天王寺さん、しかしそれを制したのは、雪だった。


「お二人共?頭を上げて下さい。私も翔ちゃんも怒っていませんよ?」

「薄々は、わかっていたからね。それに言えない事情があったんだよね?」


二人は頭を上げ頷く。


それに答えたのも月詠だった。


「俺達はね、上に従っていただけなんだ。君達をなんとしても死守する為にね」

「そろそろ聞いてもいいかな?その上というのは誰かな?」

「上の名前はーー」


月詠が上の正体を言おうとした次の瞬間、大きな地震が起きた。

それは巨大な影が起こしたものでもアルクが起こしたものでもなかった。


「ちっ!もう維持できないか!?」

「そんな!だってこの世界は、夏まで持つって…..」


そんな海堂の悲痛の叫びも虚しく月詠が言った。


「この世界は、もう崩壊する!上は、よくここまで持たせてくれたものだよ」

「翔太くんと翔子ちゃんの魂の回収は、どうなるの!?」

「雪さんの魂は、もう回収出来る!海堂!」

「は、はい!」


魂の回収?

何を言っているのかわからないがそれは、きっと雪が助かるであろう言葉。


「雪先輩、失礼します!」

「えっ!」


海堂は、雪の胸に手を当てる。すると謎のモニターが出現した。そこには、こう書かれていた。


%と。


海堂がYESにタップすると雪は光に包まれ消えていった。続いて海堂も自分の胸に手を当てモニターを出現させるとYESをタップし光に包まれて消えていった。


「これで翔子ちゃんは、助かるんだよね?」

「ああ!間違いなくね」


その言葉を聞いて僕は安心した。そして先ほどから心の中の自分が言っている言葉を口にした。


「この世界はーー現実じゃないんだよね?僕が産まれて育ったこの世界は何なのかな?」

「流石は、星野、鋭いね〜」


何故か微笑む月詠。

そんなに僕が言ったセリフが嬉しかったのか?


Chapter3「この世界の正体」


「その通りさ!この世界はね?データの世界なんだよ」


データの世界?


「それで?」

「翔太くん、驚かないの?」

「驚かないよ。いちいち反応していたらアルクの加勢にいけないからね」


内心では、少し驚いていた。しかしやっぱりそうだったんだ。

そっちの方が気持ち的に強かった。

やはり千葉県は、存在しなかった。いや、そもそもこの世界では江戸川区以外、存在しないのだ。確証なんてない。ただーー確信は、あった。


「やっぱり君は、大した玉だよ。流石は、星野の血を継いでるだけの事は、ある」

「それは、どうも。それで雪と海堂は、元の世界に戻れたのかな?」

「ああ、戻れたよ。次は君の番だよ?」


僕の番か…..


「それが出来たらこんな危険な状況下でお喋りなんてしていないんじゃないかな?」

「ははは!それもご名答!」


また笑う月詠。

一体なにが嬉しんだか。


「翔太くんのね、魂の同調率がまだ回収出来る段階じゃないの」

「魂の同調率?」


さっき雪が消える時に出てきていたあの数字のことかな?


「さっきみたよね?翔子ちゃんの数字」

「確か百とか書いてあったね」

「でも翔太くんのはまだ五十なの」


随分と差がある。

僕は一体なにをやらかしたんだろう?


「勘違いしないでほしいのは、翔太くんのせいじゃないよ?私達のせいなの」

「ちなみにどれくらいで回収出来るのかな?」

「回収は、なん%でも出来るよ?でも体に魂を戻しても百%ないと目を覚ます事が出来ないの」


なるほど。

つまり雪は、無事に目覚める事が出来るのか。

それだけ聞ければ安心だ。

他に聞きたい事は山ほどある。

だけど今はあの巨大な影を何とかする方が先だ。


「他に聞きたい事はあるけど、ひとまず納得は、するよ。それよりアルクの加勢にいこう」

「君は理解が早くて助かるよ」

「月詠は、自称神なんだから戦力になるよね?」

「少なくとも君よりは、ね?」


ムカつくがとことん人を乗せるのが上手い。


僕達は、アルクのもとに向かう。

こんな巨大な影相手でも対等に戦っていた。


「お待たせアルク!」

「随分と早かったですね?」

「まだまだ聞きたい事はあるけどね」


あの巨大な影をもう怖いとは思わない。

恐怖度でいうなら小さい頃に毎日の様に見ていた注射を持った看護婦の方が上だ。


「それでどうする?ここは、アルクに指揮を任せていいかな?」

「私もアルク様に任せていいと思う!」

「俺も賛成」

「わかりました!では、私達三人は、前方から攻撃をします!星野さんは、後方から妨害して下さい!あの影の急所は、目です!先ほどから目にいく攻撃は、絶対に防ぎます!」


月詠は、刀を取り出すと天王寺さんに渡した。そして懐なら二本目の刀を取り出した。

月詠め!あんなの隠し持っていたのか。

でも今は頼もしい。

僕は空中に飛ぶと影の背後を取る。しかしどう攻撃したものか?

接近するのは、危険すぎる。だからといってゴム弾は、効かないだろう。


「もう時間がない!空を見てみろ!」


思考をめぐらせていると月詠がそんな事を言ってきた。

僕は空を見てみる。

するとーー空にヒビが入っていた。それはまるでガラスがヒビ割れているのと同じ感じだった。これがこの世界の終わりーー


空から影に視線を戻すと影は、こちらを見ていた。

いや、正しくはこちらに向いていた。

その行動は、アルクも予想外だったらしい。


「星野さん!逃げて下さい!」

「そもそもその影は、お前を狙っていたんだ!」


月詠の言葉の意味を考える。

僕を狙っていた?なんで?

そうだ、最初に掴まれ屋上に連れてこられたのも僕だった。


「翔太くん!その影を操作している裏切り者は、翔太くんの魂の取り出しを阻止しいんだよ!」


そういう事か!

だがそうなれば何故、他の皆んなは狙われない?この世界は、データで出来た世界だ。

そして僕と雪以外は、皆んな上と繋がっていて…..

データの世界なら現実世界からアクセス可能な筈だ。そしてデータの中だけでしか生きられないのが僕と雪だった訳で…..だから魂の取り出しが必要。だが雪は、狙われなかった。

しかし僕は、狙われる。

なんで?

そんな疑問の回答など誰も持ってはいない。

持っているのは、裏切り者だけだろう


影は、僕目掛けて右腕を振り下ろしてくる。


「遅いね」


空を飛んでいる僕には、そんな攻撃簡単に躱せる。

他の三人は、後ろから攻撃してくれているがすぐに再生してしまう様だった。いや、そもそも影なので当たってすらいない様だった。

僕は病院の屋上に戻る。こうすれば影もこちらを向くしかない。


「僕は何か悪い事をしたのかな?」

「わかりませんが何か理由があるのは確かでしょうね」


しかも影は、刀では届かない絶妙な位置にいる。攻撃が届くのは、魔法が使える僕とアルクだけだ。

随分と頭がいい。


「これじゃあ私達、足手まといだよ〜」

「月詠、ミサイルとか打てないの?」

「君は無理を言うね。そんなの出来たらとっくにやっているさ」


これが自称神と本物の神の差か。

しかしアルクがいるから今の均衡が保たれてる。もしアルクがいなくなればーー

勝つのは、絶望的だろう。


何か生成するのは、遅すぎる。

何か手短に武器になりそうな物はないか?

辺りを見渡しているとある物に目が止まる。

それは病院の看板だ。

看板なら操作出来るし回転させて当てれば妨害ぐらいは出来るだろう。

僕は魔法で五つある看板を取り外し自分の周りに漂わせる。


「へぇ〜いい武器だね」

「自称神に言われても嬉しくない」


僕は看板を回転させるとブーメランの様に影に飛ばした。勿論、狙いは目だ。

影は、両手で目を庇う。その隙にアルクが雷の魔法を溜める様に生成する。


看板は、影の腕に刺さり目には届かなかった。

でもこれでいい。


「星野さん、ありがとうございます!」


アルクが溜めていた雷の魔法を発射する。

それは、まるでレールガンの様な凄まじいビームだった。

そのビームは、影の腕を貫通し目に直撃した。

更にはその目すらも貫通する。


「す、凄い…..」

「自称神とは、大違いだね。流石アルク」

「君って人は…..」


救助をやられた影は、まるで蒸発する様に消えていった。


訪れる静寂ーー


「や、やった!」


喜びの声を上げる天王寺さん。

微笑む月詠。似合わない笑い方だな。

笑顔のアルク。


「これで全て終わりました。後は星野さんの魂を回収するだけです」

「星野の魂を回収するより先に君が先だよ。アルクトゥールス?俺が何の為に力の権利のほとんどをこの世界の維持に使った事か」

「どういう事?」


僕も何を言っているかわからないが、それは天王寺さんも同じ様だった。


「実は私達は、取り引きをしていたんです。私は現実から無理やりこの世界に入った異物です。つまり元の世界に帰る手段を持ちません」

「そこで俺とアルクトゥールスは、取り引きしたのさ。俺が限界までこの世界を維持させる代わりに星野を現実世界で俺の探偵事務所で助手として働かせるとね」


ちょっと待って?

聞き捨てならない言葉があった。


「何で僕が月詠の助手にならないといけないのかな?」

「ああ、それはね?俺の目的がそもそも星野を探偵の助手として働かせたかったからだよ」

「わ、私きいてないよ!?」

「これはアルクトゥールスにしか言っていないからね?だから俺はこの魂同調テストに参加した。もともと御三家という事もあって上は、すぐに許可してくれたよ」


取り引き内容は、百歩譲って認めよう。

アルクが考えた事だし。


「でも何でこの世界の維持がアルクの帰還に必要なのかな?」

「それはですねーー」


アルクが言いかけた瞬間、目の前に鳥居が現れた。


「この鳥居はーー黄昏時に現れる鳥居?」

「はい」


しかし今は、夜だ。

黄昏時ではない。

月詠が腕時計を見せてくれた。時刻は丁度、零時を回ったところだった。


「これが私の切り札です。すぐに消えてしまうので後は月詠夜空さんに任せますね?」

「了解〜」

「今から私が行くのは一%もみたない元の世界に戻る旅…..これは、賭けなんです。私の世界に入っても戻れる補償はありません。しかし、このままこの世界と共に消える事はなくなります」


つまりは、アルクが存在する為に必要な行動という事だけは、わかった。

だから僕が言うセリフは、一つだけだ。


「また会おうね。アルク」

「はい!星野さん!」


そうしてアルクは、鳥居の先に消えていった。

それと同時に鳥居も消えた。


さて、月詠には、聞かねばならない事がたくさんある。しかしこの世界はもう崩壊している。その証拠に空のほとんどが消滅しているし病院の周りも消えていっている。


「時間がないから説明するね?」


月詠の説明は、こうだった。

この世界を作って実験が開始した直後に本物の神様、アルクトゥールスがこの世界に侵入した。しかしそれは、上にとっても好都合だった。

上は、アルクの事を厄病神と思っていたからだ。アルクを崇め奉る星野家の人間は、病死や事故死がほとんどだったからーー

だから上は、この世界にアルクトゥールスを閉じ込め一緒に消してしまおうと思った。

それを悟ったアルクトゥールスは、月詠に取り引きを持ちかけた。それが先ほどのこの世界を深夜の零時まで維持させる代わりに月詠の目的、僕を探偵として働かせる事だ。


「まぁ、大体は理解したけど何で月詠は、僕と探偵がしたい訳?」

「それは、俺の夢だからだよ。昔、親父に聞いた事があってね。親父は、星野家と一緒に協力して探偵をしていた事があったらしんだ」

「それで月詠は、僕と探偵がしたいと?」


父親の影響か。


「更に言えば君が探偵の仕事をすれば芋づる式で天王寺もついてくる訳さ!江戸川区の御三家揃って探偵とか凄いだろ!」

「そっちが本音じゃないよね?」

「私は別に構わないよ?楽しそうだし!」


楽しそうか…..

僕は想像してみる。

僕、雪、海堂、天王寺さん。この四人で探偵か。それは、確かに楽しいだろうな。


「まぁ、アルクを助けてくれたお礼だもんね。その条件呑むよ?でも給料は、弾んでね?」

「ははは!わかった!わかった!」


そして一番の疑問がまだ残っている。


「どうして僕と雪の魂の同調が必要だったのか話してもらおうか?」


月詠は、少し考えたあと、天王寺さんに目配せする。

天王寺さんは、それに頷く。


「君と雪さんはねーーもう死んでいるんだ」


え?

僕と雪が死んでる?


「君達、二人はね、十五歳の夏に心臓病で亡くなったんだよ」

「ーーそれで?」

「それを悲しんだ上は、何とかして生き返らせる手段を探した」

「何でそんな事をする必要が?」


悲しむのは、わかる。しかし生き返らせる方法を探す?それは少し異常じゃないか?


「理由の一つに御三家の消滅があったからだ」

「あっ!」


そうだ!星野家は、僕一人しかいない。

僕が死んだら御三家は、事実、天王寺家と月詠家しかなくなる。


「そして遂に方法を見つけたんだよ。それがデータの世界を作りそこで魂を育成する事、後はその魂を肉体に戻せばいいだけさ」


そう考えると今ここに御三家の三人が揃っているのは、運命めいたものを感じる。

しかし肉体?そんなの残っているの?


「肉体ってーー」


何かな?と問おうとした時だった。

江戸川の方から突然謎のビームが飛んできた。

それに僕は直撃し後ろに飛ばされて屋上の扉に激突する。


何が起きたかわからなかった。

ただ今の僕は壁に激突し頭から出血しているということだ。


「星野!!」

「翔太くん!!」


二人が駆け寄ってくる。

視界がボヤけよく見えないや。

更に僕は吐血する。肺がとてつもなく痛くて息もまともに出来ない。

どうやら壁に当たった衝撃で肺気胸が悪化した様だ。


「何で!?だって影はアルク様が倒したよ!」

「ああ、わかってるよ!でも見てみろ!」


よく見えないが月詠が指差す先に先ほどの巨大な影がいるのが微かに見える。


「クソ!クソ!裏切り者め!!」


激怒する月詠。

この人もこんな表情するんだ。


「翔太くん!しっかりして!」


天王寺さんが駆けつけて僕の状態を確認してくれる。


「頭から出血に吐血もしてる!攻撃が当たったと思う腹部から出血がーー」


なるほど。

さっきの攻撃は、腹部に当たったらしい。

だったら大丈夫だね。

だって懐にはーースピカがあるんだから!

それに僕はデータの存在なんだ。

冷静になって?痛みなんて感じる筈ないんだ。


「天王寺!第二射がくるぞ!なんとしても星野を死守しろ!」

「わ、わかってるよ!」


第二射を二人は、刀で防ぐ。

しかし完全に防げる訳がなく吹き飛ばされてしまう。


僕は目を閉じる。

ああ、またこの感覚だ。

海堂を守る時にエビ鉈を振り回した時。

天王寺さんを助ける為に竹刀を持った時。

僕は確かゾーンとか呼んでいたっけ?

頭がよく回る。とても冷静になれる。

あの影は、どこから現れた?アルクが倒したのは、間違いない。

なら簡単だ。江戸川の中にもう一体隠していたんだ。何で僕を屋上に拉致した時に攻撃して来なかったのか?

月詠は、あの影は、操作型と言っていた。

だからきっともう一体を隠していたから動かせなかったんだ。


じゃあ、どうやってあの影を倒す?

二人には、無理だ。魔法が使える僕しかいない。だけど僕は、こんなにも負傷している。あまり動けそうにない。幸いにも致命傷は、負っていない。

考えるんだ!今の僕なら出来る!


額から滑りとしたものが落ちる。

最初は汗かと思ったがどうやら違ったらしい。

血だ。気付けば地面にも血が広がっている。

僕は何かに取り憑かれた様に地面を見る。

天王寺さんと月詠は、ビームを刀で何とか防いでいる。普通の人では、出来ない芸当なのは見ればわかる。

この窮地を覆す方法ーーそういえば雪が前にこんな事を言っていたのを思い出した。


「翔ちゃん!この漫画見て下さい!」

「雪は本当に少年漫画が好きだね。それで何かな?」

「ここです!ここ!ロボットですよ!」

「見ればわかるけどロボットがどうかしたの?」

「だって翔ちゃんロボット作れますよね!?」

「う〜ん、確かに金属で出来ているなら出来るかな?」

「それを作れば無敵ですね!」


何でこんな昔の事を今思い出すんだろう?

あの時、僕は何て言ったけ?


「金属で出来てるなら出来るかな?」だ。


ああ、この病院ーー鉄筋コンクリートで出来ているじゃないか。


僕は意識を集中させる。

形は、人型だ。右腕に左腕、右足に左足。

そしてそれを繋げる体だ。

最後に頭。どれくらい時間が経っただろうか?

気付けば病院が宙に浮いていた。


「え!え!」

「なんだ!?」


驚く天王寺さんと月詠。

更に病院は、形を変えていく。

それは僕が想像した様に人型になった。

右肩に天王寺さん。

左肩に月詠。

頭部に僕が立つ形になった。

完成した人形の大きさは、十メートルほどだろうか?


「星野!こんな事が出来るなら最初からやれよ!?」

「お、落ち着いてよ。月詠さん!」


驚いたのは、敵も同じ様だった。

影が動かなくなった。今頃、現実で仰天している事だろう。


「決着をつけようか」


この巨大な人型の人形は、僕が頭で想像した通りに動くのが直感でわかる。

先ずは左手でストレートのパンチをお見舞いする。


影もようやく状況を理解したのか両腕で防御体制をとる。さっき天王寺さんと月詠が攻撃していたところを見るに体に実体は、ない。しかし両腕と目には、実体がある事がわかった。

だから僕は腕目掛けて殴りかかる。

巨大な影は、数十メートル吹き飛ばされて江戸川に落ちる。

江戸川は、石などが沈んでいれる為、吹き飛ばされて落ちれば体制を崩す。


巨大な影も負けじと目からビームを放つ。

しかし僕はそれを左手で弾き返す。

前にアルクが言ってくれた事。


「地の魔法は、速度こそ遅いですが攻撃力と防御力、更に安定性では、どの魔法にも負けません!」


つまり巨大な影の攻撃なんて効きやしないのだ。

僕はゆっくりと巨大人形を影に近づける。巨大な影は、すぐに立ち上がるとそのまま、こちらに走ってきて右手でストレートパンチをしてくる。僕は右手で受け止める!次に左手でストレートパンチをしてくるがそれも受け止める。

すると取っ組み合い状態になる。


「二人共!頼んだ!」


天王寺さんと月詠は、意味を理解したらしく。肩から人形の腕を渡り巨大な影の腕も渡った。

巨大な影は、目からビームで抵抗するが巨大な人形には、効かない。


「もらった!」

「これで終わりだよ!」


天王寺さんと月詠は、刀を巨大な影の目に突き刺す!

僕は二人を先ほど投げた病院の看板を操作してその上に乗せ人形の肩に戻す。


巨大な影は、まだ辛うじて動けるらしい。

目からビームを放とうとする。

雪がロボットでトドメをさす時はこう言うんだよ?と教えてくれた事を思い出す。

確かーー


「僕を誰だと思ってやがる!例え…..例え?なんだっけ?まぁ、いい!以下省略!」


巨大な影のビームを僕は大ジャンプで躱す。大体三十メートルくらい飛び上がった!


「これでトドメだ!え〜と?ドリルインパクト!」


三十メートルの高さから落下の勢いを利用して左ストレートを巨大な影の目、めがけて殴りかかる。ドリルと言っているがただのパンチだけどね?


パンチは、巨大な影の目に当たり、更には貫通した。

訪れる静寂ーーしばらくして影は、消滅した。

僕達は、今度こそ勝ったのだ。巨大な人形を病院の形に戻す。


病院の屋上で僕達は、安堵のため息を吐く。


「さ、流石に疲れたよ」

「翔太くん!凄かったよ!」

「勝利の余韻に浸りたいのは、わかるけどもうこの世界は五分と持たない」


さっきまで影に夢中で気づかなかったが病院の周りは、真っ白な世界になっていた。


「いいか?星野、今から言う事をよく聞くんだ?」

「う、うん」


月詠があまりにも真面目な顔をするので僕は少し驚いてしまった。


「星野の魂を回収しても君は、目覚める事はない。だけど一つだけ目覚める事の出来る方法がある!」

「それは?」

「アルクトゥールスを探せ!星野とアルクトゥールスが揃えばきっと目覚める事が出来る!」

「そう言い切れる根拠は、何かな?」

「根拠なんてない!!」


え〜


「でも可能性は、ある!それは一%にも満たないかもしれない!それでも零じゃないんだ!」

「ーーわかった。アルクを探すよ。そして何とかする。どれだけ時間がかかるかわからないけど必ず目覚めてみせるよ」


その言葉に月詠は、満足したのか頷いた。


「天王寺、回収を頼む」

「わかった!」


天王寺さんは、僕の胸に手を当てる。

するとモニターが現れた。そしてYESを押す。


「翔太くん、現実世界で会おうね?約束だかね!」


それが僕に届いた最後の言葉だった。

僕は光に包まれた。


Chapter4「自律式機械人形」


気がつくとそこは、真っ暗な世界だった。

自分が目蓋を開いていないんじゃないか?

そんな錯覚を覚える暗さ。

僕は、確か魂を回収されてーー

そうだ、アルクを探さないと!

しかしアルクは、最後に鳥居を潜って自分の世界に向かった。

なら先ずは、僕もアルクの世界に行かなくては、話にならない。

どうやって鳥居を探す?

そもそも右も左もわからない、こんな真っ暗な世界で鳥居を探すなど不可能だ。


「一%にも満たないか…..」


月詠が言っていた言葉を思い出す。

本当にその通りだと実感した。

鳥居を探す?鳥居は、アルクが出現させていた。だったら探すではなくて出現させるが正しいだろう。

どうやって?

それを考えるのが最初に始めないといけない事みたいだ。


全ては、繋がっていた。

だったらアルクにたどり着く道もある筈だ。

根拠なんて無い。月詠は、あまり信じられないけどアルクは、信じる。彼女は、最後まで計算していた。だから僕はーー

アルクに出会った時まで記憶を遡らせる。

きっと初めて出会った時からこの日に至るまで全て計算されていた筈だ。


最初に会ったのはーー

一年前の花火大会の日だ。

確か心臓病を治してもらった。

そして次の日にもう一度、会って対価として僕は心臓をアルクに渡した。

何で?理由は、僕を守る為だった。

いやーーちょっと考えてみる。

守る為にアルクは、僕の心臓を対価とした。

今考えるとそれはおかしくないか?

あの世界がデータの世界ならきっとアルクが何もしなくても心臓病を治しただろう。だがそれをアルク本人がした。そして僕とアルクは、一心一体となってーーこの指輪をもらった。

そうだ!一心一体、これが重要だったのではないか?

もし、僕とアルクが一心一体なら!?

出会える希望が見えてくる!


僕は、この何もない真っ暗な世界で神経を研ぎ澄ます。

何か聞こえないか?何か感じないか?

その時ーー微かに目の前が光っているのに気づいた。

瞳を開くと光っていたのは、指輪だった。

この指輪は、僕の両親の形見でもありアルクのお社だ。

ああ、そういえば以前も微かに光っていた事を思い出した。あれは、気のせいでは、なかったのか。

僕は強く願う!


「どうかもう一度だけでいい!アルクに会わせてほしい!」


そんな強い思いを言葉にして…..

すると指輪からレーザーの様な光が放たれ、

その先に僕が求めていた鳥居が現れた。

それが偶然なのか、必然なのか僕には、わからない。だけどこれだけは、わかる。

この指輪こそがアルクに会う為の切り札だったのだと…..

僕は、前もまともに見えない暗闇の中、指輪の明かりだけを頼りに一歩一歩確実に鳥居に近づいていく。

そしてーー鳥居を潜った。


そこは、いつものヒメサユリが咲いている世界だった。

どうやらアルクの世界に入れたらしい。

しかし肝心のアルクがいない?

だけど心配する必要はもうない。

だってこの指輪がアルクの居場所を示してくれているからーー

指輪は、未だレーザーの様な光を放っている。

きっとこの先にアルクがいる。

僕は、魔法で飛び、急いでアルクの元に向かった。


どれくらいの時間飛んだだろう?長い長い時間を飛んでいたのは、確かだ。

この世界では、時間感覚を失う。

やがて指輪の輝きが真下を指す位置にたどり着く。

僕は地面に降りて辺りをキョロキョロと見渡してみる。すると地面に倒れ込んでいるアルクを見つけた。その場にかなりいたのか雪が被さっていた。

僕はアルクに歩み寄る。


「ようやく見つけたよ」


倒れているアルクをそっと抱き抱える。

息はある。しかし体は、冷えていた。

神様だから凍死の概念は、ないだろうけど一応確認しておく。

僕は眠っているだけだとわかり安心する。

とにかく再会出来た事が嬉しかった。


「とりあえずお社に戻ろうかな?」


ここは冷えるし話をするには向いていない。

それにアルクをちゃんとした場所で休ませたかった。

きっとアルクは、僕を探してくれていたんだ。それもこんなにボロボロになるまで…..

僕はアルクを抱き抱えて空を飛ぶとレンズの魔法でお社の場所を確認する。

しかし、レンズの魔法でもお社を確認する事が出来なかった。

指輪に導かれるままここに来たがどうやら僕は、相当な距離を飛んで来たらしい。

これは、参った…..


やみくもに飛び回るのは、得策ではないだろう。どうしたものか…..?

周りは、ヒメサユリに囲まれていて果てしなく同じ景色だ。まるで砂漠の真ん中に放り出された気分。


「ミイラ取りがミイラになるか…..流石に笑えないよね」


僕はため息をつく。

こんな事なら印でもつけてここまで来るんだったよ。

う〜ん、僕のレンズの魔法は、十倍までしかアップに出来ない。

他に遠くを見るのに適している物と言えばーー

僕は雪を見る。

そしてひらめく!雪と言えば天体望遠鏡だ!

本来は、星を見る為の物だがバードウォッチングなどにも使われると雪が言っていた。

確か最大倍率は二百倍だった筈だ。

ここにきて雪に助けられるとはね。

散々雪に設置の仕方や仕組みを教えてもらったんだ、地の魔法で天体望遠鏡を作り出す事が出来る筈だ。

僕は意識を集中し雪がいつも使っている天体望遠鏡をイメージする。

うん、いける!

僕の目の前で天体望遠鏡が生成されていく。

そして数分で完成した。


レンズは、四ミリにしてと、これでよし!

僕はレンズを除きながら天体望遠鏡の角度と度を調整する。

そして三百六十度、ゆっくりと見渡す。

するとお社は、簡単に見つけられた。流石は、二百倍…..

僕は天体望遠鏡を消してアルクを抱えたまま空を飛びお社に向かった。


どれくらい時間が経っただろう?

一時間?二時間?いや、それ以上経っていると思う。

天体望遠鏡で見えたからといって決して近い訳ではない。むしろ近いと天体望遠鏡では、見えない。ましてや二百倍でようやく見えたぐらいの距離だ。それを時速六十キロで飛んでいるんだ。

果てしなく時間が掛かるだろう。


長い長い時間をかけてようやくお社にたどり着く。僕は階段に腰を掛けアルクを膝枕する形で寝かせる。

寒いので暖をとった方が良さそうだ。

僕は魔法で木の枝をたくさん出してその上に着火材になる枯葉などを出し乗せる。

次に火の魔法で着火する。火の魔法が苦手な僕でもライター程度の火なら出せる。

そしてしばらくの間、アルクの頭を撫で起きるのを待つ事にした。


夢を見たーー

それは、前にも見た夢だった。

とても澄み切って綺麗な江戸川で子供達が遊んでいる夢。

そこは、僕が知っている江戸川区とは、まるで違う世界の様な場所。

車は、AIで動いていて自動運転。

バイクは、どういう原理か知らないが空を飛んでいる。そんな不思議な場所だ。


ふと、目が覚めた。

どうやら僕は眠っていた様だ。

焚き火の火がゆらゆら燃えている。

そこに枝を入れる人影ーー

アルクだった。


「アルク!目が覚めたんだね」

「はい!おかげさまで、体力がかなり回復しました!」


その笑顔を見て僕は、安心する。


「星野さんこそ起きたんですね?」

「うん」


僕は伸びをしながら答える。

焚き火のおかげか体は冷えていなかった。


「ーー」

「ーー」


お互いに言葉は、ない。

聞きたい事があるがどう切り出していいのかわからなかった。それは、アルクも同じようだ。

だから僕から切り出す事にした。


「あのさ、アルクは何であんな場所で倒れていたのかな?」


先ずは、本題から少し離れたところから聞き出す事にした。


「出口を探してしたんです」

「出口?」

「この世界から出る出口です」


ここは、アルクの世界だから出口なんていつでも出せるのでは、ないか?


「まだ私は、データの中を脱出していません」

「つまり?」

「なので今、この私の世界は、まだデータの中にあります」


まだアルクは、データの世界にいてこのアルクの世界もデータの中に取り残されている…..という事かな?


「なので現実世界に帰る出口を探していました」

「現実世界に出口は、出せないの?」

「私が出入り口を出せるのは、江戸川区だけです」


それは、前に聞いた事がある。


「ですがデータの世界の江戸川区は、もうありません」

「現実世界の江戸川区は、あるんだよね?」

「ありますよ。ですが今、私がいるのは、無の世界なんです」


つまり話をまとめると、アルクは、データの世界からこのアルクの世界に逃げ込んだだけで現実世界には、まだ帰れていないという事か。


「私ももう少し力があれば無理やり現実世界に帰る事が出来たんですがーー」

「今のアルクには、その力が無いんだね?」

「はいーー」


だからアルクは、この世界で彷徨っていたと…..


「もしかしたら奇跡が起きて現実世界に帰る出口が出現するかもしれない…..それは、一%にも満たない事ですがやらなくては、零でしたので私は諦めないで歩き続けていました」

「それで力尽きて倒れていたと?」


アルクは、頷く。


「でも奇跡は、起きました!」

「出口が見つかったの?」

「はい!」

「星野さんに会う事が出来ました!」


 笑顔で言うアルクに尋ねてみた。


「出口が僕なの?」

「はい!」

「じゃあ、僕を探して彷徨っていたの?」

「はい!」

「お社でじっとしていればよかったのに」


その言葉にアルクは、真剣な顔になって答える。


「もし、一%未満が何かのきっかけで一%以上になるとしたら星野さんは、どうしますか?」


そういう事かーー


「ごめん、失言だったね。僕でも確率が少しでも上がるなら努力したと思う」


未満と以上では、天と地ほどの違いがある。

例えば手術で医師から成功率は、五十%未満です。と言われるのと成功率は、五十%以上です。と言われるのとでは心理的にもかなり変わる。


「いつからアルクは、この世界を彷徨っていたのかな?」

「そうですねーー」


アルクは、一度間を空けると語ってくれた。

それは、とても長く、そして同時に涙が出てしまうほどの内容だった。


Chapter「???」=Chapter「アルク」


全てを話し終えたアルクは、僕に問うた。


「星野さん、データの世界は、いかがでしたか?」


僕が影と戦っている時にアルクは、この世界に逃げ込んだ。僕からしたらほんの少し前の出来事だ。しかしアルクにとっては、永遠とも思える出来事だったーー

ここは、時間の流れが違う。

だからアルクは、永遠とも思えるほどの時間、僕を探していてくれた事になる。

何度も挫けたーー

何度も諦めたーー

しかしアルクは、歩き続けた。

未来を信じてーー

アルクに否定的な言葉など言える筈もない。

そんなアルクからデータの世界は、どうだったと尋ねられた。

だから僕はこう答える。


「形は、どうであれ最高だったよ。雪と一緒にいれて、アルクともいれた。そんな世界に存在出来て僕は幸せだったよ」


そう答えた。


アルクは、満足そうに頷いた。


「さて、では星野さんが一番気になっていると思われる部分についてお話しましょう」


僕が一番気になっている部分。

それは、この実験そのものについてだ。


「事の発端は、星野さんの死にあります。星野さんの死は、御三家である星野家の死でもありました」

「現実世界の僕は、心臓病で死んだんだよね?」

「はい」


真剣な眼差しで返してくるアルク。


「御三家のシステムを維持する為に星野家は、必要な存在です」

「その御三家とかいうのを詳しくしりたいかな」


僕は天王寺さんから見せてもらった古文書でしかその存在を知らない。ましてやそれは、データの世界の出来事であって現実の出来事ではなかった。


「では、江戸川区の御三家について説明しますね?」


話の内容はこんな感じだ。

江戸川が出来た頃、それを管理する人達が必要だった。住人達は、話し合いを行いその結果上がった名前が星野、天王寺、月詠だった。

何故この三家が選ばれたかは、アルクには、わからないらしい。

何しろアルクが産まれる前の話しだからだ。

次に住人がした事は、神様を創る事だった。

そして江戸川の守り神としてアルクが産まれた。人間が神様を創るのは、不思議な話ではない。だって人間は、神様に依存しているのだから。その証拠に神社や神頼みがある。


星野家は、神社で神様の巫女となり。災害から江戸川区を神通力で守り。

天王寺家は、武道で人々を鍛えその力を労働力としたらしい。

月詠家は、その優れた頭脳から江戸川区で起きた事件を次々解決していき、やがて江戸川区は、御三家を中心に安定した生活を送る事が出来る様になった。

それから数百年経った時、事件が起きたのだ。

それは人々が星野家を恐れてしまった事ーー


時代を重ねるごとに神通力という力は、人々にとって恐怖の対象となってしまったのだ。

それは、必然的な事ーー

人ならざる力を使えば人は、崇めるか恐れるかのどちらかなのだからーー

最初は、崇められていた星野家とアルクだったが次第に間違った歴史が江戸川区の住人に教えられていき、恐れられて半ば強制的に江戸川区の住人から距離をおく事となる。

それは、神社の経営に大きく響き、やがて人々は、神社に来なくなり、賑わっていたお祭りも開催しなくなった。その結果、時代とともに神社は、取り壊され、そこに病院が出来た。それが僕達が入院していた病院だ。


つまりは、人々の手のひら返しで星野家とアルクは、衰退していった。

間違った歴史とは、星野家は、鬼の生まれ変わりだとかそんなくだらないものだ。

ここまでくれば話しが見えてくる。

御三家とは、江戸川区の発展に貢献した家の人達ーー

そして星野家は、御三家にされながらも時代とともに消えていった家という事になる。


「魔法を使う人間は、恐れられて当然か…..」


僕が最初に感じた感情は怒りでも悲しみでもなく呆れただった。


「星野さんは、怒らないんですか?」

「誰に?」

「人々にです」

「時代とともに間違った歴史が伝えられるのは、当然の事だよ」


それは、世界において当たり前にある事だ。


「では、魔法の力を与えた私ーーアルクトゥールスに怒らないんですか?」


ああ、ようやくわかった。アルクは、きっと後悔していたんだ。

星野家に魔法の力を与えた事で崩壊させてしまった事をーー


「はぁ〜」


僕はわざと大きなため息をつく。


「アルク、僕はさっき君と一緒にいられて幸せだ、と言った筈だよ?それは、過去を聞いた今も変わらないよ。それにだ!化け物で結構!それを逆手にとって逆に人々の役に経ってあげようじゃないか!」

「星野さん…..?」

「例えば江戸川区で悪い事をすれば化け物の星野家が魔法で殺しに来る!なんて噂を流せば人々は、犯罪をしなくなるだろうね。だからさ…..アルク、泣かないで?」

「えっ!?」


アルクは、自分でも泣いている事に気づいていなかったのだろう。


「それにね?もし星野家が君を恨んでいたらこの指輪を君に託したりしないよ」

「あっ!」


その一言でアルクは、嗚咽を漏らすーー

僕は、アルクを抱きしめた。


「星野家の生き残りとして僕が君を許す!だからもう気にする必要はないよ、ね?」


その言葉を聞いてアルクは、更に泣きじゃくる。僕は彼女が泣き止むまで抱きしめ続けた。


しばらく泣いたあとようやくアルクは、泣き止んだ。


「すみませんでした…..」

「気にしないで」


御三家の事は、わかった。

しかしこの計画と御三家がどう関わってくるのか?


「で、では、次にこの計画についてお話しますね?」


まだ目が赤いアルクが話を続けてくれる。


「この計画を立てたのは、他でもない、雪金冬なんですよ」

「医院長先生が!?」

「はい」

「じゃあ月詠が言っていた上というのは…..」

「雪金冬です」


ここで医院長先生の名前が出てくると思わなかった。

でも何で医院長先生が?


「雪金冬は、星野さんの母親にあなたを託されていました。星野さんが死んでとても悲しんだ雪金冬は、ある計画を思いつきます」

「それがこの魂を回収する計画?」

「正確には魂を一から作り回収する計画です」

「待って?魂を回収したとしても入れる器…..つまり体が無いよね?まさか死んだ僕の体をゴールドスリープさせて保管でもしていたの?」


アルクは、首を横に振る。


「星野さんは今、現実世界が何年か知っていますか?」

「え?」


僕が死んだのが今年の夏辺りだったからーー


「二千二十一年?」

「今は、ですね二千五十年ですよ」


その言葉に僕の思考は、停止する。


「星野さんが亡くなってから三十年経っているんです」


そんな衝撃的な事実を告げ、アルクは、計画について話してくれた。


計画の発端は、僕が死んだ事にあった。

悲しんだ医院長先生は、数年後に他社で開発された自律式機械人形に目をつけた。

その人形は、通称と呼ばれ世界的大発明とされたという。

通常のドールは、AIで制御されているがもしAIではなく人の魂を入れたらーー

そんなとんでもない考えを思いついた医院長先生は、その話を妻である雪春に伝えた。すると春さんは、その話にある条件つきで乗ったという。それが娘の雪翔子の魂も復活させドールに入れるという条件だ。

最初からそのつもりだったのか医院長先生は、承諾したという。


そして計画の第一歩として医院長先生は、江戸川区外でも大きな力を持つ月詠家にこの話を持ちかけた。

月詠家もまた計画を手伝う事を承諾したという。月詠家は、その大きな力を使い僕の死を隠蔽し生きている事にした。

御三家の壊滅を周りに知られない為だろう。

次にドールの入手に力を入れてくれた。

とは、言ってもすぐに手に入れるのでは、なく魂を回収する直前に手に入れる方にしたという。理由は、発表当時ドールの不具合や故障などが目立った為らしい。更に手に入れ方だが月詠家がドールを製造する事になった。

他で作られたドールより自分達で作った方が確実により良い物が作れるという考えだ。


この計画は、極秘に行われる為、万が一に備えて護衛が必要だった。

そこで天王寺家に白羽の矢がたった。

天王寺家も大賛成してくれたという。

何故、天王寺家と月詠家がこんなにも簡単に計画に乗ってくれたかは、謎だがアルクの推理では、星野家を壊滅させてしまった罪の意識からじゃないかという。

星野家が衰退していく中、何もする事が出来なかった、それにその責任の一旦は、自分達にある。

天王寺家と月詠家は、その事をずっと悔やんでいたのがその証拠らしい。

こうして協力者達を着実と増やしていった。


魂の生成には、かなりの時間を必要とした。

データの世界を作りそこで生成するに至るまで十五年かけたという。

更に魂を成長、また同調率を上げる為には現実と同じ時間ーー

しかも僕達が生きた十五年をデータの世界で生きさせる必要があった。

これが僕はが死んでから三十年経った経緯だ。


そして魂の同調に必要不可欠な存在だったのが生前と同じ生活を送らせる事ーー

つまり僕達が生きていた時に起きた出来事をデータの世界で完全再現させる必要があった。

その点をいえば、医院長先生は、僕の保護者ですぐ近くにいたし雪も僕と常に一緒にいた為そこまで苦労しなかったという。

しかし問題なのは、僕達が退院した僅かな時間に濃厚な接触をした人物とその出来事の再現だった。

僕達と濃厚な接触をした人物とは、

海堂、秋葉くん、天王寺さん、月詠だった。


出来事を完全再現させるには、データの世界のAIでは、無理があった。理由は、AIの限界によるものだ。出来事を精密に再現させる事は困難であったのだ。

そこで彼らは、直接データの世界に入り込み出来事を実演するという行動をとった。

しかし三十年という時が達、皆歳をとってしまったーー

出来事を再現させるには、同じ歳、同じ性別である事が要求された。そこで偶然にも彼らの子供達がその条件を満たしていた。

彼らは、子供達に僕達とどんな出来事があったかを詳しく伝えて協力させたという。

それが、海堂夏希、木下秋葉、天王寺有里栖、月詠夜空だったのだ。


しかしここにくると当たり前の疑問が浮かんでくる。

じゃあ僕達が生前本当に接していた人物は親の方になるのか?という疑問だ。

その考えはどうやら当たりらしい。

僕達が生前接していたのは、親の方でデータ世界で接していたのは、子の方だという。しかし子の名前は実名だという。


そして生前と同じ生き方をさせる事で生前と同じ性格、感情、心を持った魂を生成しようとした訳だ。

しかし医院長先生にとって予想外の事が三つ起きた。

一つ目は、本物のアルクがデータの世界に侵入してきた事。

二つ目は、僕と雪が二人暮らしを始めた事。

三つ目は、裏切り者が現れた事だ。


「私も星野さんのご両親との約束を守れなくてずっと悔いていました。なので研究を見守り開始と同時にデータの世界に入りこみました」

「じゃあアルクは、十四年ぐらい僕達の近くにいてその時が来るまで潜んでいたの?」

「はい、長い年月を生きてきた私にとって十四年間は、あっという間でした」


アルクにとっては、たったの十四年なのだ。

一つ目の出来事は、理解出来た。


「じゃあ二つ目の雪と二人暮らしを始めたのは、何で医院長先生にとって予想外の出来事だったのかな?」


これが僕には、一番の謎だ。


「一時的に退院した生前の星野さんは、金冬、春、雪さん、星野さん、私の五人暮らししていました。しかし家族と暮らした事のない星野さんには、どう接したらいいかわからずに悩みに悩み、それがとても苦痛でーー精神病に掛かりました」


僕は想像してみる。

雪とアルクと医院長先生と春さんと僕の五人で暮らす日々を。

すると頭の中にノイズが走った様にそれを否定した。

僕は過呼吸気味になり倒れかける。


「だ、大丈夫ですか!?」


深呼吸し心を落ち着けるーー


「ごめん、大丈夫だよ」

「精神病にかかった星野さんは、あまりにも痛々しく見ていられないほどでした。どうやら記憶は、変わっても心の傷は、覚えているみたいですね。その証拠に今の反応です」

「雪やアルクが近くにいても?」

「はい、星野さんの病状はよくなりませんでした。」


情けない話だ。

雪が側にいてアルクもいてーー

それでも僕は病んでしまうのか。


「それで私はデータの世界でその事実を捻じ曲げました。」

「捻じ曲げた?」

「私はそれを曲解と読んでいます。私が曲解した事で生前との事実が変わり雪金冬は、焦ったでしょう」


確かに生前と同じ出来事を再現するのが目的なら僕が精神病にかからないのは、予想外の出来事になる。


「元々、雪金冬は私の事を厄病神などと思っていましたから曲解が原因で私をデータの世界ごと消してしまおうと思ったに違いありません」

「そうだ!それでアルクは、データの世界が消える前にこの世界に入り込んだんだよね?でも黄昏時じゃなかったよ?」


あの時、僕達が巨大な影に襲われていた時は、確か夜だった筈だ。


「私は零時になってもこの世界の入り口、つまり鳥居を出せるんですよ?」

「そ、そうなの?」


確かに時間帯は、それぐらいだったかもしれない。


「私はこの力を月詠夜空に打ち明け協力を頼みました。雪金冬には、この事を黙っていて、データの削除の時間を零時辺りに調整する様に頼んで下さいと」

「それでアルクがいなかった日があったのか」


確か二日ほど黄昏時に姿を消した日があった筈だ。


「月詠夜空は、条件付きで承諾してくれました」

「その条件とは、何かな?」


僕は焚き火に枝を入れながら聞いてみる。


「実験が成功し星野さんが復活したら月詠探偵事務所で働くという条件です」

「ちょっと待って?僕のいないところで何を勝手な事を決めているのかな?」

「月詠夜空は、初めからそのつもりでこの魂の生成に協力したんですよ?」


そうだったのか。

これでまた月詠の事を一つ知れた。


「でも何で月詠は、そんな理由でこんな大掛かりな実験に参加したのかな?」

「昔、お父様から星野家と合同で調査した事がある、という事を聞かされそれに憧れたらしいですよ?探偵と魔法使いの合同調査」


月詠が実験に参加した理由は、凄く子供じみた理由だった…..

しかし月詠の力がなくては、ここまで来る事は不可能だった事も事実だし、アルクを助けてもらった恩もある。


「わかった、考えてみるよ」

「お願いします!」


アルクは、その回答が嬉しかったのか笑顔で頷いた。


「すると、天王寺さんの事件を解決した後に僕が魔法使いとして知れ渡ったのは、月詠の仕業?」

「はい、実際現実でも月詠家の力を使い一気に広めました。今考えてみればこれも星野さんと一緒に探偵をやりたい為の行動だったのでしょうね」


僕の知名度が上がり更にそんな僕と月詠がくれば依頼が殺到するのは、目に見えている。


「とりあえず、月詠が少し信頼出来る人だという事は、わかったよ。じゃあ裏切り者は誰になるのかな?」


これが最大の謎だ。


「私もまさか関係者に裏切り者がいるとは、思いませんでした」

「関係は、どれくらいいるの?」

「確か数十人程度です」


なるほど。結構割り込める。


「更に言えばその時、データの世界にいた人達は、白でしょう」


つまり海堂と天王寺さんと月詠は、白な訳だ。


「あの影は、星野さんだけを狙っていました。つまり御三家を復活させたくない何者かが裏切り者です」


あの影は、裏切り者がデータに仕組んだウイルスだと月詠が言っていた。


「つまり星野さんは、現実世界に戻ってもその裏切り者に命を狙われる可能がある訳です。それは、御三家全員に言えます」

「それは、嬉しくない情報だね。でもそもそもどうやって現実世界に帰ればいいのかな?」


確か魂を回収するには、百%じゃないと意味がないと言っていた。僕は五十%だ。


「何の為に私が常に星野さんの近くにいたと思っているんですか?それは、こんな事もあろうかと同じ経験をして同じ物を見る為ですよ?」


アルクは、家にいる時も学校にいる時も僕の側から離れなかった。


「つまり残りの五十%をアルクが埋めると?」

「理解が早くて助かります!」

「でもそうしたらアルクは、どうなるの?」

「そうですね〜」


アルクは、しばらく考えてからこう言った。


「星野さんと一心同体になってともに生活する様になるでしょうね。しかし周りには、声も聞こえなければ姿も見えない存在になると思います」

「そんなの、ダメだよ!それだと僕も雪も悲しいよ!」


アルクは、僕を諭す様に言った。


「大丈夫ですよ。星野さんには、声は聞こえますし信仰を取り戻し、力が戻ればまたこうして人の姿で現れる事も可能でしょう」


それを聞いて僕は、少し安心した。


その後も色々と説明は、続いた。主にドールの話だった。

ドールの瞳は、青色では、ないといけないと法律で定められているが僕のドールは、普通の瞳の色で法律に犯しているとか、ドールは、高額な物で普通の人には、買える品物ではなく病院や大手会社の受付などに使われているなどだ。


更に驚く事は二千五十年の世界についてだ。

紙幣や硬貨は、存在しなくなり全て電子マネーになっている。

テレビやパソコンのモニター類は、データ化され空中に浮いているとか。

空を飛ぶバイクが存在するとかそんな驚く様な話ばかりだった。


「さて!あまりここにいては、現実の皆さんが心配してしまいます」

「ここは、現実との時間の流れが違うんだよね?今、どれくらい経ってるのかな?」

「そうですね…..役一ヶ月は、経っているでしょうか」


つまり雪が目醒めてから一ヶ月経過している事になる。あまり心配させたくない。


「それでどうすれば僕は、目醒められるのかな?」

「それは、簡単です!鳥居を潜ればいいだけです!」


アルクは、いつの間にかあった鳥居を指さした。

僕は鳥居に向かおうとしたが待ったをかけられた。


「普通ならここで元の世界に帰すところですが今の星野さんは、命を狙われている身です」

「そうだね」

「なので魔法上級編を教えます!」


それは、心強い!

現実世界に帰っても僕は魔法が使えるだろう。しかしアルクは、僕の中にいて守ってはくれない。自分の身は自分で守らなくてはならない。


「では、上級編を教えます、私から一本取って下さい」


アルクにとんでもない事を言われた気がした。


「今、アルクから一本取るって言ったのかな?」

「はい!最後の試練が魔法を教えた師匠を倒す…..雪さん好みの展開です」

「僕はそんな展開望んでいないよ!?」


こうしてアルクとの最後の魔法講座が始まった。それは、厳しいもので今まで会得した全ての技術を使い、アルクに挑む。しかし当然だが一本取るどころか返り討ちにあってしまう。

それを永遠とも思える時間繰り返した。

どれくらい経ったかわからないがそんな事を繰り返しているうちに自分でも魔法が上達するのがわかった。

相変わらず地の魔法以外は、ダメダメだが地の魔法だけは、成長していった。

生成する速度が上がった。

生成出来る物が増えた。

物を操作する技術が上達した。

靴で空を飛ぶ技術が上達した。

地形を変化させる技術が上達した。

生成した植物を意のままに操れる様になった。


そんな辛くも楽しい講座は、終わりを告げーー


「そこまでです!星野さんの魔法の技術は、確実に上がりました。これで現実に帰っても大丈夫でしょう」

「でもまだ僕、アルクから一本取ってないよ?」

「そんなのは、天地がひっくり返っても無理ですよ?」


少しムカつくが正論なので言い返せない。

実際、アルクから一本取るどころか、攻撃が当たりそうだった、惜しい!とかすらなかったのだ。


「大丈夫ですよ星野さん?私はあなたの中に常にいます。近くには、雪さんもいます。だからあなたは、一人じゃない」

「うんーーうん!」


きっと現実世界に帰ったら雪、海堂、秋葉くん、天王寺さん、医院長先生、春さんが待っていてくれるだろう。

月詠は、気に入らないがアルクを助けてもらったので仕方なくだが探偵の仕事を手伝ってあげるとしよう。


「きっと現実世界があまりにも変わり過ぎて最初は困惑するかもしれません。でもその都度、あなたの側にいる方々が教えてくれるでしょう」


僕の体が例えドールになったとしてもきっと皆んなが手を差し伸べていつも通りに接してくれる。そんな気がする。だから僕は前を向いて鳥居を潜った。こんな時に言うセリフを僕は、知っている。それは、雪がよく使う魔法の言葉だ。だから僕もその言葉を言った。


「僕、ワクワクすっぞ!」


新しい世界に期待を込めてーーそう言った。



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