第4話 スノームーン前編
スノームーン前編
Chapter???
歩き続けた先に何があるのだろう?
お社はまだ遠く心が折れる
それでも歩く
歩いて歩いて歩き続ける
その先に希望があると信じて
Chapter1「親子」
親子とはなんだろう? これは僕が十五年間抱いてきた疑問だ。
今は退院して医院長先生と一緒に住んでいるが先生は仕事が忙しくあまり家には帰って来ない。自分が一人になるといつも抱く疑問
僕の両親は事故で亡くなった。少し前なら僕は捨てられた子…愛されなかった子…そう思っていたが今では違う。今は、愛されて産まれてきた…そうわかっているから
それでも親子と言う関係はよくわからない
一緒に暮らす事?一緒にご飯を食べる事?前に雪に聞いた事がある。雪は自分を産んでくれた存在ですよと答えてくれた
なら僕には親子と言うものは永遠にわからない事になる
僕には親がいないのだから…
春休みも半ば、僕は今日雪の家で遊ぶ事になっていた。そう言えば雪の家の前までは行ったことは何度もあるが家の中に入るのは初めてだ。約束の時間は十三時になっている。昼食にチャーハンを作り食べた
そしていつものラフな格好に着替える
長袖のTシャツにジーパン姿だ
時刻は十二時三十分、僕は家を出る
歩いて行けばちょうど時間になるだろう
僕はずっと入院していた為、自転車には乗れない。だから自然と徒歩になる
雪の家までは十五分ぐらいだ。初めての彼女の家に僕には柄にもなくワクワクしているのかもしれない…
今回、雪の家に行くのはデートでもあるがアルクも交えこれからの事を話し合う為でもある。まだ記憶に新しい虐めの事件…僕達は雪とアルクと協力して何とか解決する事が出来た。やり方は褒められたものではないにしろ虐めの闇を知る事が出来た事件だった。今、思い出すだけでも吐き気がする
僕は鹿骨から篠崎公園を通り雪の家を目指す篠崎公園には野球をする人、テニスをする人、犬の散歩をする人、お花見する人など様々な人がいる。入院していた時は見れない光景なだけあって僕は意外とこの光景を気に入っている
そんな賑わいをみせる光景が僕には眩しかった。
そんな思いに馳せているとあっという間に雪の家に着いた
僕はインターホンを押す。しばらくしてから
「はーい!と言う声が聞こえてきた
この声は…?雪の母親の声だ
玄関の扉を開けて出てきたのはやはり雪の母親、春さんだった
「星野くん、いらっしゃい!どうぞ上がって」春さんはエプロン姿だった
「ごめんなさいね〜今、クッキーを焼いてたの」なる程、確かに雪の家からは香ばしいいい匂いがしてきた
僕は家にあがらせてもらい。不思議に思った
「あの…雪さんは?」
「あの子ったら今になって、部屋の片付けしてるわ」
前にまだ部屋の模様替えが終わっていないとか言ってたのを思い出す。彼女もまた、僕の同じでずっと入院していたのだ。部屋にダンボールなどがあっても不思議ではない
「翔子!星野くん来たわよ!」
「は〜い!」
二階から雪が顔を覗かせた
「お待たせしました!どうぞこちらです!」僕は雪に促され二階に上がる。二階に上がると更に階段があった
「私の部屋は三階ですよ」更に三階に上がると雪の部屋があった。その部屋は女の子らしく小物やぬいぐるみ、本などがあり部屋の色合いは白とピンクが占めていた。清楚でお嬢様の部屋…そんなイメージが第一感想だ
雪の部屋をキョロキョロ見ていた僕に雪は
「じろじろ見過ぎですよ…恥ずかしいです!」
「ご、ごめん…」初めての彼女の部屋…じろじろ見るな、と言う方が無理である
それにダンボールなどは無く、片付いていた
ベッドしかない僕の部屋とは大違いだ
「翔ちゃん、座って待っていて下さい。今、お茶を持ってきますね」そう言うと雪は部屋を出て行った。階段を降りる音が聞こえる
彼女の部屋に一人きりにされてしまった…
僕は手持ち無沙汰になり改めて部屋を見渡す。退院してから四ヶ月…雪はちゃんと自分の生活場所を作っている…対して僕はどうだ?部屋にはベッドしか無く持っていた本は未だにダンボールのまま押し入れに閉まっている。雪の部屋と比べると僕の部屋は生活感がまるで無い…わかっている、僕は医院長先生に遠慮しているのだ…医院長先生は遠慮なんかしなくていい、と言ってくれるが今の僕にはまだ無理な話だ
そんな事を思っていると雪がコーヒーとクッキーを乗せたお盆を持って戻ってきた
「お待たせしました」彼女はお盆を机の上に置き、僕に白い猫のクッションを渡してきた
「どうぞ座って下さい」僕は言われた通りにクッション床に置きその上に座る
そして差し出されたコーヒーには既に砂糖とミルクが入っていた
「翔ちゃんの好みは知ってますから!」得意げに言う彼女が可愛らしかった
僕はコーヒーを一口飲む
「美味しい…僕好みの甘さだ」少し甘めのホットコーヒーだった。口の中で酸味が広がり後からその酸味をミルクが包み込む
「クッキーもどうぞ?お母さんと一緒に作りました」クッキーを一口食べる。シンプルにバタークッキーだがコーヒーと合わせる為か甘さは控えめだ。出来立てなのか温かくサクサクしていて美味しい
「美味しいよ。雪はきっといいお嫁さんになるよ」
「翔ちゃんだって料理出来るじゃないですか?」雪は先程の言葉が嬉しかったのか顔を赤くする
「僕は料理出来なきゃ生きて行けないからね。医院長先生もあまり家に帰ってこないし」
「じゃあ一人暮らし状態ですか?寂しくありませんか?」
「いや…最近はアルクが居るからね。寂しくは、ないよ」ご飯の時になるとアルクが出て来てご飯を催促するのだ。そして食べ終わると満足して帰っていく。そんな状態だ
「アルクちゃん、この時代の食べ物は美味しいとか言ってましたもんね」そう、春休み初日に海堂さんに呼ばれて行った小岩のファストフード店で味をしめたのか、食べ物の事になると毎回現れるのだ。アルク曰く、空腹にはならないが味覚もあるし満腹にもなるらしいが一番の理由は久々の現実世界の食べ物、アルクにとっては全てがご馳走に見えるらしい
「なんか妹が出来たみたいだよ」すると音も無くアルクが指輪から現れる
「失礼ですね!私は見た目こそ十歳ですが生きた年齢はお二人より上です!」
「僕が義弟だったね。ごめん、ごめん」僕は苦笑いで返事を返しておく
「雪さんお邪魔します!」アルクは丁寧に頭を下げ雪に挨拶する
「いらっしゃい!アルクちゃん」雪もまた丁寧に挨拶する
今日の雪の服装は白い長袖のワンピース、大してアルクの服装はいつもと同じ半袖のワンピース
「アルクいつも同じ服装だけど寒くないの?」僕は前々から気になっていた疑問をぶつけみる
「神様に寒さ、暑さの感覚はありませんからね。服装が白いワンピースなのはそっちの方が神様ぽいからです!」確かに神秘的なイメージにはなるかな?
「アルクちゃんもお着替えしたら可愛いと思いますよ?」
「昔は服もコロコロ変えていましたが今はその必要性を感じないので遠慮します」
「つまりその気になればいつでも服を変えられると?」
「そう言う事です!」また一つアルクの力について知れた気がした
「頂きます!」アルクは早速、雪の作ったクッキーを食べ始める
「召し上がれ。ホットミルクもありますよ」
元々アルクを含めてこれからについて話し合う場だ。マグカップが三つしっかりと用意されていた
「それで次、僕達はどうすればいいのかな?」アルクはクッキーを丁寧に食べミルクで流し込むと…
「次はお二人が高校に入学してからになります」
「後、一週間…と言う事ですね」その言葉を皮切りに部屋の中が緊張に包まれる…
「何が起こるか…聞いていいかな?」アルクはマグカップを机に置き…そして僕と雪の瞳を見つめてくる…それはまるで覚悟を試すかの様に…
「私が見えたのは、ほんの一部です。長身の男の人が誰かと喧嘩している姿が見えました」アルクには近いうちに僕達に訪れる未来を見る事が出来る。原理は不明…だけどそのおかげで海堂を助ける事が出来た。海堂は本来、死ぬ筈だった人間…それを僕達が未来を先に知り助けた。つまり未来は変えられると言う事が証明出来たとも言える
「未来を変える事が出来るのを知れたのは大きな戦果ですね」アルクはそう言うが…
「本当に未来を変えていいのかな…?」僕はボソリと呟いてしまった
「星野さんは海堂夏希が死んでもよかったと?」しまった!と思った時にはもう遅かった…だが言ってしまったものは仕方がない。不安要素はこの場で口にしてしまおう
「海堂には生きて欲しかったし助けられてよかったよ。それでも何故アルクに未来が見えるのか?それを変える事で僕達はどこに向かうのか?気になってね」
「翔ちゃんは不安なの?」不安か…そうなのかも知れない
「僕達は…未来を変えた先で何を手に入れるのかな…て思ってさ」
「私は幸せだと思います」雪がきっぱりと言い切った
「私は夏希ちゃんを助けられて…一緒に過ごせて幸せですよ?だから未来で手に入れるのは幸せだと私は信じます」
「真実は誰にもわかりません…ですが星野さんはお母様から預かったその指輪を信じてみたくないんですか」アルクは僕がこの指輪をしてから未来が見える様になったと言う、僕が幸せになるのは僕の母親の意思…だから指輪は僕を幸せにする為に未来を見せるのではないか?それが今のところのアルクの予想だ。けれど未来を見せるのはあくまで見せるだけ…変えるには行動する必要がある。前は海堂の自殺と言う最悪の未来だった…
「海堂と過ごせて幸せなのは僕も同じ。それだけじゃない、退院出来て雪と恋人になったのも幸せな事…そうだね。親がくれた命…だったら僕は母親を信じるよ。例えどんな未来が待っていようと」僕の決意に二人は微笑む
「それでは未来が見えるのは幸せの為…今のところは、それでいいですね?」僕達はアルクを通じて生きている。認識の統一は大事だ。僕も雪も頷く
「次にこの長身の男の事ですがどう思いますか?」
「喧嘩している相手はわかりますか?」
「中年の男性と喧嘩していました。隣には中年の女性もいましたね」
「場所は?」
「室内でした。生活空間に溢れていたので多分、ご自宅じゃないかと」アルクの話を組み合わせると自宅で長身の男は男女と喧嘩している事になる
「普通に考えれば両親だと思います」雪はそう発言する。だが両親と喧嘩している。未来を見せられてもよくわからないのが正直なところだ
「それ以外に何か気になるものとかあった?」僕の発言にアルクは首を横に振る
「他は特にありませんでした」
「これだけじゃまだ何もわかりませんね…」
「そう言えば海堂の時は何で名前がわかったの?」
「お二人には詳しく説明していませんでしたね。未来が見える時、その人の視点になって見えるんです」
つまり一人称視点と言う事か
「海堂夏希の場合は虐めの主犯格が名前を呼んでいたのでわかりました。でも今回の視点は長身、声や体格からして男…と言う事しかわかりませんでした」
「喧嘩の内容は何でした?」
「また余計な事に金を使って!とかそう言うやりとりでした」どこの誰かもわからないんじゃ対策の立てようもない
「それと未来が見えるタイミングですが不定期でその人の違う未来が見えます。海堂夏希の場合、虐められてる現場、自殺の現場、お葬式で星野さんの視点で見えた、この三つが海堂夏希の時に見た未来です」
「つまりまた別の未来が見える可能性があるわけですね?」
「その可能性は高いかと」
「じゃあこの話はここまでかな?次は明日の高校での話をしよう」明日、僕達は一度、高校に行かなければならない。理由は教科の選択だ。通信制の学校では大学と同じで単位制で成り立つらしい。この単位は進級や卒業するのに必要なもの、だから明日、何の教科を取るか選びに行くのだ
「翔ちゃんは何の教科を取るか決めましたか?」
「大体はね。そう言う雪は?」
「決めましたよ!」
「後は何科にするかだけど…」通信制には普通科、情報科、美術科、音楽科の四つの科目がある。大体の生徒は普通科らしいのだが…将来の事を考えれば普通科以外に属した方がいいだろう
「私は美術科にします」
「僕は情報科かな」
「本が好きな翔ちゃんらしいですね」雪はクスクスと笑いながら茶化す
「雪は何で美術科?絵得意だっけ?」僕は入院していた頃を思い出す…確か雪が絵を描いたり、興味を持ったりしていた事はない筈だ
「新しい事へのチャレンジです!」なる程
「雪らしいや」結局、雪は何も変わっていない、見た目はお淑やかだが生活は明るく、元気、いつも笑顔でその笑顔が似合う女の子、流石は僕の自慢の彼女だ
「あっ!クッキー無くなっちゃいました…」一方アルクは僕達が高校の話をし始めるとミルクとクッキーを堪能し始めた。そして高校の話が終わる頃にはクッキーを平らげていた
「アルク…君、昼食もおかわりしてたよね?」
「おやつは別腹です!」
「も〜うアルクちゃんたら!」雪はクッキーを食べてくれた事が嬉しかったのかアルクをギューと抱きしめる
その横で僕は「全く…君達は…」と呆れるのだった。これが僕達の関係、僕達、春の大三角形の関係だ
翌日、僕と雪は新小岩駅に居た
僕達が通う高校が新小岩駅徒歩一分のところにあるからだ
虹の家からバスで一本、雪とはスマホで連絡してバスの中で合流した。今日は登校日ではないので私服だ。そもそも登校日でも服装自由なのが通信制学校の特徴なのだが…
雪は僕が好きなお嬢様コーデ
僕達は新小岩駅を出て歩道橋を渡る
「それにしても今日、久々に医院長先生を見たよ。まぁこれから仕事とは言ってたけどね」
「医院長先生には夏希ちゃんの事件言わなくていいんですか?」アルクの件で何かあったら言う、それが医院長先生との約束だが…
「表沙汰では僕達はあの事件に無関係…違うかな?」
「そうですね。私達は無関係です」
「だからこの事を知っているのは僕達だけでいいよ」それは医院長先生への気遣いであり僕なりに考えた結果だ
そうこうしているうちに目的のビルに辿り着く。ビルの看板には三階・四階に明星学院高等学校の文字が書かれている
資料によれば三階が教室練で四階が文化練だった筈だ。今年出来た学校なので皆んな一年生、先輩も後輩もいない、生徒は三十人程でクラスも存在しない
今日用があるのは三階の教室練だ
僕達はエレベーターに乗り三階に向かう
「いよいよですね!」雪が僕の右手を握ってくる
「もしかして緊張してる?」
「ワクワクしてます!翔ちゃんはどうですか?」僕は目蓋を閉じ考えてみる…今、僕が感じてるこの感情はなんだろう?緊張ではない、じゃあおそらく同じだ
「僕もワクワクしてる」そんな僕の言葉に雪は久しぶりにあのセリフを言う
「私達ワクワクすっぞ!」そのセリフに僕は笑う
「やっぱり君にそのセリフは似合わないよ!」雪は頬を膨らませて抗議する
「このネタは私のとっておきなのに〜」プク〜と膨らんだ雪の頬を僕は突く
そんな遊びをしているうちにエレベーターは、三階に辿り着く
エレベーターの扉が開き最初に見えたの扉だ、その扉を開けると…そこは学校と言うよりも塾に近い…そんなイメージを抱かせる空間だった
その空間にしばし圧巻する
「いらっしゃい」そんな言葉をかけてきたのは受付と書かれた机に座る、男性職員だった
「こんにちは、あの今日、来ると事前に連絡した、星野と雪です」職員は名簿表と思われる紙をめくると
「え〜と星野くんに雪さん…ああ、あった、あった。どうぞ奥へ」僕達は促されるまま受付を通る、受付は入り口の左側にあり右側は来客用室と書かれていた
更に先に進むと左には個別スペースと書かれた場所があり右にはパソコンスペースと書かれた場所があった
更に奥には僕達がよくテレビで見た学校の教室を真似た様に作られたスペースがあった
そこに何人かの職員がいた。ダンボールを運んだりしている辺りまだ清掃中らしい
「こっちこっち!」僕に手を振る眼鏡をかけた男性職員が一人…資料にあったこの学校で一番偉い責任者だ、僕達は教室スペース中央に机と机を繋ぎ合わせ正方形に並べられた四つの机に来るよう指示される
その机に辿り着き、座るように言われ
座って待つ
「ごめんね!まだ片付け途中で」
「気にしませんよ。それよりお手伝いしましょうか?」流石は人見知りしない雪…早速先生に気に入られようと先手に打って出た
「気にしないで!気にしないで!これも私達の仕事だから」責任者の先生は片付けを辞めてこちらに来る
「お待たせ!じゃあ早速だけど先ずは何科がいいか決めようか」そう言うと慣れた手つきで資料を配る
「先ずは普通科、一般的な生徒はこの学科だね。次に情報科、この学科は火曜日にそこにあるパソコンブースで専門授業を受けます。またこの後取る単位にも強制的に情報と言う科目が入る事になります。次に美術科、この学科は金曜日にこの教室ブースで専門授業を受けます。また情報科同様に必要単位に、美術が入ります。最後に音楽科、これは月曜日に教室ブースで専門授業を受けます。また他同様に単位に音楽が入ります。ゆっくりでいいですよ?考えて下さい」先生は穏やかに優しく言うが僕達には考える必要はない
「僕は情報科でお願いします」
「私は美術科でお願いします」
「早いねー!星野くんは情報科で雪さんは美術科ね。途中で変える事は出来ないけどいいかな?」僕達は「はい!」と決意のある返事をした
「じゃあ決定ね。次に何の科目の単位を取るかだけど先ず必須科目があってね」先生の説明は丁寧でまるで幼い子を相手する様な…そんな感じがした
そうか…この学校には特別な生徒達が集まるんだ。先生の対応も納得する
その後も説明は続き僕達はなんとか単位を取る科目を決める事が出来た。と言っても情報と美術以外は雪と全部同じにした。これは雪の希望だ。確かにこれなら一緒に勉強出来るから僕も嬉しいけどね
椅子から立ち上がり帰ろうとした時だった
後ろから大柄の男が迫って来ていた。先生の対応からみてどうやら僕達と同じここに通う予定の生徒みたいだ、その生徒は百八十センチはあるだろうか…
ふと、アルクの言葉が蘇る。確か次のターゲットは長身の男…可能性はゼロじゃない
僕は自称人見知りだがやる時はやる、だから行動に出た
彼とすれ違いざまに呟いた
「親とは仲直りしたの?」と
彼は立ち止まる。対して僕達は出口に歩き続ける。雪も僕の意図を理解したらしい
そして受付を通り抜けようとした時、腕を掴まれた。振り向くと大柄の男子生徒が立っていた
「お前…何で知ってる?」どうやら正解らしい。でもここで話す訳にはいかない
「新小岩駅前で待ってる」それだけ伝え僕は彼の腕を振り解く
帰りのエレベーターの中
「翔ちゃん大丈夫ですか?」と雪は僕が掴まれた腕を指すってくれる。相当力強く掴まれたらしく痕が残っていた
「これぐらいで済んでよかったよ」あの体格だ。僕を締め上げ投げ飛ばすなんて事は造作もないだろう。しかしあの反応…間違いないだろう。アルクが見たのは彼絡みの何かだ
「入学式前には片付くといいなぁ」
「翔ちゃんは自分の心配をして下さい!」
「心配してるよ?このぐらいで動じないのは入院してた時に受けた治療のおかげだろうけどね」入院していた頃は点滴に採血、それに得体の知れない機械の数々…そのおかげで度胸だけは身に付いた。それは雪も同じだろう
「それでどうしますか?」どうするとは彼の事だろう。彼がどんな事に巻き込まれているか訊く必要がある
「率直に神様の遣いです。とでも言っておけばいいと思うよ」
「僕達は未来が見えますとでも言っておけばいいと思うよ?」
「雪の言う事は最もだけど最初に親の関係を当てた時点でおかしな人だと思われてるよ」「それもそうですね…嘘ではありませんし私は賛成です!」
「それじゃあ彼が来るまで駅前で作戦立てておくか」
「はい!」
僕が計算して動くタイプだとしたら雪は行動して臨機応変に対応するタイプだ
この二つが組み合わされば基本どうにかなるに違いない。そんな自信を持って僕と雪は人が行き交う駅前で堂々と作戦会議をする
「先ずは彼が置かれている立場を理解する。これが第一条件だね」
「あの様子からだと何かあるのは間違い間違いありませんね」僕の腕を掴んだ時の彼の表情を思い出す…まるで人ではない何かを見る目…そして救いを求める目…
駅前を選んだのにも理由はある。僕達が話す事は誰一人として興味を示さないだろう。だが暴力沙汰になれば話は別だ。僕達は喧嘩には全く無縁で過ごしてきた身…向こうが喧嘩腰で来ても止めに入る人が現れる。最悪、目の見える距離に交番もある安全圏と言う訳だ
「翔ちゃん!わかってると思いますがこれは私達、三人の問題です。だから前みたいに一人で考えて一人で悩まないで下さい」雪のその真剣な眼差しに僕もまた真剣に答える
「わかってる。もう二度と一人で悩まない。もう二度と無茶もしない」今、考えてもおかしな話だが僕はアルクの世界で虐めの主犯格を殺そうとした。だがその考えを雪に見破られいかに殺人が人として行ってはいけない事か教わった。虐めは殺人…この考えは今でも変わらない。だからと言って殺してしまえば虐めてた奴らと何ら変わりない。そう雪は教えてくれたのだ
「今度は間違えない」
「よろしい!」雪は僕の回答に満足そうに頷く
「彼の対応だけど先ずアルクは伏せる…それでいいね?」
「はい、私もそれがいいと思います。下手に騒ぎ立てられるよりも先ずは慎重に動きましょう」そんな事を話しているうちに彼が現れる。そしていきなり僕の胸ぐらを掴み、怒鳴る様に言う
「お前!どこまで知っている!?」おっと、まさか暴力から始まるとは…これは余程追い詰められているのか…あるいは性格の問題なのか…
「君は先ず落ち着いた方がいいよ。周りの人が見ている」
「ちっ!」彼は乱暴にだが胸ぐらに掴んだ手を離してくれた。すぐに雪が対応する
「翔ちゃんに謝って下さい!」
「あぁ?」彼は機嫌が悪いのかとても面倒な者を見る目で雪を見る
「ちっ!悪かったよ…いきなり掴んで」
「翔ちゃん…大丈夫ですか?」雪は心配して僕の顔を覗き込んでくる
「大丈夫だよ。それに話せばわかる人と言うのがわかった」雪の言葉にすぐ謝った事から最低限の常識があると考えられる。多分…
「先ずは自己紹介からするね。僕は星野翔太」
「私は雪翔子です。宜しくお願いします」
「俺は木下秋葉て言うんだ。さっきは本当に悪かったな」木下秋葉と名乗った男はまた素直に謝ってきた
「いや、今の態度で木下くんがどれほどの危機に陥ってるか理解したよ」
「秋葉でいい。俺も翔太って呼ぶからよ。それでそっちは雪さんだったか」
「はい!私は木下さんと呼びますね」取り敢えず社交儀礼は済ます。問題はこっからだ
「それで何で僕達が秋葉くんの状況を知っているか…だったよね?」
「ああ!それだ!なんでわかった!?」
「理由は簡単、僕達には秋葉くんが両親らしき人と喧嘩している姿が見えたから」秋葉くんは意味がわからない…と言わんばかりに顔をしかめる
「つまり…どう言う事だ?」
「私達は未来が見えると言う事ですよ」
「はぁ!お前ら正気か!?」まぁ当たり前の反応だよね
「まぁ見えたのは喧嘩しているシーンだけだけど…秋葉くんの周りで何か起きてるんじゃないかな?」秋葉くんはその言葉に黙ってしまった…どうやら図星の様だ
「よかったら私達に教えてくれませんか?解決の手助けが出来るかもしれません」
「本当に信じていいのか?」
「信じてくれると嬉しいよ」秋葉くんは悩んだ末に話す事を決意してくれた
「立ち話もなんだしよ、そこのファミレスに寄らないか?」確かに今から話す事はあまり人に聞かせられる話ではないだろう
僕も雪も承諾するのだった
僕達、三人はファミレスでドリンクバーを頼む
だがここで事件は起きた。悲しいかな、ドリンクバーの使い方を知らない…
「雪はドリンクバーの使い方…わかる?」
「わかりません!」清々しい程に言い切った…僕達は仕方なく秋葉くんが待つテーブルに戻る
「?どうしたんだよ。何も持ってこないで」
「木下さん…恥をおしのびしてお願いするのですが…ドリンクバーの使い方を教えて下さい!」雪のその発言に目をパチクリさせる秋葉くん…当然の反応かもしれないが僕達はずっと入院していてこれが人生初めてのファミレスなのだ
「なんだよ?お前ら金持ちのお坊ちゃんとお嬢様かよ?」
「お金持ちではないけど…僕達、訳ありでね。察してくれると助かるよ」
「ぷっ…は!は!は!」秋葉くんは人の目も気にせず大笑いする。店員さんに「お静かにお願いします」と注意されてしまった…
その後、ドリンクバーの使い方を教えてもらいテーブル席に座る。僕の左側に雪が座り向かいに秋葉くんが座る方だ
「にしても、未来がわかったり、世間知らずだったり、なんだ?お前ら別の世界から来た人間かよ」
「残念ながら世間知らずなこの世界の人間だよ」改めて木ノ下秋葉と言う人間を見る
身長は百八十センチほどでガタイも良い、何かスポーツでもやっていたのだろうか?顔は少し怖めで口調も乱暴だが話してみる限り悪い人ではないみたいだ
「じゃあ本題に入ろう」僕の一言で秋葉くんの顔が真剣になる
「今、木下さんに何が起こっているか、教えてくれませんか?」
「今から話す事を馬鹿にしないって約束できるか?」そう釘を指してくるあたり、とんでもない話なのは覚悟した方が良さそうだ
「絶対にしないよ」
「私もしません」その言葉を聞いて安心したのかようやく話してくれた
episode木下秋葉1
俺の家庭はいわゆる毒親の家庭だ
いつも喧嘩ばかりし、うるさくて仕方ない
俺が口を挟むと物を投げられたり殴られたりする。それが俺にとって当たり前の日常だった。そんな日常が当たり前じゃないと気付いたのは最近だ。友達が両親と旅行に行った、この前ゲームを買ってもらった。服を買ってもらった。そんな会話を聞いているうちにああ…俺の家庭は普通じゃないんだ…
そう気付かされたのだ
それからだった、俺は毎日の様に親と喧嘩し始めたのは…喧嘩の原因は本当に些細な事、他の人が聞いたら笑われるぐらいに些細な事…
学校から帰れば親と喧嘩、遊びから帰れば親と喧嘩、そんな時だった、俺は知ってしまったのだ。両親が二人共に浮気をしている事に…元々共働きだった両親は出張などと最もらしい事を言い浮気相手と遊んでいたのだ
そんな真実を偶然知ってしまった俺はとっさに考えた。もし両親共に浮気している事を両親が知ったら?喧嘩じゃ済まないだろう。最悪離婚…なんて事になりかねない、だから俺は両親が浮気している事をバレない為に動いた。父親に今日の母親はどうだったか?と聞かれたらいつも通り過ごしてた、と嘘を付く、本当は休みなのに仕事に行ってくると言って夜まで帰って来なかった母親だが浮気がバレるとまずい、だから俺は嘘を付く
逆に母親に今日の父親はどうだったか?と聞かれたらいつも通り過ごしてた、と嘘を付く、お互いに浮気を疑っていたのだ…おそらく自分が浮気をしているから、相手も浮気をしているのではないか…だったら俺を使って確かめよう。そんなところだろう
最近はそんな毎日だった…俺の心は限界になり逃げ出した。漫画喫茶で一日過ごした。両親から解放される瞬間だ…俺はその心地よさを知ってしまった。だがら心が限界になると漫画喫茶で時間を潰す…家に帰らない日が増えたのだ
異変が起きたのは中学を卒業し春休みに入ってからだ。
その日も漫画喫茶で俺は心を癒していた。そして家に帰ると母親が上機嫌に言ってきたのだ。「さっきは荷物ありがとう」俺は何の事かわからずこの時は(何言ってんだ?)程度にしか思わなかった。だがその翌日、友達と遊んだ時の事だ。「お前、昨日母親と買い物してたよな?仲直りしたのかよ」と言われたのだ…昨日は俺、漫画喫茶にいたけど…謎の不安が俺の心をジワリ、ジワリと浸食していく
その翌日、俺は昼過ぎに起きて部屋に入ると父親に「さっきは洗車手伝ってくれてありがとうな」と言われたのだ、さっき?俺は今まで部屋で寝ていたんだぞ?謎の不安がまた心をジワリ、ジワリと浸食していく
そしてその翌日、俺が起きると両親は出かけていた。そして夕方に帰って来た
「お前、もう着替えたのか?早いな!」
「まさか、あなたが三人で出かけようって言いだすなんて…と思ったけど何?親孝行でも始めたの?」両親はそう言ってきたのだ…
この時に確信した。俺以外に俺がいる…とだから俺は慌てて逃げ出した。それからは漫画喫茶での生活だ。それでも親から連絡はない…つまりもう一人の俺がうまくやっているのだろうか?そして今日、どうせ高校に行かなくてももう一人の俺が何とかするんじゃないか?
でも…俺はまだ確信していない。認めていない。俺がもう一人いる事を…だから勇気を振り絞って高校に来てみた。俺は高校には来ていなかった…そしてお前らと出会った
episode木下秋葉1 end
秋葉くんが話し終えるとその場に沈黙が訪れた。遠くから食器のカチャカチャと言う音や雑談は聞こえてくる。だけど…この場所だけ時が止まったみたいに重い空気が流れる。やがてその沈黙を破ったのは雪だった
「確認しますけど木下さんはご兄弟とかはいらっしゃいますか?」
「いや…俺は一人っ子だ」そして雪の目が輝く!暴走モードに入った合図だ
「これはまさしくドッペルゲンガーですね!」これは長くなる…やれやれ
「ドッペルゲンガー?」
「自分の他にもう一人の自分がいる事です。よく聞きませんか?ドッペルゲンガーに会ったら三日後に死ぬ何て言うのは有名ですよ」
「そ、そんなの信じる訳ねぇーだろ!」
「でも実際に木下さんは体験なさっているのではないですか?」
「そ、それはそうだけどよ…でもよ!」
「気持ちはわかるよ。この世界に幽霊とかオカルトじみたものは存在しない、と言いたいんだよね?」
「そうだ!そんなのはフィクションの中の出来事だろ!?」
「いいえ!この世界には幽霊やUMA、未確認飛行物体など存在します!」
あまりの雪の熱弁に引いてる秋葉くん…雪の前でオカルト話を出したのが運の尽きだ
だがまさかドッペルゲンガーか…僕達も神様であるアルクを見ていなかったら到底信じない話だろう…海堂の時とは違い相手はオカルトだ、どう対策するか…先ずはアルクに相談だ。それから秋葉くんの家に行って本当に彼が二人存在するか確認する必要がある
後は…そろそろオカルトについて語っている雪を止めないといけない
「雪、そろそろ…」
「まだ二割しか語ってません!」話し足りないのか興奮が冷めない雪…
「それで秋葉くんはどうしてほしい?」
「ど、どうしてほしいと言うと…?」
「僕達は君の悩みを解決したい。だけどそれは君が望まなければ叶わない事…簡単な話だよ。君の許可が欲しい」今回は秋葉くんの力を借りなければ解決は不可能だろうならば本人の意思を聞かないと始まらない
「な、何でだよ?何でお前はそんなに冷静なんだよ?何でそこまで俺を助けようとしてくれる?」まぁ、最もな質問だ。僕達も無償で助けてくれると聞いたら警戒する。ここまでは予定通り、僕達の周りの客が帰るのを見計らって話を切り出したのだから…
だから僕は一度大きく深呼吸する。その行動が何を意味するか…雪は冷静になって僕を見ていてくれた。どうやらオカルトモードから覚めたらしい
僕はソファーから立ち上がる。雪もそれに続く
「改めて自己紹介、僕はアルクトゥールスの遣い、星野翔太」
「私はアルクトゥールスの遣い、雪翔子」
そして僕と雪の間、ソファーの真ん中にアルクが現れる
「そして私が江戸川の神、アルクトゥールス、気軽にアルクとお呼び下さい」その光景に秋葉くんは何が起こったかわからない…と言う顔をする。それはそうだろう、おかしな事を言う男女にいきなり何もないところ現れたアルク…そんな異様な光景を見せられれば何言ってんだ、こいつら?みたいな顔になる。そもそも僕も雪も顔は赤いだろう、こんな中二病全開な自己紹介…本当はやりたくなかったが昨日、アルクがどうしても神様っぽい登場がしたいと言うので仕方なくやったんだ…満足そうな笑みで秋葉くんを見つめるアルク、僕と雪は何事もなかったかのようにソファーに座り直す
「さて木下秋葉さん、私達の力を借りますか?借りませんか?」そんな問いに戸惑う秋葉くん
「お前ら正気か…?神様とか…遣いとか…意味わかんねぇよ…」
「まぁ仕方ないよ。君の置かれている立場を考えたら全てを明かすしかないと思ってね。でも返事は保留に出来ないよ?今ここでしてもらう」僕は返事を急がせる
「な、なんかの宗教か?だ、だったらお断りだぜ…?」
「宗教ではありませんよ?」
「だったら!何が見返りだ!?」
「見返りは私の信仰です。私は今、神様としての力をかなり失っています…だから木下秋葉さん、あなたの力を私にかしてく下さい!代わりにあなたの悩みを解決してあげます」
「神様を信じろとか宗教じゃないかよ!?」
まぁそう言われたら言い返せない…だけど秋葉くん、君は僕達を絶対に信じる。だから僕は最初に石斧を打っているのだ
「……」
秋葉くんは悩んだ末に…
「わかった…信じる…だがもう一度確認させてくれ」
「いいよ」秋葉くんは僕の胸に手を当てる、そして…
「本当に…人間じゃないんだな?」
「人間だよ?ただ心臓がないだけ」
だから最初に石斧を打った。胸ぐらを掴まれると言う石斧を…
「信じるぜ?お前達の事…だから頼む!もう一人の俺を何とかしてくれ!」
「取引成立ですね!」アルクは笑顔でそう言うのだった
そんな奇妙な取引が終わり、今度は作戦会議に代わる。アルクは僕と雪の間で先程注文した、カリカリポテトを食べている
「先ずは確認だけど目的はドッペルゲンガーの秋葉くんを消す、という事でいいのかな?」僕の問いに秋葉くんは頷く
「ああ!本当にどうにかしてくれ!あれじゃあ俺が家に帰れねぇよ!」
「木下さんは今、漫画喫茶で寝泊りしているのですよね?未成年でも大丈夫なんですか?」
「この図体だからな!何とか誤魔化せてるぜ?」それアウトだよね?バレない事を祈ろう…
「先ずはもう一人の秋葉くんに会わないと話が進まないよね…」僕は溜息をつく
「そうですね。木下さんのお家に行ってみましょうか?」
「俺はどうすればいい?」
「木下さんは待機していた方がいいですね。ドッペルゲンガーの噂が本当なら出会ったら三日以内に死んじゃいます…」
「いや…秋葉くんはもう一人の秋葉くんに会えない可能性もあるよ。観測理論の話」
「おふゅたりゅともほれほりみょっとひうだいにゃもんはいかありまふゅ!」アルクはカリカリポテト口いっぱいに頬張りながら喋る
「アルクちゃん!お行儀悪いですよ?」雪に怒られて慌てて飲み込むアルク
「お二人共、それより重大な問題があります!」
「問題とは?」
「私達にはどちらが本物の木下秋葉かわかりません!」それは…つまり僕達の目の前にいる秋葉くんが偽者で今、家にいるであろう秋葉くんが本物と言う事…?
「ふ、ふざけんな!俺が本物に決まってるだろ!?」アルクの言葉に激怒する秋葉くん
無理もない話だ…自分が本物なのに偽者かもしれないなどと言われたらそれは誰だって怒るだろう
しかし僕達に秋葉くんを庇う材料はない
「木下さん!お静かにお願いします!」雪は慌てて静止させる
「アルクはこの現象どう思うのかな?」僕の質問にアルクは当然の様に答えた
「おそらく木下秋葉の両親と仲良く暮らしたい気持ちとそれに反対する気持ちが相反して分裂したと考えられます」
「ずいぶんあっさりと答えたけど例があるの?」
「昔に何度かありましたよ?お子さんの誕生日に参加したいけどその日は絶対に休めない仕事、と言う人が引き起こしてましたね」
ドッペルゲンガーは、つまり生き霊みたいなものなのか?それよりもどうしたら解決するかが大事か…
「解決策はわかる?」
「簡単です!認めればいいんです!」
「それはつまり木下さんがご両親との暮らしを認めると言う事ですか?」
「正確には両親と暮らしたいと言う気持ちを認めてしまえば偽者は消えます。しかし人間は厄介な生き物でしてね…なかなか認める事が出来ないんですよね〜」人間そう簡単に認められたら分裂などしてないだろう。ましてや相手は今、問題の毒親だ…一緒に暮らす事がいいとは僕には思えない…一層、このままでいいのでは?
「星野さんが今、何考えてるかわかりますよ?ですがこの通称ドッペルゲンガーの厄介な事はですね。時間が経つと偽者に乗っ取られると言う事なんですよ」
「おい!それはどう言う事だ!」
「木下秋葉の場合あと五日もすれば本物が消えて偽者が本物になると言う事がです」
「何で正確な日にちがわかるの?」
「私の経験からして、ですね。そして私達は今、どちらが本物かもわからない状態…つまり王手状態の大ピンチにいます」淡々と喋っているが今、物凄くピンチと言う事がわかった
「ま、待てって!本物と偽者を見分ける事は神様にも出来ねぇのかよ?」
「出来ませんね。何せ私から見たあなたは半分死んでいて半分生きている状態です」
「つまりもう一人の木下さんも同じ状態と言う事ですか?」
「そうです!この人は生きてる人〜この人は死んでる人〜と言う感じに見分ける事は出来ますが本物か偽者か見分けるのは神様でも無理なのです!」今、死んでる人〜とか言ってけど聞かなかった事にしよう。雪ですらソワソワして聞くの我慢しているし
「一卵性双生児とかの見分けはつくの?」
「それも難しいですね〜結論から言えばドッペルゲンガーを見分けるのは絶対に無理です」神様は生きた人間と死んだ人間しか見分けられないと…それでも本物か偽者かは存在する…いや…消えた方が偽者になると言う事か、ややこしいなぁ〜
ある程度の覚悟はしていたが前回とは違い過ぎる。いや…核心部分だけは人間の闇…同じか
「とりあえず秋葉くんの家にお邪魔してみよう」
「それしかありませんね」
「俺は待機でいいんだよな?」
「それでお願いします」ファミレスから出る時に秋葉くんの家とLINEを教えてもらった
僕達はバスで秋葉くんの家がある瑞江に向かう。アルクにはバス代がかかるのでカピバラに変身してもらい鞄に詰めた。側からはカピバラの縫いぐるみにしか見えないだろう。多分…
「しかし両親と喧嘩か…」僕の呟きに何を感じたのか雪は尋ねてきた
「もしキツイ様でしたら私とアルクだけで解決策を見つけますよ?」
「大丈夫だよ。ありがとう」僕には両親がいない…だから今回の原因である両親との喧嘩…その理由がよくわからない。確かに浮気はいけないと思う。と言うか江戸時代同様、浮気は即刻処刑でいいとまで思う
だが何故、仲直り出来ない?血が繋がった親子なのに…何で?きっと僕には一生わからないのだろう
それでも引き受けた以上やらなければならない。雪も母親しかいないんだ。僕だけが苦しい訳じゃない…きっと雪だって苦しい筈だ
そんな事を考えていると瑞江駅に到着する。ここから徒歩数分のところに秋葉くんの家はある
「地図だとここの角を曲がって…あった」表札には木下の文字が刻まれていた
ここは人気がない
「アルクちゃんもう大丈夫ですよ」雪の合図とともに僕の鞄に入っていたカピバラ・アルクが人の姿に戻る
「歩かなくていいって楽ですね!」
「それはよかったよ、おかけで僕は明日、筋肉痛だよ…」カピバラは鞄に入れるものではない…流石、世界最大級のネズミ…重かった
「カピバラアルクちゃんもっと撫で撫でしたかったですよ〜」雪は愛おしそうにアルクを見つめる
「いつでもなってあげますよ!」
「大体、アルクが指輪に戻れば済む話だったのに…それを一度バスに乗ってみたいと言うから許可したんだよ?」
「これでも大変感謝していますよ?鞄にスッポリ収まるのって落ち着く事がわかりました!またやってくれますか?」やれやれ
「神様の頼みじゃ断れないね」僕もつくづく甘いなぁ〜と思っていると木下家の扉が開いた
「あら?あなた達、家に何か用?」中年の女性…おそらく秋葉くんのお母さんだろう。ここは雪にパスする
「お忙しい中恐れ入ります。木下秋葉さんはご帰宅しているでしょうか?」流石は雪、いつもの笑顔で怪しまれずに近づく事が出来る作戦だ
「秋葉ならまだ帰って来てませんけど…」
「それは高校から帰って来ていないと言う事でしょうか?」雪は笑顔で更に畳み掛ける
「はい…そうですけど…」なる程…昨日、秋葉くんが帰宅しないで漫画喫茶で一夜を過ごした事は聞いている。しかし秋葉くんの母親からはまるで今日、家から高校に出掛けた…そう言っている様に受け取れる。だから僕は秋葉くんに預かっていた物を渡す
「僕達、同じ高校に通う予定の者でして、今日、秋葉くんがスマホを学校に忘れたので先生に住所を訊いて届けに来ました」そう言って秋葉くんのスマホを母親に渡す
「あら!わざわざすみませんね〜」これで目的は達成だ
「それでは私達はこれで…」
「秋葉には伝えておくわね」そう言い秋葉くんの母親は郵便受けから手紙を出し家に戻っていった
「アルク、何か気になった事はあった?」
「いいえ…残念ながら。ですが秋葉くんがお二人存在しているのは間違いなさそうですね」スマホは渡した…後は夜に通話すればいいだけだ
「それじゃあ今日は帰りましょうか?」
「そうだね」
僕達は電車で篠崎駅に降り途中で別れて帰宅した
家に帰宅すると珍しい事に医院長先生が帰って来ていたのだ。リビングのソファーに座りコーヒーを飲んでいた
「お帰り星野くん」
僕は一瞬、戸惑ってしまう。誰かにお帰りと言われた事はないからだ
「た、ただいま…」
「先生いらっしゃるんですか?」カピバラモードのアルクが鞄から顔を出す
当然、まだアルクが人間、もしくはカピバラになる事を伝えていないので医院長先生は驚く
「今、そのカピバラが喋ったのかい?」医院長先生の目はそれ以前に何で鞄にカピバラ?と言いたげだったが…僕は説明する事にした
「こちらが前に病院で話したアルクです」
「初めまして!私は江戸川の神!アルクトゥールスです!星野さんを保護して頂き感謝しております!」紹介と同時に人間モードになる
「話には聞いていたよ。こちらこそ、初めまして!星野くんと雪さんを治してくれて…医者として、そして保護者として感謝するよ」
「私は当然の事をしたまでです!」胸を張るアルク、僕は視界に入ったコーヒーカップに奪われた。コーヒーカップがもう一つあったからだ
「誰かお客さんでも来てたんですか?」
「ああ、春さんが来てたよ」僕の頭のデータベースに春さんは一人しかいない
「雪の母親ですか?」医院長先生は頷くと
「星野くん達がお付き合いしているのに保護者の私達が挨拶もしないのは変だと思ってね。それに春さんとは知らない中ではないからね」確かに春さんは雪が入院してから医院長先生が勤める病院にかなりの頻度でお見舞いに来ていた。医院長先生と顔見知りでもおかしくはない
保護者…僕と医院長先生は、血は繋がっていない。これは親子と言えないだろう、あくまで保護者、今回の秋葉くんのドッペルゲンガー事件の助言などはもらえそうにない…
時刻は夕飯時を回ろうとしていた
「僕、夕食作りますね」
「ああ、すまないね」僕がこの家に来てからは医院長先生の分のご飯も作っている。医院長先生がいつ帰って来るかわからない…だから僕はご飯を三人分作っている。医院長先生は僕が知らないうちに帰って来る事がほとんどなのでラップをして作った料理はテーブルに置いておく。もしその料理が無くなってたら医院長先生が家に帰って来た証拠、料理があったら帰って来なかった証拠としている
だからこうして一緒に食事をするのは初めてだ。
僕は少し緊張しつつメインを野菜炒めに決める。味噌汁用のお湯を沸き、お米を研ぎ炊飯器にセット、次に野菜を切っていく、野菜と豚肉を炒める。味噌汁は豆腐とワカメとネギ、後は事前に買っておいたお惣菜で完成だ
僕は二人が待つテーブルに料理を持っていく
アルクに指示して既にお茶碗やお箸の準備は出来ている。まぁ神様を雑用と使うのはどうかと思うところもあるけど…
ご飯をよそい、完了
三人で「頂きます!」と言い食べ始める
「星野くんは料理が上手だね」
「生きていく為には必要な事ですから」
「ほひのはんはひひおのもさんにぃなひまふ」野菜炒めを頬張りながら喋るアルク
「アルク、食べながら喋ったらダメだよ」雪にアルクを甘やかせたらダメと言われているので叱っておく、すぐに飲み込んで言い直す
「星野さんはいいお嫁さんになります!」
「せめてお婿さんと言ってほしいな…」そんな会話に微笑む医院長先生
もしかしてこれが家族の食卓と言うものなのだろうか?今の僕にはこの気持ちはよくわからなかった
そんな僕の気持ちを感じ取ったのか医院長先生は
「ゆっくりでいいんだよ」と優しい声で言ってくれた。時間をかければ、いつか僕も家族を理解出来るのだろうか?
「おかわり!」そんな事を思っているとアルクがおかわりを要求してきた
「はい、はい、ちょっと待ってね」僕はアルクのお茶碗にご飯をよそう。アルクにご飯が入ったお茶碗を渡し僕もご飯を食べる
今日のご飯はちょっとだけ美味しく感じた
それは上手く出来たからなのかそれとも…そんな事を考える夕食となった
夕食を食べ終え僕はスマホのLINEを開く
流石にもう一人の秋葉くんが帰って来ている筈だ。僕は秋葉くんに通話をする
着信音が鳴ってから何秒経っただろう…今日は出ないのか?それとも見知らぬ人からで出るのを躊躇っているのか?答えは後者だったらしい
「も、もしもし」緊張を含んだ声がスマホの向こうからした
「秋葉くんだよね?」
「…お前誰だ?」この反応は僕の事を知らないな…LINEの通知に知らない人の名前が載る、それは躊躇って当たり前だ
僕は何も知らない風を装った
「何言ってるのかな?今日、高校で会ったよね」
「……」沈黙した。この沈黙の意味は何か?簡単だ
「ごめん、僕の勘違いだった。僕が会ったのはもう一人の秋葉くんだったみたいだ」この言葉をどう捉える?普通なら何言ってんだ?か高校にもう一人、秋葉と言う人物がいるのか?とか考える筈だ。だが帰ってきた言葉は予想通りのものだった
「お前…もう一人の俺に会ったのか?」どうやら向こうももう一人の秋葉くんを認識しているらしい
「会ったよ?ついで秋葉くんがドッペルゲンガーにあっている事も話してもらったよ」
「お前!なにもんだ!?」急に大声を出す秋葉くんに僕はスマホを耳から遠ざけた
今、アルクは入浴中だ、だから神様の遣いと言っても信じてもらえないだろう
「僕はその辺りの専門家でね。もう一人の君に解決を頼まれたんだよ」嘘はついていない
「解決だ?お前!解決出来るのか!」かなり食いついてきた。つまり向こうもよほど大変な思いをしているらしい
「出来るかは君達次第だよ。先ずは二人の秋葉くんの事を聞きたい」そして渋々だが話してくれた
両親の事で悩み漫画喫茶に逃げ込んだ。そこまでは一緒だ。だが違うのは漫画喫茶に泊まらずに家に帰ったらしい。本人曰く、相当迷って出した答えみたいだ
つまりこの時点で漫画喫茶に泊まった秋葉くんと家に帰った秋葉くん、二人の秋葉くんが存在する事になる
そして両親の浮気を庇い続ける事を決めた秋葉くんはその日からおかしな事を体験する様になっていったらしい
そして気づいた…自分が二人いる事に
今日の高校だってそうらしい。高校に入ったらもう取る単位を決めた後で職員達に忘れ物をしたのか?と不思議そうにされたみたいだ
「それで!偽者のあいつは何て!?」
「家にいる偽者を消してくれと頼まれたよ」
「ふ、ふざけんな!俺は本物だ!」どちらも本物と主張する。こうなる事は予想していた。アルクが言うには残された時間は後、五日…解決出来るかどうか…
「それで解決方法だけど認めればいい」
「何を認めろと!?」
「今、僕と話してる秋葉くんは両親と一緒にいたい…そうだよね?」
「ああ!」力強い返事が返ってきた
「そして漫画喫茶にいる秋葉くんは両親を見捨てたい。どちらかの秋葉くんが自分の信念を捨て相手の信念を認めればいい」
「……」あまりに突拍子のない事を言ったせいか秋葉くんは黙ってしまった
「期限は五日、それまでに決めればいいよ。勿論、もう一人の秋葉くんに会うのは辞めた方がいい、ドッペルゲンガー説が本当なら…最悪な事になるからね。それじゃあ今日はこれで切るよ。決心が決まったらまた連絡して」そう言い僕は通話切った。これは…時間が足りないかもしれないな〜
今の言い分だとおそらくどちらの秋葉くんも譲る気配は無い
そして今回の中心にいるのは秋葉くんの両親だ。親の事を知らない僕は今回、あまり力になれないかもしれない…僕はベッドに横になり溜息をつく
そもそも今回の事件…僕には正直言ってどうでもいいとも思っている。期限が五日だからその次の日が入学式。その時に会う秋葉くんは話してどちらの秋葉くんなのか…?前回の海堂の事件と違い今回は死人が出るわけでは無い。期限切れになれば一人に戻るだけだ
それが両親を守る秋葉くんなのか両親を嫌う秋葉くんなのかどちらかはわからない。けれどそれで何かが変わるとは到底思えなかった。解決すると啖呵を切っておいてこんな考えになるなんて情けないな僕は…そんな考えをしているとLINEの通知が鳴った
スマホを見てみると海堂からだった
(先輩、これからネット対戦やりませんか?)そんな内容だった。気晴らしにはちょうどいい。僕は
(今、準備するよ)と送りスイッチを用意するのだった。そしてもう一度LINEの通知が鳴る
(どうせなら通話しながらやらない?)
(いいよ)すぐに海堂から通話がきた
「先輩!久しぶり!」そんな海堂の元気な声を聞き少し安心する…どうやら虐めについてはもう引きずっていない様だ。いや…気にしない様にしている…が正しいのか
「久しぶりって一週間ぶりぐらいだよね」
「いや〜何かさ、学校で毎日会ってたから寂しくなっちゃって!」確かに…僕達が卒業しても海堂はあの後、終業式があったんだけ?
「こうしていつでもLINEで話、出来るよ」
僕達はネット対戦を始める
「先輩、ちゃんと練習してました?」
「いや…全然…」海堂は呆れた溜息をつく
「仮にも私を一回、倒したんだから困るよ〜」あの時は虐めを回避する方法の為に頑張ったからな…そう考えると最近の出来事の筈なのに随分と昔の出来事の様な気がしてきた
やはり対戦は海堂の一方的な展開になる
やっぱり海堂は上手い、大会とか出れるんじゃないのかな…
でもあまり交流を好まない彼女は拒むだろう
そうだ…彼女にも秋葉くんの事をさりげなく聞いてみよう。彼女は僕達がやっている事は知らなくてもアルクと言う神様の存在は信じている
「海堂はもし両親がうまく言ってなくて…喧嘩ばかりしていたとするよ?それでも一緒にいたい?」彼女はいきなり何を聞いてきてるんだ?と言わんばかりに
「先輩いきなりどうしたの?」と尋ねてきた
「僕は両親がいないからこう言う事には鈍くてね」だから僕と同じインドアで似た考えをもつ彼女の答えが気になる
「先輩…」しばらくの間コントローラーを操作する音だけが部屋を支配する
「私はそれでも両親と一緒にいたいな。その為の努力もするよ?だって自分を産んでくれた人なんだもの!そんな存在、他にいないんだよ?」僕は彼女の回答を聞いて…ああ、やっぱり両親は子供にとってそんなに大切な存在なんだ…と実感する
「ありがとう、参考になったよ」
「えへへ!どういたしまして」だから僕はお礼として本気でゲームを相手してあげる事にした
「げ!やっぱり先輩、手抜いてたなぁ!?」
「僕は気まぐれだからね」そんなやりとりをしているうちにアルクがお風呂から上がってきた
「お風呂はやっぱり気持ちいいですね〜」アルクは自身の髪の毛を丁寧にタオルで拭いていた。腰近くまであるロングヘアは手入れが大変そうだ
「今、神様が先輩の家にいるの!?」声からアルクと判断したのか海堂が驚く
「いるけど何で驚くの?」
「いやいや!だって先輩!雪先輩がいるでしょ!彼女持ちがなに他の女の子と同棲してるの!?」それは心外だ
「アルクは僕の妹だよ?一緒に暮らしていてもおかしくないんじゃないかな?」結局、アルクは僕の事を義弟と呼んでいたがご飯を作ってあげるうちに私が妹とでいいです!だがら兄として妹に尽くすのです!などと言ってきた
「神様と同棲して緊張しないの?」言われてみればそうだ…最近アルクはこっちの世界にいる事がほとんどだ。本人曰く向こうの世界は退屈なんだとか…確かに時間の流れが違うアルクの世界は退屈に更に退屈をプラスした様な世界だろう
だが神様と同棲か…それはそれで面白いと思う
「僕は雪と結婚の約束までしてるんだ。雪と結婚すればアルクは雪の妹にもなる。いい事じゃないかな?」
「先輩…本当に雪先輩、一筋なんですね〜」
「何を当たり前の事を?海堂も彼氏が出来たらわかるよ」
「私の心を射止めるのは私よりゲームが上手い人だけです!」それはもはやeスポーツの世界の人間としか付き合わないと言っているのでは?だって本気を出した僕でも未だに一勝も出来ないし…
「それでも…」海堂は途中で言葉を止める。だから僕は聞き返す
「それでも?」
「いいえ!何でもな〜い!」結局はぐらかされた
それから一勝も出来ないまま海堂との対戦は終わった。僕はお風呂に入り、その後すぐにベッドに横たわる。既にアルクは眠っている。寝る時はアルクの世界にちゃんと帰るのだ
そして僕なりに秋葉くんに対しての結論を出すのだった
期限まで…四日
翌日の早朝、僕は雪に通話で昨日出した結論を述べる
「そうですか、翔ちゃんはご両親を守る秋葉くんの味方をするんですね」
「僕には親はいない…だからこそ大切にしてほしい…この気持ちは間違っているのかな…?」
「いいえ、翔ちゃんは間違っていませんよ。私もその意見には賛成です」雪が賛成してくれて内心ほっとする
「後は漫画喫茶にいる秋葉を説得するだけだけど…」
「難しいでしょうね…」親を拒絶する秋葉くんは絶対に賛成しないだろう。昨日の話からして近づくのですら拒むだろう
ではどうするか?僕は窓の外の朝日を眺めながら考える
「先ずは木下さんの事をもっと知るべきだと思います!」雪がそんな事を言ってきた
確かに相手を知らなきゃ対策も練れないか…
「わかった。確か秋葉くんは新小岩の漫画喫茶に泊まってると言ってたよね?」
「はい」そうと決まれば秋葉くんに会いに行こう
「じゃあ十三時に集まろうか」
「はい!今日はデートする時間ありますかね?」
「どうだろうね?でも僕は雪と会えるだけで嬉しいよ」
「私もです!」きっと僕らの関係をバカップルとか言うのだろう
そう言えば昨日、春さんが家に来てたっけ?
「昨日、春さんが家に来たみたいだよ」
「私もお母さんから聞きました!どうやらお二人は頻繁に会っているみたいです」頻繁に?医院長先生は病院にいるから頻繁に会うというと春さんも病院に行ってるのかな?
「私も最近わかったのですがお母さんと医院長先生、いい感じですよ?」
「へぇーじゃあ医院長先生と春さんが結婚したら僕達同棲出来るわけだね」冗談半分で言ってみたつもりだが…雪は本気に捉えてしまった…
「そ、それです!翔ちゃんとてもいい考えです!お母さんに頼んでみます!善は急げです!早速お母さんに話してきます!それでは後でお会いしましょう」雪は暴走し通話を切ってしまった…本当に雪と同棲するとしよう。そしたら雪は僕の姉になるのか?いや…そもそも医院長先生はあくまで僕の保護者なだけだ。つまり姉にはならない
でももし一緒に住む事が出来たのなら…
「僕も家族を理解出来るのかな…」家族…それは僕が一番欲しているものだ
雪とはまだ結婚出来ない。でも医院長先生と春さんが結婚すれば…それは雪の言う通りとてもいい事かもしれない
「星野さん…朝ごはんを要求します!」いつの間にか起きたらしい、アルクが僕のベッドに立っていた。音もなく現れるのはやめてほしい…
「はいはい、今日は何がいい?」
「ふわふわスクランブルエッグがいいです!」アルクは目を輝かせる
「わかった。じゃあリビングに行こう」
「はい!」
この家は二階建てで庭も付いている。庭のガーデニングは医院長先生の趣味だ。僕の部屋は二階にあり隣は空き部屋、一階に医院長先生の部屋がある。家は結構、新しく医院長先生曰く庭付きの家が欲しかったとかなんとかで一年前に引っ越したらしい
それがこの家だ
一階に降りると早速キッチンに向かった。アルクもキッチンに付いてくる。つまみ食いする気だ…僕はアルクを抱き上げリビングに連れて行く
医院長先生は既に仕事に行ったらしい
トーストをオーブンで焼き
卵をかき混ぜフライパンでスクランブルエッグを作る。ベーコン入りだ
後はカットしたトマトなどの野菜を添えて完成
料理をリビングに持って行き、「頂きます!」をして朝食を食べる
トーストに苺ジャムを塗りかじる。トーストにはやはり苺ジャムだ
スクランブルエッグはふわふわでベーコンの旨味が食欲を更にそそる
「アルク、トマトを避けない」
「トマト美味しくないんだもん!」神様がトマト嫌いなのか…アルクは見た目通り中身も子供だ。この現実世界では何の力もない子供…僕はそう思っている。だから現実世界では神様として見た事はあまりない
まぁカピバラに変身出来ると言うたまに役にたつ力は持っているけどね
嫌々トマトを食べるアルク、偉い偉い
そう言えば今日の予定をアルクに話しておかないと
「今日、お昼に漫画喫茶に行くよ」
「昨日から言ってる漫画喫茶とはなんですか?」
「漫画はわかるよね?」
「はい!人が作る娯楽の一つとして認識しています」
「その漫画がいっぱいあってタダで読める場所とでも思って」
「なるほど〜わかりました」後は秋葉くんの対応についても話さないと
「僕は両親を守る秋葉くんに味方するよ」アルクはトーストを食べる手を止め僕を見る
「それが星野さんが出した答えですか?」
「うん」アルクはこの回答をどう思っているだろう
「私も賛成です!家族は一緒にいるべきです!伝統文化です!それにもし時間切れで木下秋葉が一人に戻った時、親を嫌う方が本物なら何の解決にもなりませんからね」そうだ、今回、ドッペルゲンガーなどというオカルト的要素こそあれど問題自体は単純なのだ。単純だからこそ難しいとも言えるが…
「しかし神様とかドッペルゲンガーとか、この世界には不思議な事があるんだね。こういうのは本の中だけだと思っていたよ」
「世界には不思議がいっぱいあります!だからこそ楽しんじゃないですか?」アルクはトーストを食べ終え笑顔で答えるのだった。とてもいい事を言っているが口の周りに苺ジャムをつけているのがなぁ…
僕はティッシュを取りアルクの口を拭いてあげる。まったく…アルクは…
新小岩の漫画喫茶
なるほど、ここが漫画喫茶か…小説は好きだが漫画はあまり読まない僕にとってなんとも言い難い場所だった
しかし参ったな…秋葉くんがどの部屋にいるかわからない。利用するにしてもここは静か過ぎて話の場には向かない
昨日のうちに聞いておけばよかった
そんな事を考えていると…
「なんだお前ら来てたのか?」ちょうど入り口から秋葉くんが入って来た。どうやら買い物に行っていたらしい
「ちょうどよかったです」雪がいち早く気づき現状を伝える
それを理解したのか話し合いの場所は昨日と同じファミレスになった
アルクは昨日と同じカリカリポテトを頼んだ。僕達三人はドリンクバーを頼んだ
昨日と同じ席順で話し合いが始まる
「それでもう一人の俺とは話せたか?」
「話せたよ。もう一人の秋葉くんも君の存在を認識していたよ」
「それで、なんて言ってた?」
「偽者を何とかしてくれ…だそうだ」
「はぁ!?」まぁそんな反応になるだろう
「木下さん!落ち着いて下さい」雪が秋葉くんをなだめる
「それで僕なりに結論を出したんだけど秋葉くんは親と仲直りした方がいい」
「ふざけるなよ!?あいつら浮気してるんだぞ?そんな奴らと仲良くできるか!」問題はそこだ…秋葉くんが逃げ出した原因は親にあるのだ。先ずは親の浮気を辞めさせるのが解決策の第一歩…次に喧嘩だ
「木下さんはご両親が浮気を辞めたら一緒に暮らしますか?」
「ま、まぁ…少しは考えるな…」親の浮気を辞めさせる…赤の他人の僕達では説得したところで無駄だろう。ならば両親を守ると決めたもう一人の秋葉くんに頼るしかない
「では木下さんはご両親が仲直りすれば元の生活に戻ってもよいと言う考えでよろしいですね?」秋葉くんは雪の言葉に少し躊躇したがやがて…
「ああ、俺自身、両親と暮らしたい気持ちは確かにまだあるしよ。だから…」少し間を空けて秋葉くんは頭を下げて来た
「頼む!」
「任されました!」雪は笑顔で答える。そこでカリカリポテトを食べ終わったアルクが話に加わってきた
「実際にどうやって仲直りさせるんですか?」もっともな質問だ。だが既に考えてある
「秋葉くんが両親から逃げたのは両親を守るのに疲れたからだよね?」改めて確認する
「まぁ、簡単に言えばそうだな」
「ならもう守らなくていいようにしよう」
「翔ちゃん、それはどういう意味ですか?」
「両親が浮気している事を両親に教える…いやこの場合は暴露するが正しいかな」そんな回答が意外だったのか秋葉くんは否定する
「馬鹿か!お前は!そんな事をすれば離婚するに決まってるだろ!?」
「家族ってさ…その程度の絆なの?」僕には家族の事はわからない…だけど「守る」と言う事を辞めるには浮気を知ってもらうしかない。それに僕は見てみたかった、一度粉々になった家族が絆と言う力で元に戻るところを…
「つまり翔ちゃんはもう壊れてしまった関係を完全に壊して修復しようと言う事ですね?」雪はすぐに理解してくれた
「捻くれたやり方なのは認めるけどね?」
「ふふ、翔ちゃんが捻くれてて…傷付き易くて…泣き虫なのは知ってます」
「ち、ちょっと!今、それを言うかな!?」
「何回、翔ちゃんにおよ服を汚された事か」
「あれは…雪の胸が悪いよ!」あんなに温かくて…いい匂いがして…鼓動の音が落ち着く…そんな場所は雪の胸しかないだろう
しまった!秋葉くんの前だった
「ごめん、変なところを見せたね。それで…この作戦には二人の秋葉くんの力が必要不可欠なんだ」秋葉くんは悩む…成功すれば家族は元どおり、失敗すれば家族はバラバラ
「成功の見込みはあるのか?」
「半々…てところかな。正直なところ全ては君の説得にかかってる」
「俺が説得するのか?」
「当たり前だよ。それが出来るのは君達、秋葉くんだけだよ」秋葉くんは黙ってしまう…
すぐに決めろと言うのは酷な話か…
「明日の同じ時間、またこの場所に来るよ。その時に答えを聞かせてもらう」僕は席を立ち上がる。それに続いて雪とアルクも立ち上がり会計を済ませてファミレスを出る
「もう一人の秋葉くんにも今の話、伝えるのですか?」
「電話で伝えるよ。向こうは即決してくれるとありがたいけど…」僕は溜息をつきながら言う
「翔ちゃん…家族と言う絆はそう簡単には壊れません。だから大丈夫ですよ」
「つまり?」
「今回は私に全て任せて下さい!前回は私の立てた計画を翔ちゃんが実行する、でしたが今回は翔ちゃんが立てた計画を私が実行します!」雪は僕の瞳をまっすぐに見つめてくる。家族の事をよく知らない僕が行うより雪の方が上手く立ち回ってくれるだろう。それに…雪は一度言い出したら何を言っても無駄だ
「わかったよ。今回は雪に任せるよ」
「はい!任せて下さい!」雪は胸を叩いて答えて見せた
その後、僕達はバスで家に帰った。会話らしい会話と言えばカピバラモードのアルクを雪が可愛がるぐらいだっただろうか。側からはカピバラの縫いぐるみを可愛がる少女に見えていたに違いない。そもそも白い毛のカピバラなのだから本物だとは誰も思うまい
家に着き早速、もう一人の秋葉くんに通話する。今日の事を話さなければならない
彼はすぐに通話に出てくれた
「星野か?」
「そうだよ、今大丈夫?」
「大丈夫だ、それで今日ももう一人の俺に会って来たんだよな?」
「会ってきたよ。今からこの状況を打破する為の僕達が考えた作戦を教えるよ」
僕は両親の浮気をバラす計画を話した。予想はしていたが反応は芳しくない…
「その作戦についてだが…浮気の証拠はどうするつもりだ?」
「そうだね…浮気相手との写真なんかがあればいいんだけど」
「星野、確かにお前のやり方は最悪だ…」まぁそうだろう。家族を一度粉々に砕き後は秋葉くんに修復させる…卑怯で最悪な作戦だとは思う
「だから俺はお前の作戦に反対だ」
「秋葉くんは両親の浮気を守り抜く道を選ぶんだね?」
「ああ」
「そうかだね…無理にとは言わないよ」
「悪いな、頼んだのは俺なのに…」
「気にしないで、それじゃあ切るね」僕は通話を辞める。
やっぱり断られたか…この様子だと明日、漫画喫茶の方の秋葉くんにも断られそうだ
「あっさり引き下がりましたね?」人間の姿に戻ったアルクが不思議そうに尋ねてくる
「この作戦の要は二人の秋葉くんだからね。彼が断る以上何も出来ないよ」
「う〜ん…でも星野さんは、諦めていませんね?」
「どうしてそう思うんだい?」
「星野さんは先の先まで考える人だと私は思っています。なのでこの展開は読んでいたんじゃないかと思います」アルクはずいぶんと僕を評価してくれる。確かに読書家の僕にとって先の先を読む事は癖と言っていい
「アルク昨日、秋葉くんの家に行った時の事覚えてる?」
「覚えてますよ?」それがどうかしたのかと言わんばかりの表情だ
「この作戦はね?もう動き出しているんだよ。僕達が何もしなくてもね」アルクは何がなんだかわからない…と言う顔をしていたが今はそれでいい
二人の秋葉くんに両親の浮気がバレると言う言葉だけを脳の片隅にでも覚えてもらえれば…勝手に回り始めた歯車は止まらないのだから
その日の夜
医院長先生から通話があった
「ごめんね、今日は帰れそうにないんだ」いつも帰れなくても連絡をしてこない医院長先生が今日だけ連絡してくるとは珍しい
「わかりました。戸締りしっかりしておきますね」
「ああ、頼んだよ。あ〜それからだな…」
「まだ何かあるんですか?」歯切れの悪い医院長先生…おそらくだがこちらが本当に伝えたい事なんだろう
「もしもだよ?もしも私が結婚…とか言い出したら星野くんはどう思う?」医院長先生が結婚?
「なんでわざわざ僕に聞くんですか?」
「星野くんは私と同居しているんだ、結婚の承諾を得るのは当然の事だろう?」なるほど、そう言う事か
「医院長先生が幸せになるんでしたら僕は大歓迎ですよ」これは紛れもなく本音だ。入院していた時から面倒を見てくれた恩人が結婚するんだからこんな幸せな事はない
「そ、そうか!ありがとう」
「結婚したらその人は家に来るんですよね?」
「その予定だよ。でも苗字は向こうに合わせるつもり」つまり医院長先生の苗字が変わるのか…でも僕の苗字は変わらない。あくまで医院長先生は保護者なのだから
「おめでとうございます」
「まだ気が早い…とは言えないね。式はあげないけど出来れば星野くんが高校に上がる前に同居を始めたいんだがいいだろうか?」
「僕は構いませんよ」まぁ向こうに合わせたり色々最初は大変かもしれないが…医院長先生の幸せを考えたら些細な問題だ
「用件はそれだけですか?」
「ああ、そうだよ」
「わかりました。ではおやすみなさい」
「おやすみ」僕は通話を終了する
「誰からの電話でしたか?」お風呂から上がったのかバスタオル姿のアルクが目の前にいた
「医院長先生だよ。それよりアルク、そんな姿で歩かないの」
「私は気にしませんよ?」
「僕が色々、誤解されそうだよ」
「仕方ありませんね〜」アルクはバスタオル姿から一瞬でいつものワンピース姿に変わった。アルクの服はカピバラの変身と同じ原理らしい。よくはわからないけど…
そうして今日も一日が終わるのだった
期限まで…三日
この日も僕達、四人はファミレスにいた
相変わらずアルクはカリカリポテトを食べている。飽きない?
「昨日の事…俺なりに考えてみたんだけどよ…」
僕達は黙って話の先を促す
「俺は翔太の作戦に賛成する!家族が幸せな時に戻る可能性があるなら…俺はかけてみる」僕は彼が出した答えに驚いた。正直断られると思っていたからだ
「立案者の僕が言うのも変だけど…正気かい?」
「何もやらないで壊れるぐらいなら俺が壊してやる!」その返事は悩む事を辞め決意した男の目だった
「それで勿論、もう一人の俺も賛成したんだよな?」
「それが残念な事にね…反対されたよ」秋葉くんは机を両手で叩いて激怒した
「なんで両親を守りたいもう一人の俺が反対すんだよ!?」その音に周りの人が何事かとこちらを見てくる
「木下さん落ち着いて下さい、周りの人が見ていますよ」
「で、でもよ!」
「秋葉くんが言いたい事はわかるよ。何で、もう一人の秋葉くんが反対したかだよね?」
「そうだよ!もう一人の俺は両親を守るんだろ!?だったら…」そこまで言って気付いたのか秋葉くんは途中で口を閉ざしてしまう
「守るからこそ、一度壊すのが嫌なんでしょうね」代わりにその先を言ったのは雪だった。一度壊せば元に戻らない…自分に元に戻す事は不可能だと…そう考えているのだ
「くそ!結局はもう一人の俺も逃げてるんじゃねぇかよ!」苛立ちを隠せない秋葉くん…
「だから君がこの作戦を断らなかったのに僕は驚いたよ」
「そりぁ最初は俺も断ろうとしたぜ?だけどよ昨日、夢で見たんだ…俺が小さい頃、たくさん可愛がってくれた両親の姿をよ…それは温かくて優しくて…でも!今の俺達、家族にはそんな温かさなんてないんだよ!もう一度…もう一度…あの温かくて優しい日々を取り戻したい!そう思ったから俺は賛成したんだ」
「夢か…」僕はアルクに視線を向ける。その視線に気付いたアルクはカリカリポテトを食べる手を止め
「私は何もしていませんよ?」と言ってきた。なら偶然なのか、それとも必然なのか、どちらにせよ、その夢のおかけでこちらの秋葉くんの協力を得る事が出来た。そしてこの気合だ。作戦はきっと成功する
「それじゃあ作戦に向けて準備しないとね。僕と秋葉くんはいつ事が起きてもいいように漫画喫茶で待機、雪は…」
「任せて下さい!今回行動するのは私ですからね!」頼もしい返事だ
「それじゃあ明日から開始しよう」
「おっしゃ!」
「私!ワクワクすっぞ!」…前から思ってたけど雪、それ好きだね…
それから僕達は解散し家に帰宅した
夕食と入浴を済ませて自室に戻る
「おかえりなさい」アルクは僕のベッドの上で小説を読んでいた
「君が小説を読むなるて意外だね」
「私だって人間の娯楽には興味がありますよ?私が力を失ってからはこちらの世界の知識が圧倒的に不足していますからね」アルクはこちらの世界のものに何でも興味深々だ。それもそうだろう。自分が知らないうちに文明が一気に進化したんだ。最初液晶テレビですら驚いていたレベルだ。「ほ、星野さん!色がついてますよ!」と…
「そう言えばさっき雪さんから電話がありましたよ?」僕はスマホを確認する。確かに十分前に雪から通話があったみたいだ
僕は雪に通話する。雪はすぐに通話に出てくれた
「もしもし?」
「翔ちゃんですか!」
「ごめん、お風呂入ってて…」
「いいえ!気にしないで下さい」
「ありがとう、それで僕に何か用かな?」
「用が無いと彼氏に電話しちゃいけないんですか?」僕は明日の事の用件だと思っていたので不意打ちを受けた…(そんな言い方ずるいよ…)
「そんな事ないよ」
「えへへ!」僕は窓を開けてベランダに出る。そして夜空を見上げる。自然と…ポツリと言葉が出てしまった
「今日は月が綺麗だね」
「愛の告白ですか?」僕達は読書家だ。雪はミステリーやオカルト系が好きだがこの言葉の意味はわかるらしい。でも自然と出てしまった言葉なので自分でもどちらかわからない
「僕が雪を好きなのは本当だよ」
「しょ、翔ちゃん…」雪が顔を真っ赤にしている姿が目に浮かぶ
「翔ちゃんも随分と大胆になりましたね?前はあんなにタジタジしていたのに…」
「今でも僕は人見知りだし友達は少なくてもいいと思ってるよ?だから雪の前だけだよ?」僕は少し照れながらそんな言葉を口にする。本当、僕らしくない言葉だとは思う。でも雪の前だとこんな性格になってしまう…どうしてかな?もしかしたらこれが僕の本当の性格なのかもしれない
「翔ちゃん…」
「…少し悪ふざけが過ぎたよ」
「そうですよ」雪の口調は優しかった。今、雪はどんな顔をしているだろうか?怒っている?笑っている?そんな想像して月を眺める
「あっ!火星が見えますよ!」
「月の近くにあるやつ?」
「そうです!私は今から天体観測します!」
「わかった。じゃあ今日はここまでだね。おやすみ」
「はい!おやすみなさい!」そうして雪との通話を終えた。明日は雪がやり遂げてくれるだろう。だから僕は信じて待つだけだ
「随分とラブラブな会話でしたね?」そうだった…アルクがいたんだった
「別に…恋人同士なら普通だよ」多分…
「私は星野さんが幸せならいいですけどね」
「はいはい、ありがとう」
「む〜何ですかその適当な返事は?」
「照れ隠しだと思ってくれると助かるよ。それより本は読み終わったの?」アルクが読んでいたのはSFものだ
「はい!私も剣で打ち合ったりビーム打ったりしてみたいです!」
「神様がそれ言うと本当に出来るかと思うからやめよ?ていうか出来ないよね?」アルクは含みのある笑みを浮かべ…
「ふふふ、どうでしょうね?少なくとも今は出来ませんよ?安心して下さい」
「今は…?」アルクの世界では好き勝手に地形を操作していたが…
「大丈夫ですよ。現実世界の私にそんな力はありません」よかった…カピバラに変身できるぐらいなら許容範囲だが、もしそれ以外の力でも披露された日には…考えたくもない
「もしかして星野さん、私が怖いですか?」僕の沈黙を恐怖と捉えてしまったらしい
「怖くないよ。むしろ子供らしいと思ってるよ」
「む〜前にも言いましたが私は星野さんが産まれる前から存在しているんです!こんな姿ですが星野さんよりも立派なお姉さんなんですよ!」頬を膨らませて抗議するアルクの姿はやはりお姉さんと言うよりも妹だ
「わかってるよ。アルクがどんな力を持とうと僕と雪を救ってくれた…それだけは変わらない」神様で、僕達の病気を治してくれて、子供ぽい性格で、食いしん坊、それが僕の知るアルクだ。例えどんな力を取り戻したとしてもアルクに対する接し方が変わる事はないだろう
期限まで…二日
「おい、おいてば!」秋葉くんが僕を呼んでいた
「どうしたんだい?」僕は読んでいた小説から目を離し秋葉くんに向き直る
「俺達はこんなところで本なんか読んでていいのかよ?」
「ここは漫画喫茶だよ?本を読むのは当たり前じゃないか」僕達は今、新小岩の漫画喫茶にいる。隣には漫画を楽しそうに読むアルクもいる
「そうじゃなくて…作戦だよ!作戦!今、お前の彼女が動いてるんだろ?」
「うん、動いてるよ。僕、雪と付き合ってる事、君に言ったけ?」
「あんだけイチャイチャしてたら誰でもわかるわ!」秋葉くんの言い分は少し語弊がある。あれは雪との通常のスキンシップで決してイチャイチャなどしていない
「作戦の事は雪に全て任せてあるし信頼している。大丈夫だよ」
「そ、そうは言うけどよ…」秋葉くんが不安がるのも仕方ないのかもしれない。でも雪が任せてと言ったんだ。彼女を信じて待つのも彼氏の役目だろう
「むしろ僕が心配しているのは秋葉くんの事だよ」
「俺?」秋葉くんは何を心配されるのかわからない…とでも言うような顔で僕を見つめてくる
「この作戦の要は秋葉だよ?君が両親を説得出来なければ意味がない」僕達が行うのはあくまでも家庭を壊すだけ…それをつなぎ止め修復させるのは息子である秋葉くんにしか出来ない
「説得する内容は考えてあるぜ?後は勢いだ!」まぁ彼の性格からしてそんなところだろうと思った
「いつ事が起きてもいいように僕達は待つ。それが今、僕達に出来る最善の選択だよ」
それは今日なのか…それとも明日なのか…最悪、期限切れの後なのか…期限切れまで事が起きない場合は僕達で起こせばいいだけ…だがそれは最後の手段だ。だから早めに事が起きてほしい。僕は神頼み意味を込めてアルクの頭を撫でる。アルクは読んでいた目を離しキョトンとこちらを向いて首を傾げる
episode雪翔子
時刻は七時を回ろうとしている…今私は木下さんのご自宅の近くにいます。
私がこれから行うのは尾行、誰を尾行するかと言うと木下さんのお父さんを尾行します
私はその時が来るのを息を潜めて待ちます
「あの〜雪先輩…?」私の後ろにはもう一人助っ人がいます。夏希ちゃんです。もし見失ったら作戦は失敗してしまうので私は夏希ちゃんを呼び協力を頼みました
「どうしましたか、夏希ちゃん?」
「勢いで協力するって言ったけど…何してるの?」そう言えば夏希ちゃんには詳しい説明をしていませんでした。なので私はこれから行う事を話します
「これから木下さんのお父さんを尾行します」夏希ちゃんはポカーンとしたまま頭にはてなマークを浮かべる
「何で?」
「色々ありまして、浮気調査をします」
「浮気?つまり木下さんとか言う人のお父さんが浮気してるから証拠を手に入れる為に尾行するって言うこと?」
「簡単に言えばそうなります」その言葉に夏希ちゃんは目を輝かせる
「なんだか探偵ゲームみたい!」夏希ちゃんはゲーマーなのだ。だから尾行などこの様な行動は私より詳しいと思い助っ人に呼びました。後は単純に目が多い方が見失わずに済みます
「任せて下さい!私、影の薄さなら誰にも負けないから!」
「夏希ちゃん…」それは自慢する事なんでしょうか?とても悲し過ぎます…
そんな会話をしていると木下さんのお父さんが家から出てきます
スーツに鞄…お仕事に行く様です
「あの人がターゲット?」
「そうです、行きましょう」私達はターゲットの後を気付かれずこっそりつけます
「いいですか?雪先輩、尾行や逃走、侵入において大切なのはカバーです。電柱の影や自販機の後ろ、人混み、そう言った場所をカバーポイントと呼びます。そして片手には常にスマホを用意していて下さい。これはターゲットの撮影やカバーに使う事が出来るからです」どうやら夏希ちゃんを呼んで正解でした。夏希ちゃんは初めてとは思えないほどに俊敏な動きで尾行してみせます
木下さんのお父さんは瑞江駅前にある葛西行きのバス停で止まります。どうやらこのバスに乗る様です
私達も乗客のふりをしながらバス停に並びます。すぐにバスが来て乗り全体が見渡せる一番後ろの席に座ります
「今のところは普通のサラリーマンですね」
「甘いですよ!雪先輩?普通のサラリーマンを装う…相手はかなり場慣れしている」夏希ちゃんは何を言っているのでしょう?ですが頼もしいのは確かです
木下さんのお父さんは葛西駅前で降りました。私達も後を追います
「このまま会社に向かうのかな?」それならそれで帰宅時間まで待つだけ。私はそのまま歩みを進めようとしましたが夏希ちゃんが待ったをかけます
「待って!雪先輩!」
「どうしたんですか?」
「あの人を見て下さい」私は夏希が指さす方向を向く、そこには男性が一人…
「あの人…ポケットに手を突っ込んでますね」その男性はTシャツにジャケットを羽織り、下はジーパンと言うとてもラフな格好をした人
「あの人がどうかしましたか?」
「よく見て下さい!」私は言われた通りその男性を見てみる…ポケットに手を突っ込んでいる普通の人にしか見えないですが…
「私の直感が言っている!あの人は私達と同じ同業者だ!」同業者?私は改めて男性を見てみる…すると手を突っ込んだポケットからスマホを取り出して一瞬で撮影し、またポケットにしまった。撮影した方角には木下さんのお父さんがいます
「あの人…探偵さんですか?」
「あの動き…間違いないです。さっきからカバーポイントを熟知した動き…そして見事な撮影テクニック…木下さんのお父さんは何をしでかしたんですか?」夏希ちゃんの観察力は凄かった。その観察力は翔ちゃん並み…
実は今回のドッペルゲンガー事件に探偵さんが絡んでいる事は既に知っていました
それに気付いたのは翔ちゃんと木下さんのご自宅にお伺いした時の事…
「雪は秋葉くんのお母さんに会ってどう思った?」
「普通のどこでもいる、優しそうなお母さんに思いましたよ?」私は正直な感想を口にします
「確かにお母さん自体は普通だったね。じゃあポストの中身は見た?」
「少しは…小さな封筒が一枚入っていましたね」実際インターホンを鳴らさなくても木下さんのお母さんは玄関から出てきました。偶然にもポストの中身を確認する為に出て来たからです
「あの封筒にはこう書いてあったよ。葛西探偵事務所…てね」
そして今回の尾行の本当の目的は…
「この尾行は木下さんのお父さんの尾行ではなく探偵さんの尾行なんです。黙っていてすみません」私は夏希ちゃんに謝ります
「そうだったの!?」夏希ちゃんが驚くのも無理ありません。そして夏希ちゃんに私が知る全てを教えました。ドッペルゲンガーの事だけは省いて…
「これがここに至るまでの経緯です」
「浮気調査ですか…先輩方、いつから探偵になったの?」
「その…色々ありまして…人助けをしています」
「ふ〜ん…まぁいいや」夏希ちゃんはそれ以上の事は聞いてきませんでした
「そうと決まればこちらも本気でいかなければ…尾行の尾行なんて凄く燃える展開!」
私達はターゲットを探偵さんに切り替えます。先ほどの木下さんのお父さんと違い相手は本職…一歩でも間違えばすぐにバレてしまうでしょう。慎重にいかなければ…
私達はバレない様に時には物陰に隠れ、時には普通の通行人のふりをしたりしました。それから十分ぐらい経ったでしょうか?
「木下さんのお仕事現場はこんな住宅地にあるんでしょうか?」今、私達がいるのはビルなどが無い住宅地…明らかにおかしいです。それは夏希ちゃんもそして尾行している探偵さんも思ったのか更に慎重に動く
「これはもしかしたら浮気相手の家に向かっているのでは?」その可能性は充分にあり得ます
そして木下さんのお父さんはある一軒家の前で止まる。そしてインターホンも押さずに合鍵なのか、それを使い中に入ってしまう
私達は顔を見合わせます
「これはどういう事でしょうか?」
「浮気相手の家?それとも別の何か?」私達は考えますが答えは出ません。しかし探偵さんは違った様で家に入る写真を撮りその場を離れていきます
今の私達のターゲットは探偵さんです
見失うわけにはいきません
「夏希ちゃん、行きましょう」
「待ってよ!雪先輩!」私が知るべきなのは事がいつ起こるか、それだけなのだ
探偵さんの後を尾行し瑞江駅のバスに乗りました。また全体が見渡せる一番後ろの席に座る
「ところで星野先輩はどうしたんですか?」私がいつも翔ちゃんと一緒だから不思議に思ったのでしょう
「翔ちゃんは今、読書中だと思います」
「私達が大変な思いしているのに星野先輩だけずるくない?」
「そんな事ありませよ?今回こうして動いてるのは私の意思ですし翔ちゃんは既に活躍してくれました」
「う〜ん…なんかな〜尾行なら影の薄い星野先輩の方が向いてると思うのに」確かに翔ちゃんなら一人でも何とかしてしまうかもしれません…でも翔ちゃんは私に頼ってくれました。前回は一人で抱えて解決しようとして…それで私が怒って…つい数週間前の出来事なのに遠い昔の出来事の様な気がします
「それこそ神様に頼めばいいのに」
「アルクちゃんに?」私は想像します。物陰に隠れてターゲットを尾行するアルクちゃん…それはきっとごっこ遊びみたいに見える事でしょう。とても微笑ましいです
そんな妄想をしていると探偵さんは瑞江駅で降りたので私達も降ります
探偵さんはコンビニに寄りコピー機を使い何かをコピーします
「さっき撮った写真ですかね?」
「多分そうだと思う」そしてそのコピーした写真を見覚えのある封筒に入れます
確かあの封筒は初めて木下さんの家に行った時に見た封筒…つまり翔ちゃんの予想は当たっていたという事
「先回りしましょう。探偵さんはおそらく木下さんのお家に向かいます」
「了解!」夏希ちゃんは元気よく挙手すると私の後についてきます
「これからその木下さん?の家は修羅場になるんだろうな〜」
「浮気をした自業自得です」夏希ちゃんは意地悪な笑みを浮かべると
「星野先輩もそのうち浮気するんじゃ…」夏希ちゃんが言い終わる前に
「翔ちゃんはそんな事しません!」即否定します
「ゆ、雪先輩、落ち着いて、冗談です!」
「翔ちゃんは浮気に対してこう言ってました」
浮気?江戸時代までは浮気=即処刑だったらしいね。何で改善されたのか僕にはわからないよ。浮気は処刑でいいのに…そもそも結婚式の誓います。ほど信用出来ない言葉はないね
「と言っていました」夏希ちゃんは苦笑いを浮かべながら
「星野先輩らしい言い分…」と、納得していました
私達は木下さんのご自宅が見える位置に待機
この位置からなら声も聞き取れますし相手から見えない筈です
しばらくして探偵さんと思しき人が現れ木下さんの家のインターホンを鳴らします
家の中から木下さんのお母さんが出てきました。そして会話を始めます
「どうでした?」
「ええ、まずはこちらの封筒を」先程、コピーしていた写真が入った封筒を木下さんのお母さんに渡します
その封筒を開け…
「この家にあなたの旦那さんが入っていきました。前に郵便受けに投函しておいた写真はご覧になりましたか?」
「ええ、見ました」
「ならご存知だと思いますがその家には旦那さんと同僚の女性の方が住んでおります。つまり…」
「黒…と言う事ですね?」
「間違いないかと」
「これで裁判を起こせば、あいつからお金を取り離婚出来る…」
「これで頼まれてた依頼は終わりました。それでは私は失礼します」そう言うと探偵さんは去っていきました
「早速、今日始めようかしら」と呟きながら木下さんのお母さんはお家に帰っていきました
「せ、先輩!見ましたか!?しゅ、修羅場確定です!」
「見ましたよ」事は今日、起こる…翔ちゃんに知らせなければいけません
スマホで連絡をしようとした時でした
「やあ、お嬢さん方」突然後ろから声をかけられました。なのでそちらの方を見ると…
先程、私達がつけていた探偵さんがいました
「探偵の跡をつけるなんて随分と挑戦的な事をするね?何が目的かな?」探偵さんは私達が尾行していた事に気付いていたみたいです。夏希ちゃんはどう返答すればいいか私の方を見てきます
探偵さんの外見は二十歳前半でしょうか?まだとても若く優しく声をかけてきましたが…
「あなたに答える義理はありませんので」
「へぇ〜」探偵さんは面白いものを見つけた様な…そんな不気味な笑みを浮かべました
「それなら君達は答えなくていいよ?そのかわり…」そう言うと私が持っていたスマホを奪いとりました
「な、何するんですか!返して下さい!」
「用が終わったら返すよ。え〜とこの翔ちゃんとか言う人が主犯かな?」しまった!?通話をする為LINEで翔ちゃんのページを開いたままでした…
探偵さんは通話ボタンを押すと私のスマホを耳に当てます
episode雪翔子 end
漫画喫茶で寛ぐ僕達三人
そんな時、雪から通話があった。任務完了のお知らせかな?と思い通話に出る
スマホを耳に当てる
「もしもし」
「やあ、君が翔ちゃんかな?」まったく聞き覚えのない男性の声…僕は瞬時に警戒する
「……ええそうですよ」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だからさ」雪のスマホから別の人の声がするんだ
警戒するなと言う方が無理だ
「ああ、紹介が遅れたね。俺は葛西、探偵だよ」葛西で探偵の人…雪達が尾行していた筈の相手だ
その相手から連絡があったということは尾行がバレたのか?
「どうして探偵さんがそのスマホから通話を?」ここは慎重に動かないといけない
「俺の跡をつけてた女の子が二人いてね。その子のスマホを借りただけさ」やはり尾行がバレたのか…
「何か要求があるから通話してきたんですよね。探偵さん?」普通なら注意などで済ます筈がわざわざ僕に通話してきた…つまり何か知りたい事があると考えるべきだろう
「俺を尾行させたのは君かな?」
「そうですね。作戦を考えたのは僕です」
「何でわざわざ俺を尾行したのかな?」
「それに答える義務があるとは思えませんが?」相手に渡す情報は極力少ない方がいい
「ないね。でも俺的には知りたいね〜」
「流石は探偵さん。知的好奇心が旺盛だ」
「こういう性格じゃないとね探偵はやっていけないからね」僕は頭の中を整理する
探偵が跡をつけられる…これ自体は知りたくても当然の筈だ。恨まれて襲われる…て事もあり得る職業だからだ。だがこの男は違う気がする…これは僕の勘、仕掛けてみるか
「是非、探偵さんの推理を聞きたいです」
「ふ〜ん、なるほど君面白いね〜探偵の俺に推理させようとするなんて…まぁいいや、俺の予想だと木下さん辺りの関係者かな?」
「それで」僕は先を促す
「木下さんの家庭は今、崩壊寸前だ。それを楽しもうとしているのかな?人の不幸は蜜の味てね!ははは!」探偵愉快そうに笑う。その笑いが僕には不愉快だった
「それは探偵さんの願望では?」
「へぇ〜俺の趣味を理解出来るの?俺はね様々な依頼をこなしてきたよ。
その中で一番多いのは浮気調査さ!そして俺の調査で家庭が崩壊する様は最高だね!君にはわかるかな?」この探偵本気か?いやハッタリか?どちらか読めない…
「そんな危険な男の前に君の大切な女の子が二人いるんだ。素直になった方がいいよ?」こいつ…脅しが目的か!ここは素直になった方が良さそうだ
「あなたの言う通り、木下さんの関係者だよ」素直になったのが嬉しいのか上機嫌で更に尋ねてくる
「それで俺を尾行した理由は?」
「木下さんの父親が浮気している。それで母親が探偵を雇っているのを知った、それで事がいつ起きるか知る為に尾行させた…以上が作戦の全て」
「なるほどね〜それで成果はでたのかな?」僕は溜息をつく、この探偵…性格が最悪だ
「その成果をあなたに邪魔されているんだけど」探偵は大笑いする
「ごめん!ごめん!驚かしたお詫び…なんてものじゃないけど事は今日起こるよ」
「それは貴重な情報をどうもありがとうございます」雪から直接聞くまでは信用は出来ないな
「それで、それを知って君達はどうするのかな?」まぁ当然の質問だ。この人がどういう人かいまいちわからないが正直に言って問題はないだろう。雪と海堂が心配だ。あまりこの探偵に関わらせたくない。この探偵は正直言って性格があまり良いとは言えない
「木下さんの家族を救うんですよ」それには流石に驚いた様だ
「はぁ!救う?君、本気で言っているのか?」
「もしあなたが人の不幸を好む人間だったなら僕達がやろうとしている事は一生理解出来ないでしょうね」
「俺がそう見えるのかい?」
「さぁ電話越しじゃわかりませんよ。ただ声を聞いた限りだとあまり関わりたくないですね」葛西か…正直に言えば二度関わりたくない人種だ
「じゃあ楽しみにしているよ。君達が木下さんの家族を救える事を祈ってね。おっと、俺は次の仕事があるから失礼するよ。また会おうね翔ちゃん?」そのあとすぐに雪の声が聞こえてきた
「翔ちゃん!大丈夫でしたか?」雪の声を聞いた瞬間、体の力が抜けていくのを感じる。どうやら僕は相当力んでいた様だ
「僕は無事だよ。雪こそ大丈夫?」
「はい、私も夏希ちゃんも大丈夫です」よかった。とにかく探偵はスマホを奪っただけだった様だ
「ごめんなさい…私の注意が足りないばかりに…」雪は自分を責める
「今回の事は誰も悪くないよ。だから気にしないで大丈夫だよ」
「はい…」雪は少し元気がない…あの探偵め…
「僕は君達さえ無事ならそれでいいよ。だからね?」それから僕は雪が元気を出す様に励ましの言葉をかけ続けた
「翔ちゃん…ありがとうございます!私、元気でました!」
「よかった」僕は心から安心する
「あ!事は今日起こります。それだけは本当です」
「わかった。雪が言うなら本当なんだね」
「やっぱり翔ちゃん、探偵さんの言う事、信じてなかったですね」
「あんな胡散臭い探偵なんて信じないよ。ありがとう。後は秋葉くんの仕事だから、ゆっくり休んで」探偵を尾行したんだ、緊張と疲労で休んだ方がいいだろうと思い提案したのだが…
「いいえ!私も今からそちらに向かいますね?それでは!」有無を言わせずに通話を切られてしまった…
「ど、どうだったんだよ?」僕のやりとりを見ていた秋葉くんが尋ねてくる
「今日決着をつけるよ。準備はいい?」
「お、おお」いまいち覇気が足りない秋葉くん、仕方ないか…これから待っているのは秋葉くんにとって人生を左右する出来事、ここは少し喝を入れておく必要がある
「僕にはさ、両親がいないんだ」だから僕は伝える
「でも君にはいる。まだ取り戻せる」この言葉を聞いて秋葉くんはどう思うだろう。両親が浮気していても一緒にいたい…そんな強い思いがドッペルゲンガーを生み出した。もし…家族が元通りになったのなら彼は…本当の意味で幸せを手に入れるのだろうか?
「ああ、ああ!任せておけ!お前達の努力、無駄にはしないぜ!」それはやる気に満ち溢れた男の顔だった
「それはそうとアルク?」僕はアルクの方に視線を向ける
「なんですか?」
「アイス食べ過ぎ」アルクは先程からソフトクリームを五つも食べていた。食べ放題だからいいんだけどね?
「お腹が空いてはなんとやらです!」
「いや、君お腹空かないでしょ…」アルクの能天気な性格が無性に可愛らしくて僕はアルクの頭を優しく撫で続ける
それからしばらくして雪が漫画喫茶に合流した。そこには海堂さんも一緒だった
「ごめんなさい、尾行上手く出来ませんでした…」雪が謝罪する
「仕方ないよ、現役の探偵相手だったんだし、それに欲しい情報は獲れたんだからさ、それに雪が無事ならそれでいいよ」
「翔ちゃん…」雪は潤んだ瞳で僕を見つめてくる
「あの〜私もいるんだけど?お二人の世界に入らないでよ!」おっと…忘れてた
「海堂もお疲れ様、協力してくれてありがとうね」
「ついで感が凄いけど…まぁいいです。それで、先輩方は何をしようとしているんですか?」まぁ当然の疑問だろう。嘘をついても仕方ないしアルクを信じてくれている海堂には話しても問題ないだろう
「家族を救う為に動いている」
「はぁ…」あまりピンとこないみたいだ。更に追加で説明しようとした時、秋葉くんに腕を掴まれソファーから少し離れた場所に連れて行かれる
「どうしたの秋葉くん?」秋葉くんは少し興奮気味だった
「あ、あの可愛い子は誰だ?」可愛い子?
「雪だけど?」
「じゃなくてその隣にいた子だよ!」ああなんだ、僕から見たら雪が可愛い子になるけど秋葉くんから見たら海堂の方が可愛く見えるらしい。…解せぬ
「海堂の事?」
「海堂さんて言うのか?俺にも紹介してくれよ!」
「今から紹介するつもりだったけど…君が邪魔したんじゃないか」
「そ、そうだったのか、悪い」そう言い僕達はソファーに戻る
「何の話してたの?」海堂さんが聞いてくる
「こちら木下秋葉くん、海堂さんに紹介してくれと頼まれてね」秋葉くんに頭を殴られる
「な、何で正直に言うんだよ!」
「…?正直に言わないと話にならないよ」
「ま、まぁいいや、初めまして、木下秋葉です。宜しくお願いします」秋葉くんは丁寧にお辞儀までしていた。だが海堂は雪の背中に隠れてしまった
無理もない、海堂は超人見知りなのだ。こんなに長身の男に話しかけられれば隠れるのは当然だろう
「ごめんなさい、夏希ちゃんは人見知りなの」雪がフォローする
「下の名前、夏希さんと言うのですね」
「……」依然として警戒を解かない海堂
「なるほど!そう言う事ですね!」満面の笑みで何かを納得する雪、僕にはさっぱりわからない
「秋葉くんさっきから何で敬語?」
「俺は紳士だからね」何を言っているかやっぱりわからないが…ともかく海堂に詳しく説明しないといけない
「秋葉くんの家族が家庭崩壊寸前だからそれを阻止するのが僕達のやろうとしてる事だよ」その言葉に雪の背中に隠れた海堂は顔だけだし
「なるほど」と理解する
「理解が早くて助かるよ」
「それより準備はいいんですか?もう夕方ですよ」
「秋葉くんの父親が帰って来るのが大体、夕方なんだよね?」
「そ、そうだった!こっからは俺の出番だ…三人共、ありがとうな」秋葉くんは笑顔で言う
「お前達がいなかったら俺は今頃、どうなっていたか…考えただけでゾッとするぜ」僕は秋葉くんにスマホを貸す
僕達に出来る事は見守るだけだ。だからかける言葉は一つ…
「頑張れ」
「頑張って下さい」雪も続いて言う
「…が、頑張れ…」海堂も雰囲気で察したのか声援を送る
「は、はい!頑張ります!」だから何で敬語なの?
秋葉くんは通話をする為に漫画喫茶を後にする
episode海堂秋葉2
漫画喫茶から出て人通りの少ない脇道にたどり着く。今から俺は家にいるもう一人の俺に通話する
今、俺の家では修羅場になっているだろう。もう一人の俺はどう対応しているだろうか?案外、上手く対応していたりしてな、そうしたら俺も楽なんだけどな
そんな事を思いながらLINEの通話ボタンを押す。もう一人の俺はまるで掛かってくるのがわかっていたかの様にすぐ通話に出た
「も、もしもし!星野か?」翔太のスマホなんだからそう思うのも無理ないな
「悪いが違うぜ?俺だよ」スマホの向こうから唾を飲む音が聞こえる
「その声…もう一人の俺か?」
「ああ、そうだ」
「何でお前が星野のスマホに出るんだよ!?」
「そういう予定だったからな。そんなもう一人の俺は今、何をしてる?さっきから親の怒鳴り声が聞こえてくるんだが?」そう、先ほどから俺の両親の怒鳴り声が聞こえてくる。内容からして探偵の撮った証拠写真を突きつけられているんだろう
「…俺が守りたかった家族はもう崩壊したよ…情けない話だが今、俺は自分の部屋に閉じこもってるよ」その言葉を聞いて俺は頭に血が上るのを感じる。仮にも家族を守る為に家に帰った俺なんじゃないかよ?なんてザマだ!
「ふざけんなよ!お前が守ろうとしてる家族はまだ崩壊なんてしてねぇよ!」
「逃げ出した俺に何がわかる!」ああ逃げ出したさでも…
「今はちげぇよ!少なくともお前よりは守る事が出来る!俺はな!翔太達に出会って変わったんだよ」
「変わった?」
「そうだ!俺はあいつらの提案を受けた!断ったお前とは違う!俺は両親が浮気の事で喧嘩する事も全部知っていた!そして復元してみせると心に誓ったんだよ!なのにお前は何だ?部屋に引きこもってるたぁ!?ふざけんじゃねぇよ!!!」俺は血管が切れるんじゃないかというぐらいに怒鳴り叫ぶ
「仮にもお前は家族を守る為に家に帰ったんじゃねぇのかよ!!漫画喫茶に閉じこもった俺とは違って!それなのに何だそのザマは!!まるでこれじゃあ逆じゃねぇか!?おい!何とか言ってみろよ!!!」俺は今、思っている事をありったけの意思を込めて言い放つ
「俺だって…俺だって!頑張ったんだよ!?でもその結果がこれだよ!結局家族も守れない!どうしたら守れたって言うんだよ!お前にはわかるのかよ!?この気持ちがよぉ!」
「そんなの…そんなの!わかるに決まってるだろ!!俺はお前なんだからよ!!だから逃げるな!戦え!」
「戦う?無理に決まっている…俺だけで解決レベルじゃねぇ…」そうだ!俺だけでも解決出来ないだろう。だから…
「俺達、二人なら出来る!思い出せ!あの楽しかった日々を!信じろ!俺を…俺自身を!」俺がこれが今、一番かけたかった言葉だ。一人で戦おうとするな!人を頼れ!それを俺はあいつらから学んだんだ!だから両親を説得出来る!絶対にだ!!
「お前は木下秋葉だろうが!!!」俺は最後の言葉を怒鳴りつける
「お、俺は…俺は…」さぁ肯定しろ!お前が木下秋葉である事を!
スマホの向こうから大きく息を吸う音が聞こえる
「そうだ…そうだよ…俺は…俺は…木下秋葉だ!家族を守る為に…戦う事を決意した木下秋葉だ!」そうだ、そのセリフが聞きたかったんだ
「だせぇな…俺にそんな事を教わるなんてな…」
「なーに、お互い様だぜ?」俺は右手に拳を作り前に突き出した。もう一人の俺もきっと同じ事をしているだろう
そうして拳が重なった…
木下秋葉2end
スマホが地面に落ちる
さっきまで怒声を上げていた秋葉くんが突然目の前から消えたのだ
僕は落ちたスマホを拾い耳に当てる
「気分はどうかな、秋葉くん?」それはドッペルゲンガーが解け一人に戻った秋葉くんにかけた最初の一言…
「最高な気分だぜ!ありがとな…世話になった」
「どういたしまして、次は入学式で会えるかな?」
「当たり前だぜ!両親つれて来てやるよ!」そのやる気に満ちた声が聞けて僕は安心した
「それは楽しみだよ」
「じゃあまたな!翔太!」そうして通話が切れた。翔太か…僕は少し喜びを感じながら漫画喫茶に戻るのであった
漫画喫茶に戻ると雪、海堂、アルクがソファーに座って待っていてくれた
「星野さん、お疲れ様です」アルクは僕に労いの言葉をかけてくれるがそれはお門違いだ
「今回、頑張ったのは雪と海堂だよ。僕は何もしてないよ」
「作戦を立てたのは翔ちゃんです。私達は先程、労いの言葉を受け取りましたので翔ちゃんも受け取るべきですよ?」なるほど
「わかった、ありがとうアルク」僕は優しくアルクの頭を撫でる。どうやらアルクは頭を撫でられるのが好きらしい。撫でるといつも満面の笑顔で喜んでくれる
「ところで翔ちゃん?前から気になっていましたがいつから夏希ちゃんの事を呼び捨てにする様になったのかな?」雪は笑顔で聞いてくるがその笑顔が少し怖いよ…
「ゲームの敗北で芽生えた友情だよ」
「星野先輩をコテンパンにしてやりました」誤解がないように言っておかなければならない
「僕は雪、一筋だよ」
「知ってます」僕は雪の隣に腰掛け、その瞳を見つめる。雪もまた僕の瞳を見つめてくる
「ストップ!ストップ!だから私がいる時に二人の世界作らない!」
「夏希ちゃんもいずれ分かります。この抑えられない気持ちが」
「私はまだ必要ないし!そ、それより先輩方は…」海堂は言う事を躊躇する。何を言いたいんだろうか?
「ど、どこまでいったの?」
「なっ!夏希ちゃん!?」雪は大慌てで海堂の口を塞ぐ、何を慌てているのだろうか?
「どこまでとは?」僕は質問の意図がわからずに聞き返す」
しかし海堂はこれ以上何も言わなかった、いや言えなかったが正しいだろう。雪が全力で口を抑えているからだ
そして雪が話題を変える「と、とにかくです!今回も目的達成出来ましたね!」僕達の今回の目的は秋葉くんを一人に戻す事…つまりドッペルゲンガーを解消させる事だ
それは達成された。秋葉くんの家族がどうなるかは僕達にはどうしようも出来ない。ただ祈るしかない
「そうだね。今回も怪我なく無事に終わってよかったよ」
「先輩方はこれからも人助け?基、アルクちゃんの信仰を増やしていくの?」
「そのつもりだよ。でも最終的に解決するのは本人達だよ」僕の言葉に雪も続く
「私達はただ手を差し伸べるだけです」海堂の虐めも今回と同じだ。僕達は虐めの大元を消しただけ…受けた心の傷は海堂自身がゆっくりと消化していくしかないのだ。例えそれが永遠に消えない傷だとしても小さくする事は出来る筈だから
それを聞いた海堂は俯いたままだった。今、何を思っているのだろうか?その気持ちは僕にはわからなかった
ただ何かを伝えようとする気持ちは伝わってきた。だから海堂が口を開くまで待った
他の客が漫画のページをめくる音だけが聞こえてくる…アルクもまたその静寂に耳を傾けていた。しばらくして決心がついたのか海堂は口を開く
「せ、先輩方!お願いがあります!」
「何、夏希ちゃん?」海堂が先を言いやすい様に優しい笑みで聞き返す雪…
「わ、私をその人助けする会に今すぐに入れてもらえないでしょうか?」その言葉は僕達も予想していた、だから驚かなかった。人が救われたから救う側に回りたいと思うのは当然の事だからだ。例えばこんな話をよく聞くだろう
小さい頃に病気で入院していた時、看護婦さんが支えてくれた…だから自分も医学の道に進みたいと言う話だ
「海堂その言葉はとても嬉しいよ?でもね。これは僕達の宿命なんだよ?僕達の命がかかっている。そんな危険な事に君を巻き込みたくないな」僕は事前に準備していた言葉を投げかける。しかし海堂は引かなかった
「私は先輩方に命を救われてます!次は私が先輩方の命を救う番です!」その瞳には決意が見てとれた。どうやら僕ではこの決意には勝てない様だ。雪はどうだろうか?
「夏希ちゃん、これから先何が起こるかわからない道ですよ?下手をすれば夏希ちゃんが不幸になる事だってあり得ます」
「覚悟の上です!」
「もし夏希ちゃんが人助けに関わって死んじゃったら?私達はそれこそ夏希ちゃんを助けた意味がなくなります。それに私達が不幸になります。その事はわかっていますか?」
「そ、それは…」流石は雪だ。人を諭す事に関しては僕よりも遥かに上だ。こんな事を言われれば海堂は何も返事を出来なくなる。しかしそれでも海堂は諦めなかった
「私はもう先輩方に協力してしまっています。だから!だから!お願いします!」海堂は頭を深く下げる。確かに海堂は今回の秋葉くんの件で尾行を手伝ってくれた。だがこれから何が起こるかわからない以上、深く関わらせるのは非常に危ない
僕も雪も同じ気持ちだろう。だがそんな会話に待ったをかけたのはアルクだった
「星野さん、雪さん私は、メンバーに入れてもいいと思います。それに海堂さんが高校に入ったら全て話す予定でしたよね?でしたら一年、早まるだけです」
「ファーストフード店の時そう言ったよ。でも今の海堂は心の傷も全然癒えていない…そんな彼女をメンバーに加えるなんて僕には残酷だと思う」一年後の海堂が成長して心も癒えたらメンバーに加えるつもりだった。だが今の状態じゃ危険すぎる
「ではこうしましょう!お互いの意見がぶつかり合った時は昔から勝負と決まっています」
「アルクちゃんは何が言いたいのですか?」
「いつも星野さんと海堂夏希さんがやっているゲームあるじゃないですか?それで勝負しましょう」なるほどね。確かに僕と海堂らしい決着のつけかた…だが今回はダメだ
「アルクちゃん?私もいますよ」そうだ。今回は雪もいる。つまり僕もと海堂だけの決着じゃダメなんだ…
「なら雪さんの思いも星野さんに込めて星野さんはストック二で海堂夏希さんはストック一でどうですか?」雪はしばらく考えた後…
「それでしたら…いいですよ?」
「本気かい?」
「夏希ちゃんの意思を確かめるいいチャンスだと思います。それに…私達がいる事で夏希ちゃんの心の傷が早く癒える…という考え方も出来ます」雪の言う事は最もだ。海堂は僕達といるといつも笑顔で楽しそうにしている。仕方ない…こうなったら僕も腹を括るしかないだろう
「わかった。その勝負、受けてたつよ」その言葉を聞いて海堂はよほど嬉しかったのか
「ありがとうございます!ありがとうございます!」と何度もお礼を言ってきた
「気が早いよ。ハンデ付きの僕に勝ったら入れてあげるルールだからね?」
「そんなの簡単ですよ?私の真の力を見せるとしましょう」ああ、結局はアルクに上手いこと乗せられただけだ…でもまぁいいか。アルクがいいと言う以上、何かあるのは間違い無いんだから…だってアルクは既に未来を見ているのだろうから
アルクが小声で僕にだけ言ってきた。因みにどう足掻いても星野さんは負けますと…
海堂は鞄からスイッチを取り出した
え?いつも持ち歩いてるの?しかしもコントローラーまで二つある。ここで僕はやっと気付いた。スマホのLINEを開き海堂のトーク画面を見る。するとやはり…僕の記憶にない通話が履歴があった。最初からアルクの手のひらで踊らされていた様だ
「アルク…君にはしてやられたよ」僕が溜息をついて言うとアルクは当然の様に言ってきた
「だって駒が多い方が便利でしょ?」幸い雪と海堂は準備でこちらに気づいていないみたいだった
「今回の事は雪には内緒にしておくけど次にやったら一週間おやつ抜きだからね?あと駒扱い禁止」
「む〜!!星野さんの鬼!」僕の背中をポカポカ叩くアルクを無視して僕は負け戦に挑むのだった
当たり前だが惨敗した
今までに無い以上にボコボコにやられた
僕このゲーム向いてないんじゃないかと思うぐらいに…ハンデまでもらっておいてだ
しばらく立ち直れないかも…
まぁ負けは負けだ
「海堂をメンバーに入れる…でいいんだよね雪?」
「はい、夏希ちゃんの覚悟…しっかり見届けさせてもらいました。許可しましょう!」
「やったー!」海堂は大喜びしていた。本人は気づいていないがここはアルクの世界だ。周りの客がいなくなっている
漫画喫茶でゲームなんてやったら追い出されるからね。配慮してくれたのだろう、それにこの世界についても説明しないといけない。本当にアルクは抜け目がない…
「じゃあアルクちゃんお願い出来る?」
「任せて下さい!」アルクがそう言うと漫画喫茶が一瞬でヒメサユリの世界に変わった。流石に海堂も異変に気付いたようだ
「ふへぇ?」
「改めまして海堂夏希さん、ようこそ!私の世界へ」
「ここはアルクの世界…て僕達は呼んでる場所だよ」
「簡単に言えば神の世界ですかね!」そういえば僕達も久々にこの場所に来た気がする。やっぱり肌寒いが落ち着く場所だ
僕はお社の階段に腰掛ける
「神様の…世界?」海堂が信じられないものを見た様な顔をしているが仕方ない事だろう。最初は僕も心細さから雪と身を寄せ合ったけ…もう半年以上前の出来事だ
「本当に存在したんだ…異世界!!魔法とかは使えるの?空は飛べる?HPバーはある?」
「海堂、落ち着いて、確かにここは異世界だけど僕達には何も出来ないよ」
「そんな事ありませんよ?私の力が前より強まったおかげでこんな事も出来る様になりました!」そう言うとアルクは僕の聞き手である左手を両手で握ってくる
「アルクちゃん、なにしているのですか?」
「これでよし!それでは星野さん。左手を前にかざして下さい」僕は言われるがまま左手を前にかざす
「その後なんでもいいので頭に思い浮かべて下さい」
「何でも?そう言われても…」
「ではこうしましょう!」アルクは自分の右手を前にかざす…すると驚く事にアルクの右手から火の玉が出て来たのだ。それを僕の方に高速で投げてくる…いや放つの方が正しいか…いやいや!そんな思考してる場合じゃない!僕はとっさに左手でそれを防ごうとする。いわゆる自衛行為だ
すると僕の左手が光、一冊の赤い本が出てきた。
その本が火の玉、基火の弾を防いでくれた
「へぇー星野さんらしいのが出ましたね」
「アルク…僕を殺す気かい?」雪も海堂も唖然としている。勿論、僕自身もだ
「これは星野さんを守る行為ですよ?星野家には代々、私の力を使える不思議な体質を持っているんです。私と完全に一心同体の星野さんは尚の事、強く私の力を使えます」僕はアルクが何を言っているのか必死に理解しようとする。前にアルクがビームとか打っても驚かないとか言ったけど実際目の当たりにしたら驚くしかない…左手に持つ本を開いてみる。そこには何も書かれてない…つまり白紙だった。アルクの力を使えるならさっきの火も地形操作も使えるのかな?僕は試しにさっきの火の弾を想像してみた。しかし火の弾は出ない
「これは魔法とかではないですよ?想像しただけでは出ません。理解して下さい」
「理解?」
「火は何で出来ていますか?」火は確か酸素と燃料となる物体だ。この場合は酸素は空気、燃料となる物体は…本の紙かな?そう思った瞬間本の空白のページが文字に埋め尽くされていく。これはなんだ?
「デ・ネ・ボ・ラ」僕がその文字を読み上げると本から火の弾が出てきた
「へぇー」意外に冷静な自分自身に驚く
「ほ、星野先輩!ま、魔法使いになったんですか!?」レオ?確か雪の星座、獅子座の名前だった筈…
その疑問は雪が答えてくれた
「翔ちゃん!星座のエレメントですよ!」ああ雪に教わった!十二の星座は火・風・水・地、四つのエレメントで区別出来る。雪の星座、獅子座のレオは火のエレメントのに属するだから火の呪文はレオなのか!
「なるほどです!星野さんは星座で理解したのですか!面白いやり方です、ね!」アルクは更に三つの火の弾を飛ばしてくる
僕は負けじと一つの火の弾を飛ばす。火と火がぶつかり合い爆裂する。威力は市販の打ち上げ花火ほどだが音の大きさから当たったら痛いじゃ済まなそうだ!残り二つを僕は本でガードする
「星野さん、その本…紙じゃないですね」紙じゃない?僕は改めて赤い本を見る大きさは…四六判の文芸本と変わらないし…僕は本を軽く叩いてみる。紙…と言うよりはもっと硬い何か…そんな思考をしているうちに今度は水の弾を飛ばしてくる
「アルク!ちょっと待ってよ!」
「嫌です!待ちません!これも星野さんを守る為に必要な行為です!」いや!いや!逆に殺されそうですけど!?でもそう来るなら…腹を括るか!僕の特技は頭脳戦だ。考えろ…水に有効なエレメントは…風!
「アクエリアスだ!」頭で想像すると風の刃が一つ飛んでいった。その刃は水の弾を切り裂きアルクに向かっていった
「やりますね!」それをアルクは岩で防ぐ
岩は地、次は水のエレメント
「キャンサーだ!」
すると今度は水の弾が本から現れ飛んでいく。アルクは咄嗟に岩を解除して風の刃を飛ばしてきた。さっき僕がやった事と同じだ
水の弾は切り裂かれ風の刃が僕、目掛けて飛んでくる。それを僕は本でガードする
「その本!優秀ですね!」アルクはよほど楽しいのか笑顔だ。対して僕は汗だくで笑う余裕もない。まだ頭で整理出来ていないんだから当然だ。しかしアルクは攻撃をやめない
「ならこれならどうですか!私の必殺技です!」アルクが右手を天に掲げると雷雲が現れ雷がアルクに落ちる。その落ちた雷を右手に纏い…僕に向けてくる
「雷のエレメントなんて無いよね?」そんな状況下でも僕は冷静だった
「私オリジナルですからね。どう防ぎますか?そもそもこれが僕の為?やっぱりもう殺す気じゃないか…でも僕は無性に楽しくて…嬉しくて仕方がなかった。だってまるで本の中の世界じゃないか。異世界ファンタジー、僕だってそんな世界があるなら行ってみたいと思ったよ?でも現実は違う、病気で病院の外にも出れない…死を待つだけだった僕にアルクは命をくれた。そして雪という大切な存在に出会った。ならここは全身全霊で受けるべきだろう
僕は入院していた時の事を思い出す。雪が話してくれたエレメントの話だ。僕の星座はおとめ座つまり地だ。地は植物や鉱石、後は地形操作などを得意とするエレメント。そして…自分の星座のエレメントは一番得意分野とも言える!
「ヴァルゴ」
僕が地のエレメントを想像し唱えると地面が揺れる…そして岩やヒメサユリ達が一ヶ所に集まる。その一つ一つの物質が形をなしていきやがて…巨大な腕となる
「地形操作では私の上をいきますか…ですがこれで全力で放つ事が出来ます」アルクの雷が砲撃となって飛んでくる。僕はその砲撃を地のエレメントで出来た腕で受け止める。激しい火花を散らし激突し合う雷と地のエレメント…アルクが攻撃で僕が防御、つまりこの攻撃を防ぎ切れば僕の勝ちだ
しかしそんな勝負に待ったがかかる
当然、雪だ
「二人共?いい加減にして下さい!」僕とアルク、海堂は雪に釘付けになる。そして自然とエレメントは消えていった。どうやら僕達は熱くなり過ぎたらしい
「ご、ごめん…」僕は全員に向けて謝罪の言葉を口にした
それに続きアルクも
「ごめんなさい…」と謝罪した
「大体!何でこんな事をしたの?」それはアルクに向けられた言葉だった
「それには事情があるんですよ。この先、星野さんは苦難に立ち向かう事になります。そこで私の力が必要となる時が来るでしょう」
「それはわかります!どうしてこんな危険な行動をとったかと聞いているんです!」
「それは星野家の歴史に関わります。私を崇め奉る星野家に私は神様の力を与えていました。その力で星野家は江戸川を守り…私を守ってくれました。それが今、行なった…お二人はエレメントと呼んでましたね。その力です。私はこの世界でしか力を発揮出来ません。でも星野家の人間は違いました。現実でも私の与えた力を使えたんです。その力で江戸川の洪水を止めたり、火災を止めたり、土砂を止めたり…災害を防いだんです」
「それが僕のご先祖様?」
「はい、しかし時代と共に衰退していった事はお話ししましたよね?それは文化が進み災害が起き難くなったからです。これは喜ばしい事ですが力を使わなくなった星野さんのご家庭は次第に忘れられていき、私の力を弱まりそして潰える一歩手前まできました」
「その時に翔ちゃんのご両親が来たのですね?」アルクは頷いた。つまり僕の家庭はもともと江戸川の災害を防ぐのが役割だったという事だ。江戸川が氾濫でもすれば東京は水の底に沈むだろう。そう考えれば納得のいく役割だ
「でもどうして僕にこの力を与えたの?それにいきなり襲ってきたりして…」そこが一番の疑問だ
「一番の目的は星野さんの幸せの為です。詳しくは言えませんが今後、必要になるからです。そして襲ったのは適正検査です。星野さんは地の力が私よりも遥かに上です。これは希望とも言えます。地の力は生成に時間はかかりますがその分他の力よりも遥かに強力です。この意味がわかりますか?」物質を操る力…それが地のエレメントだつまり…
「守る事においては非常に強力という事ですか、神様?」その問いに答えたのは海堂だった。ゲーマーだからこそ辿り着ける答えだったのかもしれない
「海堂夏希さんの言う通り、守りに関してはどの属性にも負けません。守りが強力なら攻撃もまた強力です」さっきの腕みたいな武器を作り出せば確かに攻めと守りの両方行える
「でも生成が遅いんですよね?」雪の言う通りだ。どんなに強力でも作ってる最中に攻撃される、または災害が起きれば意味がない
「その通りです。なので他の属性とバトルになった時に圧倒的に不利で速攻に弱いです」つまりアルクが言いたいのは僕が得意の地のエレメントは強力だがデメリットも大きく使いどころが難しいという事…実際さっきの雷もアルクがしばらく待っていてくれたから腕が完成して防げた
「他のエレメントを鍛えるのは?」僕の提案にアルクは首を横に振る
「残念ですか他の属性に関して言えば星野さんは平均以下です。実際に飛ばした弾は一つずつでしたよね?基本は三つです」つまり僕は地以外の力は皆無と…
「じゃあ地の力を鍛えるのはどうです?」海堂の提案にも首を横に振る
「残念ながらこの力は鍛えるという概念がありません」なるほど…つまり僕はメリットも大きいがデメリットも大きい地のエレメントだけで頑張らなきゃいけないと…
「そもそもなんですが翔ちゃんがこの力を獲得しても使う場面は少ないんじゃありませんか?でしたらそんなに落胆する必要はありませんよね?」雪の言い分も最もだ。僕はこの力をむやみに使う気はないし、出来れば使いたくないのが本音だ
僕は多少、特別な立ち位置にいるが人間なのだ、そんな人間離れした事はしたくない
「備あればと言いませんか?私は星野さんの幸せの為なら最善を尽くします。だからこの力を与えました」だったら僕が言うべき言葉は決まっている
「三人に聞いてほしい。僕はこの力に制約をかけるよ」
「お〜!いかにもゲームという感じですね」
「茶化さないでよ。僕は真面目に言っているんだよ?」僕の真剣さが伝わったのか海堂は
「ごめん」と謝る
「それで翔ちゃん、その制約はなんですか?」
「その一、この力で人を殺めない。その二、この力は幸せの為だけに使う、他に思いつかないかな?」僕は三人を見渡す
「私はその三、メンバー全員の承諾を得るを追加してほしいです」雪らしい
「それはつまり雪と海堂の承諾を得たらエレメントを使っていいという事だよね?」
「はい!、この三つの制約を破ったらお説教です!」それは怖いな…
「海堂は何かあるかな?」
「ず、ずるい!ずるい!神様、私もエレメント使える様になりませんか?」ゲーマーの海堂からしたら魔法の様な力に憧れるのも無理はない
「無理ですね。ごめんなさい」アルクは丁寧にお辞儀をして謝罪する
「むぅ〜仕方ないか…」
「では家まで送りますね?海堂夏希さんは小岩のどこお住まいですか?」
「そんな事も出来るの!?えーと…」
こうして僕達はアルクの力で家にそのまま帰してもらうのだった。
あっ!漫画喫茶の支払いはちゃんとしたからね?
こうして僕達の長い一日が終わるのだった
そして二日後…ついに高校の入学式がやってきた。僕は慣れない手つきで制服に腕を通す。ネクタイの結び方もネットで見たから大丈夫!医院長先生は仕事で参加出来ないことを申し訳なく思っていたが先生は命を救う仕事をしているんだ。それは誇りを持っていい事だから僕は「気にしないでください」と言った雪とはバスの中で合流予定だ
「星野さん似合ってますよ!」アルクは褒めてくれるが…
洗面台の鏡で自分の姿を見る
「似合ってるのかな?」そこには冴えない自分が写っている
「雪さんが見たらきっと大喜びですよ?因みにネクタイを結べないと頼めば高得点です」流石にそれは申し訳ない
「そろそろ時間か…アルク、指輪に戻って」
「はーい!」アルクは指輪に消えていく
虹の家のバス停でエレメント本を眺める。本当にこっちの世界でも出せるんだ…と改めて思う。エレメント本では長いので僕はこの本に[スピカ]と名前をつけた。自分の星座のおとめ座から名前を取ったのだ。因みにレオ、アクエリアス、キャンサー、ヴァルゴはラテン語だ
そんな事を考えていると目的のバスが来る。スピカを元に戻した。というより左手に消えたが正しいだろう
僕はバスに乗り雪と春さんと合流する
「お久しぶりね!星野くん」春さんは相変わらずの笑顔で僕に話しかけてきた。その笑顔は雪と一緒…親子なんだなぁ〜と改めて思った
「お久しぶりです。春さん」
「翔ちゃん!」雪はバスの中だというのに抱きついてくる
「制服、似合ってますよ!」むぅ…僕は顔が熱くなっていくのを感じる。だから仕返しにこう言った
「雪こそ似合ってるよ。可愛い」すると雪は顔を赤らめて「えへへ〜」と満面の笑みで返してきた
「あらあら、ラブラブね〜」春さんに更に追い討ちをかけられる
しばらく沈黙がおとずれる。そして雪が口を開く
「でも少し残念です…」
「何が?」
「彼女として彼氏のネクタイを結びたかったです…」アルクのいうとおりだった…僕は少し後悔した
しばらくして新小岩駅に着く。入学式は学校とは別の新小岩駅近くにあるコミュニティーホールで行われる
僕達は目的の場所に着き係の人の指示に従い署名する。自分の署名の横には保護者枠と書いてあり保護者が署名するみたいだ
ざっと全体を見てみると僕だけが空白だった。その空間に寂しさを覚えた
そんな感情を抱いていると春さんが横に来て僕の保護者枠に雪春と署名した
「今日からは私が星野くんの保護者だからね」僕に向けられたその笑顔が嬉しくて少し泣きそうになった
「ありがとうございます」僕は心を込めてお礼を言う
署名欄を見ると秋葉くんの名前があった、その隣には父親と母親と思しき名前が書いてある。ああ、秋葉くんはやり遂げたんだ…雪もそれに気づいたのか頷いて返してくる
ホールの中に入り決められた席に座ると偶然にも隣は秋葉くんだった
「よう!翔太!おはよう」
「おはよう、秋葉くん」
「俺、やり遂げたぜ?」
「そう見たいだね。おめでとう」秋葉くんは照れた様で頭を掻く
「でも全部やり遂げたわけじゃないんだよ。両親に弁護士がついて話し合い…て感じになってよ…つまりは先延ばし、て感じだな」
「でも両親が入学式に来ているのが前進した証じゃないかな?」
「へへ!そうだな!」
そこで入学式が始まる放送が流れた
普通の入学式…なのかどうかずっと病院で過ごしてきた僕にはわからないが校長先生のありがたい?話を聞いて名前を呼ばれ席を立ち、そのまま訳の分からない校歌を歌った。入学式は一時間ほどで終わり僕達は秋葉くんに挨拶してバスに乗り込んだ
「明日から晴れて高校生デビューですね!」
「そうは言っても明日は説明会だけどね」そんなたわいのない会話をしているうちに虹の家のアナウンスが鳴ったので僕は停車ボタンを押した。そしてすぐに虹の家に着く
「じゃあまた明日ね雪、春さん今日はありがとうございました」僕は別れの挨拶をしてバスを降りる
「えっと…」僕は戸惑っていた。何故なら虹の家で雪と春さんも降りたからだ。確か二人の降りるバス停は次のはずだが…?
雪は訳の分からないままの僕の手を繋ぎ医院長先生の家に向かって歩き始める
「雪も春さんもどうしてこっちなんですか?」僕の質問には答えない
そして医院長先生の家が見えてくる。そこには大きなトラックが一台止まっていた
クロちゃんマークの引越し車?
僕は家の前に辿り着き唖然とした…
「え…?」だって…だって、だって、だよ?表札が雪になっていたからだ
そう言えば医院長先生が言ってたな…僕が高校に入る時に結婚するって…苗字が変わるとも…そして雪も言っていた。最近、春さんと医院長先生がいい感じだと…そうだ!今日、入学式で保護者枠に名前を書いてくれた春さんは何て言ってた?「今日からは私私が星野くんの保護者」と言っていた!?
「翔ちゃん!ドッキリ大成功!今日からよろしくお願いしますね?」
こうして僕達は同居する事となった
スノームーン前編 end
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