[ろっく] 断じてノーカンなのだ
自宅に送り届けられた夕原さん。
心配する家族に大丈夫だと気丈に告げたあと、すぐに部屋に閉じこもった。
ずっと黙りこくったまま、壁を
『……ごめんな。うちの糞顧問が、あんなことを……』
《どうして貴方が謝るの? 悪いのはアイツよ……》
『だってさ……僕、なにもできなかった。アイツが
《貴方はちゃんと助けてくれた。……そうじゃなかったら、今頃わたし…………》
それきり、彼女は涙にくれた。
ひと通り泣き終わるまで、僕は静かに寄り添った。
美術準備室で、あのときとっさに僕がとった行動は……力一杯レンズを光らせたことだけだった。
女子更衣室での待ち時間にレンズを曇らせる
そして、見事にピカッと輝くことに成功していたのだ。
かなり頑張ったから、カメラのストロボ並みには光れたはずだ。
だがしかし……最悪の事態は防げたのかもしれないが、あの事件のせいで夕原さんの心はひどく傷ついたはずなのだ。
僕は、もっと前もって何とかできていればなぁと……どうにかできる方法が他にあっただろうかと考え続けた。
うつ伏せの体勢から、突然ガバリと起き上がる夕原さん。
『わゎっ!? どうしたんだよ……大丈夫なのかい?』
《ちょっと出かける》
『うえっ? どこに?』
《……いいから、ちょっと黙ってて》
居間の灯りを横目に、こっそり家を抜け出した彼女。
いったい何処へ向かうのか。
着いた先は近所の総合病院。
三階の角にある個室。
『ええっと!?
《いいから……。ちょっと、私にできそうなことがあるんじゃないかと思いついたのよ》
『ええと、何かな?』
《ほら、お伽話の眠り姫。……ちょっと逆だけど、もしかしたらもしかするんじゃ……》
『えええっ!? 待って、早まらないで!!』
《何よ、文句あるの? ……まさか私が相手じゃ不服だとでも?》
『いやいやいや、滅相もない。そんなわけないよ』
《これで了承は取ったわ。これは合意の上での行為なのだから、もう黙ってて……》
いやいやいや、僕はともかく君は……初めてじゃないのかな?
光栄だけど、嬉しいんだけど、でもでも。
《ちょっと、思考が
うぇっ!?
そうなん!?
彼女が、そっと僕に
あっ、ちょい待ち。お願い待って。
強く訴えたが、聞いてはもらえない。
これって眼鏡な僕も一緒なわけで……自分の寝顔が、だんだんとドアップに。
ぎゃぁ、これ何の罰ゲームだよ。
これじゃあまるで、自分と自分が接吻するみたいじゃないか。
ああっ、どうしよう!?
どうしよう!?
あわや逆眠り姫。
その時に、ガラリと病室のドアが開く。
「春田君~、点滴の時間ですよ~」
「さあ、その前に着替えもしちゃいましょう」
入ってきたのは、元気の良い小柄な看護師さんの二人組。
「「えぇっ!? 」」
さすが看護師さん。
チームプレイの見本のような、意気のあった反応だった。
眼前に自分の超ドアップが
いきなりゴチンと目から火花が
「「……痛いーいぃっ!!」」
病室に、二人分の
んがー!!! デコが、額がイターイ!!
すぐ隣で、誰かも顔を押さえて
点滴の器具が載せられたワゴンと衣類を携えた二人の看護師さんが、口々に尋ねる。
「こんな時間に、どちら様??」
「面会時間は終わっていますよ?」
面会時間外に忍び込んでいた夕原さんは、速やかに自宅に連絡され強制送還されることとなったのだった。
年頃の女の子が夜道を一人歩きするのは危険だからと、彼女のお母さんが迎えに来てくれるようだ。
ニヨニヨ笑顔の看護師さんたち。
二人分の生温かい
「いやあ~、なんか
「ああ……、お目覚めのキッス。乙女の浪漫です~! ……いいなぁ」
いや、アレは……頭突き以外の何物でもないんだよ。
断じて違う。キス違う。
初めてがあんなだなんて……僕も彼女もあんまりなのだ。
そう、アレは断じてノーカンなのだ。
こうして……何だかんだで無事に目を覚ました僕は、検査の結果を待って退院することに。
後遺症もないし、結果は異状なしで何よりだ。
それは良かったのだが、気がつけばコンクールの提出期限があと数日に迫っていた。
夕原さんのことも心配だったが、僕には成し遂げたいことがある。
あれを完成させるまで、何がなんでも突き進む。
自宅療養をいいことに、今こそ授業そっちのけで筆を振るうのだ。
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