[ごぉ〜] 彼女はピンチで眼鏡は……メガネで




 部活帰りの女子たちは、三々五々と言った感じで解散した。


美咲は他の一年生と寄り道するらしく、夕原さんはひとり校舎の廊下を進む。


辺りはすっかり暗くなり、薄暗い校舎内は不気味な雰囲気をかもし出している。


急ぎ足で外へ向かう彼女に、背後から声がかかった。


「やあ、映奈君。今帰りかい?」


忍び寄る背の高い影。


「あ、……神田川先生。はい、今帰るところです」


夕原さんは律儀りちぎに応答した。


それではと言おうとしたところ、被せるようにさえぎられ。


「例の件だけど、これから付き合ってもらえまいか。なに……ちょっと写真を撮らせてもらえればそれでいいんだ」


「いえ、その件はお断りしたはずです」


彼女がはっきりと返事を返すと、細い狐目がギラリと光る。


これはマズい。やつが、何が何でも自分の我を通すときの表情だ。


『夕原さん、スマホはポケットの中? さり気なく電源を入れられる?』


《は……春田君、どうしよう……なんか怖いよ》


『うん、……とにかく落ち着こう。スマホの電源は入れられた?』


《……うん。丁度ポケットに入れていたから……》


『……よかった。じゃぁ、今から僕の言う通りに──────────────』


《……うん》


おそらく二人とも心臓がバクバクいっているだろう。


これから、糞顧問と僕たちの攻防だ。





 神田川は余裕そうな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。


一歩後退あとずさる夕原さん。


「……そんな怖がらなくてもいいじゃないか。今からちょっとだけ、美術準備室に寄ってくれれば良いのだから」


「急いでいるのでお断りします。写真を撮るだけなら、明日の昼間に職員室へ伺いますから……今日はこれで失礼します」


迫りくる長身男に、彼女は早口で応えてきびすを返そうとした。


グイッと手首がつかまれる。


「きゃ……」


「お急ぎのところ悪いけど、僕も忙しい身なのでね。明日までは待てないな」


職員室だと他の先生方の目があるし……などと、いかにも秘密めいた言い方をする。


いったいどんな写真を撮るつもりなのか、嫌悪感しか浮かばない。




 そういえば去年の女子の先輩で、突然に部を辞めて転校していった人が居た。


今思えば、もしかしたらコイツに弱みを握られて泣き寝入りしたのだろうか。


いやいや、……夕原さんをそんな目に遭わせるものか。


しかし僕らのおかれた状況は、限りなく絶望的だ。


権力と悪知恵を振りかざす悪徳教師VS.非力な女の子と何もできそうにない眼鏡。


いったいどうしろっていうのだろう。




 廊下のすぐ先にある準備室。


とうとう連れ込まれてしまった夕原さん。


部屋の中には既に撮影機材がセッティングされていた。


どんだけ用意がいいんだよ。


もはや絶体絶命の危機。


僕は……彼女が酷い目に遭うのを、指をくわえて見ているしかないのか。


グフフフといやらしい笑いをらす神田川。


「さあ、わかっているだろう? わざわざ職員室を避けてまでここ準備室という密室で撮影するワケを……」


「……知りません。……いやっ、止めて!!」


彼女の上着のぼたんに奴の魔手が伸びる……


                 ────────そして、閃光せんこうが!!!


「うわあぁぁぁぁぁっ!!! 目がっ!! 目がぁーっ!!」





 顔を両手の平でおさえて床に転がる神田川。


奴になぎ倒され崩れる撮影機材たち。


状況が把握できずに、呆然自失ぼうぜんじしつの夕原さん。


表情も動きもない眼鏡な僕。






 ただならぬ大音響に、どこからともなく数人の教師たちが駆けつけた。


「神田川先生、大丈夫ですか!? なにかあったんですか? …………なんだ、こ、これはっ!!」


「どうした!? なにがあったんだ?」


「いや、これは……」


美術準備室は騒然とした犯行現場と相成った。


無様に狼狽うろたえる美術部顧問。


恐怖に涙する、か弱き女子高生。


どちらが加害者で被害者なのか、誰が見たって一目瞭然いちもくりょうぜんなことだろう。





 数人の男性教師たちに取り押さえられた神田川は、すぐさま職員室へと連行されていった。


そして残された夕原さんは、女性教師に付き添われて帰宅することになったのだった。


当初の糞顧問は、状況だけで証拠がないと押し通そうとしたらしいが……夕原さんのスマホに、動かぬ証拠通話記録が録音されていた。


このあと神田川がどうなったのか、僕はもちろん夕原さんにもすぐには知らされなかった。

そのまま学校を去ることになったらしいと聞いたのは、あれからかなり後になってからだった。





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