第3話 担任教師が居候することになりまして
「というわけでこれからよろしくね。伊佐敷くん」
「はいはい。で、とりあえず先生がここに住むにあたって何点か決まりごとを決めましょうか」
「えー、めんどくさい」
「めんどくさいってあんたね」
いつの間に持ってきたのか、先生は漫画を読みながらソファーでゴロゴロして完全にくつろぎモードである。
さっきから思ってることだけど、この人素をさらけ出しすぎではないだろうか?
俺の中で学校の池野崎先生のイメージが崩壊してあんたなんて言っちゃったよ。
「いいですか? 先生はうちに居候する身なんですからね?」
「そうね」
「家主の言うことは絶対です。わかりました?」
「はは~ん」
「なんですか?」
読んでいた漫画を置き、悪巧みでもしているかのような表情でこちらを見る先生。
絶対くだらないこと考えてるよ、この人。
「そんなこと言って、伊佐敷くんってばいやらしいことするつもぶへっ⁉︎」
ニヤニヤしながらしょうもないことを言ってきたので、手元にあったクッションを先生の顔面に投げつけてやった。
「先生、次ふざけたら今すぐ追い出しますからね」
「はーい……」
「話が進まないので俺の方からルールを提示させてもらいますよ」
言うと、先生がこくりと頷いたのでルールについての説明をしていく。
「まず、先生の居住スペースですけどこのリビングでお願いします。もう一つの部屋は俺が使いますのでそっちには基本入ってこないでください」
いくら二人で暮らすといってもプライバシーというものがある。
家でくらい落ち着いて過ごしたい。そこだけは自分だけの空間でありたいのだ。
先生に関してはリビングは俺も使うのでプライバシーもないけど……。
その辺は居候している身なので我慢してもらいたい。
「わかったわ。伊佐敷くんも思春期の男の子だもんね」
「ありがとうございます」
何を思ったのか知らないけど、いちいちツッコミ入れてても話が進まないので相手にしない。めちゃくちゃつまんなそうにしてるけど気にしない。
「次ですけど、先生もここに住むなら家事くらい手伝ってくださいね?」
「えっ」
「えっじゃないですよ。それくらい当然じゃないですか。別に全部やれって言ってるわけじゃないんですから」
「そうだけど……私料理とか全然できないわよ?」
「まじですか」
「マジもマジ、大マジよ」
まるで何かを成し遂げたかのように、ふふんと腕を組み応える先生。
いやいや、どや顔で言ってますけどそれ別に誇れることじゃないですからね?
「んと、普段はどうしてたんですかね?」
「大体コンビニで済ますことが多いかしらね。まぁ胃に入っちゃえば何食べても一緒だし」
「はぁ、まぁそういうことなら仕方ないというか……料理は俺が担当しますよ」
失敗したりしたらその後片付けの方がめんどくさそうだし。
「それじゃ先生はとりあえず掃除とかそのへんですかね」
「それくらいならできるわね。伊佐敷くんの部屋の掃除しちゃっていいの?」
「いえ、それは自分でやるんで結構です」
「なーんだ。つまんないの」
「ベランダで寝ます? あと洗濯も自分のものは自分でやってくださいね」
「なんで?」
「なんでって……。下着とかそういうのあるでしょうに」
「別に、居候させてもらってるんだし下着くらい好きにしていいわよ?」
この人は本当に……。いや駄目だ駄目だ。
このままじゃ池野崎先生のペースになってしまう。かといってこのまま流すのも負けた気がする。
「もっと若い子のならともかく、先生くらいの人の下着とか興味ないしどうでもいいんで大丈夫です。先生もちょっと自分の歳考えてくださいよね」
「あははー伊佐敷くん言うねー」
あれ? 俺何か間違えたか?
なにやら先生の表情がおかしい。笑ってるんだけど目が怖い。えっと先生? なんで立ち上がってるんですかね。そんでもってなんでこっちに――
「いだだだだだギブギブ、ギブですって!!」
抵抗する間もなく、先生に四の字固めを決められる。めちゃくちゃ痛い。
痛いんだけど、足の先が先生の柔らかい部分に触れてしまい思い切り意識してしまう。
「どう、参った?」
「参った、参りましたから止めてください!」
「本当に~?」
「本当ですって! マジでこれ以上はヤバいですから!」
主に俺の足に触れてるそれを意識してしまって。もちろん普通に痛みもあるけど。
「謝ったら許してあげよう」
「え、何に対してでイダダダダ」
「年齢の話についてに決まってるでしょ」
「すみませんわかりました! もう言いませんから!」
「よろしい」
「ありがとうございます……」
理不尽すぎる。下着でからかってきたの先生だというのに。
しかし、年齢の話になったら不機嫌になったな。これは先生に年齢を聞いた生徒が消されたという噂はあながち間違いじゃないのかもしれない。
気をつけよ。この人に年齢の話だけはタブーだ。
「それにしても伊佐敷くん、若い子の下着は興味あるんだねー。駄目よ? クラスメイトの下着とか盗んだら。犯罪だから」
「しませんよ! まったくもう……」
「なによ、怒ってるの?」
「怒ってないです呆れてるんです。学校での先生と全然違いすぎて」
敢えて今まで黙っていたが、あまりにも違いすぎる。
学校での池野崎先生と今俺の目の前にいる先生とでは天と地の差だ。
「違うって当たり前じゃない。あっちは仕事なんだから。オフでもあんな感じしてたら疲れちゃうでしょ」
「わかってましたけどね? 素をさらけ出しすぎじゃないんですかね」
「これから一緒に住むのに隠してたって疲れちゃうじゃない」
「いやまぁそうなんですけど」
もっともなことかもしれないけれど、学校での先生にほんの少し憧れていた身としては少々複雑な気持ちになるわけで。
アイドルもう〇こするって知ってしまったときのような気持になってしまう。
……これとは違うか、上手い例えがみつからないや。
「とにかく、さっき言ったことくらいは守ってくださいね」
「守れなかったら?」
「先生の住むところがなくなりますね」
「はーい……」
「それじゃ、もうこんな時間ですし今日は寝ましょう。布団はあまってるのが一応あるんで準備しますね」
「ん、ありがと。それとなんだけど、シャワー借りてもいい?」
「あぁ……そうですね」
言われて気づいた。
先生を見ると、火事の現場にいたせいでところどころ炭で汚れてしまっている。さすがにこのまま寝るのは可哀想すぎるな。
「玄関の右の扉が風呂なんで適当に使ってください。タオル用意しときますんで」
「了解。んー……」
「なんですか」
じーっと俺を品定めするように見ている先生。もう大体次言う言葉を予想できてしまっている自分が怖い。
「一緒に――」
「入りません。ほらさっさと行った行った。入ってる間に布団とかも用意しときますんで」
「つまんないなぁ」
この人はまったくもう……。
何するにしても一度俺をからかわないと気が済まないのだろうか。
それから布団の準備を済ませ、脱衣所にタオルを用意しておいた。
窓の外を見ると空は若干明るくなっていた。
「あがったわよー」
「布団用意しておきましたって、な、なんて恰好してんですか!?」
「何ってこういうのの定番じゃない?」
見ると、そこにはタオルを一枚だけ巻いた先生が立っていた。
「どう? まだまだ全然いけるでしょ、ふふん」
「い、いいから早く着替えてください!」
先生がどうよと何回かポーズを決めて見せつけてくる。
気になって見てしまうのは許してほしい。
女性とほとんど絡んだことがない俺にとっては刺激が強すぎる。
「俺はもう寝ますから! 先生も明日も学校あるんですから早く寝てくださいよ!」
このままではいけないと思い、俺はそこから逃げるように自室へと戻った。
「はぁ……」
今日はいろんなことがありすぎた。
たぶんこの調子だとこれからもっと忙しくなるのだろう。それはそれで悪い気もしなくはない。ちょっとだけだけど。
先生にからかわれ続けるは避けたいし、今後は対策を立てていく必要もあるか。
まぁそういうもろもろは起きたら考えよう。明日はバイトもあるし、今はしっかり寝ておこう。
「伊佐敷くん、起きてる?」
と、そんなことを考えていると隣の部屋からそんな声がした。
ここで反応するとまためんどくさそうなので無視する方向でいくことにする。
「本当にありがとうね。おやすみ」
優しい声がした。
失礼なことを考えた自分を少しだけ恥じる。
「おやすみなさい」
先生に聞こえないように小声で返し、俺は眠りについた。
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