第2話 真夜中の出来事

 家庭訪問があった日の夜。

 俺は先生の対応だったりで疲れていたので、いつもより早い時間に就寝していた。

 異変に気づいたのは深夜。日付が変わったあたりだ。

 外の方から消防車のサイレンが鳴り響いていて、その音で目が覚めてしまった。


「火事か……?」


 大きめの火事なのか、何台かのサイレン音が鳴っていた。


「マジか……あの辺りって確か先生が住んでるって言ってた場所だよな」


 気になってベランダに出てみると、火事の現場はちょうど今日先生が住んでいると言っていた辺り。二階建てのアパートだろうか? 先生の家じゃなければいいが。

 勝手な想像だが先生が住んでそうなのはその隣の高そうなマンションな気がするし、大丈夫だとは思うけど……。


 それから現場に到着した消防車が消火作業を始め、しばらくして火の手が大分収まった。それを見て一安心した俺がベッドに戻ろうとすると、インターホンが鳴る。


「ん、こんな時間に?」

 

 既に朝方に近い時間。こんな時間に訪ねてくる知り合いは身近にいないはず。

 疑問に思いながらとりあえずモニターを覗いてみる。するとそこには画面には先生の姿が写っていた。


「先生?」

「こ、こんばんは、伊佐敷くん。……その、さっきぶり、ね」

「そうですけど、こんな時間にどうしたんですか?」

「とりあえず入れてもらってもいいかな……? 理由は話すからさ。お願い……」

「まぁいいですけど……」


 先生の声はいつもよりトーンが低く、元気がなさそうだった。

 こんな時間に訪ねてくるなんてきっと何かあったんだろう。

 もしかするとさっきの火事関係のことかもしれない。


 鍵を開け、玄関のドアを開けるとそこには先生が疲れた表情でダンボールを持って立っていた。

 モニター越しでは気づかなかったけど服とかボロボロになっているし、顔には炭のようなものがついている。悪い予感が的中したかもしれない。


「あはは……お邪魔します」

「とりあえず上がってください」


 リビングまで来て、家庭訪問の時ににも座っていたソファーに先生が腰を下ろす。


「で、なにがあったんです? まぁ大体予想できちゃいましたけど……」


 とりあえず疲れているであろう先生にお茶を出し、先生の対面に座って話を聞くことに。


「それがね……実は私の家が火事になっちゃってさ、あはは……」

「いや、笑い事じゃないでしょ! 目が思いっきり死んでますし」

「そりゃね? 自分の家が突然無くなったわけだもん、目くらい死ぬわよ」

「まぁそうでしょうけど……とりあえず怪我とかないみたいで安心しましたよ。他に被害とかあったんですか?」

「んー……幸いというか、アパートは全焼しちゃったんだけどね。元々近々取り壊し予定だったのよ」

「そうだったんですか」

「そ、そんなわけであそこに住んでたのも私だけだったのよね」

「ん?」

「どうしたの?」


 火事があったアパートに住んでたのは先生だけ? え?

 それってつまり原因って先生にあるんじゃ。


「ちょっと聞きたいんですけど、火事の原因ってなんだったんですか?」

「あー、たぶんコンセントに埃がたまってた的なかな……」


 やっぱり火事の原因先生じゃん!?


「私もよくわかってないのよね。寝ててなんか熱いなって思ったらもう火が上がってて。とりあえず急いでそのダンボールに入るものかき集めて逃げたから」

「いや、そんなことせずにすぐ逃げてくださいよ」

「だって大事なものだったし。他にも持っていきたかったのあったのよ? PCとか。デスクトップだったから無理だったけど」

「あたりまえでしょうが」


 この人大丈夫? 学校での先生じゃないというか……さっきから話してるとなんかただのダメな大人と話してるような気がしてきたんだけど。

 きっと火事にあって混乱してるんだろう。自分ちが急に無くなったら正気でいられないのもわかるし。というかそうであってほしい。


「それで、ここに来たのはその荷物を預かってくれ的なやつですか?」

「ピンポーン!」


 俺の問いに大正解と言わんばかりのスマイルを向けてくる。さっきまでへこんでいた人とは思えないんだけど。それにその笑顔からなにやら嫌な予感もするわけで。


「というか、私も預かってくれない的な?」


 あっれー? 何言ってんだこの人。


「すみません、意味がわかりません」

「そのままの意味なんだけど。ほら、私住むとこ無くなっちゃったじゃない?」

「火事になりましたしね」

「そうそう、だから家なき子なわけ。だから、ね?」


 ね? じゃないよ、ねじゃ。何ちょっと瞳うるうるさせてこっち見てんですか。


「だからって別にここじゃなくてもいいでしょうに。実家とか友達の家とか」

「実家は東北だし、私友達って言える人あんまりいないし。というか友達の家泊まりに行っても二度と来るなって言われたりするのよね」

「友達に二度と来るなって言われるって何しでかしたんですか」

「さぁ……?」

「さぁって、よっぽどのことしないと言われませんよ普通」

「そんなわけで、ここ以外行くところないのよね」

「なにがそんなわけなんですかね……。てか普通にホテルとかに泊まれば良くないですか?」


 その言葉を待っていたと言わんばかりの先生。

 足を組みなおし真剣な眼差しで俺を見据えていて、いつもの学校での先生を思い出させ――


「そんなお金ないわよ」


 ――なかった。というかダメだこの人。もしかして実は先生と違う人物と話しているのでは?


「えーと、財布を火事でなくしてしまったとかそういうわけでは」

「違うわね」


 そんな真剣な表情で否定されましても。

 大体察してきたけど、もしかしなくても池野崎先生という人は相当ダメな大人だったのかもしれない。

 多分こっちが本性で、普段学校で見てる先生が作られたものなんだ。


「そうですよね。なんとなくそうだろうなって思ってました」

「私、貯金とかしない主義なのよ」

「しましょう? 貯金。そんなドヤ顔で言われても困りますよ。大体してなかったせいでこうなってるわけですし」

「そもそも今月ピンチだったのよ。G1負けたせいで。勝てると思ったんだけどなぁ……」

「G1……?」

「ううん、なんでもないの気にしないで。そんなわけだからお金もないのよね。だからお願い?」


 G1ってなんだっけ? どこかで聞いたことあるぞ……? 

 んー…………あ、そうだよ、競馬だよ。

 え? お金ない理由ギャンブルじゃん。


「えー……もろもろ全部含めて自業自得なのでは」

「む、嫌そうね?」

「普通に考えてくださいよ? 教師と生徒が同じ屋根の下で暮らすとかいろいろマズイですよ。バレたら最悪先生は職失いますよ?」

「伊佐敷くんが秘密にしてればバレないわよ。それに教師と生徒が一緒に暮らすとか漫画だったりでよくあるやつじゃない」

「これ現実なんだよなぁ」

「細かいこと気にしすぎるとモテないわよ?」

「全然細かくないですからね? 一般常識的なこと言ってるだけですから」

「ぐぬぬ……」

「睨んだって駄目なものは駄目です」

「ケチ。いいじゃないこんな広いところで一人暮らししてるんだし」

「それとこれとは別ですって」

「ねぇお願い。寝るとことかもこのソファーでいいから」


 ぽすんと座っていたソファーに横になる先生。

 その姿からはこのまま一歩も動かないという執念を感じる。

 火事で家無くなったのは事実だし、お金がないのも本当なんだろう。このまま家から追い出したら今日は野宿か。というか、お金がないなら新しい家を探すのも当分無理な気がする。

 さすがにちょっと可哀想になってきた。

 でもなぁ。さすがに教師と生徒が同じ家に住むって問題だよなぁ。

 確かにこの辺は学校から結構離れているし、学校関係者にばったり会うなんてことはないだろう。そういう点では俺が黙っていればバレないか。


「伊佐敷くん、お願い! このとおり!」


 ソファーに寝っ転がりながら思いっきりくつろいだ態勢で言われてもどうなんだとは思う。けど、仕方ないか……。


「わかりましたよ……。新しく先生が住むところ見つかるまでですからね?」

「本当? 嘘じゃない?」

「本当ですよ。その代わりちゃんと新しいところ探してくださいよ?」

「オッケー任せておいて!」

「心配だなぁ」

「あ、ただで住まわせてもらうのも悪いわよね。なにかお礼しなきゃ」

「別にいいですよ」

「と言ってもお金も何もないのよね。あ、そうだ」


 何か閃いたのかぽんっと手を叩き先生がこちらを向く。


「おっぱい揉む?」

「え、馬鹿なんです? 何言ってんだあんた」


 本当にこの人大丈夫なのかと既に心配になりながらも、こうして俺と池野崎先生の同棲生活がスタートしたのであった。

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