ハール=グレイドーン:もう一つの始まりかた

大福

銀髪の少女

 ——-もし俺が過去を振り返って物語を書くなら、これはプロローグではない。だが、ここがゼロ地点だ。ここから全てが始まったと俺は断言できる。だからこそ、ここから綴ることにしよう。


 霧が立ち込める中、瓦礫に注意を向けつつ一歩また一歩と歩みを進める。その道は道にあらず、人が歩くには非常に適していない。人に踏みしだかれた跡がなく、岩という岩が転がっている。心に抱くのはなんだろうか、上手く形容できないがただ心臓の鼓動が常態より幾らか早いペースで鳴っていく。ここはアガルタ王国辺境に辺境を重ねたようなところにある洞窟だ。岩山を抉ったような入り口から奥に続いている。道でないといえど、洞穴にこうも空間が続いているとなるとそこには自然の中に人の意思を感じるものだった。


 俺は、意味を求めていたのかもしれない。自分の行為に。それはただの自己満であり非常に虚ろで自分の行為を在るべきものとする理由にはならない。それでも、ただ自分が他人の人生を変えなければならなかった理由を知ってみたかったのだろう。残酷な興味だ。俺は自分がしたことに罪悪感を抱いていない訳ではないが、それでも返すべき温情の代わりとして俺がすべきことだと納得していた。それは無理やり自分の行為を正当化させるためなどではない。仕方がなかったと言えば仕方がなかったが、それは単に必要なことだった。


 洞窟の奥、岩山の中に入っているはずなのに道が歪曲した先に光が見える。疑問符と興味に押されてその光の方向に進み、その歪曲した道の先に足を踏み入れると景色が変貌した。

 

 景色が変わる。それはまさに天変地異だった。洞窟の闇は光に変わり、岩ばかりのろくでなしな道は草原に変わる。聴覚が触覚が嗅覚が視覚がその多彩な変化を捉える。もはや聴覚だの触覚だの嗅覚だの視覚だの区別する以前に体全体でその変化を受け止めていた。そして、見つけたのだ。

 人、いや少女を。


「君が私にとって最初の客かな?」


 その髪は純銀の糸で編まれたように当たっている光に対して光沢を帯びており、その深い蒼の眼はまさに神秘のように落ち着いていて、新海のように雄大だ。一度見ればその深さに吸い込まれるような。肌は病的なまでに白く、そこには美しいとは違うなんとも形容し難い怪しげな美があった。黒いレースワンピースに身を包みこちらに近づいてくる。背丈は俺のみぞおちあたりまでしかなくシルエットにすればただの幼い少女のようだ。だが、幼げながらも凜然とし、そして何より怪しげなその佇まいはただの少女なんかで済ますべきではない。


「こんなところで何を……いやなんでこんなところに……」

 声を発しようと頭がついていかない。


「こんなとことは失礼だなぁ……ここは私の家だよ」

 両手を腰にあて、俺の顔を見るために斜め上を向いてそう反応する。どこかに幼さを感じるが、道端で無邪気に遊ぶ少年少女を見かけたような心情にはなれない。そんな少女を前に疑問符に疑問符を重ねていく。


「……そんなまじまじ見られると恥ずかしいなぁ、幼く見えるが私も立派なレディーだ。まぁ、たまたま足を踏み入れたのかは知らないけど、久しく人に逢えて嬉しいよ。かれこれ四百年は経っていると思うし」


「四百……」

 さらに疑問符が積まれていく。四百年という想像もできない年数を考える前に目の前の存在が人間なのかどうか疑ってしまう。


「……君は一体なんなんだ」

「君は一体なんなんだ、とは随分女性に対して失礼な物言いじゃないか?」

「……」

 言葉は出なかった。非礼を詫びるなんて思考ができるほど俺の頭は空いてなかった。


「……動揺するのも無理はないか。折角こんなところまで会いにきてくれたんだ。君にも知る権利があるのかもしれないな」


 目の前の少女は一方的だ。態度や話がなどではない。存在自体が一方的で俺は話すことも何かを考えることも余裕がなかった。少女は数秒目を伏せて考え耽ったような様子の後、「とりあえず名乗らなければならないな」と呟いた。


「名前……ノルンとでも名乗っておこうかな」


「ノルン……」


 俺が少女の名前を復唱すると少女は振り向く。改めてその容姿を視認するとそれは何とも形容し難く、彼女の美貌を、容姿を言葉で支えきることはできなかった。

「それと、四百年なんて年月人間は生きることはできないから、薄々感づいてるかもしれないけど、私は、人間じゃないよ」


「信じられない?」


 少女——改めノルンはこちらを下から覗き込むようにそう言葉を続ける。俺の様子を見て笑ったようなその微笑みは彼女の持つ美貌以上に俺を引き込ませた。


「そろそろ君の自己紹介も聞きたいんだけど」


「…………」


 言葉を綴ることができない。金縛りに会ったように俺のあらゆる部分が動かなかった。彼女は俺の様子に嘆息しながら近づき俺の額に手を当てる。


「『落ち着いて』」

 暖かく、眩い光。強張っていた筋肉から力が抜けていくのがわかる。

「どう?落ち着いてくれた?」


「……あ、あぁ」


 先ほどと打って変わって自分が驚くほど冷静になり、口も動くようになる。


「私の名前は?」

「……ノルン、さん?」

「ノルンでいいよ。ちゃんと聞こえてはいたんだね。じゃあ君の名前は?」

「……ハールだ。ハール=グレイドーン」

「ハールと呼んでもいい?」

 少しずつ会話を重ねていく。

「あぁ、構わない」

「ハール 、改めて歓迎したいんだけど、私も人に会うのは久しぶりなんだ、君の話を聞かせて欲しい」


「君がここに何故至ったのか、聞かせてくれないかな?」

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