レンタル彼氏が元カレだった件⑧
だがエスコート精神で言ってくれているのは分かったため、強引に断ることもできない。
「うん? ・・・あぁ、お金は取らないよ?」
「いや、そうじゃ、なくて・・・」
「僕が、まだりぃちゃんと話したいっていう我儘なんだけど・・・」
その言葉はズルいと思った。 単なるエスコートだと分かっていたとしても、嬉しかった。
―――でも駄目、ここで折れたら。
このままだと戻れなくなってしまう。 それは惨めで仕方がなかった。
「ごめん。 私、この後に行くところがあって」
「・・・そっか、分かった。 気を付けて帰ってね。 じゃあね」
梨生奈の頭を優しく撫でると、それ以上は何も言わずに去っていった。 ソウと別れた瞬間堪えていた涙が一気に溢れ出た。
―――終わった・・・。
―――これでもう、颯人とは会えないんだ。
―――最後まで“梨生奈”って呼んでくれなかったな・・・。
―――仕事だから当たり前って分かってはいたけど、やっぱりキツい・・・。
泣いていると携帯が鳴った。 見てみるとソウからのメッセージで、仕事用の連絡先で送られてきたものだ。
『りぃちゃん、本当に今日はありがとう! 泣いている姿も可愛かったけど、やっぱりりぃちゃんには笑っていてほしいな。 無理はしないでね。 幸せな時間を僕に与えてくれてありがとう』
仕事の時間が終えた今でも優しく接してくれ、嬉しくて胸が痛む。 同時にまだ仕事モードの彼に少しモヤモヤもした。
―――・・・泣いていても仕方がない。
―――優しく背中を押してくれたから、私も頑張らないと。
―――颯人、今までありがとう。
―――・・・そして、さようなら。
心の中でそう呟くと涙を拭いてここから離れた。 駅へと向かおうとするが、流石に海でライトアップされていることからカップルが多い。 騒動にならないよう、暗くて細い道を選び歩いていった。
―――この一週間、心がやられて何もできなかったけど、新しく何かを始めようかな。
―――得意な歌とダンスを生かすことができたら、丁度いいんだけど・・・。
―――でも流石に評判の悪い元アイドルだから、誰も雇ってくれなかったり?
―――・・・あぁ、駄目だ駄目だ、悪いことを考えちゃ。
そのようなことを考えながら歩いていると、背後から呼び止められる。
「あ、あの」
「はい?」
振り向くと一人の男が立っていた。 顔は暗くてよく見えないが、何となく声に聞き覚えがある。
「あの・・・。 リオちゃん、だよね・・・?」
そう言いながら少しずつ近付いてきた。 体系は小太りで頭にはハチマキを巻いている。 チェックの服をジーパンにインさせ、リュックを背負っていた。 おまけに眼鏡付きだ。
一発でオタクだと分かる容姿。 梨生奈からしてみれば見慣れた人種ではあるが、夜に個人と個人で遭遇するのはあまり喜ばしくない。 しかも今の梨生奈はアイドルではなく元アイドル。
スキャンダルの渦中にいることを理解している。
「・・・もしかして、田中さん?」
「そ、そう! 憶えていてくれたんだ、凄く嬉しい・・・」
毎回ライブでは最前列を取って見にきてくれるファンの一人だ。 ファンクラブの一桁台の会員で、握手会の度に名乗られるため名前も憶えていた。
特別これまで彼に悪感情を持ったりはしていなかったが、流石に今の雰囲気では気持ちが悪かった。 田中は嬉しそうにカタカタと揺れている。 それが余計に不気味だ。
「・・・えっと、どうしたんですか?」
恐る恐る尋ねると彼は表情を一変させた。
「リオちゃん、どうして僕たちを裏切ったの?」
すぐに事務所解雇の件だと悟った。
「あ、ごめんなさい。 あれは、私の不注意で・・・」
慌てて頭を下げる。
「ずっとずっとリオちゃんを信じて応援し続けていただけに、物凄くショックだったよ。 恋愛禁止だから僕にもチャンスがあると思ってた。 いや、僕ら全員の希望を裏切った!」
「本当に、ごめんなさい・・・」
下手な言い訳はできない。 だから頭を下げることしかできなかった。 それが決定的な隙に繋がってしまう。
「僕、許さないから。 これはリオちゃんのためでもあるからね!」
「え? ちょッ・・・!」
そう言って田中は突進してきた。 鈍足ではあるが、流石の体重差に梨生奈が耐えられるはずがない。 衝撃と共に身体が宙に浮き、そしてそのまま意識を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます