レンタル彼氏が元カレだった件⑦




時間が経つのはあっという間だった。 ここ数日気の休まることはなかったし、楽しかった記憶なんて全くと言っていい程ない。 ただ話すだけでも幸せだった。 

カラオケだというのに互いにほとんど歌っていない。 梨生奈がアイドルだということもありリクエストはあったが、アイドルだった頃のことは思い出したくないため断った。 

それでソウも察してくれたのかもしれない。


「あ、そろそろ時間かな。 どうする? 延長する?」


そう言われ携帯で時間を確認する。


―――19時過ぎ、かぁ・・・。

―――もう外は暗いだろうし、騒ぎもおさまっているだろうから大丈夫だよね。


「ううん。 もう出ようか」

「分かった」


タイミングよく電話が鳴り、ソウが話しているうちに梨生奈は帰る支度をした。


―――もうソウさんと一緒にいられるのは一時間もないんだね。


折角楽しい時間を過ごし始めていたため残念に思う。 カラオケを出ると最終目的地予定だった海岸沿いまで急いだ。 電車を使うことになるが、そう遠くはない。 

混み合う電車に梨生奈は自分の待遇のよさをしみじみ感じていた。 辿り着く頃にはすっかり日は落ちてしまっている。 だが夜の海は涼しい風が吹いていて心地よかった。


「今日はありがとう。 りぃちゃんとたくさん話せて、嬉しかった」

「こちらこそ。 でもごめんね、騒動に巻き込んじゃって・・・」

「いいよ。 普通は経験できないことだから、新鮮だったし」

「・・・」


―――初めて謝ることができた。

―――颯人には、一言も謝れなかったから・・・。


「ねぇ、りぃちゃん」

「うん?」

「今日、りぃちゃんのことをたくさん知れたんだ。 りぃちゃんは物凄く頑張り屋で、人一倍の努力家なんだって。 だからこそ嬉しかった。 カラオケで、素直に涙を見せてくれた時が」

「ッ・・・」


―――また、泣かせに・・・。


「そんなりぃちゃんを見て、僕は思った。 僕もりぃちゃんに負けないよう、毎日を頑張らないといけない。 僕に力をくれたんだ。 だから・・・」


グッと距離を縮められ背筋をピンと伸ばす。


「これからも、僕だけに涙を見せてください。 そして今までファンに向けていた笑顔を、これからは僕だけに向けてください。 りぃちゃんが輝いていける道を、僕が照らし続けるから」


そう一息で言うとソウは大きく息を吸った。


「・・・僕と、結婚してください」

「ッ・・・」


―――け、結婚!?


その真剣な表情に慌てたが、レンタル彼氏を申し込んた時のことを思い出してしまい夢から醒めることになる。 これは自分がリクエストしたものなのだ。


―――・・・本当は颯人に言ってほしかったプロポーズ。

―――でもソウさんに言われたから、これでもいいのかな・・・?

―――よく分からない、複雑だけど・・・それでも嬉しい。


「ありがとう、ソウさん・・・」


深く頭を下げ差し出しているソウの手を優しく握った。 するとそのまま引き寄せられ、そのまま抱き締められる。


「わッ!?」

「こちらこそありがとう、りぃちゃん。 大好き」

「ッ・・・」


―――駄目、ここで泣いたら・・・!

―――ソウさんに、迷惑をかけるだけだから・・・。


また彼の口からそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。


「・・・私も、大好き」


そして梨生奈も抱き締め返した。 その瞬間、周りが一気に明るくなる。 20時の合図としてライトアップされたのだ。 ライトアップされてから数秒後、静かにソウは離れていく。 

もうこの時間は終わりなのだ。


「今日は本当にありがとう。 とても楽しかった」

「こちらこそ」

「よかったら駅まで送らせて」

「え? あ・・・」


折角ソウと別れる覚悟ができたのに、駅まで付いてこられるとまた心が揺らいでしまうだろう。



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