レンタル彼氏が元カレだった件⑥
あれこれと思い悩んでいるうちに、カラオケへと到着した。 予約していたためすんなりと部屋に通される。
「ここなら大丈夫。 僕、飲み物を取ってくるよ」
「あ、なら私が! ソウさんに何でも任せきりっていうのも」
「また騒動が起きてほしいの?」
自分一人が出歩けばカラオケであっても、またすぐに騒ぎになり店に迷惑がかかるだろう。 寧ろ歌を歌う場であるカラオケではより大きな騒ぎになる可能性が高い。
梨生奈は歌唱力を売りにするタイプのアイドルではなかったが、グループとして曲も出しているため歌うことは好きだった。
「じゃ、じゃあお願いする・・・」
「うん。 りぃちゃんは待ってて」
何度彼の優しさに助けられたことだろう。
―――・・・やっぱり聞こう。
―――私が梨生奈だって本当に気付いているのかどうか。
―――それだけ分かればいい。
―――・・・それ以上は、何も望まない。
気持ちを落ち着かせていると、二つの飲み物を持ってソウが戻ってきた。
「ありがとう、何から何まで」
「気にしないで」
ソウが隣に腰を下ろしたことを合図に単刀直入に尋ねてみる。
「ねぇ。 ・・・颯人、だよね?」
「・・・違うよ? 俺はソウだよ」
―――何、今の一瞬の間は!?
否定する前に僅かだが沈黙があった。 それが気になって仕方がなく、ここで引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、私のことは知ってる?」
「うん。 元アイドルの、リオちゃん・・・だよね」
気まずそうにそう言った。 アイドルだったということはやはり気付いていたのだ。 颯人本人なら自分が元カノの梨生奈だと気付かないわけがない。
―――・・・もしかして、そっくりさんはソウさんの方だったりする?
―――いやでも、今私の目の前にいるのは颯人。
―――それは絶対に間違いない。
―――繋いだ時の手の形や固さ、大きさは颯人と全く同じだった。
―――それに隣に並んだ時だって、あの身長差は私と颯人そのもの。
―――今着ている服は見たことがないけど、明らかに颯人が好むような爽やかなファッション。
―――だから、ソウさんは絶対に颯人なんだ。
だけど次の彼の一言でまた梨生奈は崩れ落ちる。
「大変だったね、今まで。 一人でずっと考え込んでいたんじゃない?」
「・・・え?」
思っていた返しと違った。 元カノの梨生奈だと気付いて言ってほしかった。 だけど彼の口から出た言葉は、アイドルだったリオを労わるような言葉だったのだ。
「ファンからはたくさんの罵声を浴びせられて。 同じグループの子たちからは、仲間外れにされて。 よく今まで耐えてきたね」
「・・・うん、そう」
「偉いよ、りぃちゃんは。 本当に強い子だ」
そう言って頭を撫でられたが、梨生奈はとても複雑な気持ちだった。 ソウは完全に梨生奈を赤の他人として見ていることが分かったのだ。
寧ろ梨生奈との過去をなかったことにしようとしているのかもしれない。 自分が梨生奈だと認めてくれない彼に悲しくなったと同時に、嬉しさも憶えた。
今まで誰にも言われてこなかった言葉をソウが初めて言ってくれたのだ。 正直家族はアイドルを辞めたことに本気で残念がっているため、今のところ頼れる存在ではない。
寧ろ『颯人と別れたのだから全力で謝って復帰させてもらえ』と言われる具合だ。 梨生奈の目からは気付けば涙が溢れていた。
「ソウ、さん・・・ッ」
「無理して泣くのを我慢しなくてもいいよ」
「うぅッ・・・」
優しい表情を見せるソウに我慢できず、思わず抱き着いてしまった。 後から“しまった”と思ったが、ソウは拒否したりはせずそのまま受け止め抱き締め返してくれた。 彼の温もりが更に涙を誘う。
―――その言葉、本当は颯人に言ってほしかった。
―――・・・ううん、颯人の時に言ってほしかった。
―――でもどうしてだろう、凄く嬉しくて涙が止まらない。
―――私はこういう自分を認めてくれる存在が、最初からほしかったんだ。
しばらく梨生奈は泣いていた。 ソウが背中をトントンと優しく叩いてくれ、そのリズムが心地いい。 二人は外の騒動がおさまるまでカラオケルームで過ごすことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます