第8話「娼館の館主」
「皆さんはどこから来たんですか?」
先ほど、ゴブリンの洞窟から助け出した女性、ネドカイが3人に聞いた。
ネドカイはゾーレがゴブリンに連れてこられ、最初に話しかけてきた女性だった。
服はボロボロだったが、艶のある紫色の髪の毛がきれいなショートカットに整えられていた。
一行はネドカイの案内でゴブリンキングがいるという王座の広間へと向かっていた。
助けてもらった御礼にネドカイは3人の仲間に加わっていた。以前、ネドカイはゴブリンキングの慰み物とされた時に王座の間へ連れていかれたらしく隠された道を知っているのだった。
デリトはネドカイから聞いたゴブリンキングの生まれや特徴からゴブリンキングが異世界転生者であることを見抜いていた。
既に先ほどの洞窟にいたゴブリンたちは始末し、デリトは女性たちを外に逃がしていた。
「あー、」
ゾーレはネドカイの質問の返答に困った。
洞窟での会話からするとこの異世界ではゴブリンのことをあまり知らないゾーレは不思議に思われるようだった。返答次第では不審に思われかねない。
「遠くから旅をしてきたんだ。君は?」デリトがネドカイに聞く。さらりと交わしながらうまく相手にしゃべらせるような手だった。
「・・・私はジグライの村です。・・・ゴブリンたちとの戦いで今は無くなってしまいましたが・・・」
「そうか、それは災難だったな・・・。」
デリトは遠くを見た。ジグライの村は知らないが、これからこの異世界を探っていって亡くなった人たちを弔おうかと思った。
様々な異世界を渡り歩いてきたが、異世界転生者によって虐殺された人々は数が知れなかった。
「・・・今でも思い出します。村の男は惨殺され、女たちはゴブリンたちに捕まって・・・それからはこのゴブリンの地下砦に連れてこられて、毎日地獄のようでした。・・・あの時、助け出されるまでは。」
ネドカイはつらい記憶を思い出したようで、うつむいてそこで言葉を切った。
ゾーレはマッチルカンに連れ去られそうになったことやゲババービのいやらしい笑みを思い出し、ブルっと震えた。
「そ、それにしても良かったすねぇ~デリトの兄貴が助けに来て!ゴブリンキングなんて直ぐにボコボコにしちまいますよ!」
ボッチェレヌが重たくなった空気を払拭すべくわざとらしく明るい声を出した。
「・・・ええ!本当にありがとうございます。これで私は今の状況から抜け出すことができます!先ほどの洞窟、ゴブリンの間では娼館なんて呼ばれていたらしいのですが・・・マッチルカンやゲババービはそこの主のように牛耳っていました。」
「娼館?」ゾーレが聞いた。
「・・・娼館とはな、金を払って男の性的欲求を満たすようなところだ。男用でなく女用の娼館がある場所や時代、世界もある。それにしても先ほどのところはとても娼館には見えなかったが・・・」
デリトがネドカイを見る。
「ええ、その通りです。娼館とは名ばかりで、ゴブリンたちが周辺の村々から攫ってきた女たちを閉じ込め、いたぶるための洞窟です。」そう言うとネドカイはまた涙を流した。
「・・・そうか。すまなかったな。・・・それにしてもこのゴブリンの地下砦は広いな。」デリトは気まずそうに頭を掻いた。
前世ではまぁまぁなコミュ障で人と接するのが苦手なデリトは話を逸らす以外に方法が思い浮かばなかった。
「ええ、ゴブリンの王様、”キング”が山を掘らせて本拠地として作らせたそうです。・・・そういえば、この間この砦に侵入した人間族の反乱分子がいたらしいんですけど、砦が広すぎて迷ったあげく捕まってしまったとのことでした。
「人間族の反乱分子?」
「はい。確かゴブリンキングに歯向かうレジスタンスのリーダーって聞きました。計画を練って、スパイまで使ってこの砦の地図を手に入れたのに、幹部しかしらない隠し通路があるのを知らなくて捕まったって。
どうやら”キング”は用心深いみたいで、本当に信用している幹部にのみ隠し通路を暗記させているとか。」
「隠し通路か。今入って通ってきているこの道がそうか?先ほど、岩壁の影から入って来たが・・・。」
「・・・はい。・・・私はいつか逃げ出そうと思ってたので娼館にきたゴブリンたちにこっそり聞いて入口を覚えていたんです。・・・あ、これは・・・」
ふと、ネドカイが何かに気づいたように立ち止まった。
「どうした?」
「これはゴブリンたちの緊急連絡用の印です。」掲げてある松明の下の壁に木の棒で模様が書かれていた。
「うん。木の棒か何かで壁を掘られるように書いてあるな。どういう意味だ。」
壁に掲げられている松明の下に×印が彫られていた。
「確かこれは・・・”侵入者あり”の意味です!おそらく逃げたゲババービが残していったものでしょう。撹乱するために意味のない印に書き替えますね!」
そう言うとネドカイは急いで印の周りを○で囲み、書いてあった印の上に×印を書き加えた。
「ナイスアイデアっすねネドカイ!」ボッチェレヌが親指を立てた。
ボッチェレヌの言葉と表情にネドカイは少し恥ずかしそうに笑った。
その頃、ゲババービはふらふらと王座の間への隠し通路を歩いていた。
ちょうどデリトたちの先を行っていた。
侵入者が恐ろしく急いで走って来たがためにぜぇぜぇと息をしていた。
もともとゲババービは頭脳だけでのし上がってきた類いで体力がある方ではなかった。
「・・・”キング”に何を褒美でもらおうか・・・。いや、」
ゲババービは侵入者の詳細を報告することでゴブリンキングから褒美をもらおうとしていた。
今までの人間族の侵入者とは比べ物にならないほど強く、何かが違うようだった。
人間族やエルフ族は協定を結んだ後もレジスタンスを名乗る反対派がゴブリンキングの反乱分子として残っていたが、”キング”の真の恐ろしさを長年にわたり知るゴブリン族には理解のできないことだった。
「しかし、このゴブリンの地下砦や娼館にまで侵入者を許したとあっては、キングはお怒りになるのでは・・・」
ゴブリンキングの恐ろしさは全ゴブリンはおろか、この世界の全てが知るところだった。
性格はもちろん”キング”の”権能”が恐るべきものだったからだった。
ゲババービはもともと青い肌をより青くしていた。
「ど、どうすれば・・・。だが、だが、こうなったら・・・。」
青ざめたゲババービは立ち止まり、目の前にある二手に分かれた道を見つめた。
それから数分後。
先ほどゲババービが通った二手に分かれた道のうち、右手の道をある程度進んだところでネドカイは立ち止まった。
「そろそろ王座の間への隠し扉があるはずです。」ネドカイがひそやかに3人に告げた。
これまでいくつか”侵入者あり”の意味があるという印があったが、その全ての上に×を描いて〇で囲むことで意味のない印にしていたのだった。
先ほどまで後ろの方でゴブリンたちの声や甲冑の音が聞こえていたが、段々と音がしなくなっていたのでネドカイの策通りうまく追っ手の足を止めているようだった。
「隠し扉!?」ゾーレが驚いてネドカイに聞いた。
「静かに!彼らはもう娼館の奴隷たちが逃げ出したことは察知しているでしょうが、まだ私たちの動きには気づいていないはず。」
しっ、と口に指を当ててネドカイが周りを見渡した。
「ご、ごめんなさい。」ゾーレは少し大きい声を出したことを反省した。
「さっきの二手に分かれた道のうち片方は外へつながる隠し通路らしいですが、こちらはゴブリンキングのもとにつながる道。まさか私たちが自らゴブリンキングのもとに行こうとしているなんて誰も思っていないでしょう。今がチャンスです。」
ささやく声でそう言うとネドカイは歩き出した。
と思いきや、ネドカイは何かにつまづいて転んだ。
「きゃっ!」どたんとネドカイが松明の明かりの届かない暗がりに尻もちをついた。
「ちょ、静かに・・・」ボッチェレヌが驚いて口に指を当てる。
「す、すみません・・・えへへ。」ネドカイはしっかりしていそうだったが、どこか抜けているようだった。
「大丈夫か?ネドカイ。」
「・・・い、いえ、大丈夫です。」
デリトが手を差し出すと、ネドカイはその手を少し見つめたが手は取らず、少し戸惑ったような表情をしてふらつきながら立ち上がった。
「確か、ここだったような・・・」ネドカイが一見何もなさそうな岩壁を探ると、ガコンという音がした。
かと思うと、そのあとはゆっくりと音を立てずに隠し扉が横に開いた。
4人が隠し扉をくぐるとそこは王座の広間だった。
中でも、4人がいるのはゴブリンキングが座っているであろう、王座の真後ろにあたる部分のようだった。
「デリトさん。王座にゴブリンキングが座っているはずです。・・・彼の弱点は背中だと聞いたことがあります。こっそり後ろから攻撃しましょう。」
「・・・なるほど。<静かなる侵入者サイトサイレンサー><実体なき姿イリュージョンイルミネイト>」
デリトは2つの呪文を呟いた。見た目には何も変わっていないように見えた。
「それはどんな呪文なんですか。」ネドカイが聞いた。
「ふふふ、説明しよう・・・!それは、ぶぐふ!」
ボッチェレヌが説明しようとするとデリトが素早く口をふさいだ。
「・・・足音や気配を消す魔法だ。敵からの姿も多少見えづらくする。ゾーレたちはここで待っていろ。あと、ボッチェレヌは絶対に黙ってろ。」
デリトは静かに説明すると慎重に王座へと向かった。
ゾーレとボッチェレヌは気を付けながら王座の間を覗き込んだ。
王座の間は絢爛豪華な装飾で埋め尽くされ、野球スタジアム並みの広さを誇っていた。
しかし、デリトがのぞき込むと肝心のゴブリンキングは王座には座っていなかった。
「ここが王座・・・?誰もいないな。」デリトは後ろを振り返った。
すると突然、王座の後ろに隠れていたネドカイがゾーレの背後に周り、後ろ手に縛りあげた。手にはいつのまにか短剣を持ち、ゾーレの首元に当てていた。
「皆さん、動かないでください。この娘コ、死にますよ。」
ネドカイの顔は先ほどまでの優しい表情ではなく、暗く険しい表情をしていた。
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