第7話 「最弱のはずのゴブリンだけど、なぜか最強の救世主になりました。」
「次だ。」
巨大な王座にちょこんと乗った”キング”ことゴブオは必死に報告しているゴブリンを顎でくいっと出て行くように促した。
そのゴブリンはゴブオの連絡係の1匹で名をノギャギャといったが、人間族の言葉を喋れるわりに頭は悪く、いつも報告の要点が良くわからなかった。ゴブオは前世での部下だった使えない若手社員を思い出していた。
とはいえ、さすがに通常のゴブリンたちよりかは遥かに使える。
顎で出ていくようにゴブオに言われたノギャギャはいつものようにうなだれて、次のゴブリンへと”キング”の報告の席を譲った。
「はあ、どいつもこいつも使えない。」
”キング”やゴブリンキングと呼ばれ、今や全てのゴブリンやホブゴブリンのほかあらゆるモンスターの頂点に立つゴブオは大きなため息をついた。
ゴブオは前世では飯野屋 雅樹郎という名前だったが、何者かに後ろから刺殺され異世界転生してきた。
それまでは多少辛いこともあったが順風満帆な人生だったために、それが唐突として絶たれ、ショックが大きかった。
妻もいて、男女3人の子供もいた。
仕事は世界に名だたる大企業の営業本部長で、若い部下からも慕われていた。
死んでしまっては前世の信頼関係などあってもしかたがないが、神の思し召しで、この異世界で転生することができた。
しかし、不運は重なり、ゴブリンの虐げられているこの世界にゴブリンとして生を受けてしまい、さらに悪いことに生まれたのが人間の家だったのが飯野屋 雅樹郎―後にゴブオと名付けられる男―の人生を運命づけた。
この異世界のゴブリンはオスしか生まれず、さらに繁殖の意思が強く、性欲も強いため人間やエルフなど他の種族のメスを攫い、子供を作らせる。
母親が人間であろうと、他の種族であろうと父親がゴブリンなら子供は全てゴブリン族のオスとして生まれてくる。
基本的にはゴブリン族に攫さらわれてしまうと、女性たちはもといた種族の元へ戻れる可能性は低い。
ただし、攫われてしまっても、時に人間やエルフなど同族の手によって助け出されることがある。
攫われてゴブリンを身篭ったものの、人間族に助け出された、そんな女性からゴブオは生まれた。
通常、そんなゴブリンは珍しく、いたとしても産まれてすぐに殺されてしまうが、自らの子供を死なせたくないと母親は懇願し、ゴブオと名付けられ、村で育てられることになった。
しかし、母親は育てることは拒否し、産まれてすぐにゴブオは孤児院へ預けられた。
最初こそ人間の子供と同じように育てられたが、やがて、ゴブオは村の人々や孤児院に敬遠されるようになった。
唯一、手を差し伸べてくれる村の女の子と両想いになったものの、ゴブリンはオスとしての成長が異常に早く、ついにはゴブオは性欲が抑えられずその女の子を道端で襲ってしまった。
8歳ごろだっただろうか。
襲いかかっている際に村の大人に見つかり、斧で切りつけられながら命からがら逃げたゴブオはさまざまな街を逃げ回ったが、人間族に虐げられ、やがて深い森へと逃げ込んだ。
そこで自分と同じゴブリン族と出会った。
もともと知能の高くないゴブリン族の中にあって、人間族の基準でも知能の高かったゴブオはその才覚を表すことになった。
転生前に学んだ現実世界での知識や組織運営のノウハウを活かすことでゴブリンとして生を受けて25歳となった時に、主なゴブリン族の頂点に立っていた。
彼はこの異世界の人間を憎み、ゴブリン族の下克上を狙っていた。
100年前までこの異世界はゴブリンたちのものだったが、ゴブリン族の奴隷だった人間族の大反乱によって転機が訪れた。
後に”救世のハーフエルフ王”と呼ばれる人間とエルフのハーフの魔法使いによってゴブリンたちは言葉がうまく使えないようになったり、弱体化が繰り返された結果、ゴブリンは世界でも最も弱い存在となってしまっていた。
弱体化の影響でゴブリンはそれまで最弱の種族だったはずのスライムよりも弱くなっていた。
結果としてゴブリンたちは労働のための奴隷にされたり、山奥へ追いやられていた。
そんな中、前世での営業本部長の経験を活かし、ゴブリン族を統括していたゴブオはとある忘れ去られた遺跡で”救世のハーフエルフ王”が唱えたとされる弱体化魔法の根源を見つけ出した。
彼は前世の現代での知識を総動員させて、かつての戦争で失われたゴブリンの真の力を取り戻す方法を見つけ出した。
やがて、徐々に全てのゴブリンたちの力を取り戻したゴブオは、普通のゴブリン族だけでなくホブゴブリンやゴブリン亜種など全てのゴブリン族の王として君臨した。
力を取り戻したとはいえ、ゴブリン達はどうしても頭がよくなかった。しかし、ゴブオは彼らをとりまとめ、軍を編成した。
人間族への反逆の狼煙として手始めに自分の生まれ育った村を焼き払った後は、ゴブリンたちの数を活かし、人間の村や王国を滅ぼしていった。
オーク族やアンデット族など他のモンスターたちも憎き人間族と戦うためゴブリン軍に加わった。
戦いの中、100年前に死んだはずの”救世のハーフエルフ王”が実は生きていて、陰で人間やエルフを操っていたことが判明した。
ゴブオは異世界転生者としての”権能”やチートステータスを駆使することで”救世のハーフエルフ王”を滅ぼすことに成功した。
ついにはゴブオ率いるゴブリンと魔族の連合軍は人間族とエルフ族を打ち倒し降参させた。
ゴブリン連合軍と人間エルフ軍とはお互いに和解することになった。
和解する際にゴブオは前世の会社でのM&AやTOBの経験などを活かし、ゴブリンに有利な条件で和解をとりまとめることができた。
ゴブリン族に人間やエルフの性奴隷を定期的に供給、他のオークなどの種族は兵力としてオスを供給させるなど、軍事的に各種族を守りながら、ゴブリンの繁殖を促すようにしたのだった。
それが5年前だった。
ゴブオは今やこの異世界の全種族の”キング”として君臨し、30歳になっていた。
「キング、娼館の館主より連絡が入りました。」人間族の部下が王座の間に入ってきて、報告を行った。
やはり、ゴブリンだけでなく他の種族をいれたのは正解だった。
オーク族は体が強く、エルフ族は魔法が得意で、人間族は力こそ他のモンスターに劣る部分があるものの、他の種族よりも群を抜いて高い知能を持ちえていた。
「館主?」ゴブオは頭の中で娼館の館主の顔を探った。
「ああ、アイツか。アイツは使えるやつだ。色々な意味でな。」ようやく思い当たったが、少し時間がかかった。
「アイツがどうかしたのか。」娼館はゴブリン族のみが利用できる場所で、一般のゴブリン族がよく利用しているらしい。
ゴブオは専有している娼婦が大量にいるので一回も行ったことがなかったが、娼館はゴブリン族の中でもかなり人気だと聞いたことがある。
娼館を作ることを指示したのはゴブオで、今まで襲うしか能のないゴブリンたちに管理することを教えたことで鼻高々だった。
館主や大幹部たちに娼館には襲って奪ってきた他種族は入れないようにしっかりと指示を出していた。
ゴブオは前世での組織運営の経験から、友好的な駆け引きや部下の管理には圧倒的な自信を持っていたのだった。
「はい。館主によれば、娼館に侵入者が入ったとのことで、マッチルカン様が倒されたそうです。」
「何!あのマッチルカンが!?」
奴はオークにも負けないくらいの怪力だったはずだ。大幹部歴もかなり長く、人間や他種族との戦いにはなれているはずだった。
「ええ、報告によればいきなり入ってきた黒髪の人間族に蹴り飛ばされて娼館の岩壁にめりこんだそうです。」
「蹴り飛ばされて・・・。」
人間族でそこまでの怪力があるような者などいるとは思えなかった。エルフ族の補助魔法でも使ったのだろうか。
「他にもダークエルフのような魔族らしき少女、うす汚い毛玉のようなモンスターを引き連れているとか。」
「・・・なるほど、館主は無事か。」
「ええ、無事なようで、こちらに向かっているとのことです。例の侵入者もこちらに向かっているようですが・・・。どうもキングのことを存じ上げない人間族のようで、変ですね。まだ、こちらが侵入に気づいたことは気づいていないはずとのことでした。」
「・・・そうか。侵入に気づいたことは気づいてない、ねぇ・・・。つまり侵入者は密かに迎撃することも可能ということだ。」どうやら久し振りに面白いことになってきたようだ。最近は種族間の抗争も平定してしまい、さまざまな種族のメスをいたぶることくらいしか楽しみがなかっただけに良い報告かもしれない。
「キング、いかが致しましょうか。」
「ふむ、私のことを知らないのだろう?それが本当かどうかはともかくとして、こちらのことを知らぬことは好都合だ。罠にかけてやれ。秘密裏に近衛兵たちを呼び寄せよ。この王座の間に潜ませろ。情報がもれぬよう館主にのみ知らせよ。」
「はっ!かしこまりました!キング。」人間族の連絡係はそういうと闇の中へ引き下がった。
「くくく、”キング”か・・・良い響きだ。」
ゴブオはぼんやりと呟いた。ゴブオは人間族につけられたゴブオという名前を嫌い、キングと部下たちに呼ばせている。
「は・・・?」側近のひょろ長いゴブリンが戸惑った顔をしている。ゴブオのつぶやきが聞こえたようだ。人間よりかは馬鹿なやつだが、幼い頃から育ててきたため忠誠心という意味では人間より使える。
「気にするな。前世での”本部長”などよりも良い響きだと思っただけだ。やはり組織に属するのと、組織を率いるのは違うな・・・。」
「はぁ・・・?」 ひょろ長ゴブリンは何一つ理解できていないようだ。
「くくく・・・くくくく・・・!」巨大な王座の間にはゴブオの卑しい笑いだけが響いていた。
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