第3話「魔王の娘」
「え・・・?あ、ああ。はい。」
デリトは間の抜けた声を出した。
デリトには魔王の娘の真意が見抜けなかった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい沈黙の時間が流れた。
「ところで」
沈黙を破り、ボッチェレヌが声を出した。
「お嬢さんはお名前は?」
「・・・私はゾーレ。ゾーレ=ペリテット=マクスガム。さっきブラックウィンドに・・・倒されてしまった・・・魔王の娘です。」
ゾーレは少し焦りながら魔王の娘であることを明かした。殺されてしまったと言おうとしたが流石に自分の親が殺されてしまったとは認めたくなかったのだろう、倒されてしまったとは本来の事象に比べて少し抽象的な表現だった。
それが逆に彼女が本物の魔王の娘だと真実味を帯びさせていた。
「・・・なるほどね。君は魔王の娘だから、魔王の仇であるブラックウィンドを殺した俺に感謝、と。」
デリトにも納得がいった。敵ではないだろう。デリトは構えかけた銃から手を離した。
きっとブラックウィンドが魔王軍を倒してきた間、魔王や魔王の娘たる自分自身も殺されてしまう可能性があることは想定していたのだろう。
親を殺された深い怒りや悲しみは読み取れるが、気持ちを強く保っているようでまっすぐなまなざしでデリトを見つめていた。
「そうです!もしよかったら・・・」
「ああ、その気持ちだけもらっとくよ。ありがとう。さようなら。」
ゾーレが何か言いかけたが、デリトはそれを無視してくるりと振り向き歩き出した。
ブラックウィンドを殺すことがこの異世界での仕事なのだからデリトは礼を言われるようなことはしていないと思っていた。
何より、なんとなくだが、魔王の娘ゾーレにはデリトにとって少し苦手と感じる何かがあった。
「えっ・・・」
「あ、ちょっと旦那ぁ・・・!」
ボッチェレヌが引き留めようとするが、デリトは無視した。ゾーレは茫然と立っている。
「・・・良いんですか?旦那。」
ふわふわと空を飛んで後をついてきたボッチェレヌが心配そうに聞いてくる。
「ああ、次の異世界へ行く用意をしろ。きっともうすぐウルレカッスルが現れる。」
デリトはボッチェレヌの質問には答えず腕時計で時間を確認した。
どんな異世界でも同じ時刻を刻む腕時計だった。転生の女神から授けられし品で、どんなダメージを受けても内部の機械には影響を及ぼさなかった。
たいていは異世界で転生者を抹殺して一時間程度で”反逆の女神”ウルレカッスルは毎回現れる。
「なんだかこの異世界で過ごす時間が長かったからか久しぶりですよねー。ウルレカッスルの姐さんに会うのが。楽しみだなぁ!」
「フン、あの腹黒女神に会うのが楽しみとはね。」
小馬鹿にしたようにデリトは鼻を鳴らした。
「何ですかー?旦那は女神の姐さんが嫌いなんで?自分も腹黒じゃないっすか、”同じ穴のむじな”っていう言葉があって・・・」
「うるさいぞボッチェレヌ。むじなといえばお前がまさにむじなっていう感じの見た目だな。というよりお前が一番腹黒いだろ。綿毛タヌキ野郎。」
「えっ、綿毛タヌキ野郎・・・でも、容姿だけ見れば間違いはないか・・・。」
「・・・あの!お礼に私も何かお手伝いできませんか!!」
突然、後ろから走ってきたゾーレがデリトのジャケットのすそをつかんだ。
じっとゾーレが上目遣いでデリトの目を見つめる。
「あのな・・・見たからわかってると思うが俺は人殺しだ。仕事は殺し屋だぞ。手伝いと言われてもな・・・」
「でも、一緒に連れて行ってほしいの!邪魔にはならないから・・・」
「いたいけな少女お願いを無下に断るおじさん・・・!それでも少女はおじさんにすがりつき、『お願いです!なんでもしますから!』『何でも?それならぐへへ』・・・!」
「うるさいぞボッチェレヌ。」デリトはぴしゃりとボッチェレヌの言葉を遮る。綿毛のようなボッチェレヌの体をむぎゅと掴んで、地面にたたきつけた。
「ぐえー。」
「黙っとけクズマスコット。」デリトは不満げなボッチェレヌにさらに畳みかけた。
「ええ!クズマスコット・・・ヒドイ・・・まぁ・・・ええ、そうですけど。ドヤァ!」ボッチェレヌは一周周って喜んでいた。
「何で、そんな嬉しそうなんだよ。・・・とにかく、ゾーレといったか、君は殺しの手伝いもすることになる。もちろん基本的には遠巻きにみといてもらうと思うが、やはり人殺しの場面を君に見せなければいけない。もしかしたら魔族に転生したやつがいればそれを殺すことになる。どのみち、君を連れてはいけない。」
デリトは冷たくして駄目ならと優しく諭すようにゾーレに言った。
「でも、どうしても連れて行ってほしいの!じゃないと私・・・私、お父さんも仲間のみんなもブラックウィンドにやられちゃって、もういなくて・・・どうやって生きていったら・・・」
ゾーレがデリトのスーツジャケットを掴みながら半泣きになる。
「・・・・・・。」
泣きじゃくるゾーレの姿が前世で見た、ある光景と強くリンクした。
「・・・・・・。分かった。俺の負けだ。ついてこい。」
「ほんと!?」
「旦那・・・あっしは見直しましたよ・・・!」
ボッチェレヌもゾーレの泣き姿を真似してウソ泣きをしている。前々から思っていたが・・・この綿毛野郎は薄情で悪い奴だとデリトは思った。ゾーレが泣く姿を面白がっているようだった。
「ただし!ついてこれなくなったらすぐに捨てるからな!気合い入れろ!」
「うん!ありがとう!」ゾーレは涙をふいて笑顔を見せた。
「ほら行くぞ!」
デリトは何となく気恥ずかしくなって歩き始めた。
「ああ、旦那。もしかして・・・」
ボッチェレヌが歩いているデリトの顔をニヤリとした顔でのぞき込む。
少し後ろにはまだ少し落ち込んでいるものの仲間を得て元気になったゾーレが二人の後ろをついてきていた。
なぜかボッチェレヌはデリトの考えを全て読み取ってくる。
出会った時からそうだ。
「・・・何も言うな。」
デリトは直前に思い浮かんだものをふりはらうように頭を振った。
魔王の娘ゾーレは似ていないものの、前世での自分の娘シイナの面影がどことなくあった。
単にゾーレとシイナの年が近かったせいかもしれない。
前世での娘シイナは妻のメイに似て優しい娘だったが、少し気が強くてきっちりした性格だった。少し抜けたところもあったデリトはいつもしっかりしろと日常的に娘にお叱りを受け、シイナが育ってくるにつれ父としてどう接すればいいのかわからなくなっていた。
もうすぐ小学校5年生で思春期直前だったため、より一層接し方が分からなくなるところだった。
思春期の女の子は難しいともやもやしていた。
自分が死んで異世界転生した後、会えなくなったことによって、そんなもやもやとした気持ちすら愛おしく感じ、娘と会いたいと思っていた。
ふとデリトは立ち止った。
メイ、シイナ。俺がいなくても元気にしているだろうか・・・。
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