2nd.

 太っている女と、過ごすようになった。

 クラス内の内偵は続けている。狐はなかなか尻尾を出さないので、しばらく腰を据える気になっていた。クラスでひとりぼっちは切ないので、太っている女と一緒にいる。

 かなり気立てのいい女だった。こちらの意図を読んでくる。勉強のほうも自分と同じで、必要な単位は全て取っているらしい。それなのになぜ出席しているのかと訊いてみたかったが、できなかった。質問を返されると、まずい。内偵に関することは喋れない。


「何身構えてるの?」


「なにも」


「出席してる意味、でしょ。あなたがいるからよ。あなたがいなかったら、こんなところ来てないわ」


「そうか」


「あなたの意味のほうは、訊かないでおくわね」


「助かる」


 こんな感じで、意図を読まれる。

 一緒にいて、心地よかった。顔が良いだけのばかどものなかで、この太った女だけが、自分と同じ場所にいると思うほどに。


「今度。家に来ない?」


 帰り道。唐突な質問。ちょっと迷った。


「なんでセックスの話になるのよ。まだ学生なんだけど」


「家に来いって言ったのはおまえだろ」


「太ってる理由を見せたかったのよ」


「おまえの体型なんてどうでもいい」


「わたしがよくないわ」


 それで、なんとなくその話は流れた。

 帰ってから、いつも通り内偵の連絡を管区に入れている最中に。それは起きた。


『おい。内偵しているクラスに、今から言う名前の女がいるか?』


 言われた名前。太った女の。


「います」


『その女の家が火事だ。かなり火の勢いが大きい』


 すぐに部屋を出た。走る。通信は入れたまま。犯人はまだ見つかっていない。

 現場。人だかりを押し退けて。消防車と警察。


「くそっ」


 管区の人間がいない。

 近く。クラスの担任。


「俺を中に」


 担任の紹介で規制線の中になんとか入り、通信で自分の身分を明かす。


「中は。被害は」


 1名を除いて全員の生存を確認。

 太った女だけが、取り残されているらしい。


「俺が入ります」


 正義の味方なので、普通の消防員より身体は動く。管区の支援も通信を介して直接受けられる。

 担任。こちらを一瞬見た。


「そうか」


 通信を入れる。


「見つけました。狐はクラスの担任です。生徒だという事前情報が間違ってたんだな」


『そうか。担任を押さえることはできないのか?』


「女の命のほうが大事です。すいません」


『まあ、しかたないな』


 近くの消防員に担任から目を離さないよう伝えておいて、燃え上がる家に突っ込んでいく。

 豪邸だった。太っている理由は、金持ちだから、だろうか。

 エントランス。

 1階。

 2階。

 階段。

 ラウンジ。

 探していく。火の勢いが強い。燃えないように歩くことはできるが、太った女が生きているかは微妙なところだった。一酸化炭素でやられているかもしれない。

 何かの、落ちる音。火でも、木材でもない。金属音。

 暖炉の中か。こじあける。

 太った女が、ぎゅうぎゅう詰めで入っていた。


「よお。元気か?」


「元気よ。来てくれると思ってたわ」


 女の笑顔。どうやら、この火事も、意に介していないらしい。


「暖炉のなかなら、防火設備が近くてしばらく大丈夫だと思って」


「いい考えだ」


「でも、身体が挟まっちゃって。上の通気口から出たかったんだけど」


「よし。俺が下から押してやる。できる限りで服を脱げ」


「いやん」


「燃えるんだよ。さっさとしろ」


 女が脱いだ服が、下に落ちて、すぐ燃える。時間がない。下から、思いっきり押した。最初はびくともしなかったが、だんだんと、上に女が進んでいくようになった。

 何かの液体が、自分の身体を濡らす。たぶん、女の血。


 通気口は近くにあり、なんとか体勢を入れ換えてそのまま外に飛び出した。女に自分の服を着せて、とりあえず火の勢いが来ないところまで運ぶ。

 すぐに、家が崩れた。なかなかの豪邸。ここは。中庭だろうか。


「立てるか」


 彼女のほうを見て、ちょっと、どきっとした。

 自分が渡した服を、着ないで持っている。太った身体。白い肌が、全身擦り傷で血まみれだった。


「服。ありがとう。返すわ」


 手渡された服は、血がついていない。なのに。彼女の全身の肌は。ずたずたに切れている。


「あなたの服に血がついたらいけないと思って」


 彼女の、笑顔。

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