23.レガリア強襲
その英雄は誰よりも速く地を駆けた。
文字通り一瞬で駆け抜ける姿を、人々は【流星】と呼び称えた。
最速の槍兵クラン。
彼は英雄となる以前から、優れた槍兵だった。
とある小さな国で騎士の家系に生まれた彼は、成長して騎士団へ加入した。
その頃から類まれなる才能を発揮し、騎士団でもトップの実力を持っていた。
特に足の速さでは負けなしで、戦場で駆ける彼を捉えられる者はいなかった。
彼自身も、速さには絶対の自信を持っていた。
彼には恋仲の女性がいた。
名はユーリア。
貴族の家柄に生まれ、幼少期から共に過ごした幼馴染であり、許嫁でもあった。
魔族との戦いが終わったら、結婚して穏やかに過ごそう。
そんな約束を交わしていた。
が、その約束は永遠に叶わぬものとなってしまう。
魔族との戦いで遠征に出ていたクラン。
彼の不在に、国内でクーデターが起こったのだ。
クーデターの首謀者は、国王の座を狙う貴族。
あろうことか魔族と裏で結託し、国内に魔族の軍勢を引き込んだ。
その野心を利用され、魔族に騙されているとも知らずに。
結果的に、首謀者も魔族に殺されてしまった。
国は魔族によって踏み荒らされ、全員が無残に殺されてしまった。
もちろん、クランの婚約者も同様にだ。
遠征中に気付いた彼は、一目散に走ったという。
だが、自慢の脚でも距離が遠すぎた。
駆けつけた時には、最愛の人は無残な姿で晒されていた。
溢れんばかりの後悔が胸を満たしたのは、言うまでもないだろう。
「オレが……オレがもっと速ければ」
何度も嘆き、苦しんだ。
そうして彼は、さらなる速さを求めた。
自分と同じ苦しみを、他の誰かに味わってほしくないと。
魔族への恨みあって、彼は努力を重ねた。
英雄に選ばれてからも、走って走り続けて……
たとえどれだけ距離があろうと、必ず駆けつけて守れるように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「間に合ってくれ!」
異変に気付いた俺は、一人戦場を離れてレガリアへ向かった。
【流星】から継承したスキル【神速】を発動させ、音速を超える速度で駆け抜けた。
身体への負担はすさまじい。
魔力で強化しなければ、四肢が捥げてしまいそうだ。
痛みもある。
それ以上に焦りを感じて、駆けずにはいられなかった。
きっと待っている。
彼女たちなら、俺のことを信じて戦っているはずだ。
もっと速く駆け抜けろ。
一分、一秒でも早く彼女たちの元へ――
「先生!」
「師匠!」
「お兄さん!」
その声に応えるために!
「そこを退けえええええええええええええ!」
駆け抜け、貫き、彼女たちの前に立つ。
俺の中にある流星の記憶が、全身に熱を駆け巡らせる。
よくやったと喜んでいる。
「待たせたな」
今度はちゃんと、間に合ったんだと。
街を荒らすゴブリンの群れ。
男女問わず、子供も手にかける非道さ。
弟子たちの奮闘も虚しく、多くの人が手にかけられてしまっていた。
賑やかだった街は、真逆の意味で騒がしくなっている。
転がる誰かの身体を見て、俺の中で怒りが湧き上がる。
「お前ら……ただで帰れると思うなよ」
自分でも無意識に殺気を放った。
殺気を感じ取ったゴブリンたちは、怯えてその場で足をすくませる。
俺は右手をかざし、問答無用に剣の雨を降らせる。
「先生……」
怯えた声が微かに聞こえた。
振り返ると、三人が俺を見て震えている。
ゴブリンではなく、怒りを露にした俺に怯えていたのだ。
しまったな……
反省して、手を下げる。
周りのゴブリンは一掃して、一時的に安全な場所となる。
俺は彼女たちに歩み寄る。
「アリア、ティア、マナ……」
三人の名前を呼び、表情を確認していく。
俺は彼女たちを安心させようと、精一杯の笑顔で言う。
「よく頑張ったな」
そう言った途端、三人の瞳から涙があふれ出る。
気を張って、恐怖を堪えて戦ってくれていたことが伝わる。
俺の言葉に絆されて、心が楽になったから、涙となって感情があふれ出たのだろう。
「もう大丈夫だ。後は任せてくれ」
「師匠! 街にはまだゴブリンが!」
「わたしたちなら動けます!」
「ボクも戦える」
勇敢な彼女たちは、街を守ろうと立ち上がってくれた。
その気持ちを嬉しく思いながら、俺は首を振る。
「大丈夫。ここからは俺の仕事だから」
「で、でも師匠!」
俺はアリアの頭にポンと手をおく。
何かを言おうとした彼女だったが、俺が頭を撫でるとひっこめた。
「良いんだ。お前たちは十分に頑張った。だから今度は、師匠の俺にも格好つけさせてくれ」
見栄を張ったわけじゃない。
口にしたのは本心だ。
それに騒いでいるんだよ。
俺の中の彼女が、この地を取り戻せと――
「主よ――我が同胞を護り給え。悪しき者たちを退け給え」
神に捧げる祈り。
かつて【聖女】と呼ばれた女性が、侵略された大地を取り戻した力。
この力は、悪しき存在を退け、正しき者には力を与える。
彼女は大きな旗を掲げ、味方を鼓舞し、敵を圧倒した。
その英雄の名は――ジャンヌ・ダルク。
彼女の祈りは、魔族の王すら退いたという。
聖句を唱えたことで、俺の身体から白い光が放たれる。
この光は魔を退け、人々に救いを与えるもの。
光は広がり、街全体を覆いつくす結界となる。
「グェ……」
「み、見て!」
「ゴブリンが倒れていく……?」
この結界の中はモンスターにとって有害だ。
低レベルのゴブリンでは直ちに行動不能となる。
さらに結界の外からの侵入も防止できるから、これ以上ゴブリンが街の中へ入ることはない。
残り問題は、街の外。
おそらく彼らの王が、この現状を覆すために動き出す。
その前に――
「ちょっと行ってくる」
俺が王を討つ。
「師匠!」
「まさか一人で行かれるつもりですか!?」
「お兄さん……」
心配そうに見つめる三人。
これから俺が、何と戦おうとしているのか、彼女たちもわかっている。
「ちゃんと帰ってくる。だから、待っていてくれ」
俺の言葉に彼女たちは頷く。
信じてほしいという想いが、彼女たちの胸に届いてくれた。
無事に戻ってくるという約束。
これを果たすために、俺は今から限界を超えなくてはならない。
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