24.ゴブリンロード
ゴブリンの大群が街の外で待機している。
突撃していた部隊が戻らず、新たに戦力を投入することも出来ない。
理由は街を覆う結界だ。
新たに張られた白い結界が、ゴブリンの侵入を阻んでいる。
白い壁に触れただけでも、弱いゴブリンは行動不能なってしまう。
その惨状を見つめ、王が重い腰を上げる。
王が空を見上げる。
雲一つない青空には、光を妨げる物は何もない。
はずだった。
突如として空を覆いつくす無数の剣。
それらは一斉に彼らへと降り注ぐ。
ゲリラ豪雨のように鋭い刃がゴブリンたちを貫く。
「降れ――剣の雨よ」
剣の加護。
剣聖から受け継いだスキルを全開で使って、街の外のゴブリンを一掃する。
数で勝る奴らを退けるためには、一匹でも多く減らさなくてはならない。
もはやこの街でまともに戦えるのは俺一人。
俺が倒れれば、結界は消え街への侵攻が再開される。
そうなったら終わりだ。
可愛い弟子たちも、街の人たちも全員殺される。
だから俺が戦い続けなければならない。
勝利を掴むまで、倒れるわけにはいかない。
「っ……ごほっ、っぐ……」
たとえこの身が悲鳴を上げようとも、生きている限り倒れることは許されない。
「はぁ……ちっ、やっぱり厳しいな」
ゴブリンへの攻撃を仕掛ける前から、俺の身体はボロボロだった。
遠く離れた地へ駆けるために使った【流星】のスキル。
街を守るために張った【聖女】の結界。
そして、今まさに使っている剣聖の力。
どれ一つでも強力かつ絶大な力であり、俺の手に余るものばかり。
以前、わずかな時間同時使用しただけで身体に残った疲労感を覚えている。
一日のうちに、彼らの力を多用すれば、身体がもたないことも予想できた。
「もう少しで良い……もってくれよ」
だが、それでも使わずにいられない。
非凡な俺が英雄の真似事をしたいのなら、この程度の痛みに耐えられないようじゃ駄目だ。
「ふぅ……どこだ?」
俺は目を凝らして探す。
降り注ぐ剣の雨で、大量のゴブリンは倒された。
それでもまだ大多数が残っている。
残ったゴブリンを殲滅しきるには、剣の雨を何度も降らせ続けなければならない。
今の俺の体力では、おそらくそれは難しい。
ならばどうするか。
この大群を指揮している頭を潰せばいい。
元々ゴブリンは、この規模の大群で行動できるほどの知力はない。
まとめているからこそ、彼らは連携できる。
「だから、お前を倒せば終わるんだよ――ゴブリンロード」
「ソウカ、オマエガワルイノカ」
俺はロードを見つけ、目の前に降り立つ。
周りのゴブリンは倒されていたが、ロードはピンピンしているようだ。
そして、ロードは言葉を話せる知能を持っているらしい。
「オマエハダレダ? アノケッカイヲ、ダシタノモオマエカ」
「正解だ。さすが……ゴブリンとは言え、ここまで会話が成り立つとは驚きだ」
「オナジニスルナ。ワレハロード、オウダ!」
ゴブリンロードが吠える。
その迫力は、低ランクモンスターのゴブリンとは似ても似つかない。
手に持った斧を振り上げ、俺に向けて言う。
「オマエヲコロセバ、ワレラノカチダ」
「ああ。その前にお前を倒すけどな」
ゴブリンとホブゴブリンの明確な差は、実を言うと大きさだけだったりする。
知能とか習性は同じだと、以前に誰かが言っていたことを思い出した。
ならば、ロードとゴブリンの違いは何か。
大きさはホブより一回り大きいけど、見た目に大きさ以上の変化はない。
やはり大きさだけか。
なんてことを思うバカは、出会って一秒でこの世とお別れだ。
「くっ……」
「ドウシタ? ウゴキガニブイゾ」
一丁前に人の言葉を話し、こちらの攻撃にも容易く反応して見せる。
ただ武器を振り回している脳筋じゃない。
計画的に、策略的に俺を追い詰めてくる。
何もかもが違う。
ゴブリンだという考えは、とっくの昔に捨てているほど。
「オマエ、ヒロウシテイルナ? アノケッカイモナガクモタナイダロ?」
加えて勘も良いときた。
ロードの言う通り、聖女の結界を維持するのに、かなりの労力を使っている。
さっきの剣雨も同じだが、英雄の大技は凡人には重すぎるんだよ。
気を抜けば今にも結界が崩れそうだ。
仕方ない。
こうなったら一か八かだ。
――【神速】!
「ム!?」
視界から消えた俺に驚くロード。
一瞬の発動で、ロードの懐まで接近した俺は、切っ先を腹に向けて突き刺す。
「グオ……キサマ!」
刃はロードの腹を貫通した。
このまま切り上げて、心臓まで斬り裂く。
つもりだった。
硬い……予想より遥かに。
ロードの肉体は、俺の予想を上回っていた。
疲労した力では切り抜けず、隙を見せてしまう。
次の瞬間、ロードのこぶしをくらって吹き飛ばされてしまった。
「ごふっ……ぅ」
至近距離だったことが幸いして、斧での攻撃は免れた。
斧だったなら、今頃真っ二つになっていることだろう。
それでも十分なダメージだった。
衝撃で脳が揺れ、痛みも合わさって立ち上がれない。
くそっ……負けるのか?
脳裏によぎった言葉に、俺の中の彼らが反応する。
いや、怒っていた。
負けることなどあってはならない。
守ると誓ったのなら、最後までその責務を果たせと、奥底から湧き上がる。
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