22.逆転する立場
レガリアで集まった冒険者は二千人を突破。
街を拠点にする冒険者の約半数が参戦を希望した。
ギルドは早急に部隊を編成。
移動のための馬車を用意し、ルートを算出した。
予想よりもゴブリン部隊が早く到着してしまう可能性を考慮し、先行して三百人が出発。
最短ルートを通ってレスタへと向かった。
その一団の中に、俺もいて……
悪いほうで、予想は的中してしまったらしい。
俺たちが到着した時には、すでに戦闘が始まっていた。
それも劣勢で、前線は崩壊寸前まで追い込まれている様子だ。
「あれは――」
その光景の中に、彼らを見つけてしまったは運命なのだろうか。
俺は一目散に飛び出して、気づけば助けていた。
「お前……なんでここに?」
「何でって、救援要請があったからだけど?」
「いや、そういう意味じゃ……」
「じゃあどういう意味だ? この状況で、他に聞くことがあるとでも?」
ピリピリした空気が漂う。
久々の再会を喜ぶような間柄ではない。
俺は少しイライラしていた。
彼らに……というか、今の彼らの情けなさに怒っていたんだ。
「いつまでそうしてるつもりだ? まさか恐怖で腰を抜かしたとか? だったら情けないにも程がある」
「な、なめるな!」
「じゃあさっさと立ち上がって戦ってくれ。こっちは数で負けてるんだ。一人でも戦えなくなったら、勝てるものも勝てない」
ああ……イライラする。
こんな人たちに、以前の俺は見限られたのか。
そう思うと無性に腹が立って、必要以上に手に力が入る。
「戦う気がないなら、後衛に下がって援護に徹すれば良い」
「お、おい!」
そう言い残し、俺はホブゴブリンの群れに突っ込む。
レイズは引き留めようとした様子だが、無視をして剣を振るう。
剣の加護で新たに剣を生成し、雨のように降らせながら、自身もホブの群れの中に斬りこむ。
剣聖が多対一を戦う時のスタイルだ。
彼は剣士でありながら、中距離までを射程範囲に収めていた。
今の俺なら、一人でもこの軍勢と戦える。
ホブは怪力で皮膚も硬い。
だけど、この剣なら簡単に貫けるし、動きも遅いからよく見える。
一体、十体と順調に倒していく。
その光景を見ながら、レイズたちは唖然として立ち尽くしていた。
「嘘だろ……」
「信じられん。あれがユースなのか?」
「もう別人じゃん」
「私たちの時は手を抜いていたということ?」
レイズは下唇をかみしめる。
悔しさと怒りの感情で、俺のことを睨んでくる。
中途半端な殺気を感じつつ、俺は呆れていた。
この状況で戦いもせず、味方である俺に敵意をむき出しにするなんて……
冒険者以前に人としても駄目だ。
まぁそれは置いておいて、戦闘は順調だった。
「意外と良い感じだな」
思ったより敵の追撃がない。
ホブの多さには肝を冷やしたけど、今の俺なら全く問題なさそうだ。
これなら後から来る部隊も合流すれば、確実に殲滅できる。
残る問題は――
「いや、待てよ?」
おかしい。
気づいたのは、たぶん俺だけじゃないはずだ。
すでにホブの半数以上が倒され、進撃してきた部隊も停滞を始めている。
この状況で、新たな部隊を送り込んでこない。
そもそも、この大群を指揮しているロードはどこにいる?
姿を見せないのは、何かの作戦か?
というか……
「明らかに数が少なすぎるだろ」
五万という数字のインパクトは大きかった。
だからこそ、俺もそれなりの覚悟をして戦場に赴いたんだ。
何かが違う。
早々に攻め込んできたなら、もっと戦力を投入すれば良かったはずだ。
体制が整う前だし、数の力で押し込めば、もっと早く決着だってついたかもしれない。
ロードは人間に近い知能を持つと聞いている。
考えられなかったとは思えない。
「まさか――」
この時、最悪の予感が脳裏に浮かんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ロードとは導く者。
数多の軍勢を従え、策略を練り、最適解を導き出す。
どうすれば敵が動くのか。
何をすれば、自身の優勢を助けるのか。
人間が日々の戦闘で考えることを、ロードも同様に考えている。
力、知性、技術、その全てが人間を上回っているのならば、裏をかく程度は造作もないだろう。
現にこうして、彼らは迫る。
脅威に立ち上がった者たちの、帰る場所を破壊するため――
「た、大変だ!」
一人の男が広場に駆け込んだ。
その男は、街の出入り口である門を警備する兵士だった。
持ち場を離れ、汗を流して息を切らしている。
何事だと集まって来た人々の中には、彼女たち三人の姿もあった。
男は顔を上げる。
その表情は、絶望に満ちていた。
「ゴブリンが……ゴブリンの軍勢がこっちに向ってる!」
「なっ……」
「嘘でしょ!? だってゴブリンはレスタに……」
次の瞬間、警報が鳴り響く。
誰もが間違いだと思いたかっただろう。
しかし、それが間違いではないのだと、すぐに知らされる。
迫りくるゴブリンの大軍勢は、レガリアの街に侵攻した。
門を破壊し、堂々と街の中へ入り込む。
「冒険者……助けてくれええー!」
近くにいた人々から、無残に殺されていく。
ゴブリンとは言え、相手はモンスター。
戦う術を持たない住人は、逃げまどいながら助けを乞うことしかできない。
レガリアは冒険者の街だ。
こういう時こそ、冒険者たちの出番だろう。
だが――
「私たちも戦おう!」
「ええ!」
「うん!」
主力となっていた高ランクの冒険者たちは、ほとんどレスタに発っていた。
残っていたのは、戦力外とされた低ランク冒険者たちばかり。
この事態をロードは狙っていた。
いや、あるいはロードではなく、もっと別の意思かもしれない。
ただし、この時は誰も考える余裕などない。
みな……目の前の状況をどう切り抜けるかを考えている。
彼女たちも同じだ。
「住民の避難を優先するわよ!」
「うん! ボクらで道を作るんだ」
「そうだね……大丈夫! 私たちならやれるよ!」
ユースの不在。
予期せぬ事態にも、彼女たちは適応しようとしていた。
師である彼がいなくとも、学んできた経験を持っている。
ユースならどうするか。
そう考えたとき、自分たちの役目を理解する。
「先生ならきっと――」
「ええ、必ず気付くわ」
「お兄さんが来るまで、ボクたちで!」
時間を稼ぐ。
彼女たちの胸にあるのは、彼への絶対的な信頼。
状況は劣勢も劣勢。
次々に送り込まれるゴブリンたちに、若い冒険者たちは蹂躙されていく。
住人も逃げ場をなくし、殺されるのを待つだけ。
それでも彼女たちは諦めない。
信じている。
絶対に駆けつけてくれる。
なぜなら彼は――
「先生!」
「師匠!」
「お兄さん!」
彼女たちの声が街に響く。
その声に応えるように、流星のごとく光が走る。
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